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ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
第二章
8/45

亡国ストリマⅠ

 紅葉が美しい木々の中を仮面をつけた男が馬を走らせている。悪くない景色だ。男はふとそう思った。

 シュウがイグナイトを出発してもう三日ほど経っていた。

 バーンと別れた後、汽車でカームを経由してゼファーの下にあるストリマ近くの村で降り、馬を借りてストリマの跡地がある嘆きの湖を目指している。

 カームを経由したときラミレスの屋敷に立ち寄ったが、彼は外出していたようだ。

 師匠に会えずシュウは残念だったが、あまりゆっくりしている時間はない。

 敵がいつ行動を起こすのか分からないのだ。手遅れになる前にシュウはストリマへと急いだ。

 そもそももう事は起こっているかもしれない。

 馬を駆けていると木々が紅葉から枯れ木に変わってきた。

 それに寒くなってもきている。シュウは不思議に思った。

 彼の知識ではストリマ付近は基本的に涼しい環境であり、寒い時期もあるものの今はまだ違うはずだ。

 シュウが不思議がっていると、今度は雪が降り始めた。先に進むにつれて雪景色が広がってくる。

 シュウはもっと厚着をしてくれば良かったと後悔し始めた。村人がシュウの格好を不思議がったわけだ。

「くそ……言ってくれればよかったのに」

 シュウが愚痴をこぼしながら進んで行くと森の出口が見えた。

 ここまでトラブルなく進むことが出来た。この後も何もないと良いが。

 シュウは祈りながらは森を抜けた。

 そこには広大な湖が広がっていた。真ん中に島がある。そこがストリマの跡地だ。

 その後ろには白い雪積もった山が見える。

 シュウはその湖を見て驚いた。湖全体が凍っている。

 嘆きの湖が凍ること自体はあるらしいが、全体が凍るなどという話は聞いたことがない。

 しかし、そのおかげで湖を歩いて渡ることが出来そうだ。

 最初は馬で駆けて行くつもりだったが、湖に近づくと馬が行くのを嫌がった。仕方ないのでシュウは馬から降り徒歩で渡り始めた。

 しばらく進むと馬が鳴いた。振り返ると逃げ出している。

 ついてないな。シュウはため息をついた。

 命令に忠実な馬だと聞いていたのだが。

 だが、シュウは馬が逃げた理由がすぐわかった。何かの気配を感じる。

 シュウが戦闘態勢を取ろうとすると突然足を何かに捕まれた。

「何だ!?」

 慌てて足元を見ると氷の手がシュウの右足を掴んでいる。冷たい感触と共に足を締め上げてきた。

 シュウは足を振り払って束縛から逃れようとするがなかなか離してくれない。

 シュウはナイフを抜いた。

「ぐっ! この!」

 足を傷つけないように氷の手をナイフで突く。

 五回程突くと、氷の手は砕け散った。

「くそ……何だこの湖は……」

 シュウは気を取り直し、刀の力で痛みが回復したあと再び歩き始めた。

 ペースは先程より早い。また掴まれたら敵わない。

 だが、シュウの願いも虚しく島につくまで三度も掴まれた。

 シュウは少しイライラしながら島に入り、内部に続く洞窟へと入っていった。



 あちこちが凍っている洞窟の中をシュウは進んだ。

 左手には松明が握られている。

(あの時と同じか……)

 シュウは三年前に想いを馳せた。決定的に違うのは、シュウが一人で左目に眼帯をしているということだ。

 シュウが歩いていると蝙蝠が襲ってきた。

 先程の氷の手と違い一般的な魔物だ。

 シュウは松明を振りかざして追い払った。

「くそ……何でこんなに魔物が多いんだ?」

 ストリマは確かに亡国だが、跡地には人が住んでいると聞く。

 少なくとも人の通り道には魔物はそんなに多くないはずだ。

 だが、先程の氷の手といいこの蝙蝠といい一体なんなのか?

 シュウが魔物について考えていると洞窟の出口が見えた。

 遠目にいくつか家が見える。

 やっと人里についたか。シュウは息を吐き出し、仮面を外して洞窟を抜けた。

 里に入るとシュウは動けなくなった。正確には動くことが出来ない状況に陥った。

 洞窟から出た途端三叉槍を首に突きつけられたからだ。

「何!?」

「何者だ! ここは人が来るべきところではない!」

 青い髪をした二人組の男に槍を突きつけられシュウは対応に困った。

 こいつらは敵か?

