風鳴りの姫Ⅱ
カン! カン! カン! カン! シュウは警鐘が鳴り響く町を目的地に向かって走って行く。
町はひどく混乱しており、彼は逃げ惑う人の中を縫うように走らなければならなかった。
「退いてくれ! 急いでるんだ!」
シュウが叫びながら急いでいると「きゃっ!」と言って目の前で少女が転んだ。
アンナだ。
「アンナ! 無事だったか!?」
「お兄……ちゃん……なの? その仮面は?」
シュウは自分が仮面をつけた状態で話しかけていたことに気付いたが、今はその事について話している場合じゃないと、頭の隅に追いやった。
シュウは、アンナを立ち上がらせる。
「そうだ! 早く逃げろ!」
「っ! お兄ちゃん危ない!」
後ろから何者かが殺意を持って近づいてくるのを感じたシュウは、瞬時に抜刀。
刀を横にして斬撃をアンナを庇うように防いだ。
鍔迫り合いになったが、シュウは横蹴りの突きをみぞおちに喰らわせて、ガクンと下がってきた頭を思いっきり蹴り飛ばした。
殺すか迷ったが、暗い緑色の鎧を着たこの男が敵かどうか判断がつかなかったのとアンナの前だったため気絶させた。
「城の方へ逃げろ! そこなら安全だ!」
「わかった! 気を付けてね!」
シュウはアンナと別れてトハ地区に向かう。
地区内に入るとあちこちで戦闘が行われていた。風属性の武器を双方使用しているため、風が吹く音が鳴りやむ様子はない。
近くにいた親衛隊らしき騎士とその部隊に何者だ! と言われて焦ったが、騎士たちはすぐ味方だと気づいたのか敵の情報を教えてくれた。
「お前が連絡のあった協力者か。仮面をつけてて良かったな。斬っちまうとこだった」
「同志討ちは避けたいな。見分け方とかはあるか?」
「連中は暗い緑色の鎧を着ている。警備隊長のセルンの趣味でな。我々の味方は全員明るい緑だから間違えるなよ?」
「警備隊長……セルンの特徴は?」
「セフィロ様と同じ明るい緑色の髪をしている。最も、性格も仁徳も似ても似つかないがな。お前、セルンを討ち取る気か?」
「そのつもりだ。こんなバカげた騒ぎをさっさと終わりにしたいからな」
「同感だ。この先に見える警備隊の詰所に陣取ってる。ちょうど突撃部隊を編制していたところだ。いっしょに来い。行くぞ!」
「わかった」
シュウと騎士たちは詰所に向かって走り出した。
すると、弓や銃を持った敵の部隊が詰所の屋上から現れた。
だが、騎士たちは盾を構えながらそのまま真っ直ぐ進む。
どうするんだとシュウは不安に思ったが心配無用だった。
「攻撃が来るぞ! 総員、防護風を張れ!」
騎士たちの体に纏わりつくように風が吹き彼らはちょっとした竜巻のようになった。
敵の攻撃はその風に阻まれ、騎士たちに傷を与えることができない。
シュウは後ろに隠れさせてもらいそのまま騎士について行った。
しかし、詰所まであと一歩のところまで迫ったとき、騎士の一人が燃え上がった。
「くそ! 火属性の攻撃だ! 防護風を解け!」
騎士たちは防護風を解いて盾を構えて射撃を防ぎつつ風の剣を振った。
剣から風が吹き刃の形となった風が敵に向かって飛んでいく。
だが、相手もその攻撃は熟知しているようでなかなか倒すことができない。
シュウは騎士たちに攻撃を防いでもらったお礼をすることにした。
拳銃を抜き鉱石を光属性に変えて彼は走り出す。
「ばかめ! 仮面男がこっちに来るぞ! 蜂の巣にしてやれ!」
閃光や弓がこちらに飛んでくるが、シュウはそれを紙一重で躱しながら進む。
騎士たちは敵がシュウに気を取られているうちに再び攻撃しながら移動し始めた。
「なんだあいつ! 速い! 攻撃が当たらないぞ!」
敵に動揺が走る。その瞬間をシュウは逃さなかった。
拳銃を構えて撃つ。バシュッ! バシュッ! と光の閃光が複数回輝く。
十人ほどいた狙撃手はすでに屍となっていた。
今が好機と騎士たちも走り、シュウと親衛隊は詰所の入り口に辿り着いた。
だが、着いたと同時に門が開き敵の増援が現れて乱戦となった。
