再会
セレナの修行に一区切りがついた頃、アルドはレイモンドと連絡を取り、密会することとなった。
セレナが寝静まったことを確認するとアルドはアヴィンと共に密会場所へと急いだ。
待ち合わせ場所にはレイモンドではなくフセインがおり、こちらを見つけると近づいてきた。
街灯に照らされて三人による打ち合わせが始まる。
「……概要はわかっているな」
フセインの確認にアルド、アヴィン共に頷く。
「教団との接触方法は……」
「……奴らの物資輸送計画を掴んだ。そこを我らの息がかかった部隊が襲撃する。お前はそこに通りすがりの傭兵として現れ撃退しろ」
「……上手くいきますか?」
アヴィンが質問する。
「俺を疑っているのか?」
アルドが疑惑の眼差しでアヴィンを見たが、すぐに間違いに気付いた。
この男の目はまるで自分を心配しているようではないか。
「……部隊にはこのことを通達していない。それに今回使うのは盗賊崩れだ。手加減は無用。仮に失敗したとしても輸送計画を頓挫に出来る」
どちらに転んでも騎士団に損害は少ないという訳か。
アルドは胸をなで下ろした。
もし、騎士団の誰かを殺せなどという命令が出たらどうしようかと思っていた。
見も知らぬ盗賊とあれば、不憫には思うものの問題なく実力を発揮できる。
「了解しました」
「では頼むぞ」
アルドが了解するとフセインは去って行った。
宿に向かって歩いているとアヴィンが訪ねてきた。
「本当に問題ないのか?」
「急に何だ。俺の実力ならば……」
「お前の実力は疑っていない。一目見て腕前は分かる」
アルドは感心したが、すぐに気付いた。
こいつは俺の実力をわかった上で自分の方が強いと言ったのか?
「……お前な……」
「このような作戦、そう簡単に行くとは思えない」
「だろうよ。しかし、やらねばならないんだ」
未だに忘れてはいない。
焼け焦げた村を。人々の顔を。
「やらなければならない理由があるのか?」
「もちろん。お前よりはな」
「どうかな。俺にもそれなりの理由はある」
アヴィンの理由について気にはなったが、宿についた為、聞く事を止めて休むことにした。
決行の日は近い。覚悟を決めなければ。
「セレナか……?」
「どこに行ってたのですか? 二人とも」
セレナはまだ日が明けたばかりだというのに起床していた。
「……飲み屋に行ってたのさ」
「不健康ですよ」
「セレナは健康そうでなによりだな」
アルドはセレナの身体を見つめた。
白い印象を与える彼女は儚げなイメージがあるが、将来有望そうだ。
恋人になる男はかなりの幸せものだろう。
「少しお話したい事があるのですが……」
セレナは決心したように言ってきたが、今はそれどころではない。
「悪いな。酔いを醒ましたいんだ」
「酔っているようには見えませんが……?」
「どうかな。勢いで君を襲ってしまうかもしれないぞ?」
アルドが茶化すとセレナは後ずさった。
「……分かりました。……後でお話します……」
セレナは引きつった笑みで二階の部屋へと駆けて行った。
「他に言いようがあっただろう」
「俺はこういう性分なんだ。文句は遠慮してほしいな」
アヴィンにそう言うと、アルドは自分の部屋へと戻り、休んだ。
それから五日ほどたった日、計画を実行に移す時が来た。
街道を掛ける三台の馬車の内、先頭の一台に、道を歩いている風を装ったアルドが声を掛ける。
「すまない。少し乗せて行ってくれないか?」
「無理だ。人を乗せる余裕はない」
「そこを何とか……」
アルドは御者に頼みこむ。
別に乗せてもらう必要はない。足止めさえ出来ればそれでいい。
しかし、意外な事に中に乗っていた人物が御者に呼び掛けた。
「乗せてあげなさい」
「し、しかし……」
御者は悩んでいたが、しぶしぶ納得し、アルドを乗せてくれた。
アルドは自分を乗せるよう説得してくれた女性に礼を述べた。
「いやあ、ありがとう。おかげで助かったよ」
「それほどでも。ふふふ」
白いローブを着込んだ女性は帽子を目深に被っておりその顔を見ることは叶わなかったが、身体のラインは自分好みに思えた。
アルドは惜しいな、と思い嘆息した。
(教団じゃなければ口説いたのに)
バカバカしい事を考えている自分に苦笑し、盗賊達が襲撃しているのを待った。
「どこへ行かれるのですか?」
