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ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
最終章
39/45

エピローグ

 そこは、千年以上経った今も、錆びれてはいなかった。

 とはとは言うものの、そこに訪れた男自身、初めてその場所を見る。

 確証はなかったが……それでも、確信は持てた。

 中は広さとは裏腹に、たった一部屋しかなかった。

 いや、正確にはもう少し部屋がありそうだが、そこには届きそうにない。

 縦長に広がる神殿の中には、奥にある祭壇と、それより頭上にある神殿の入り口にあったような巨大な扉があるだけだ。

 あの扉の先がどこに通じているのか。

 シュウはふと疑問を感じたが、すぐに考えは打ち消された。

 祭壇の上にある台座。そこに乗る球体に、心を奪われたからだ。

「……これが……秘宝」

 願いを叶える、人類に神が与えた、最高の宝。

 元は三人の英雄を生き返らせる為の物。しかし、重大な欠陥があるという。

 単一の願いしか叶えられない、融通の利かない宝具。

 シュウにアクアかセレナのどちらかを選択させる、天使にも悪魔にも見える代物。

 それはある意味で事実だった。

 魔物によって中断されたかに見えた争いは秘宝の登場によって激化した。

 ストリマとディメスが滅び、シュトナは衰退。

 そこまで行って人々は自らの愚かさに気付き戦争を止めた。

 これは全て伝聞だ。真実とは限らない。

 しかし、分かる気がした。

 これは争いを生む忌むべき物だ。

 だからこそ、この秘宝で世界を救済するべきだろう。

『……よく参った。英雄の子孫よ。汝、第一の願いを述べよ』

 ここに入った時と同じ、安堵させられる女の声が響く。

 第一の願い。それは……。

 シュウは目を瞑って決心すると、最初の願いを口にした。

「セレナの肉体を修復しろ」

『……承認。第二の願いは何か……?』

 一度開けば、口は思いのほか流暢に願いを吐き出した。

「セレナを蘇らせろ」

『……承認。第三の願いを告げよ』

 第三の願い。

 その願いは大勢を救うと同時に最愛の人間を救う事にもなる。

 彼女を……セレナを秘宝という忌々しい呪いから解き放つのだ。

「世界を……平和にしろ」

『……』

 急に声が返答を返さなくなった。

 シュウは訝しげに秘宝を見つめる。

 すると、だいぶ間を空けて、答えが返ってきた。

『汝が望むものは、これか?』

 急に秘宝が輝き出し、シュウを包み込んだ。

 シュウは思わず目を瞑る。

 光が収まったその時、シュウは目を開け……乾いた声を上げた。

 


 無。

 何も無い。

 暗い闇。

 純粋たる深淵。

 そこに自分が浮かんでいる。

 深淵の、黒い海の中に漂っている。

 まさか……これが……。

『真の平和とは……全てが無に帰し、混ざること。あなたは、本当にこれを望みますか?』

 これが平和……なのか?

 何も生きず、何も死なず。

 全てが融け込んで。

 ただ漠然と闇が広がるこの空間が平和だと言うのか。

 

 

