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ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
第一章
3/45

風鳴りの姫Ⅰ

 駅から降りた乗客に紛れ、刀を背負った一人の男が出てきた。目の前の上り坂と、その先にある緑を基調にした豪華な城の造形を見て、男は美しいなと一人感嘆した。

 男が見上げている城まで真っ直ぐ続く坂は、試練の坂と呼ばれている。

 この国、風の国ゼファーでは、探索者と討伐者、それだけでなく、一般職までも合格発表と任命式は一年に一度、城で行われている。そのため、自分が合格しているのか不安な若者たちは、この坂を鬱々とした気分でまさに試練を味わうように登るのだ。

 とはいえ、一般人にしてみればこれほど単純でわかりやすい道もないだろう。坂に面して、たくさんの店も並んでいるため、必要な物はこの坂を登るだけで手に入る。

 ゼファーの首都であるここウイングタウンは、縦長の形をしていた。今いるこの旅立ちの広場から、城までまっすぐに伸びる坂を基点として左右に三つずつ、計六つのブロックに住民たちは住んでいた。

 広場にある噴水の周りを子供たちが走り回っている。それを見て幼いころのライドと自分を重ね、思い出に耽っていたシュウは、突然中年の男に話しかけられて少し驚いた。


「兄ちゃん! すまねえがまだ城に行くまで時間がかかりそうなんだよ。適当にぶらぶらしててくれねえか? 夕暮れまでには終わりそうだからよ」

「意外とかかるんだな。まだ昼になったばかりだぞ?」

「そうなんだよ……。視察があるとかでなかなか積み荷のチェックを終わらせてくれなくてな。全く、馬が病気になったらどうすんだ。ああ、大丈夫! ちゃんとおじちゃんが風鳴りの姫様に、謁見を取り付けてやっから!」

「風鳴りの姫?」

「なんだ知らんのかい? セフィロ様の二つ名だよ。意味は…なんだったっけかな。まああれだよ、ベッピンさんってことさ!」

 

 オヤジらしい表現をしつつ、牧場主であるダイロはごきげんに答えた。


「待ち合わせはここでいいのか?」

「そう! 悪いが小遣いはやれないぞ?」

「金ならある。じゃあまた後でな」

 

 シュウは、ダイロと別れ町を散策し始めた。

 とりあえず昼食を取ろう。シュウはそう思い飲食店を探し始めた。しかし、昼時で混んでいるのかどこの店も満室で、仕方ないので、先に近くにあった武具屋で必要な物を揃えることにした。


「いらっしゃーい!」

 

 入店と同時に少女の元気の良い声が聞こえてきた。待て、この声は聞いたことがある。


「あっ、汽車のお兄ちゃん!」

 

 その声の主はアンナだった。どうやら、旅行帰りに事件に出くわしたようだ。


「君の家族の店だったのか。驚いたよ」

「私もびっくりしたよ! 一昨日はありがとうね! 私は先に帰っちゃったけど、村の人たちはどうなったの?」

「……全員無事さ」

 

 シュウは一瞬、事の顛末を教えるか悩んだが、既にダイロには知られている。それに、現時点では仮面男には何のやましい部分はない。そう判断してシュウは結末を教えた。


「すごーい! お兄ちゃんは英雄だね!」

「たまたまさ。ところで、煙幕は売っているかな?」

「あのケホケホするやつ? 待ってて!おかあさーん?」

 

 アンナが駆け足で二階に上がって行く。シュウはアンナが元気にしているのを見て少し嬉しくなった。

 ラミレスはやはり、必要なことしか言わない。例え金銭や目的に無利益な行動であっても、シュウの心にとってそれは確実に有益だった。


「はいこれ! お母さんに言ったらお礼でタダだって!」

「それは助かるが、いいのか?」

「うん! それに、煙幕は全然人気ないから、余ってるんだよ。お父さんがお母さんにお説教をくらうぐらいにね……」

 

 何とも返答しづらい家族の事情を聞かされシュウは苦笑したが、お礼をアンナに伝え店を出ることにした。


「煙幕ありがとう。それじゃあな」

「どういたしまして!また来てね!」

 