「……ちょいと隣街まで」
「あら。馬は借りられなかったの?」
「皆借りられててね。仔馬しかいなかったから歩いて行くことにしたんだ」
「それは残念。ふふふ」
先程から向けられる意味深な笑いにアルドが疑問を感じ始めたその時、馬車が急に停まった。
襲撃が始まったのだ。
男達の怒号が外から聞こえてくる。
となれば自分の出番。劇場に出てくる主人公のように盗賊を撃退するのだ。
馬車から降り立ったアルドは背中の大剣を抜き、左手で拳銃を持った。
ルーベルトに教えてもらった対集団用の戦闘方法。
十分な訓練を積んだアルドならば、片手で大剣を振ることも容易い。
「引いておけ。お前らは俺には勝てない」
「ふざけるな。荷物をよこせ!」
盗賊は拳銃を向けてきたがアルドは早撃ちでその眉間を撃ち抜く。
御者を切り刻んでいた盗賊がナイフを片手にこちらへ向かってきた。
だが、距離が遠い。射殺するのは簡単だった。
「お前ぇ!!」
近くの盗賊が剣を持って立ち向かってくる。
アルドはあっさりとその剣を叩き落とすと、首に剣を向けた。
「引けって。命までは取らないから」
「引くのはお前だ!」
アルドが振り向くと盗賊の一人が先程の女性を人質に取っていた。
首筋にナイフを突き立て勝ち誇った顔をしている。
「ほら……下がれ! こいつを殺すぞ!」
アルドは舌打ちした。彼女が殺されてしまえば、教団への足掛かりがなくなってしまう。
「わかったよ。ほら……」
アルドはゆっくりと下がる。いつでも拳銃を撃てるよう神経を鋭くしながら。
一歩、また一歩と下がり、タイミングを見極める。
「……ふふふ。心配無用よ」
「何……ッ!?」
突然女性が動いたかと思うと、盗賊の手を叩きナイフを落とさせた後、地面に転倒させる。
その瞬間アルドは後ろの男へ振り向き、もう一度剣を叩き落とし、銃床で頭を殴って気絶させた。
「……お嬢さん、お怪我は……ッ!?」
「大丈夫よ。うふふふふ」
アルドは女性に向き直り、絶句させられた。
女性の帽子が落ち、素顔が露わになる。
「久しぶり。アル」
「イリィ……?」
そこには死んだと思っていた幼馴染が立っていた。
「なぜ……君が」
「アル。そっちこそどうして?」
アルドとイリィは向き合い、話始めた。
「……さっき言った通りだよ。馬がなくて……」
「嘘ね」
その言葉にアルドはどきっとさせられる。
「私に会いにきた……とか言ってくれないの?」
「……あ、ああ……その方がいいかもな」
アルドは心の中で安堵した。嘘を見破られたと思ったのだ。
「……これからどうしましょう。荷を運んでいた途中だったのに」
「……俺が護衛してやるよ」
「本当に?」
「ああ。俺は傭兵さ。討伐者でもあるし……」
その言葉にイリィは眩しい笑顔を見せた。
「嬉しいわ、アル。いっしょに行きましょう」
アルドは雲行きが怪しくなってきた計画が無事に行くことを祈りながら馬の手綱を握った。
イリィのおかげで、教団への潜入は思いのほか上手く行った。
彼女は教団へアルドを斡旋してくれたのだ。
そして今、地下で行われた集会にアルドは呼び出され、彼らの話を聞いていた。
「彼なら問題ないわ」
「その根拠は何なんですかねえ」
「……何? 私に意見する気?」
イリィが反対側に座る男を睨む。
レートと言われた男はう……と言葉を詰まらせた。
「私と弟が成果を上げれば……お前など……」
「何か言った? 大きな声で言ってくれないと聞こえないわ」
「……何でもありません」
「……さて。これであなたは晴れて教団の一員になったよ。教祖にはまだ会わせてあげられないけど」
集会部屋を後にし、廊下をイリィと歩いている。すると、目の前の部屋から子どもが飛び出し、アルドにぶつかった。
「大丈夫か?」
「……ッ!」
少女は脅えたように身を竦めて座り込んでしまった。少女にイリィが優しく声を掛ける。
「あら。テレニーちゃん、大丈夫?」
「……呼ばないで」
「何かな?」
「その名で呼ばないでッ!」
そう叫ぶとテレニーは駆け出してしまった。
「あの子はどうしたんだ?」
「ふふ。あの子はちょっと特殊でね。……そろそろ新しい体を調達してあげないと」
不穏な言葉にアルドは眉を顰めたが、気取られないようすぐに表情を戻した。
「……俺は何かすることはあるかな」