 二人の姿を見ると足が青い鱗に覆われている。ストリマに住むと言われる人魚族だろうか?

 シュウがどうすればいいか分からず固まっていると奥の方から老人が出てきた。

「ふむ……眼帯に刀……ラミレス殿が言っていた者か……。その者をこちらに連れて参れ!」

「しかし!」

「恐らくアクア様の友人だ! 無礼は許さん!」

 青髪の人魚たちはしぶしぶ構えを解き、シュウを老人の元へ連れていった。

「若いのが失礼をした。シュウ・キサラギで間違いないな?」

「はい。あなたはなぜ俺の名を?」

「ラミレス殿と……アクア様の手紙でな。ちょくちょく名前が出ていた」

 ラミレスは前以て連絡していたのだろうか? あの老人は抜け目がない。それにアクアの手紙……ここがアクアの故郷である事は間違いなさそうだ。

「しかしなぜこんなところへ? 今はここには人はわずかしかいない」

「……実はここに来た理由は人探しと……ストリマの杖の無事を確かめるためです」

 シュウは遠慮がちに答えた。

 下手をすると杖を盗みに来たと勘違いされる可能性があるからだ。

「ふむ……杖か。杖の所在は誰にも分からん」

「まさか! 教団に奪われた!?」

 シュウは驚愕した。連中の魔の手は既にここにも!?

 だが、老人は彼の誤解を解いた。

「教団というものが何だかはわからんが、杖は恐らく水神の神殿に保管されたままだ。最も三年前から誰も見に行ってはいないからな、確証はないが」

「どういうことです?」

 シュウが質問すると、老人は悲しげな表情を浮かべて答えた。

「アクア様の妹であるラクア様は知っておるな? 三年程前、ラクア様は神殿に飛び出してしまったのだ。杖を使えれば姉が戻ってくるかもと言ってな。その後、ラクア様は戻ってこなかった……」