 シュウは店を後にして、再び飲食店を探し出した。

 進むにつれてだんだん急になってくる坂を歩いていると、左に見える路地裏から男の悲鳴らしき声が聞こえ、立ち止まる。辺りの活気溢れる音のせいか、周りの通行人は気づいていないようだが、シュウの耳には「やめてくれ!」という声が聞き取れた。

 シュウは路地裏に入り聴き耳をたて、店の裏で揉めていた、三人いる男たちの会話を盗み聞きした。


「てめえ……視察団に告げ口しようとしやがったんだってな。言ったろ? 今、この地区の税が他の地区よりちょっとばかし高いのは、大切なことに使うからだって。少し我慢してくれればいいのさ」

「ちょっとだって!? 税の引き上げのせいでこの地区の店が何軒潰れたと思ってる! いくらなんだっておかしいだろう!? 他の地区は税の引き上げなんてされてないじゃないか! 税をあげるなら、富裕区で上げればいいだろう! セフィロ様も、そういう風に調整して下さったぐあ!」

 

 どうやら、話の途中で男が殴られたらしい。「ああ、痛い!」と男が地べたで頬を擦っているようだ。


「セフィロ様……ねえ。あんな成人してまもない小娘の政策なんて知ったことじゃない。「亡き両親の跡を継ぎ、この国を素晴らしい国にして見せます!」とか言ってたっけか……? 俺らにとっちゃ迷惑な話だぜ」

「な、なんて失礼なことを! ぎゃ!」

 

 今度は顔を蹴られたらしい。そして二人組の男の「こいつ殺っちまおうぜ!」という声を聞き、シュウは自分の出番だと思った。

 腰の入れ物から仮面を取り出し、装備した後、男達の前に姿を見せる。


「何だてめえ!」

「誰でもいいだろう? 自分を倒す相手なんて」

「ふざけんぬが! あああいてええええ!」

「てめうぼあ! ぬああああ!」

 

 チンピラ風情の相手など、シュウにとっては飲食店を探すより簡単だった。二人組をノックアウトした後、地べたで茫然としている男を立ち上がらせ話を聞き出す。


「大丈夫か? 何があった?」

「ありがとうございます、仮面のお方。実は……」

 

 だが、事情を聞く前に坂の方から「動くな!」という声が聞こえ話を中断させられた。


「お前らここで何をしていた!」

 

 あの二人組が大声で悲鳴を上げたせいだろう。明るい緑色の鎧を来た男達が路地裏に入ってきていた。


「親衛隊? いや待ってください! これは……」

「お前、何者だ! その者たちに何をした!」

 

 助けた男が説明しようとしてるが、親衛隊は聞く耳を持たないようだ。ぴりぴりした様子だ。視察と何か関係があるのかもしれない。


「待ってくれ、俺は」

「仮面などつけて! 怪しい奴め! 風の騎士団の力、とくと見るがいい!」

 

 騎士たちは緑色の剣を抜いた。

 まずい! 彼らと戦う理由は全くない。

 シュウが焦っていると、騎士たちの間から緑色の髪の女と少年が現れた。


「何事です? これは?」

「セ、セフィロ様! お下がりを! 暴徒です!」

「セフィロ…?」

 

 まさか、王女なのか? 

 シュウは驚く。

 確かに明るい緑色の髪だ。ストリマの子孫のアクアの髪が水属性の色である水色だったように、ゼファー王家の者の髪は風の色である緑色とシュウは聞いたことがあった。七大国の名にもなっている上級聖遺物は、使用者とその血族の髪と目の色を属性の色と同じに染めてしまうらしい。


「暴徒……? へえ、それは見過ごせませんわね」

「え? だめだよセフィロ! 視察はどうするの!」

 

 緑のポニーテールの女は、美しい緑色の目を好戦的な眼差しに変えた。

 近くにいた小柄で金髪の、可愛らしい少年がセフィロを制すが彼女は聞く耳を持たない。


「槍を! リク! あなたは下がってなさい!」

 

 「はっ!」という声と共に従者が槍を持ってきた。美しい装飾がされたその槍は、まさしく風竜の槍ゼファーであった。「だめだよ!」というリクと呼ばれた少年の声を無視し、セフィロは槍を構えて攻撃体勢を取ると、そのまま真っ直ぐ突撃する。


「速い!!」

 

