聖戦
老人がドアを開けると、金髪の青年が装備を整えている所だった。
「ライド。どこへ行くのだ」
「決まってんだろ。シュウを助けに行く」
ラミレスを一蹴し、ライドは猟銃を手に取る。
部屋を出ようとして、ラミレスに止められた。
「邪魔すんなって」
「待て。そのまま行っても足手まといなだけだ」
ラミレスに制され、ライドは苛立たしげに舌打ちした。
「ならどうすんだよ。ここで待ってろってのか?」
「違う。今お前が出来る最大の援護をするのだ」
ラミレスはライドを手招きし、どこかへ出かけて行った。
「じゃあね、ターニャちゃん」
ラクアがターニャに別れを告げる。だが、ターニャは納得していないようだ。
「……お兄様。本当にダメなの? 私も……」
「ダメだ。お前は、城を守れ」
タクスはターニャに厳しい口調で言った。
「城の守りなら……」
ターニャが辺りを見回す。
シュウ達は、雷の国から、土の国へと移動していた。
今いる場所はフォレスト城であり、準備が整い次第、保管庫なる秘宝の在り処へと、向かう予定だ。
「教団がどう動くかわからない」
タクスがターニャを諫めるが、彼女はむっとして反論した。
「それを言うなら皆そうじゃない。どこの国も王族が不在なんだから」
ターニャがタクスの後ろに立つ、王達を見ながら言う。
確かにターニャの言い分は筋が通っている。
今更、一国だけ王女が残った所で何の意味もないのかもしれない。
しかし、タクスの本心は戦術的な意味合いなどではなく、兄としての思いやり……気遣いとしてのそれだった。
「ターニャ。タクスを困らせてはダメ」
カナがターニャを諫める。親友に諫められ、ターニャは若干気落ちした。
「でも……私だけ……」
「私もいますよ、ターニャ様」
スーラがターニャの横に立った。
タクスの前なので、猫を被った状態だ。
「そうだよねー、スーラはしっかりとお城を守らないと!」
タクスの肩に乗っていたサニーが実に嬉しそうな顔をする。
反対に、ほんのわずか、スーラの顔がどす黒くなったが、それに気付いたのはラクアとサニー、カナだけだった。
「くそ……。ええ、ですから、私と共に、民を見守りましょう」
引きつった笑みでスーラがターニャに微笑む。
ターニャは苦笑しつつ、納得した。
「……わかったわ。……無事で帰ってきて」
「わかってる」
カナがターニャの手を取り、力強く頷いた。
話が終わったことを確認したシュウは馬に跨る。
他の仲間達も各々の馬に乗った。
「セフィロ。バーン、無事でね」
リクがセフィロとバーンの馬の横に立ち別れを告げる。
「ええ。帰ってきたら、話しましょ。今後の事について……」
「問題ねえ。セフィロは俺が守ってやる」
バーンが馬の上からリクの頭を叩いた。
痛い、とリクは頭を抑える。
「お爺様も……」
クラウディアがグラムの馬に駆け寄った。
グラムはその頭を撫でながら微笑む。
「問題ない。ワシは強いからな」
「うん。パパのパパだもんね」
リクとクラウディアがターニャ達の元へ戻った。
「シュウ。そろそろ……」
セレナがシュウを見つめる。
「分かってる。行くぞ!」
シュウが号令を出し、馬で駆け出す。
もはや隠す必要がなくなった仮面をつけて、最後の戦いへ赴こうとしていた。
「では、私は奴を迎えに」
「頼みます。失敗作ではありますが、その戦闘力を買っていますので」
アルドはお辞儀をして、馬へ跨ると、駆けて行った。
「我々はあなたについて行けばよろしいですかな?」
ウストンが聖王に訊ねる。
セントは頷き、シュトナ城の周りに集まった兵団を見つめ、蒼い騎士がいないことに気付いた。
「彼らは?」
「……どこへ向かったのか私には分かりかねます。……気にする必要はないかと」
セントは苦笑して、白と深紅の騎士団へと振り向いた。
「さて。今こそ、千年を超える悲願の成就を成します。敵は僅かです。一気に殲滅し、秘宝を奪い取り……世界を救いましょう」
セントは黄金に輝く鎧を太陽に反射させながら、馬へ跨った。
そして、馬の脇腹を蹴って、駆け出す。
白い街並みの中でその黄金はとても目立った。
隣を並走していたウストンがセントの装備を確認し、訊ねてくる。
「武器が見当たりませんが」
「ええ。先に向かっているはずです」
適度に休憩を挟みながら一向はとうとう、保管庫があると言われる、荒野の大地を踏みしめた。
あちこちに錆びた建造物……砦の残骸のようなものや、風化した家屋のような物が見られる。
「……戦いの跡だね」
