こちら静かな海
鳴り響くアラート
警告音
20・・・19・・・18・・・
ミッションは最終シークエンスに移行していた。
「キャプテン、そのままの速度を維持しろ」
「了解」
15・・・14・・・13・・・
目まぐるしく変化するメーター機器。
直に外の様子が見れない私にとってはそれと小さなモニターだけが頼りだ。
「カウント10を切ったぞ。7・・・6・・・5・・・」
3・・・2・・・1・・・
「・・・っ」
大きな衝撃が船を揺らす。
それによって一時的に通信が使えなくなった。
「・・・・・・・・」
静寂は秒数にすればほんの僅かだったはずだ。
だがその静寂は、おそらく我々の歴史で最も長く感じられた一瞬だったと思う。
「・・・ルルーイェ」
「キャプテン」
オペレーターが私の報告を待っている。
私は次の言葉を言う前に最終的な確認をした。
私の次の言葉は確実に歴史に残る。
間違いが有ってはならない。
よし、大丈夫だ。
私は息を大きく吸って心を落ち着かせてから報告を開始する。
「ルルーイェ、こちらは」
通信機越しにでも管制室の緊張が伝わってくる。
耳をすませば息遣いや心拍音でさえ聞こえてきそうなほど張り詰めていた。
「ルルーイェ、こちらは 静かな海だ」
その瞬間通信機の向こう側で歓声が沸き起こる。
『やった。やったぞ!』
『遂にたどり着いたんだ!』
『我々人類は遂に、遂に月へ降り立ったんだ!』
普段は真面目を絵に描いたような奴らが我を忘れて騒いでいる。
当事者の私の方が興奮する心の一方で、どこか冷静になりきってしまっていた。
「キャプテン」
「オペレーター」
「達成感に浸っているところすまないが、君には次の任務があるはずだ」
「ああ、そうだな」
私は自身の適応服の水圧を調整確認した。
問題はない。
「では行ってくる」
「お願いします」
着陸艇のハッチを開け、一歩づつ梯子を降りていく。
私にとってはこれは小さな一歩だが、人類にとっては大きな一歩だ。
間違いなく大きな一歩だ。
「―――。」
言葉にならなかった。
我ら人類が海底から地上に出て300年。
未だに人類は海の中でしか生きる事は出来ないというのに
それがどうだろう
遂に月まで到達した。
「キャプテン。聞こえてるか?」
「ああ、オペレーター。聞こえているよ」
「何が見える?」
「地球が見えるよ。赤くて美しい。私達の星が」
「そうか」
私から見える映像は届いている筈だ。
ならば彼も見えているだろう。
月から見える私達の星が。
「ではキャプテン、そろそろ」
「ああ、わかっている。例の物の探索だな」
「そうだ、それが今回のミッションの最重要目的だと言っていい」
「理解している。いや、実はもう発見してあるんだ」
「なんだって」
私は月軌道上から着陸に入る前に見た物。
モニターにチラッと映った物を確認しに行くために月面車に乗り込んだ。
月の重力は普段我々が住んでいる海中にどこか似ていて、地上での作業よりもずっとやりやすかった。
「キャプテン、私はまだ信じられないよ。まさかあんなものが実在していただなんて」
人類初の月面ドライブをしている私にオペレーターは半ば自嘲気味に語りかける。
「自分でも自分の考えが古いし、矛盾がある事はわかっている。だが頭で解っていても心が納得できないんだ」
「わかるよオペレーター。でも考えてもみてくれ、あれらの発見があるから現に今、私は月にいるんだよ」
「それはそうだが・・・」
やっぱり納得できていないらしい。
普段は理性で物事に向き合う彼がここまで感情に揺さぶられるなんて珍しい。
無理も無い。
実際に、過去のあれらを最初に見た人達の中には理解の範疇を超えて発狂した者もいたと聞いた事がある。
「見えてきたぞ。映像で見えているか」
しばしの間沈黙を保っていたオペレーターに声をかけると彼も自分の仕事を思い出したらしい。
「あ、ああ。記録も開始しているそのまま近づいてくれ」
「了解」
さっきとは違った緊張が通信機から伝わってくる。
さっきまでの期待と不安を織り交ざったような緊張ではなく
恐れや不気味さ、後戻りできないんじゃないかと思うような切迫感。
そんな嫌な物が玉虫色に入り混じった感情が、私を通して遠く離れた地球の仲間にまで伝わってしまいそうな感覚だった。
そして遂にそれは
私の前に姿を現した。
「こ、これが・・・」
「ああ」
「そんな・・・信じられない、これはまるで我々のハイドラ号そっくりじゃないか!」
そう、我々が目の当たりにした物は
今さっき私が乗ってきた人類初の月面着陸艇の下半分部分に酷似していた。
「ま、まさか・・・こんな物が」
まだ現実を受け入れられないオペレーターを無視して私は残留放射線から年代を割り出す。
掌ほどの測定器から導き出された数字は
「やっぱりか」
私は蹲りながらその数字の意味と重さを噛み締めた。
「聞こえるかオペレーター。測定結果が出た」
通信機越しの雰囲気から察するに私の言葉で我に返ったようだ・
「ああ。で、結果は」
「100万年前だ」
世紀の大発見の筈なのに、さっきの歓声が響いた管制室とは空気が一転した。
「そんな、まさか」
「ここは水も空気も細菌も居ない。だからこうして形を保てていたのだろう」
あまりにうろたえるオペレーターになんと声をかけていいのか解らず、ただ間抜けに個人的な感想を言うしか出来なかった。
技術者は信じたかった。
遥か古代に存在していた知的文明の存在などどうでもよかったのかもしれない。