 シュウは反射的に刀を抜き、その突きを受け流したが、後一瞬遅ければ貫かれていたかもしれない。最も、殺気は感じていない。恐らく、戦闘不能にするための威嚇だったのだろう。


「私の突きを受け流す? ……ふふん、あなたやりますわね!」

 

 王女はとても嬉しそうだ。

 くそ、お姫様がこんなに好戦的だとは聞いていない。

 シュウが毒づきながら次の行動をどうするべきか悩んだ一瞬に、王女は次の攻撃に移った。


「風よ!」

 

 気合と共にセフィロは槍を横に薙いだ。

 シュウはそれを受け止めようとしたが、危険を感じ後ろに飛んで避けた。

 その行動が正しかったことがすぐ証明される。

 槍から風が音を立てながら吹き荒れた。


「ぐっ! 風鳴りの姫……なるほど」

 

 風に吹き飛ばされそうになるのをぐっとこらえる。

 近くにいた男が「ひえええ!」と言いながら転がっていった。あれをまともに受けていたら転がるどころでは済まなかっただろう。


「あら、いけない。やりすぎたかしら?」

 

 転がる男を見て王女は手を止めた。

 今だ! シュウはそう思い、アンナにもらった煙幕を地面に叩きつけ、全速力で逃げた。


「これは、煙幕?でも!」

「セフィロ様!」

「ケホッケホッ……セフィロ!?」

 

 セフィロは槍を軽く振り、風を再び起こして煙を吹き飛ばした。だが、仮面の男の姿は確認出来ない。


「逃げたの? この一瞬で? やはりあれは遺物……それも上級聖遺物?」

「セフィロ様! お怪我は!?」

「ごほっ……大丈夫だった!?」

 

 セフィロは仮面の男とその刀について考えていたが、従者と親衛隊、リクの不安げな声に「大丈夫よ」と答え、倒れていた男の手当てを命じた。


「リク、大丈夫?」

「僕は煙を吸い込んだだけだよ。そういうセフィロこそ」

「私があれくらいで怪我をするはずがないでしょう」

 

 セフィロとリクが会話を交わす。どうやら親しい間がらのようだ。


「我らは今の暴徒を追うぞ!」

「待ってください!」

 

 親衛隊が仮面男を追撃しようとすると、転がされたせいなのか、足取りがふらふらした男がそれを止めた。


「お前はさっきの……?」

「仮面の方は私を助けてくれたのです!」

「それはどういうことかしら?」

 

 槍を従者に渡したセフィロが質問した。


「これは、セフィロ様! 実は、私が視察団に訴えをしようとしたところ、あの者たちに暴行を加えられたのです!」

「くわしくお聞かせ願えるかしら?」

 

 セフィロたちは男の話を聞くため移動し始めた。




「なんとか撒いたか?」

 

 シュウは少し息を乱しながら、辺りを警戒しつつ振り返った。

 逃げた時に、煙幕を使ったのはいいが、風ですぐ煙が払われてしまう音が後ろから聞こえて、シュウは冷や汗を掻いた。

 なるほど、アンナの父親が説教をくらうわけだ。

 風属性の武器が一般化されているこの国では、煙幕など全く意味をなさないようだった。

 シュウも、遺物の身体強化で得たスピードがなければ逃げられなかっただろう。

 シュウは、仮面を外し何食わぬ顔で大通りである坂へ戻った。

 歩いているところを衛兵に見られどきっとしたが、彼らはシュウに関心を抱いてる様子はなさそうで、彼は安堵した。

 ちょっとした騒ぎがあったという話があちこちから聞こえてきたが、特に誰かが手配されているということは聞こえてこない。

 当然ではあった。シュウは何もやましい事はしていない。王女と戦ったことを除いてだが。

 それでも一応警戒しながら歩いてると、シュウの腹が鳴る。色々あって忘れていたが、彼は飲食店を探していたことを思い出した。

 もう昼はとっくに過ぎ、お茶の時間だ。シュウは手近な店に入り食事を済ませた。

 店を出た後、たまたま見かけたガンショップを覘いてシュウは時間を潰すことにした。

 店には先客がいたが、シュウの姿を見るとすぐ出て行った。

 店主は刀を背負った男を怪訝な顔で見つめたが、彼が銃マニアだとわかると、すぐに饒舌になった。

 店主と銃について熱く語り、日が落ち始めた頃、彼はダイロとの待ち合わせ場所に向かうことにした。


「おう! 兄ちゃん!」

 