「抵抗を止めろ! もう後がないだろう!」
「それは出来んな。私がセフィロの部隊に降伏するなどありえぬ」
騎士が降伏を命じたが屋上から聞こえた声に拒否された。目の前の敵を切り伏せシュウが上を見上げると暗い緑色の鎧を着た緑髪の男がこちらを見下ろしていた。
「セルン! もうやめろ! 無駄な血を流すな!」
「黙れ。セフィロの狗が。ふんっ!」
騎士に向かってセルンが風の斬撃を飛ばした。騎士は慌てて盾を構えようとしたが一歩遅く、首と胴が切り離された。
「隊長! くそ!」
「お前!」
騎士たちの叫びを聞きシュウはセルンに向かって怒鳴った。
あいつを倒せば全て終わる。
そう思いシュウは目の前の敵の股間を蹴り、情けなく体を折った敵兵の背中を踏み台にして飛んだあと、詰所の窓枠を足場にしてさらに飛んで、強化された肉体の跳躍力を披露し屋上に飛び乗った。
「ほう……その刀は遺物か。上物だな」
「俺の刀などどうでもいいだろう? 決着をつけるぞ」
シュウは刀の切っ先をセルンに向けた。
一対一の決闘であるためシュウは刀しか装備してない。セルンも盾と剣を構える。
両者は、誰もいない屋上で睨みあいになった。
「そうか……仮面の男。私の計画をことごとく乱したのはお前か。せっかく野盗に入れ知恵をしたのに無駄になってしまったではないか。それに視察の件もそうだ。もう少し火属性の武器を揃えたかったのだがな」
「あの汽車とラーシュ村の件はお前の仕業だったのか? ならなおさら許せないな」
「それはこっちのセリフだ。おかげでこのような有様になってしまった。だが、まだ間に合う。この国を私の物にするために、死んでもらおう!」
セルンは盾を構えこちらに向かい、剣をシュウに向かって振り下ろした。シュウは刀を両手で持ち、その攻撃を受け止めた。
「どうした? 攻めてこないのか?」
「まさか!」
シュウは行動でセルンの問いに答えた。
彼は別に正々堂々をよしとする武人ではない。
シュウはセルンの足を取って転ばせようとする。
しかし、突然セルンの剣が風を纏い、威力が上がった斬撃で剣を受け止めていた刀を弾き返す。
シュウは後ろによろけてしまった。
「ふん! サムライかと思ったが、汚い手を使う暗殺者か! そのような手では私を倒せん!」
「なるほど。腕は確かだな」
短期決戦は無理か。シュウは姑息な手をやめて正面から戦うことにした。
「ふっ!」
左斜めからセルンに斬りかかる。だがセルンはそれを剣で受け止めてやすやすと弾き返した。
「そのような攻撃ではな! 風のエンチャントをなめてもらっては困る!」
(くそ、厄介だな)
剣だけだったら対処のしようがあったが、盾を持っている。攻撃が届く前に風を纏う剣に弾かれるか、盾で防がれるかのどちらかだった。
そのため、シュウは攻めるのを止め、神経を集中させて攻撃が来るのを待つ。
「死ね! 仮面男!」
セルンが勢いよく剣を振りかぶる。
シュウはその剣を受け流しながら彼の右側面に動き、勢い余って前のめりになったセルンの脇腹を斬りつけた。
「ぬっ! おおお!」
しかしセルンもただやられるわけではない。
腰をひねらせてシュウに斬りかかってきた。彼は後ろに飛んで躱したが直後に風の刃が飛んできた。
シュウはそれを叩き斬って体勢を立て直したが、それはセルンも同じだった。
「お前のような者が! 私に傷を! 私はこのゼファーの王になる男だぞ!」
「いいや、お前は俺の刀の錆びになるのさ。いや、この刀は錆びなかったな。すまん、ただの屍に訂正しよう」
「お前!」
シュウの挑発に激昂したセルンは、剣を振りかぶって突撃する。
だが、途中で閃光が煌めき一瞬セルンの動きが止まる。
その隙をシュウは逃さずセルンの右胸に向かって思いっきり刀を突き刺した。
「ぐほっ! ……ばかな……今のは?」
セルンはそうつぶやきながら仰向けに倒れた。
「この私が……お前ごときに……不覚を取るとは……。流れ弾さえなければ……」
流れ弾……今のが?