「ええ。かつてここで戦いがあったはずです」
馬を降りたラクアが興味深々にその残骸を見つめる。
「……銃がなかった時代か……」
シュウも馬を降り、その廃墟の中へと入った。
他の仲間もそれに続く。
明かりが必要なほどではないが、薄暗い。広いとも言えなかった。
壁には剣が立てかけてある。
狭い通路を進んでいると、ラクアが声を上げて、何かに躓いた。
カナが倒れないよう、その体を支える。
「おっちょこちょい……」
「ごめん……ひっ!」
ラクアが自分を転ばせる原因となった物を見て声を上げる。
古めかしい鎧を纏った骸骨だ。
「……気をつけろ。そこら辺に転がっている」
タクスが似たような死体を見つけ、注意した。
「……お化けとか出ないわよね……」
セフィロが槍を握りしめ、注意深く見回す。
怯えた背中を見て、バーンが笑った。
「んなもん出るわけないだろ!」
「そうとも限らないよ?」
タクスの肩を離れたサニーがバーンへと飛んでいく。サニーはバーンの前で滞空した。
「おい、こっち来るんじゃねえ」
豪快に笑い飛ばしていたバーンはセフィロと同じように怯える。
バーンは妖精が苦手なのだ。
その事を知らないサニーは首を傾げつつ、話を続けた。
「長老がよく昔話してたんだけどね……その中に、ぴったりな話があるの」
「なに? 何の話?」
ラクアが目を輝かせながら近づいてきた。
「戦いに明け暮れた戦士達はね……自分が死んでも、その事に気付かないで戦いを続けるの」
「ちょっとやめて!」
セフィロが耳を塞ぐ。
離れた所から彼らを眺めていたシュウとセレナ、グラムとタクスは緊張感のなさに嘆息した。
そもそも、今の話のどこに怖い要素が隠れているのか。
「しかし、軍を連れて来なくて本当に良かったのか?」
グラムが談笑を眺めながら、シュウに訊いた。
「軍の実力を過少評価している訳ではありませんが、彼らがいると、遺物の力を最大限に発揮できないと思いまして」
「確かに」
タクスが頷く。遺物が本領を発揮すれば、敵に甚大な被害を与えるものの、それは自分達にも返ってきかねない。
「それに、人々を戦いに巻き込むというのも賛成しかねます」
「……耳が痛いな」
セレナの言葉にグラムが顔をしかめる。
「あ、いや、あなたを非難したわけでは……」
「構わん。……そう言えば、今だ話し合っていなかったな」
「……何の事で?」
シュウがグラムを見返す。
「秘宝の願い事についてだが……」
その言葉にシュウとセレナ、タクスに緊張が奔る。
今まで、先送りにしてきた命題だ。
だが、シュウ達がその事を議論することはなかった。
サニーが悲鳴を上げたのである。
慌てて振り返ると、サニーが骸骨の兵士に掴まれていた。
「サニー!」
タクスが斧を振るう。
ガレキの中から岩の塊が飛び出し、骸骨を粉々にした。
「で、出た! お化け!」
セフィロが取り乱す。その背中をバーンが思いっきり叩いた。
「しっかりしろ! お化けじゃねえ、魔物だ!」
カタカタ、と音を立てて、周囲の骸骨達が立ち上がる。
シュウは拳銃を抜き、射撃を始めた。
ラクアが杖で吹き飛ばそうとするが、狭い建物内では、本領を発揮できない。
「下がって。私がやる」
カナがラクアの前に立ち、刀で骸骨を切り裂く。
「……外に出るぞ!」
シュウは刀を抜き、骸骨を斬りながら、駆ける。
皆頷き、彼に続いたが、緑髪の女性だけは違った。
震えていて、動けない。
「おい! セフィロ!」
走っていたバーンが引き返した。
大剣を振るい、炎で骸骨を燃やしながら彼女の傍へと戻る。
「む、無理……怖い……」
「くそ! だから妖精は嫌いなんだ!」
バーンがセフィロを立ち上がらせ、出口へと連れていく。
その後ろを骸骨達が追い始めた。
「誰か! 手を貸してくれ!」
普段なら何の敵でもないが、セフィロを支えているせいで、剣を振るえない。
その様子を見たシュウが閃き、叫んだ。
「火の衣を纏え! セフィロにもだ!」
意図は分からないものの、バーンはシュウの指示に従った。
バーンの大剣が輝き、二人を赤い膜が包む。
直後、豪炎が狭い廊下の中に流れ込んできた。
二人の後ろを追いかけていた骸骨達は、一人残らず消し炭になった。
バーンは息を吐いて、廃墟の外へと出る。
「助かったぜ。今のは……」
「私。ごめん……ちょっと調子に乗っちゃった……」
サニーが謝る。バーンは気にするなと言わんばかりに手を振った。
「助かったならいいさ。っと、それ以上は来るな……」