 待ち合わせ場所であった旅立ちの広場に行くと、ダイロがベンチに座っていた。


「少し待ったか?」

「いんや。それに今日の謁見はなしになった」

「なぜだ?」

「今日、トハ地区でちょっとした騒ぎがあったみたいでね。その時にいた男から事情を聞くのに城はドタバタしてるんだと」

 

 シュウは居た堪れない気分になった。自分のした事がそこまで大きくなってしまうとは。


「まあ、どっちにしろ今日は視察で忙しかったろうし、明日になれば大丈夫って役人は言ってたぞ。一晩寝てリフレッシューな気持ちでお姫様に会うんだな! 美人だからびっくりするぞ! じゃあおじさん、やることあるから!」

 

 既に姫には会ってはいたし、色んな意味で驚かされていたがシュウはどこかへ行くダイロに「楽しみにしてるよ」と返答し、自分が宿を取るのをすっかり忘れていたことに気付いた。


「しまった……話し込んでいて宿を取るのを忘れた」

 

 だが、ダイロはその声を聞く前にどこかへ行ってしまった。

 ゼファーは、暑すぎず寒すぎずもない丁度良い気候のため、観光客も多い。この時間に宿を取るのは絶望的であった。

 今日は野宿か……とシュウが憂鬱な気分でいると「あ、おにいちゃーん!」という元気な声が聞こえてきた。


「また会ったね! こんなとこで何してるの?」

 

 シュウは、己の失敗を正直に話した。


「アンナか。実は、宿を取るのを忘れてしまってな……どこか空いてる宿知らないか?」

「ふっふーん。とっておきの宿知ってるよ!」

「本当か? それはどこだ?」

「ついてきて!」

 

 願ってもないことだ。シュウはぴょんぴょんスキップしている少女について行った。

 何でアンナがそこまでご機嫌か分からないが、今はそんなことはどうでもいい。

 だが、辿り着いた先でシュウは困惑した。そこはアンナの両親の武具店だ。

 アンナは胸を張って「一等級の宿だよ!」と威張った。


「君の両親は宿も経営している……わけじゃないよな?」

「そうだよ! 家は先祖代々ゼファーの武具店だからね! ちょっとここで待ってて!」

 

 アンナが家の中に元気よく入っていく。

 この状況から察するに、十五にもならない少女の家に泊まらせてもらうことになるのだろうが、それは果たして良いことなのか? だが、他に行く当てもない。

 シュウは素直にアンナが出てくるのを待った。


「お兄ちゃん! 泊まっていって良いって!」

「……わかったよ。お邪魔します」

 

 シュウは、複雑な気分のままアンナに続いて家に入った。




 昼間一度訪れたアンナの両親が営む武具店は、二階建であり、一階が店、二階が居住空間になっていた。

 アンナの両親にあいさつとお礼を言い、シュウは案内されたリビングに入る。

 だが、売れ残りなのか部屋の隅っこに箱がいくつか積み上げられていた。よく見るとその箱には「煙幕! 取扱い注意!」と書かれている。


「本当に売れないんだな……。他の国では、そこそこ売れているはずなのに」

「お兄ちゃん! もうすぐご飯できるって!」

 

 シュウが箱を見て独り言を言っていると、アンナがキッチンから出てきた。


「どう? 居心地は悪くないでしょ? 邪魔な箱が少しあるけど…」

 

 アンナはシュウの横に座ってきた。妹がいればこんな感じなのだろうか。

 ふと、アクアが言っていた妹の話を思い出し、一瞬胸が痛んだが、その痛みを無視してシュウはアンナに言葉を返した。


「ああ。まさに一等級の宿だな。助かったよ。危うく野宿をするはめになるところだった」

「でしょ! 武具店だからってお母さんはなかなか友達を泊まらせてくれないけど、お兄ちゃんは恩人だからってことで許してくれたんだ! もう、絶対あの箱のせいだよ!」

 