「そうね……私の相手、かな」
「何?」
「冗談よ。アル、あなたはまだ何もしなくていいわ」
イリィはアルドに微笑んだ。
「しかしな……」
「あ、一つやることを思い出した」
「それは何だ?」
アルドが訊き出す。
「……船が一つ渡ってきたのよ。別の大陸からだと思うんだけど、気になるのよね。見てきてくれない?」
「場所は?」
「黒い海岸。ここから遠くないわ。先遣隊が逃げ帰ってきたから、気をつけてね」
「ああ。すぐ帰ってくる」
アルドは船の元へと向かった。
「……あれか」
黒い茂みに隠れ様子を伺っていたアルドがつぶやいた。
蒼い帆の船が一隻、停泊している。
その周りを蒼い甲冑を着た騎士が巡回していた。
「……連絡は?」
蒼騎士が別の騎士に訊いた。
「まだありません。……我々だけで……」
「ダメだ。危険すぎる。王女に何かあったらどうする」
王女? どうやらかなり重要な人物が乗っているようだ。
上手く連れて帰れば評価を稼げるか。
アルドは強引に攻めることにした。
バシュッ! という銃声と共に、茂みから飛び出し、攻撃を開始する。
「敵襲!?」
「シンディ様を守れ!」
騎士達の叫びが聞こえる。
アルドは手近な騎士の手を浅く裂き、遠くの騎士の足を撃ち抜いた。
すると、隊長らしき男が大剣を振りかざしてきたため、アルドも自身の大剣で防いだ。
「……何が望みだ!」
「なに、ちょっと王女様とお話をね」
「させん!」
隊長の掛け声と共に、剣が煌めき始めた。
エンチャントでも、属性刃でもない。
直後に発生した爆発にアルドの剣は吹き飛ばされてしまった。
「何ッ!?」
「終わりだ!」
アルドに向かって剣が振り下ろされる。
アルドはギリギリで躱し、騎士に蹴りを入れた。
「王女様には指一本触れさせん!」
凄まじい剣戟にアルドは全力で躱し続けた。この男はかなりの手練れだ。
それに戦い方に違和感があった。
より戦いに特化した戦い方のような気がする。
拳銃で応戦を試みるが、如何せん距離が近い。
狙いをつける前に剣撃にさらされ、回避せざるを得ない。
相手を殺す気でいれば問題はなかったが、アルドには殺すつもりはなかった。
まあ、思慮不足であったことは間違いない。奇襲せず、声を掛けるべきだったのだ。
「……くっ……!?」
騎士の突然の足払いにアルドは転がされてしまった。
騎士にこのような奇策を弄されるとは思っても見なかったアルドは目を見開き、拳銃で抵抗を試みる。
だが、至近距離でどちらが有利かは言うまでもなかった。
アルドが引き金を引こうとした刹那、蒼騎士の剣が振り下ろされる。
バシュッ! と、銃声が響いた。
蜂の巣になった蒼騎士が、横へ飛んで行った。
今の音はアルドの銃から発せられたものではない。
アルドは閃光が迸った方を見て……驚いた。
「イリィ……?」
「ごめんね、アル。ついてきちゃった」
手には対魔物……それもとりわけ凶暴なタイプに使われる散弾銃が握られている。
あまりに強力すぎる威力の為、一部の例外を除いて使用が認められない代物だ。
「……殺す事はなかったろ」
アルドは立ち上がり、イリィを諫めた。
「……あるわ。アルドを殺そうとしたもの」
そう言ってイリィはにっこりと笑う。
「バカな……この大陸は……」
死んだと思っていた蒼の騎士の声が聞こえ、アルドは近づいた。
「……悪い。殺す気はなかった」
「……王女様に……手出しは……させん……」
蒼騎士は立ち上がろうと身体に力を込めるが、血を吐くだけで立ち上がることは出来ない。
「約束する。すまない……」
「無念。カサイン様……」
蒼騎士が動かなくなった。
イリィは騎士に近づくと手に持っていた大剣を拾い、アルドに渡した。
「これ、上物よ。使ったら?」
「……しかし」
死者の物を盗むのは憚られたが、自分の剣を見ると、無残に折れていた。
それに、イリィが言った通り、かなりの上物だ。
アルドはありがたく頂戴することにした。
「じゃあ、私はあの船を調査するから……あなたはゆっくり休んで頂戴」
「おい」
「何?」
船へ向かっていたイリィが足を止める。
アルドは逡巡したが、念には念を押すことにした。
「……王女に手は出すなよ」
「ええ。手は出さない。ただ、お話するだけよ」
イリィは微笑むと、船の調査を始めた。