シュウは疑問を感じたがセルンが話していたため思考に耽りはしなかった。
「この国の王に……なるはずだった……セフィロさえ……がっ! だが……まあ良い。地獄で……お前の悔しがる顔を見ることと……し、よ……う」
セルンは意味深の言葉を残し、息を引き取った。
今のはどういう意味だ? とシュウが考えていると、下にいた騎士の歓喜の声と
「いやあ、やっとこれで城の警備に戻れる!」
という声を聞いた。
まさか!
シュウは嫌な予感がし、屋上から飛び降り三点着地を決め、騎士にここを頼む! と叫び城へと走り出した。
シュウがトハ地区に向かった後、セフィロは急いで伝令に仮面男は味方という旨を伝えレットと共に執務室に向かった。
執務室に行き椅子に座るとレットに紅茶を出されたが、彼女はそれを飲まずにレットを急がせた。
「早く! 急いで重大な案件を片付けましょう!」
「わかりました。これを見てください」
「わかったわ。……トハ地区の税引き下げ調整案? こっちは不当に潰された店舗への補填について……ふざけてるの?」
「ふざけてなど。急いで対応するべきでしょう」
「もちろん対応は急がなければいけないわ。でも、反乱を止めることの方が先でしょう!?」
「それは親衛隊にお任せを。彼らの優秀さは良くご存じでしょう?」
「そういう問題じゃないわ! あなたは、私が8歳の頃から世話をしてくれている。私はあなたを信頼しているわ。でもこれはどういうこと? 今までのあなたならこんなことはなかったはずよ!?」
セフィロはレットに対して怒っていた。
幼いころから世話をしてもらい、さらに両親が亡くなってからも自分を補佐してくれたレットを彼女は信頼していたが、今回のレットの行動はその信頼を疑わせるには十分だった。
「まあまあ、セフィロ様。あなたは気が立っているのです。紅茶でも飲んで落ち着いてください」
セフィロはとてもそんな気分ではなかったが、レットに促され紅茶を口に含んだ。
「っ!?」
セフィロは装飾が施されたカップを落とした。ガシャン! という音が響き渡る。
「っ……これは……くっ!」
セフィロの息が荒くなっていた。
今の紅茶は何? 彼女は疑問で頭がいっぱいになる。
体がちゃんと言う事を聞いてくれない。気分も悪くなっている。
「おいしいでしょう? 私自慢の紅茶です。あなたの両親がおいしさのあまり天に旅立ってしまうほどの絶品ですからね」
「レット! あなた、あなたはまさか!?」
「いやあ、あの時は困りましたよ。遺物を回収しようとしたらイグナイト王が訪問してくるのですから。あなたの幼馴染にも困ったものです。あのクソガキが」
「な……私の両親を!」
セフィロは持ってきていた槍を手に掴んだが、きちんと体勢を取れない。
立ち上がろうとして派手な音を立てて倒れこんでしまった。
「ほらほら。あまり無茶しないで。ふふ、その槍はあなたの毒を打ち消してはくれませんよ?」
「くっ! 誰か! 衛兵!」
セフィロは今出せる精一杯の声で助けを呼んだ。だが、誰も呼びかけには応えてくれない。
「何を言ってるんですか。城より民を守れというあなたの命令で、ほとんどの兵はトハ地区に向かってしまったじゃないですか。とはいえ、残った兵に来られると厄介ですねえ。そろそろお暇しましょうか」
レットは煌めきの石とよばれる石を取り出した。流れ星が煌めくかのように一瞬でマーキングされた場所に移動できるこの石は、中級聖遺物として重宝されている。
「さあ行きましょう姫様……むっ!」
レットがろくに抵抗も出来ないセフィロを掴み石を使おうとすると、執務室のドアが開きリクとアンナが飛び出してきた。
リクがレットに飛びかかって揉み合いになった。
その衝撃でレットは手に持っていた石を落とす。
リクはしばらく抵抗していたが、レットの蹴りを喰らい突き飛ばされてしまった。
「リク君!」「リ……ク……」
アンナとセフィロがリクを心配して声を上げる。その間にレットは立ち上がり、懐から取り出した鞭でリクを叩こうとした。
「このクソガキ!」
「させないよ! 売れ残りの煙幕!」
レットが鞭を振るおうとした瞬間、アンナが投げつけた煙幕が執務室に広がった。
レットは咳き込みながら石を探したが見つからず、慌てて懐を探す。
そのために煌めきの石がいくつかこぼれたが、彼が拾う間もなく何の騒ぎだ!?と廊下から聞こえたためセフィロの腕を掴んで光の中に消えた。
「セフィロ!」「セフィロ様!」
リクとアンナの叫びが部屋に響いた。
シュウが急いで城に戻ると、城内は騒然としていた。
あちこちから大変だ! 親衛隊を呼び戻せ! という怒号が聞こえてくる。
くそ! セフィロはどこだ?