 アンナは煙幕の箱を睨み付け、頬を膨らませた。煙幕を愛用しているシュウは何とも言えない気分になり、反論してみた。


「そうは言うけどな。上手くいけば敵から逃げることだって出来るんだぞ? 優れものなんだよ、煙幕は」

「でも、風の騎士には煙幕は聞かないよ? すぐ吹き飛ばされちゃうもん!」

「でも今日は逃げ切れたぞ?」

「今日? お兄ちゃん煙幕もう使ったの?」

「あ、いや今日じゃないな。別の日だった」

 

 シュウは内心焦った。しょうもないことで危うく墓穴を掘るとこだった。

 シュウは慌てて話を逸らす。


「そんなことより、君は普段何してるんだ?」

「私? 学校で勉強だよ。今日は視察で忙しかったからお手伝いしてたけどね!」

「そりゃそうか。君の年ならまだ学校行ってるもんな。……視察っていうのは具体的に何をするのかわかるか?」

「うーん。よく知らないけど、ルールを破ったり悪いことをしてる人がいないか、セフィロ様が直々に町を見て回るの! だからみんな、家のお掃除をしたり、いらない物を捨てたり、へそくりを隠したりするんだよ! セフィロ様が来るからちょっとしたお祭りみたいになるの!」

 

 視察について大体の事はわかったが、一つ気になる点があった。


「へそくり?」

「うん。お父さんがね、「視察の日は母ちゃんも俺の部屋を視察にくるからな……ばれないように箪笥の裏に隠さねえと」って言って……お母さん?」

 

 ドン! と包丁が叩きつけられたような音を聞き音のした方を見ると、キッチンからこちらを覗いていたアンナの母親がひきつった笑みをしている。

 シュウとアンナは、それが怒りから来るものだとすぐ理解した。


「この話はやめよう……」

「そうだね……」

 

 アンナの父親はシュウが来てすぐ外出してしまったので、家に魔物より恐ろしい者がいても知る術がない。

 シュウは少しだけ同情した。


「じゃあ、今度は私から質問! そのお守りはなあに? 彼女からの贈り物?」

 

 シュウは凍りついた。だが、「……お兄ちゃん?」というアンナの声を聞き我に返った彼はためらいがちに質問に答えた。


「これは……そう、大事な友人からの送り物だよ。とても……大切な物さ」

「そうなの? 素敵な贈り物だね! 中はなんなの? 見てもいい?」

「中身は見せられないが、命の結晶が入ってるよ。こんな高価な物どこで手に入れたんだか。何で、自分で持っていなかったんだか……」

 

 シュウのトーンは少し落ちていたが、アンナは気にせず話かける。


「へえ! お金持ちなの? その人。その結晶って今貴重だよね? ねえ、お母さん?」

「ええ、そうよ。元々貴重だったけど、最近になってめっきり出回らなくなったわね。知り合いのお医者様が愚痴をこぼしていたわ。その石があればもっと人の命を助けられるのにってね」

 

 命の結晶は、人の様々な怪我や病気を治し死んだ直後の人間であれば生き返らせるほどの効果を持った石だった。もちろん、全てを治せるわけではないらしいが。

 お守りの中身を見たとき、シュウはなぜアクアがこれを身に着けていなかったのかと何度も考えた。


「いいね、ロマンチックな贈り物だよ! 私も、そんな結晶を贈れるような恋愛してみたいなー」

「アンナにはまだ早いわよ。それに……相手はちゃんと選ばないと。こっそりへそくりを隠すような相手じゃ駄目よ。そう思うでしょう? シュウさん?」

 

 有無を言わさぬ迫力がその言葉にはあった。

 シュウは「はい」と返事をし、お守りを見つめた。


(アクア……何を考えてこれを俺に贈ったんだ……)

 