 再び、シュウを光が包む。

 気づくと、神の門、神殿の中へと戻っていた。

「バカな……こんなことが……」

 シュウは茫然とつぶやいた。

 これが平和なら……セレナは何のために戦ってきたのか。

 自分の身を削り、他者の死に嘆き、最後には、遺体すら残らなかった彼女は、こんなものの為に……。

『今一度問おう。汝、第三の願いに何を望む?』

 何を願うべきか。

 いや……答えは出ている。

 だが、それは早計に思えた。

 我儘にも、独りよがりにも。

 しかし、セレナを救うためにはこの願いしか思いつかない。

 ならば、世界中から恨まれようと、憎まれようとも、この言葉を口にするしかあるまい。

「……秘宝を……破壊しろ」

『承認。よく決断しました……我が子孫』

 秘宝が強烈に光輝いた。

 先程の煌めきが嘘のようだ。

 同時に振動が神殿内に響いた。

 その揺れにシュウは倒れそうになる。

 寸での所で堪えると、秘宝から、ピシッ、とヒビが入る音がした。

 そして、そのままガラス玉が割れるように、派手に砕け散る。

「くっ……セレナは?」

 シュウは辺りを見回す。

 すると秘宝の破片が集まって、セレナとなった。

 シュウは近寄り、セレナを抱きかかえると、そのまま神殿の外へと走る。

 その手に確かな温もりが感じられた。

 姫を抱きかかえる騎士のようにシュウはひたすら足を動かす。

 神殿の崩壊が始まったのか、建物が崩れ始めた。

 柱が自分に倒れ込み、シュウは慌てて躱す。

 ふざけるな。こんなことで死ねるか。

 シュウは必死の思いで、神殿の中を走った。

 だが、セレナを抱えたまま、振動の激しい床を走るのは困難を極めた。

 それでも諦める気はない。

 これから、自分はセレナと共に歩む。

 いや、それは無理かもしれない。

 セレナは、世界を救わなかった自分を恨むかもしれない。

 しかし、それはそれで構わない。

 そうなったなら、彼女は絶望をしなくて済む。

 目の前に扉が見えた。

 出口だ。

 だが、扉の両脇にあった柱がシュウの行方を遮るように倒れる。

 どうすればいい?

 シュウは右手に目を落とす。

 この手甲は、肉体と融合した遺物の力を引き出すもの。

 まだ試してはいないが、闇の腕の力も問題なく出力するはず。

 命は喰われるだろうが、構うものか。

 シュウは握りこぶしを構え、すぐに解いた。

 氷の騎士が扉を壊したからだ。

「シュウさん! 早く!」

「シュウ! 急いで!」

 カナが弓で、シュウに降り注ぐガレキを射る。

 仲間が助けに来てくれた。

 シュウはセレナを抱きかかえ、仲間の元へと走って行った。




「壊れたか……」

 男は感慨深くつぶやく。

 銃口から吹いていた煙はもう消えていた。

 部下のおかげで果たせた復讐。しかし男の心は晴れてはいない。

 世界にはまだ火種が、悲しみが渦巻いている。

 その混沌は、人々の嘆きはいつになったら終わるのか。

 その問いかけに自信を持って答えた男達を覚えている。

 光の剣を掲げ、果敢に敵に向かって行った男。

 自身を喰らう刀を持ち、聖王に最後の戦いを挑んだ男。

 彼らの無念は晴れたのだろうが、私は違う。

 成すべきことがある。

 しかし、それが出来るかどうかは賭けだ。

 そうはなって欲しくない、とも男は願ってすらいる。

 それでも、もし上手く事が運べば、自分は躊躇しないだろう。

 それが自分。それが私だ。

 幾人もの屍を越えてきた。今更躊躇う道理がない。

 例え自分の心が壊れ、廃人となろうとも。

 友の子供と相対することになっても。

「……神よ。私は……お前を……」




 


 おかしい。

 強烈な違和感が心に渦巻く。

 いや、そもそも違和感を感じる事自体が有り得ない。

 音が聞こえる。においがする。

 肌に何かが触れる感触がする。

 もしや……。

 そう思い手を握ると、握れた。

 とすれば。

 瞼を開くと目が視えた。

 蒼い空が目の前に広がっている。

「目が覚めたか?」

 シュウ。シュウだ。

 シュウの声が聞こえる。

 セレナは体を起こし、辺りを見回す。

 離れた所に神の門……らしき建物が見えた。

 しかし、自信がない。

 建物は崩壊し、扉だけが残っている。あれが、神の門のなれの果て……なのだろうか。

 いやそんなことより。

 自分がここにいる、ということは……。

「まさか……秘宝を……」

「そういうことになるな」

 やはり。

 セレナの中で様々な感情が湧き出てきた。

 シュウが秘宝を手にしたという喜び。

 自分が生き返ったという戸惑い。

 そして、アクアとアヴィンはどうなったのかという疑問だ。

 しかし、見回してもここにはシュウと自分しかいない。

 他の皆はどこに行ったのか? その疑問にはシュウが答えてくれた。

「皆は捕虜を護送したり、負傷兵の治療に当たってる」

 皆の居場所については解決したが、まだ疑問は残っている。

 アクアはどうしたのか? アヴィンは?