 シュウは先程とは別の意味で驚愕した。

 ここに来る間にラクアに会うかもしれないということを考え、何を話せばいいか考えていたのだ。

 それがまさか……故人になっていたとは。

「子どもを二人を失い、ストリマの長は夫婦共々心の病を患ってしまった…」

「何てことだ……」

 シュウは落胆した。こんなことになっているとは。

 だが、落ち込んでいる暇はない。杖の所在を確認しなければ。

「水神の神殿へはどこから?」

「お主、行くというのか? だが、あそこは恐らく強力な魔物がいる。ラクア様を捜索しに行った者は誰一人として帰って来なかった。それに水を通らなければならん」

「構いません。杖を探す必要がある。もちろん、ただ無事を確認するだけです」

「ふむ……。ラクア様の失踪と時を同じくして突然襲ってきた寒気のせいで水は冷たいぞ? それでも行くか?」

「はい」

 老人は少し考えたあとシュウに「ついてこい」と言った。

 シュウは指示に従い老人について行った。

 老人について里の中を進んで行くとちょっとした池がある広場についた。

 不思議にも水が凍っていない。

 老人は池の底を指し「そこが神殿への入り口だ」と言った。

「池の中に洞窟が見える……そこを通って行くので?」

「そうだ。ストリマの民は泳ぎが得意なのでな。だが、ただの人間が行くには先が長い……」

 老人はそう言ったあと懐から瓶を取り出し、シュウに差し出した。

「これは?」

「人魚秘伝の薬だ。これを飲めばしばらくは息が続く。何となくこうなることは予想できていたのでな。ラミレス殿の知り合いでアクア様の友人なら信頼していいだろう」

 シュウは老人から瓶を受け取り、緑色の液体を一気に飲み干す。

 口の中にお世辞にもおいしいと言えない風味が広がったが、シュウは我慢した。

「これで?」

「ああ。だが効果はあまり長くない。帰りは山から出られる。そこから戻ってこい」

「わかりました」

 シュウは銃の鉱石を風に変えたあと極寒の池に入った。寒さが体に突き刺さるがぐっとこらえ、大きく息を吸い込み底にある洞窟へと潜った。

 その姿を岩陰から覗く者がいた。その者はシュウが潜ったのを確認するとひとりごちた。

「ふふっ……どんなロマンがあるかしらね」

 水色の髪をしたその女は杖を片手にどこかへと消えた。



 とても冷たい水の中、狭い洞窟の中をシュウは泳いでいた。あの薬の効果で息継ぎをしないでも問題ない。というよりそもそも息継ぎが出来る隙間がなかった。

『息より問題は寒さか……』

 元々それなりの重量の装備をしたまま泳いでいる。

 急がないと体力を相当消耗してしまうことは明白だ。

 裏技を使うか。シュウはそう考え手に持っていた拳銃を後ろに向け、引き金を引いた。

 バシュッ! という音が水の中に響きシュウは加速した。

 池に入る前鉱石を風属性に変えたのはこのためだ。

 風の閃光から出る風力を利用して推進剤にする。

 これもラミレスの教えだった。おかげであまり体力を使わないで済む。

 裏技を使って先に進んで行くと光が見えた。出口だろうか。

 この冷たい水からやっと抜け出せる。そう思った矢先シュウはまた足を掴まれた。

(またあの手か!?)

 シュウが驚きと共に足をみるとその先にいるものの正体がわかった。

 人程の大きさのタコだ。

(くそ! ……息が!)

 シュウが振りほどこうとしていると息が苦しくなってきた。

 薬の効果が切れたのだろうか。だがこのくそダコは離してくれそうにない。

(離せ!)

 シュウはタコに念を送りながら銃をタコに向けて乱射した。

 勢いでバランスが崩れそうになる。

 だが、かろうじで体勢を立て直し、乱射し続けた。

 するとタコが触手の外れた。

 今だ! シュウは一目散に出口に向かい息を思いっきり吸い込んだ。

「ぷはあ! ふう…」

 シュウは新鮮な空気を思いっきり肺に送り、一息ついたあと陸に上がった。

 陸の上には厳かな雰囲気の空間が広がっていた。目の前に巨大な門がある。

 だが、その門の持つ本来の荘厳さは失われていた。

 門全体が凍っているのだ。恐らく豪華だったであろうその装飾は微塵の欠片も見られない。

「前途多難だな……扉が凍ってなければいいが……」

 シュウは祈りながら扉を押す。

 シュウの祈りが通じたのだろうか。扉は無事に開いた。

「……行くか」

 シュウは独りつぶやくと仮面をつけ神殿の中に入って行った。



 神殿の中は壁、床、物、全てが凍りついていた。

 狭い廊下を進みながらシュウは危うく何度か転びそうになった。

 こんなところで一人でこけるほど恥ずかしいことはない。シュウは細心の注意をしながら進んだ。

 入り口から少し進むと広間に出た。

 奥にこれまでとは比べ物にならない装飾が施された跡が確認できる扉がある。

(あれが保管場所か?)