 答えの得られぬ問いを投げかけていると料理が運ばれてきた。

 シュウは考えることを止め、食事を取る。

 食事中にアンナの父親が「いい酒を手に入れてきたぞ!」と言ってご機嫌な状態で帰ってきたが、妻の目を見てすぐに委縮してしまった。

 食事を終えたあと、シュウは風呂に入らせてもらい、案内された部屋で休息をとった。

 風呂場にアンナが突撃してくるちょっとしたトラブルがあったものの、シュウはしっかりと休息を取ることが出来た。



 次の日の朝、シュウはアンナとその家族にお礼を言ったあと城へ向かった。「また来てね!」と元気の良い声に背中に受けシュウはとても気分が良い。

 このような温かい家庭で過ごしたのは十三年ぶりだ。

 ダイロが予定通り城に掛け合ってくれているのなら、いつでも問題ないだろう。

 そう思ってシュウは豪華な城の門をくぐり、中に入って行った。

 中に入ると、突然目の前に出てきた大量の掲示板に驚かされた。

 城の中にギルドがあるのか。

 どうやら、セフィロという女性は城を民のために有効活用しているようだ。シュウは彼女が良い統治者だと感じ始めていた。

 張り紙や依頼文を見ながら辺りを散策する。【緊急! 妖精の森のゴーストウルフ討伐依頼】という大きな見出しの依頼文を見ていると、政務官らしき男に声を掛けられた。


「あなたは、シュウ・キサラギ様で?」

「そうです。セフィロ様との謁見の件で?」

「ええ。ようこそいらっしゃいました。私はレットと言います。セフィロ様がお待ちです。どうぞこちらへ」

 

 レットと言われた男にシュウは不思議な魅力を感じた。なかなかの男前で通り過ぎる女性たちが一度は振り返るほどだ。

 レットについて行くと部屋に案内された。

 レットに促され、部屋に入るとそこは、どこか女性らしさが漂う豪華な装飾がされた部屋だ。

 部屋の中央にはテーブルと椅子があり、そこには紅茶を優雅に飲む女性が座っていた。セフィロ王女だ。


「あら、やっと来ましたわね。レット、下がっていいわ」

「分かりました。私は仕事に戻ります。何かあればお呼びを」

 

 レットが部屋から出ていくのを確認し、セフィロはシュウを椅子に座らせてから話始めた。


「初めまして。私はこの国の王女、セフィロ・ゼファーです。ダイロから話は聞いています。何でも人を探しているとか」

「はい、王女殿下。私は……」

「お待ちになって。セフィロでいいわ。それに敬語もなさらなくて結構。私、堅苦しいのは苦手なの」

 

 シュウは少し悩んだが、王女の意向に従うことにした。


「じゃあ……セフィロ。突然無礼などと言って怒るのはやめてくれよ?」

「失礼な。無礼などと私は言わなくてよ。それに……くす、ふふふふ。一度手合せした仲じゃない」

 

 シュウは驚愕した。

 仮面男の正体がばれている!


「まさか、私が気づかないとでも? その刀は一度みたら忘れないわ。そうでしょう? 隻眼のサムライさん?」

 

 くそ、ラミレスめ! やはり疑問に思った通りだった! こんな仮面で素性を隠せるものか! 

 シュウは心の中で師匠に文句を言う。


「安心なさって。別に捕らえる気はないわ。あなたのおかげで重大なことがわかりましたし。それに、汽車の事件を解決してラーシュ村を救ったのもあなたでしょう? 憲兵と村人の話に矛盾があったから気になってたけど、あなた、村では仮面をつけてたのね? 今なら納得だわ」

 

 どうやら全てばれてはいるものの、特に何かされるというわけではなさそうだ。シュウは安堵し、気になったことを質問した。


「重大なこと?」

「トハ地区にいたあなたが助けた男。その人の話によると、あの地区だけ勝手に税が引き上げられていたの。それに、そこの警備隊長とその部隊におかしな動きが見られたわ。あの警備隊長、私の親戚なのだけれど、いちいち私につっかかってきて、悩みの種なのよ」

 

 セフィロのお嬢様言葉がだんだん崩れていくのを感じつつ、シュウは王女がここまで自国の事情を赤の他人である自分に話してくることに疑問を感じた。


「俺にそんなことを話していいのか?」

「これを知ったからとして、あなたはどうするの? 警備隊長の味方でもする?」

 

 それもそうか。シュウがその情報を知ったとして、別に使い道がない。


「しかし、見知らぬ男を助け、村まで救うなんて……英雄にでもなる気かしら?」

「まさか。俺は大したことはしていないさ。ところで……」

 

 心の中で死神だしな、という皮肉を言った後、シュウは質問をしようとした。


「しかし、あんなところでやりあうなんて。けが人こそ数名だったから良かったものの…」

 