シュウが辺りを捜索しているとお兄ちゃん! と声を掛けられた。
「アンナ! 何があったか知らないか!?」
「大変だよ! セフィロ様が攫われちゃった!」
「何だと!?」
シュウは驚愕した。あの言葉の意味はこれだったのか!
「くそ! どこに行ったんだ!?」
「わかんない! 煌めきの石を使われちゃった!」
煌めきの石。シュウは一番最悪な展開だと思った。
どこに向かったか検討もつかない。
「待って! 仮面の人! まだ方法はあるよ!」
どうすればいいか思案していると、アンナの横でお腹を押さえているリクに話かけられた。
「レットはいくつか石を落としていったんだ。最初に落とした石と別の石を使って跳んだからこの石も目的地はいっしょだと思う。……たぶん」
違う可能性もあるが、何もしないよりましだった。
リクから石を受け取り跳ぼうとすると、シュウは彼にお願いされた。
「セフィロを助けて! 僕には何も出来ないけど……彼女に伝えたいことがあるんだ!」
「いや、石を持っててくれただけでも君は十分働いたよ。セフィロを連れて戻る」
シュウは石に念を送った。
石が煌めき、光に包まれながらリクとアンナの頑張って! という声にうなずき、シュウは転移した。
朦朧とする意識の中、気力を振りしきり辺りを見渡したセフィロは、そこが墓場であることが分かった。
近くにある海から来る優しい海風を感じながら、後ろにあった墓石に寄りかかるように寝ている。
自分が寄り掛かっている墓石には見覚えがあった。
セフィロの両親の墓だ。豪華な物ではなく、民と同じ質素な墓石にしてくれ。
それが彼女の父親の希望だった。
突然倒れた父と母のベットの脇でセフィロは泣きじゃくりながらその願いを聞き入れ、たまたま遊びに来ていたイグナイト王と幼馴染のバーンに墓石を建ててくれるように頼んだのだ。
「おや、セフィロ様……お目覚めですか? いけませんねえ。こんな時間に寝ては!」
「レッ……ト……。あなたは……」
反論を言う事さえ難しいセフィロをレットは見下ろしていた。顔には狂気の笑みが浮かんでいる。
「しかしやっと成功したあ! 汽車で騒ぎを起こさせて、親衛隊がラーシュ村に向かった後に事を起こすつもりだったが、途中で止められてしまった時はどうなるかと思いましたがねえ! せめてゼファー領にさえ入っていれば…。まあ、過ぎたことを言ってもしょうがありません。そうでしょう? セフィロ様あ!」
「あ……なたは……最初から……この……つもりで……?」
「ふはっ! 聞きたい!? 聞きたーいいい!? せいかーいでええすう! さっすがセフィロ様!」
レットはセフィロの問いにバカにするように答えた。
「く……両……親も……!」
「そうそう! 全く、本当は二年で終わるはずだったのに! 十二年! ずっと城で働きっぱなし! 小娘の下でとか、ありえねえだろ!? それに加えて、民のため城を開放しようだの! 視察を始めようだの! 税を国民の負担にならないよう調整しましょうだの! いちいちいちいち! 仕事を増やしやがってえええ!」
「ぐあっ! ……く……がは……う……」
レットは貧弱しているセフィロを蹴り飛ばす。セフィロの口から血が出る。毒が体全体を蝕み始めていた。
「ふん……。しかしあれだ。せっかく育てたんだ。その美しく育った体を、頂くのも悪くないかもしれませんねえ。くふっ! 両親もさぞかしお喜びになることでしょう! 死にかけの娘が自分たちの墓石の前で犯される……最高でしょう! ねえ! そう思いませんか!? ……くくっ!感謝してください? 冥土の土産に私が快楽に溺れさせてあげますよ! まあ、途中で壊れちゃうかもしれませんがね!」
レットが狂気に満ち溢れた声でセフィロに話しかけるが、彼女は既に言葉を発せられる状態ではなかった。