 シュウは滑らないように気を付けながら進んだ。

 だが、半分ほどまで進んだところで氷同士がぶつかるような音が聞こえた。

 その方向を見ると、氷の甲冑が立っている。

「何だ? ……っ!」

 その氷の騎士は手に持っていた槍をこちらに突き出してきた。

「また氷の化け物か!」

 シュウは攻撃を躱し抜刀した。

 再び氷の騎士は槍を突き出してきたが、攻撃は単調だった。

 避けることよりバランスを取ることの方が難しい。

 シュウは接近戦を諦め、銃を取り出し鉱石を変更した。

 水と相反する火属性だ。

 攻撃を巧みに躱しながら撃鉄を下ろし、銃を騎士の兜へ向けるとシュウは引き金を引く。

 ガキンッ! という音と共に騎士の兜が砕けた。

 終わったか? シュウは動かなくなった騎士に慎重に近づき自分の間違いに気づいた。

 頭を失った騎士は再び動きだし槍を突き出してくる。

 シュウはぎりぎりで槍を躱しその柄を左手で掴んで騎士を引き寄せ、拳銃を投げ捨て空いた右手で居合斬りをお見舞いした。

 体を右斜めに両断された騎士はバラバラに砕け散る。

 念のため拾い直した銃で騎士の残骸を溶かした後、シュウは周囲を警戒しながら正面の扉を開けた。

「はずれか……? いや……」

 扉の先には先程より大きな部屋と真ん中にポツンとある空の台座があるだけだった。

 恐らくあの台座に杖があったに違いない。

「盗まれたのか? くそ!」

 間に合わなかったか。

 シュウは空の台座に近づきながら毒づいた。

 ここまで来て無駄足だとは思いたくない。何か手がかりはないか。

 シュウは台座を観察して、何かが降ってくる感覚を感じ後ろへ思いっきり跳んだ。

 急に跳んだため着地に失敗し地面に這いつくばる。

「今度は何だ!?」

 顔を上げると先程の騎士より巨大な騎士が着地を決めていた。

 その騎士は顔をこちらに向け叫び声をあげる。

 それは悲しみで嗚咽をあげる女性の声に聞こえた。

 騎士を良く見ると中に人のようなものが入っている。

 何だあれは? だが、シュウが考える間もなく騎士は彼の体ほどある大剣を振りかざしてきた。

「くそ! ここの氷は一体なんなんだ!?」

 シュウは叫びながら攻撃を躱し騎士に向けて銃を撃った。

 しかし、盾に阻まれ本体には届かない。

 接近戦しかない。

 シュウは銃をしまい刀を抜くと騎士に向かって走り出した。

 転ばないようにバランスを取りながら騎士の正面に接近する。

「ウアアアアアアアアアアア!!!」

 泣き叫ぶ女のような声を上げながら騎士は大剣をシュウに向かって振るう。

 だがその攻撃は予測済みだった。

 シュウはスライディングでその横斬りを躱した後、滑りで加速した勢いのまま騎士の足元に滑り込み、横斬りを右足に喰らわせた。

 右足を壊された騎士はバランスを失い跪く。

 シュウは立ち上がった後、中身を傷つけないよう注意しながらその巨大な背中を斬り刻んだ。

「……こんなものか」

 シュウの連撃を受けた騎士からピシッ! というひび割れるような音が聞こえ、そのままバラバラに砕け散った。

 その残骸を見たシュウは驚きの余り絶句する。

 杖を持った水色の髪の少女が仰向けに倒れていた。

「アクア!? ……いやこれは……」

 シュウはその少女を一瞬アクアかと思ったが、その顔をよく見ると別人であることが分かった。

 とはいえ髪が短いこと以外、アクアにとても似ている。

 遠目ならその違いに気づく者はごくわずかだろう。

「……お姉ちゃん……」

 倒れている少女がつぶやいた言葉を聞きシュウは一つの答えに辿りついた。

 そして、ありえないと頭を横に振る。この少女がラクアなはずがない。

 真実を確かめるには本人に聞くのが一番だ。シュウは悪いと思いながら黒いローブを着ている少女の頬を叩いた。

「起きろ。風邪を……引きそうではないか……」

「ん……うう……まだ眠い……」

 この少女は何を言っているのだろうか。シュウは呆れて再び頬を叩く。

「こんなところで寝るな。ふかふかのベットの方が気持ちいいぞ」

「そうだね……その方がロマンが……あ、あれ? ここは……?」

 水色の少女はやっと起きた。

 だが、この状況に困惑しているようだ。

 シュウは訊くべきことを質問した。

「起きたばかりで悪いがいくつか質問させてくれ。君の名前は?」

「私……ですか? ……ラクアです。ラクア・ストリマ」

「まさか本当に……。君の持ってるその杖は?」

「これは……水神の杖です。そうだ! この杖を持ったら気が遠くなって……」

 シュウはこれまでの状況を鑑み一つの仮説を立てた。

 ラクアは三年前、この神殿で水神の杖を手にした。

 しかし、杖は何らかの原因で暴走してしまい、ラクアは氷の騎士に取り込まれしまう。