「……アクアはいない。兄さんもな」

 そもそもシュウの中では、セレナが死んだ時点で、復活させる優先順位が入れ替わっていたのだ。

 本来順位などつけられるようなことではないが、誰か一人を選べと問われたならば、一番生き返らせたいと願う人間が蘇るのは必然だった。

 アクアとは会話できたが、兄さんはどうだったのか。そう考えると心は痛むが、兄の事だ。生き返らせたら説教を食らっていたような気がした。 

「……なんてことを……」

 そう言ってセレナは咎めるような声を出す。

 しかし、その顔は怒ってはいなかった。

 シュウはセレナを見て、彼女が困惑していることに気付いた。

 大方、他者を差し置いて自分が生き返ったことに混乱しているのだろう。

「なんてこと? そんな訳あるか。俺はこれを願って何の後悔もしていない」

 シュウはガレキから立ち上がりセレナへと近づいた。

「しかし……」

「しかしじゃない。君の戦いは終わった。俺の復讐もな。それでいいじゃないか」

「でも……それでは……」

 まだ納得できないらしい。

 シュウは嘆息してその手を取った。

「シュウ?」

「お前は俺を愛してると言った。俺も同じさ。つまり、両想い、恋人同士だってことだ。恋人の言う事を聞けないのか?」

 そこでセレナは目を見開き、確認するように、訊ねた。

「いいのですか?」

 その問いには、いくつかの意味が含まれていた。シュウはそれを承知で、頷く。

「いいさ。それでいい」

 セレナは涙をこぼし、戸惑った笑みを見せ、照れ隠しをするようにつぶやいた。

「……私は自分の意見しか言わない人は嫌いです。ちゃんと私の意見も聞いていただかないと」

「そうか。では、何が望みだ?」

 セレナはシュウの身体を引き寄せた。

 その拍子にシュウの仮面が外れる。

 隻眼の素顔をさらした男と、白い目に涙を溜め、眩しい笑顔を見せる女が、重なる。

 カラン、と音を立てて、もう必要のなくなった仮面が落ちた。



 

 崩れ去った神殿、神の門の最後を見ていた男は、部下に札を持ってこさせた。

 流石に大陸間では通信機による通信は出来ない。

 とすれば古典的な方法に頼らざるを得なくなる。

 まあ、男はそんな事を気にしない。ウストンならば、嫌味の一つもこぼすだろうが。

「聞こえますか? ……良かった。ではまず、結果の報告を。残念ながら秘宝は……」

 他人事のように蒼の騎士は報告を始めた。そして、突然の主の提案に、声を上げる。

「は? ……作用で。なるほど、あなたらしい考え方だ……。では、帰還次第、そうご報告させて頂きます」

 主らしい言葉に笑みをこぼす。そうだ。それでこそ我が主。

 すると、主が質問をしてきた。

「……何でしょう? ……ああ、あの男ですか。大丈夫です。なかなかの強者だと思いますよ。……それでは。アーガス様……」

 蒼い騎士は満足気に頷くと、札を仕舞い、部下と共にどこかへと去って行った。


 

 


「セレナ?」

 シュウが後ろを振り向く。

 皆と合流しようと歩いていた矢先、セレナが足を止めた。

 セレナは胸に手を当てていたが、すぐに小走りをするとシュウの横に並んだ。

「何でもありません。行きましょう」

 シュウはまた遅れないようにと、セレナの手を握る。

「帰ったらどうしましょう?」

 セレナが笑顔で訊いてきた。

「そうだな……ラミレスの家には上物の酒がいくつかあるんだ。祝杯をあげるとしよう」

「お酒……ですか。飲んだことがないので……」

「大丈夫だ。俺もあまり飲まない」

「本当ですか?」

「本当さ。言ったろ? それに俺は嘘をつかない」

「何か胡散臭いですね……」

「おいおい、信じろ、パートナー」

 シュウが言うと、どこか不満げな顔でセレナは見つめてきた。

「違います……恋人ですよ、シュウ」

 シュウは苦笑しながら、同意した。

「ああ。そうだな」

 シュウとセレナは見つめ合い、互いの手が離れないよう強く握りしめながら、歩み出した。

 

 

 人々は争い続けていた。

 戦いを止める為、神は異界から魔物を呼び出した。

 それだけでなく、神は秘宝を差出し、戦争は拡大した。

 しかし今、火種の一つは消え去った。

 残ったのは、人と魔物。

 神が与えし様々な宝具。

 そして……平和を願った女と、復讐を果たした男。

 二人が歩んでいく道が残った。



上手く終わらせられたでしょうか。

お分かりのように続編を予定しております。

このまま続けても良かったのですが、区切りがいいのと、ジャンルが戦記寄りになる予定ですので、一旦完結させることにしました。

完結済みですが、いくつか修正を加えたいのと、外伝を予定しているので完結済み設定にはしばらくしないつもりです。

読んで下さった方、ありがとうございました。


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