確実に迫ってくる死を感じながら、せめてもの抵抗としてレットを睨み付ける。
「くふふ! いい目だ……興奮しますよ……。この状況! あのリクというガキも喜ぶだろうなあ!」
リク。セフィロが幼いころからの友人である彼は、とても気が弱く、小柄で泣き虫だった。
だが、国民がセフィロを雲の上のような存在として遠慮がちに接する中、彼はセフィロを一人の人間として見てくれた。
そんな風に接してくれたのはバーンを除いて彼だけだ。青春時代をリクと共に過ごしたセフィロは、そんな彼にいつしか恋をしていた。
だが、セフィロは想いを伝えることも出来ず、抵抗すら出来ないまま犯されて死ぬ。彼女の瞳から涙が落ちる。
(リク……お父様……お母様……バーン……国民のみんな……ごめんなさい)
「ほほ! うれし泣きかあ! とんだ淫乱女だなあ! こんな王女、国民は失望するだろうなあ!」
「それはどうかな?」
レットは声がした方を慌てて振り返る。そこには刀を背負った仮面男が立っていた。
「お前! セルンはどうした!?」
「そいつなら殺した。残念だったな」
「残念!? まさか!あんな使えない男、ただの使い捨てですよ! 槍を盗んでやるって言ったら簡単に引っかかってくれた! ゼファー一族はどいつもこいつもバカだなあ!」
レットは狂気の叫びを続ける。
シュウはこのくそったれにイライラしてきた。
それに、セフィロの容体が心配だ。さっさと決着をつけなければ。
「まあセルンはバカだったろうがな。セフィロはバカじゃない。何せ、俺の素性をすぐ見破ったしな。それに、バカはお前もだ。石をいくつも落としていってくれたしな。おかげさまで間に合ったよ」
シュウは刀を抜いた。すると、レットが「その刀は!?」と叫んだ。
「まさか……!? あの灰色の奴が取り逃した遺物ぅぅぅ? いやっほう! 上級聖遺物を二つも! これで私の教団の地位もうなぎ上りぃぃ!!」
「灰色の奴? ……教団だと?」
「あら、口を滑らせていまいましたか。まあ構いません。あなたはここでぇ死ぬのだからぁ!」
レットは鞭を横に振るってきた。
避けられなかったため、シュウは防いだが、刀に鞭が纏わりついてしく。
「これは!? ……くっ! 切れない!」
「断罪の鞭ですよお! そんな簡単に切れません! 勝ったあ!」
左手で引き抜いたナイフで鞭を切ろうとしても切れる様子がない。
レットは勝ち誇っていたが、別にシュウの武器は刀だけではなかった。
シュウは躊躇なく刀を離し、引っ張っていた刀が突然引き寄せられたためにバランスを崩したレットがしりもちをつく。
シュウは拳銃をレットに向けた。
「バカな……! 遺物を離すなんて!?」
「バカはお前だ。刀を奪ったぐらいで勝った気になるとは。……教団とは何だ?」
「誰が答えるか! くそめ、死ねえ!」
レットは再び鞭を振るおうとしてきた。奴は何も話さないだろう。
そう思ったシュウは、銃口をその額に向けて引き金を引いた。
「が……教団万歳」
レットが絶命したのを確認した後、セフィロにシュウは近づいた。
「大丈夫か!? くそ! 顔が真っ青だ!」
シュウがどうするべきか思案していると光と共にリクが現れた。
残っていた煌めきの石を使ったのだろう。
セフィロの状態を見て、
「セフィロ! そんな!」
と叫び彼女を抱きかかえた。
「だめだよ! セフィロ! 死んだら嫌だよ!」
「くそ! 何か方法はないか!?」
「エルフの万能薬なら……。でも、今僕は持ってないしこの国にもない!」
そう叫びながらリクは持ってきていた道具を取りだし応急処置を始めた。
「処置できるのか!?」
「僕は医者だから処置は出来る! でも、あくまでその場しのぎだよ! こんなことなら、毒についてもっとよく調べてれば……!」
「この毒がなんだか知ってるのか!?」