 そして、そのまま杖は力を振るい神殿とストリマの里、悲しみの湖を凍らせた。

 さらに、杖は氷の魔物も作りだしてしまいラクアは三年も神殿に閉じこめられることになってしまった。

 ここまで考えた後、シュウは頭を切り替えた。

 ラクアは生きていて杖も無事だったのだ。それだけで十分だ。

「じゃあ、ラクア。とりあえずここを出よう。立てるか?」

「は、はい……。ここ、神殿ですよね? 何でこんなことに?」

「……最近天候が変わったようだ」

 シュウはラクアに真実を伝えなかった。ラクアが悪意を持ってしたことではない。

 ならば、いずれ知ることだとしても今はまだ知るべきではないだろう。

 シュウはそう考え、反対側にあった扉に向かった。

「山を降りるんですか? 遠回りですよ?」

「だが、池にはタコの魔物がいる。あれにはもう会いたくない」

 ラクアはタコ? と不思議がったが、シュウについて扉を抜けた。

 その先にはシュウが予想しない事態が待ち構えていた。

 廊下が水で浸水していた。先に進むにつれてかなり深くなっている。

「くそ! ……氷が急激に解け始めたのか?」

 シュウは自分の仮説が正しいと実感したが、これでは進めない。廊下がどれほど長いかわからない事に加え、息継ぎが出来る隙間があるかわからない。

「あの……泳げないんですか?」

「まさか。だが、息が続くかどうか……」

「……なら私に掴まってください」

 ラクアはそう言いながら水に入り、ぎゅっと目をつぶった。

 すると、彼女の足が青く光りだし、下半身が魚の尾びれになった。

「……これは?」

「ストリマの一族は人魚の血が流れています。おかげで水に入ると人魚になれるんです。でも、お姉ちゃんは上手くできなくて、いつも裸になってましたけど」

 シュウはアクアが水泳の授業に一度も出ていなかったことを思い出した。

 なるほど、通りで水に入るのを嫌がったわけだ。

「息を吸ってください。行きます!」

 ラクアはシュウが息を吸ったのを確認すると勢いよく泳ぎだした。

 シュウは勢いのままに吹き飛ばされそうになり、慌ててラクアにしがみつく。

 「ひゃあ!」というラクアの声が聞こえたような気がしたが構ってはいられない。

 息が辛くなってきた頃、ラクアは廊下の終わりに現れた水面に飛び出しシュウは息を吸い込んだ。

「はあ! ふう……助かったよ。……ラクア?」

「…何でもないです…」

 ラクアは顔を赤く染めながらそうつぶやいた後、再び目を瞑り人に戻った。服もきちんと元に戻っている。

「さてそれじゃ先に行こう」

「……はい」

 ラクアは少し不機嫌な様子でシュウの意見に従った。

 この娘は一体どうしたんだ?

 シュウは疑問に思ったが、出口の扉を開け雪山に出た。

 どうやら山の頂上のようだ。少し先に雪滑りが出来そうな下り坂がある。

「悪くない景色だな……」

「きれい……でも何でこんなに雪が?」

「今はいい。このまま」

「帰るには早いんじゃない? それじゃロマンがないもの」

 突然声を掛けられシュウは、警戒しながら声の方向へ振り向いた。

 そして、シュウはその光景を信じることが出来なかった。

 アクアだ。白いローブを着たアクアが立っている。

 その水色の髪、水色の目。色白の肌は間違いなくアクア・ストリマだ。

「……っ……あ……」

 シュウは驚きの余り言葉を発することが出来ない。

 対照的にラクアは「お姉ちゃん!」と言ってアクアに駆けて行った。

「あら、ラクア。転んだらどうするの」

「お姉ちゃん! 会いたかったよ……。帰ってきてくれたんだね!」

「あら……? ふふ、そうよ。サプライズの方がロマンがあるでしょう?」

 

 帰ってきた? バカな。ラクアはアクアが亡くなったことを知らないのか?

 それとも、俺が幻を見ていたのか? 

 

 シュウは訳が分からず、自分自身でさえも疑い始めていた。

「アクア……これは……?」

 シュウが動揺を隠せないまま発した一言を聞き、アクアは微笑を見せた。

「シュウ。もういいの。旅は終わりよ。さあ、刀を渡して。ラクアも、杖を」

「……何……どういう?」

「あなたが私のために旅をしてきたことは知っているわ。でも、もう終わりよ。家で安らかに過ごしましょう?」

「……お姉ちゃん……? それにシュウって……お姉ちゃんの友達の……?」

 ラクアはアクアに違和感を感じた。

 ラクアが知る憧れの、ロマンを求める姉はこんなことを言わない。

「そうよ、ラクア。自己紹介してなかったのね。……お姉ちゃんの恋人よ」

「……何……?」

 

 俺がアクアの恋人? そんなことは有り得ない!

 アクアは自分が想いを伝える前に殺されたのだ。あの憎き灰色の男に! 