手でサニーを制しながら、バーンはセフィロの肩を叩いた。
「あ……もういない?」
「いない……と言いたいところだが」
シュウが応えようとして、銃を構える。
その先には司祭のような恰好をした骸骨が立っていた。
司祭が手を振ると、近くの死体が先程と同じように組み立てられる。
「こいつが原因だな」
「ここなら!」
ラクアが杖を振るう。すると、剣を手に取り突撃しようとした骸骨が凍った。
続けて、グラムが鎚を振りかざす。
雷が迸り、凍った骸骨を打ち砕いていく。
骸骨兵士のほとんどは何もすることなく砕け散った。
残るは司祭だけだ。
司祭は何やら十字架のような物を取り出し、手を組んだ。
光の球が煌めき、シュウ達へ向かってくる。
シュウは左腕を突出し、その光球を吸い取った。
光の球は連射出来ないらしく、司祭は再び祈りを捧げようとする。
その隙にセレナが近づき、拳を叩きこむ。
拳で打ち砕かれた骸骨は跡形もなく砕け落ちた。
「これで終わりですか」
セレナが拳に着いた骨滓を落としながら言う。
シュウとカナが辺りを注意深く見渡し、何もない事を確認する。
「問題ない。シュウは?」
「こっちも何も感じない。……保管庫はどこだ?」
シュウがあちこちを見回し……気になっていた巨大な建物に目を留めた。指をさして、セレナに訊ねる。
「あれは?」
「……恐らくあれが保管庫です。神殿のような建物、だと聞いています」
ここから少し離れた所にある建物に、視線が集中する。
色あせてはいるものの、八つの柱に囲まれたその建築物は、どこか神々しい印象を与えていた。
しかし、神殿の厳めしい扉が、全てを拒絶しているようにも見える。
「あそこに秘宝が……」
「そう。そうだ。先程話せなかった事だが」
グラムが思い出したようにつぶやいた。歩き出そうとした一行が足を止めて、グラムに注目する。
「願い事はどうするのだ?」
皆一様に、目の色が変わった。
それは皆一度考え、先送りにしていたものであり、手に入るその時まで、結論を送らせていたことだ。
一同に沈黙が奔る。恐らく、皆願いたい事は同じはずだ。
家族を生き返らせてほしい。愛した者ともう一度逢いたい。
その中で、セレナだけははっきりとした目で、口を開いた。
「私に一つ、提案があります」
押し黙っていた戦士達が、白い女性に目を向ける。セレナはきっぱりとした口調で、思っていた事を話した。
「アクアさんを生き返らせましょう。あと一つの願いは……」
セレナはシュウを見ながら話を続ける。
「アヴィンを生き返らせませんか?」
その提案に一同が押し黙っていたが、しばらくして、タクスが声を出した。
「なぜその二人なんだ? 不満があるわけではないが……」
「……アクアさんは、シュウの想い人でした。アヴィンは彼の兄。ここまでたどり着けたのはシュウのおかげです。……彼がいなければ、秘宝は手に入らなかったでしょう」
シュウはセレナが言おうとしている事がわかったが、同意する気にはなれなかった。
「待て、俺は別に……」
「……私は構いません」
ラクアが同意する。続けてカナも頷いた。
「私もそれでいい」
「フフ……異論はないわ」
セフィロが肯定する。バーンも声を出した。
「俺もいいぜ。シュウには借りがある」
「いいだろう」
タクスが腕を組んでシュウを見る。サニーもタクスの肩の上で、笑う。
「私もいいよ。願いたいことはない事もないけど……」
サニーが意味ありげな視線でタクスを見るが、タクスは気づく様子はない。
最後に、視線がグラムに集まる。グラムは苦笑し、応えた。
「そのような目で見るな。若い者がそれを望むならワシも何ら異論はない」
「……皆……いいのか?」
シュウが全員の顔を見渡す。
返ってきたのは信頼を感じさせる頷きだった。
だが、これでいいのだろうか。
そもそも、兄はこれを望んでいるだろうか。
本当に皆は……願いを自分に託し、それで満足なのか。
「シュウ」
セレナが迷うシュウに手を差し出す。
「……いいのです。素直に、願いを受け取っても。あなたにはその資格があります。……少なくとも、私はそう信じていますよ」
「……わかった……」
シュウはセレナの手を握った。
「行こう」
シュウの言葉に皆が従い、歩き始め…複数の人影を見つけた。
「……あれは……」
「聖王!」
セレナがシュウの手を放した。拳を握り、白と深紅の騎士団を見据える。
セントと彼に従う騎士団は、保管庫の前に立ち塞がるように整列していた。
「ようこそ、セレナ。英雄の子孫達よ。神の庭へ!」