それからまた月日が立ち――アルドは教団とセレナの元を行ったり来たりを繰り返していた。
結局、シンディという王女は教団に入ったらしい。
教団の信頼を勝ち取るという名目上、致し方なかったが、それでも心に苦いものは残った。
それにイリィの存在もアルドの心を揺さぶっていた。
大人の女性になったイリィ。大人になった余波は、彼女の優しさをも喰らいつくしてしまったのか。
川釣りをしながら、笑い合っていた頃に比べてイリィは別人になっていた。
アルドや一部の例外を除いて、イリィは傲慢かつ非情な態度で他の者に接していた。
散弾銃で敵を蜂の巣にし、恍惚な表情で微笑む彼女は悪魔に取りつかれたとしか思えない。
そもそも、なぜ彼女が教団に入ったのか、アルドは恐ろしくて訊けなかった。
「アルドさん」
一体彼女に何があったのか。生きていたならばなぜ、自分に連絡をしなかったのか、疑問は尽きない。
「アルドさん!」
「何だ?」
呼びかけられていた事にようやく気付いたアルドは、セレナに応えた。
「大変です。あれを」
セレナが指した方向を見ると、一人の男が拳銃で教団のローブと応戦している所だった。
二丁拳銃で応戦しているが、相手の数が圧倒的に多い。
「くそ! 何なんだお前ら!」
「お前こそ何だ! その子を寄越せ!」
よく見ると、男は子どもを庇うように戦っていた。
アルドは教団が子どもを誘拐していたことを思い出す。
恐らく、子どもを攫っていた現場に鉢合わせしたのだろう。
「アヴィンさん! アルドさん! 助けましょう!」
セレナがアルドとアヴィンを交互に見た。
丁度いい。そろそろ勝負をしたい頃合いだった。
「おい」
「敵を斃した数、だな」
「二人とも……?」
よくわからないセレナが首を傾げる。
そして、そんな彼女を置いて、二人は駆け出した。
アヴィンはナイフを投げ、アルドは射撃をする。
遠距離ならばアルドが有利だ。目の前の男に集中していたローブ達を的確に撃ち抜いていく。
「俺の勝ちだな」
「どうかな」
アヴィンは敵の群れに突っ込み、両手で持ったナイフで首を掻き斬っていった。アヴィンの素早い身のこなしに、敵はなす術もなく斃れていく。
残り一人となり、アルドは銃を、アヴィンはナイフを構えいざ放とうとした瞬間、予想外の事が起こった。
セレナが駆けてきたかと思うと、その男を撲殺したのだ。
「大丈夫ですか?」
セレナは微笑み、子どもと、男に向けて手を差し伸べる。
子どもが泣きながらセレナに抱き着き、男は感動した様子で立ち上がった。
そのまま、セレナの手を取る。
「……まだ世の中捨てたもんじゃねえな……」
「……意味がよく分かりませんが……世界はこれから救われます」
「お姉ちゃん、聖母様みたい」
「確かに……」
泣き止んだ子供が言った言葉に男が同意する。
そして、跪くと、セレナにこう言った。
「俺は……いや、私は月影の忍。このご恩を返したい。私をどうか、付き人にして欲しい」
「え? そ、それは……」
突然の申し出にセレナが困惑する。
当然だ。その場にいたアルドとアヴィンでさえ意味が分からなかったのだから。
「お前は何を言っている?」
「セレナは一人しか倒していない。ほとんどが俺らだぞ!」
今回も奇数だった為、最後の一人を始末さえすれば、アルドかアヴィン、どちらかの勝利は決まっていた。
しかし、セレナが倒してしまった為、引き分けに終わってしまったのだ。
「……何やら外野がうるさいが気になさらず。私を自分の手足だと思って……」
「待て。そんな得体の知れない人間を……」
「忍なら己の役目を果たすべきだろ。そうだよな?」
三人に同時に話しかけられたセレナは困った様子で考え込み、声を出した。
「わかりました! まず、あなたの名前を教えて下さい!」
「私はレイ・ツキカゲ。射撃についてはお任せを」
「忍のくせにか?」
アルドが突っ込むと、レイがムスッとした視線を送る。
「ではレイさん。私の仲間になりませんか? これから二人と私の主の元へと向かうのです。もし、仲間になると言うのであれば……」
「喜んでお供します」
レイはあっさり承諾し、満面の笑みを見せ、アヴィンが困ったように頭に手を当てる。
アルドは、これからどうなるのかと不安になりながらため息をついた。
読んで下さった方、ありがとうございました。