 

 シュウはアクアに疑いを抱いた。それにその白いローブには見覚えがある。

「どうしたのシュウ。怖い顔しちゃって。うふふ」

「おねえ……ちゃん……?」

「ラクア? 早く杖を……それとね」

 アクアは氷水の杖を懐から取り出し、ラクアに向けた。

「お姉ちゃんはね……ラクアのことがだいっ嫌いだったの!」

「え……?」

 シュウは考えるより早く体が動いていた。

 ラクアに氷の塊が直撃する前に彼女の体を抱きかかえ跳ぶ。

「アクア! どういうつもりだ!」

「どういう……私はシュウを……くっははは! もうダメ! 私演技苦手みたいねえ! 笑いが止まらないわ!」

 アクアは突然笑い出した。

 何だ? 何が起こっている? シュウは事態が理解できない。

「ふふふ……ごめんなさい。ラクア……あなたが知るお姉ちゃんはね……もうこの世にはいないのよ?」

「え……え……?」

 ラクアがシュウとアクアの顔を交互に見る。

 何が起こっているかわからないようだ。

 そしてそれはシュウも同じだった。

「お前は……何者だ……?」

「ふふっ! やあねえ! アクアよ。あなたの事を愛するアクア・ストリマ。……肉体だけだけどね!」

 アクア……アクアの姿をした者はローブの胸元をはだけさせた。

 その胸元には光輝く宝石のような物が埋め込まれている。

「なっ!?」

「え!? ……え?」

 シュウとラクアがその姿を見て困惑する。

 何だ? あの石は?

「あら、シュウ。女性の胸を凝視するなんて……いやらしいわねえ。でも、アクアの体は喜んでくれるかしら?」

「……お前、教団か!?」

「そんなことどうでもいいでしょう? 知ってる? この子の頭の中はね…歴史とラクア。それとあなたの事でいっぱいなのよ? ふふふ! 良かったわねえ! 両想いよ?」

「何だと!?」

 シュウは叫びながらラクアを地面に下ろすとアクアに向かって斬りかかり、刃が当たる直前で止めた。

「あら? 斬らないの?」

「くっ!」

 シュウは歯噛みした。

 この者が何者であれ姿形はアクアだ。シュウにはとても斬ることが出来ない。

「ふふっ! いいわ! ロマンに溢れてるじゃない!」

 アクアは杖を振るい、シュウに氷の塊を飛ばした。シュウは躱すことも防ぐことも出来ずまともに攻撃を喰らった。

「ぬあっ! く……」

「あはは! どうしたの? シュウ! あなたは私のために修行をしたんじゃないの!?」

 アクアは再び氷の塊を飛ばす。アクアが杖を振るうたびにシュウは攻撃をまともに喰らっていた。

「あ……シュウさん……」

「あらラクア……。そろそろ杖をもらいましょうか……。姉が死んだことも知らずに三年も凍ってたなんて! ロマン溢れるわね!」

「あ……私は……」

 ラクアの前に巨大な氷の塊が現れ今にも彼女を潰そうとしている。

 アクアを前に戦意を喪失していたシュウはそれを見て我に返った。

 ラクアまで殺させるものか!

「やめろ!」

 シュウは拳銃を抜き、氷の塊に向かって撃ちまくる。

 火の閃光を喰らった氷は跡方もなく砕け散った。

 アクアが再び杖を振るおうとするが、その前にシュウはアクアに向かって煙幕を投げる。

 バスッ! という音と共に煙が広がった。

「これは! やるわね……最高だわ……」

 アクアの視界が回復した時にはもうシュウとラクアの姿は消えていた。




 時を同じくして雪山の中を三人の者が走っていた。

 一人は純白の髪に純白の目、純白の鎧を来た女。

 その女……セレナが並走する黒ずくめの男に話しかける。

「アヴィン。もう対象は接敵してるかもしれません。急がないと!」

「……心配には及びませんよ。恐らくは」

 二人の会話に並走していたもう一人の長髪の男が割り込む。

「ええ。アヴィンの言う通りです。アイツも言ってたでしょう?」

 その言葉を聞いてセレナは悲しげな表情を浮かべた。

「私は……もうあの方には何も起きて欲しくないのです。……急ぎましょう!」

 セレナの願いを聞き、二人の男は頷くと走るスピードを上げた。




 

分かりづらい表現や誤字、脱字があるかもしれませんがご了承ください。

今回も分割します。個人的にお気に入りの話です。近々、読みづらいと思われる話をいくつか修正するつもりです。

読んで下さった方ありがとうございました。

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