「一応! でも、この毒は死ぬと効力が無くなるのか、先代の体からは特に異常が見つからなかったんだよ! イグナイト王の知識がなければ誰も毒殺だなんて思わなかった! ああ、ダメだ! セフィロ!」
「……リ……ク……あなたな……の?」
セフィロが最後の力を絞って声を出した。
「セフィロ!? ダメだ、しゃべっちゃ!」
「い……わせ……て? ……私……あなたの……ことが……す……」
話が途切れ、セフィロの体から力が抜ける。リクの絶叫が墓場に響き渡った。
その叫びを聞きながらシュウはリクとセフィロを自分とアクアに重ねた。
あの時と同じだ。大事な人が目の前で死ぬ。またこんなことが起きるのか。
シュウはお守りを見つめた。
(アクア……。君が何を思ってこれを俺にくれたかは知らない。だが……君はきっとこうしただろうな)
泣き叫ぶリクにシュウは声を掛けた。
「リク……セフィロを、このまま……死なせろ」
「何を言って!?」
「話を最後まで聞け! この中に命の結晶がある。それで彼女を生き返らせるんだ。君の言ってた通りなら、一度死ねば毒はなくなるんだろう?」
「でも……確証があるわけじゃ」
「だが、可能性はある。信じるんだ」
リクはすぐに決断した。
「わかった……セフィロを……一度死なせる」
リクとシュウはセフィロが息を引き取るのを待った。
リクは顔こそ冷静を保ってはいるが、心の中はとんでもないことになっているだろう。
一度愛する人が死ぬのを見届けなければならないのだから。
「……セフィロは……死んだ。結晶を使うよ?」
「ああ。……アクア、セフィロを救ってくれ」
リクはセフィロの手に結晶を握らせ、その手を握り、念を送った。
セフィロの手の中で結晶が輝きだす。
「……あ……リ……ク……?」
「セフィロ! 良かった」
セフィロは目を開けてリクの名を呼んだ。
セフィロは見事生き返った。
衰弱しているようだが、顔色が良くなっている。
毒の方も心配なさそうだ。
「ふう……ありがとう、アクア」
シュウは一人、アクアに向かってお礼を言った。すると、突然リクが緊張した顔で話し始めた。
「セフィロ……聞いてほしいことがあるんだ」
「な……に……?」
「僕は、君のことが……好きなんだあ!!」
リクの告白が墓場に響き渡る。だが、その言葉を聞くべきセフィロは話の途中で眠ってしまい、告白を聞いたのはシュウだけだった。
リクは「あれ……?」と言ったあと、顔を真っ赤に染めた。
シュウは思わずからかいたくなった。
「すまんな、俺は男は勘弁だ」
「うう、ほっといてよおお!!」
リクの叫びが再び墓場に響いた。
その叫びを聞いてシュウがにやりと笑う。シュウの心はとても晴れやかだった。
ウイングタウンの旅立ちの広場。
噴水前のベンチに、後ろで結んだ長髪を風になびかせながら、黒髪の男が札に向かって話しかけていた。
近くで遊んでいた子どもたちがその様子を見てからかったが、男は気に留めなかった。
「……すまんな。子どもが騒がしいんだ。……ああ。対象は城に戻ってきた。……実にいい顔をしていたよ。……そうだ、お前の言った通りだな。……ガンショップであった時は驚いたが。……別にわざとじゃない。銃マニアだというのを忘れていた。しかし、話が合いそうだ」
男はそう言ってベンチに立てかけてあった狙撃銃を見つめた。
「……しかし本当にそっくりだった。改めてそう思わされたよ。以前はよく見えなかったからな……まあそうだな。……でも、まだまだ修行が足りんな。俺が手を出さなければならないとは。……大丈夫、気づかれてないさ。……では引き続き監視を……何? ……戻るのは構わないが……いいのか? ……わかった。じゃあな、アヴィン」
男は札をしまい、駅に向かって移動し始めた。
読んで下さった方、ありがとうございました。