セントが手を開き、抱擁するかのようにこちらへ歩いてくる。
シュウ達は皆、臨戦態勢に入る。その様子をセントが意外そうな顔で見つめた。
「おや。私は英雄なのですが……その態度、無礼だとは思いませんか?」
「ふざけないでください! 皆、あなたの正体に気付いています!」
セントが驚いたように目を見開き、拍手を始めた。
「なんと、それは素晴らしい! セレナ。あの出来損ないの娘にしては良くやりましたね」
「……ッ! それは父様の事!?」
セレナが怒りに顔を歪める。反対にセントは笑みを浮かべていた。
「いやはや、何が起こるかわからない。私は過少評価していましたかね」
セントがウストンを見つめる。ウストンは何ともいえない、と肩を竦めた。
「ふむ。……貴様がワシの息子を殺したのだな」
グラムが鎚を構え、セントを睨んだ。
「グラム……そのような言い方、失礼です。私は何もしていませんよ」
「嘘つくんじゃねえ! シンディもお前だろ!」
「私の両親も……あなたの仕業ですわね!」
バーンとセフィロが、剣と槍を向ける。
「エルフと妖精の長老と俺の両親を殺したのもお前か」
タクスが斧を持つ手に力を込める。サニーも憤怒の形相で、セントを睨んでいる。
「……兄達を殺したのも……」
カナが弓で、セントに狙いをつける。
「私のお姉ちゃんを……」
ラクアが杖を振るい、カナに氷の矢を渡した。
「……アクアを殺し……ライドを攫い……兄を殺したのもお前だな」
シュウが刀に手をかけ、左手に持った拳銃で狙いつけながら言った。
各自が言い放った恨み言を聞き、セントは笑い出した。
笑い終わると、頭に手を当て、シュウ達を見回す。
「いや、おかしいですね……。私は何もしてませんよ。皆、勝手に争い、勝手に死んで行っただけです」
「おかしい事は同意ですな。ハハッ。これが平和の大陸。……なんたる茶番だ……」
セントの横に立ったウストンが剣を抜いた。鎧と同じく、血のような真っ赤な剣だ。
「よろしいですかな?」
ウストンがセントに確認する。
「いいですよ。さあ決着をつけましょう!」
セントの叫びと共に、光と深紅の騎士が動き出す。
だが、それよりも速く、一人の女性が動いた。
セレナだ。
拳を掲げて、真っ直ぐにセントへと向かって行く。
「セレナ! 待て!」
シュウが慌てて後を追う。
セレナはシュウの声に耳を貸さなかった。
もはやこれで最後になるであろう、裏切り。
一人で戦わないという約束をした、一連托生のパートナーへの唯一の我儘。
ここでセントを斃せば全てが終わる。
気づくとセレナは叫んでいた。
その叫びに呼応するかのように、右手の輝きが大きくなっていく。
セントが間合いに入った。見慣れない黄金の鎧、その胴に向けて、拳を突き出す。
これで最後だ。
セレナはそう確信した。
が、その拳はセントに受け止められた。
有り得ない。セレナは驚愕に目を見開く。
その殴りが、打撃が受け止められたことに驚いている訳ではない。
光の爆発を受けてなお、無傷のその右手に驚いていた。
「な……ッ!」
「愚かですねえ……セレナ」
そのまま、左腕でセントはセレナの首を掴む。
「さて……では返してもらいましょう……」
セントがセレナの胸元へと手を伸ばす。
シュウが刀を振るい、騎士達を斬り倒しながら進んでいると、セレナが窮地に追い込まれてるのを見た。
「セレナ!」
シュウがセレナの元へと走るが、騎士達に阻まれ、なかなか辿り着く事が出来ない。
「シュウさん!」
ラクアが氷の塊を呼び出し、騎士達の間に道を作った。
カナがシュウの邪魔をする騎士達を射抜いていく。
「シュウ! 行って!」
「助かる!」
シュウは騎士達の間を駆ける。
時折飛んでくる閃光が実に煩わしい。
退け。邪魔をするな。
シュウは祈りながら駆ける。
「退けえ!」
セントとセレナの前に立ち塞がった白と赤の騎士。シュウは白の騎士に刀を突き刺し、剣を叩きつけてくる赤騎士の頭を拳銃で撃ち抜いた。
「セレナ!」
シュウは刀を死体から抜き、セントとセレナに視線を戻した。
だが、彼が見たのは、セントが恍惚とした表情で、セレナの胸元から、剣を取り出した所だった。
何だ? なぜセレナから剣が出てくる?
しかし、その疑問もすぐかき消された。
セントがセレナを放す。セレナはぐったりした様子で、地面に倒れた。
シュウは瞠目し、叫んだ。
叫ばすにはいられなかった。
「セレナ!!」
読んで下さった方、ありがとうございました。
後少しで完結(予定)