此処まで来れたのは自分達の力だと信じたかった。
此処まで来れたのは自分達の技術だと。
確かに古代の遺跡から少しばかりのヒントは得たが
まさか太古に我々人類より先に月まで行った種族いたなんて。
これではまるで太古の生命体の真似事じゃないか・・・
今から300年前。
地球の海底に住む我々は枯渇してきた資源を求め、新たなフロンティアとして地上に進出した。
適応服の発明。
深い海底で生きる我々には水が無く圧力も弱く太陽からの光が眩し過ぎるといった地上での弱点を克服する為の発明。
それによって人類は地上で活動する事が出来るようになった。
しかし、そこで人類は衝撃的な事実と対面する事になる。
今まで、生き物など存在しない事が常識であった地上に
多くの生命の化石が発見されたのだ。
特に海底ではあまり数が多くは無い脊椎動物の化石の多さに世界が愕然とした。
その地上の生物は殆どの生物が肺と言う珍しい呼吸器官を発達させ、地上で生活していた事がわかった。
さらに、植物の化石の発見で長年不毛のエリアだと思われていた地上だったが
かつては植物が生い茂り、生態系や食物連鎖を形成できるほどの栄華を誇っていたエリアだと知った。
しかし、当時の人々を驚愕させた事実はそれだけではなかった。
なんと太古の地上には、我々並みの知能を持つ生命体種族がいた事を裏付ける遺跡が数多く発見された。
しかし、奇妙な事に数多くの人工物の遺跡が発見されながら、彼ら自身の化石やサンプルは何一つ発見されなかった。
我々人類はその姿無き知的生命体を『古き者』と呼んだ。
古き者達の遺産を発掘していくに連れて、古き者の歴史もだんだんと解ってきた。
彼らも我々と同じように国を作り、支配者が生まれ、支配される物が生まれ、争いが生まれ、国家間の戦争が生まれた。
しかし、彼らの歴史はある争いを境に底から先の記録がパタりと消えてしまった。
彼らの残した科学技術の記録は現在でも殆ど解析が終わっていない。
画像的な物は発見できたが、何しろ言語に至ってはさっぱりだ。
古代言語とは現在に繋がる言語から似てるものを探し、徐々に遡って形の似た文字の意味を当てはめて行くのがセオリーだが
いかんせん今の我々と古き者達との文字では類似する者は一つもなかった。
さらに古き者達は国家間や種族間で使う文字や言語が著しく違うらしくその多様性も解読を足止めする原因だった。
近年、月へ行く技術が記された絵が発見された。
ちょうどその頃我々の中にも外宇宙への進出プロジェクトが発足され
その数少ない資料を見た技術者が理解してしまった。
ただの外見を写しただけの写真だ。
その"形"は月まで行けると直感した。
技術者の中には「あんな古代の生命体に月など行ける訳が無い」「月には我々の技術だけで到達するべきだ」などの意見が出たが
最終的にこの技術で月に行く事は可能か?そしてもし行けるなら月には古き者が残した痕跡あるはずだ。
科学者は好奇心を抑え切れなかったようで、
その好奇心の行く末の決着を見守る観測者に任命されたのが
この私という訳だった。
「オペレーター」
・・・・・・
「オペレーター」
・・・・・・
やれやれどうやら向こうは私の事などかまっている暇はないようだ。
人類の叡智での到達かと思いきや
太古の古き者の通った道を歩かされていると気付いた人間の複雑な感情。
今地球ではそんな者が渦巻いているのだろう。
私は無性に故郷が恋しくなり地球が見える位置まで移動した。
そこから見つめてる地球は何て雄大なのだろう。
赤道直下に建設された宇宙船打ち上げ基地『ルルーイェ』
私は其処から地球を離れるとき
地球の重力を振り払うときに何かしがらみの様な物までこの身から離れるような感覚を憶えた。
事実、宇宙船から眺めた地球を見ていると殊更その事を実感できた。
しかしどうだろう
地上では今現在くだらないプライドの高さや古き者達への疑いに縛られて大騒ぎだ。
そんなもの、この景色を見た私には最早どうでもいい事だ。
重力の底を抜けて手に入れた景色。
生命の赤に染まった海。
この月のように巨大なクレーターが無数に開いた大地。
学者の話では地球のクレーターは何か巨大な物の落下か
または巨大な爆発で生まれたというような説があるらしいが
原因なんてどうでもいい。
見れば見るほど地球は月と兄弟なのだなと実感できた。
まるでクレーターの穴、一つ一つから生命のエネルギーがフレアとなって噴出しているようだ。
古き者達がこの月までたどり着けたのなら
この景色を見て彼らは何を思ったんだろう。
赤く輝く母なる星を見て、どんな気持ちになったんだろう。
そしてこんな美しい海や大地の星を残して何処に消えてしまったのだろう。
我々人類が古き者達と同じ道を歩むのかそれとも違うのか
「・・・ャプテン、キャプテン!」
っ
やっと来た地球からの通信に今度はこっちが我に返った。
「こちら静かな海。どうぞルルーイェ」
私はオペレーターから上からのミッション継続の命令とこちらが送ったデータの処遇の報告を聞いた。
「なので一回、着陸艇に帰還してくれ。そこからまた指示を出す」
「了解した。一旦着陸艇に帰還する」
船にもどる前にもう一度地球を眺めた。
そして行方のわからない古き者達。
そして我ら人類のこれから。
そんな大きすぎる何と言っていいか解らない玉虫色の感情と
こんな誰もいない場所で置き去りにされたしまったような私は
つくづく不運だと笑えてきた。