 シュウは本題に入りたかったが、王女が昨日の事件について話し始めてしまう。


「確かにチンピラを倒したのは俺だが、あの少年の制しを聞かず槍を使ったのは君だろう?」

「なんですって? ……少年?」

 

 セフィロの様子が一変した。彼女を責めるような言い方をしたせいかと思っていたが、怒りの琴線に触れたのはそのことではなさそうだ。


「無礼な! 少年!? リクはもう立派な大人よ! 子どもなんかじゃないわ! 泣き虫でもない、おとなしいだけよ!」

 

 シュウは何が起こってるのかよくわからなかったが、リクを少年と言ってしまったのが間違いだったらしい。

 しかし、身長が160cmもなく、男らしいというより可愛らしい顔をした者を少年と間違うなという方が無理だ。

 シュウがどうするべきか悩んでいると「どうしたの!? セフィロ!」という可愛らしい声と共にリクが入ってきた。


「リク!? ……なんでもないわ。大丈夫よ」

「ほんとに? あれ……お客さん? 初めまして!」

 

 顔が赤いままだが、落ち着きを取り戻したセフィロは口をぽかんと開けた。


「いやあ、討伐者の方かな? バーンに負けずに男らしいね!」

 

 バーン。その名は火の国の王子のことか? 

 シュウが疑問を感じているとセフィロが口元を引きつかせながらリクに訊いた。


「彼に見覚えはありませんの?」

「まさか! 初対面でしょ!」

 

 はあ、とセフィロはため息をついた。


「どうやらリクには仮面の効果があったようですわね。彼は昼間にいた仮面の男よ」

「ええ! そうなの!? 全然気づかなかった!」

 

 気づいてないならばらさなくても、とシュウは思ったが今更正体を知る者が一人増えても変わらないだろう。

 シュウはそう思い気にすることを止めた。そろそろ本題に入った方が良さそうだ。


「ところでセフィロ。俺は灰色の髪の男と、上級討伐者のアルド。そして、純白の髪と目をした白い女を探しているんだ。」

「それが探し人ね。しかし、アルドって人以外手がかりは色だけ? ……灰の髪の男は見たことはないけれど、白い女ならシュトナ王家では?」

 

 やはりシュトナか。

 シュウは女が純白の髪と目からシュトナ家の人間ではないかと疑ってはいた。

 しかし、シュトナはあまり他国と交流が盛んではないため、確証は得られてはいない。


「もしかしたら記録があるかも。記憶の石盤にいくつか写真が保存してあるのよ。政務官のレットがシュトナ出身でね。十二年ほど前から仕えているのだけれど、彼が城で働きだしてしばらくして、シュトナの姫様が来たのよ。名前は確か……」

 

 だがセフィロは話を最後まで言う事が出来なかった。

 衛兵が「セフィロ様、大変です!」といって部屋に駆け込んできたからだ。


「何事!?」

「トハ地区の警備部隊が反乱を起こしました!」

「何ですって!? では私が……」

 

 セフィロが部屋に置いてあった槍を持ち、部屋を出て行こうとすると衛兵の後ろにいたレット呼び止められた。


「セフィロ様、レットでございます。重大な案件がある故、執務室に来ていただきたい」

「内乱より重大なこと!?」

「そうです。急ぎこちらへ。事態の収拾へは親衛隊が」

 

 セフィロは悩んでいるようだ。

 内乱を止めに行くか、重大な案件とやらに取り掛かるか。

 シュウはそんなセフィロを見て旅の二つ目の目的を遂行することにした。


「俺が行こう。親衛隊に攻撃するなと伝えてくれ」

「シュウ!? あなたが関わるようなことでは!」

「セフィロが居なければ俺はする事がなくなる。それに町には世話になった人もいるしな」

 

 セフィロは一瞬思案したが、シュウの提案を受け入れることにした。


「分かりました。親衛隊にはちゃんと伝えておきます。あなたは、万全な……本来の戦うべき姿で行って下さいまし」

「わかった。助かる!」

 

 シュウは王女の気遣いに感謝してゼファー城を飛び出す。

 シュウは下り坂を走りながら仮面を被り、目的地に急いだ。

 その姿を一人の黒髪の男が見つめていたが、シュウは走ることに夢中で気付くことはなかった。



読んで下さった方、ありがとうございました。

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