姉妹
雷の国の王城。その謁見の間で、シュウ達と、グラムが邂逅していた。豪華な椅子に座っていたグラムは、火と風の王が居たことと息子が帰って来なかった事を訝しげに思いながらも、老いを感じさせぬ視線で彼らを見下ろしている。
「…その子が、息子の?」
グラムがラクアの後ろで怯えている少女を見ながら言う。その言葉にクラウディアが怯えたが、ラクアは彼女の肩を掴み、前に立たせた。
「はい。この子がキリウスさんの娘、クラウディアちゃんです」
「…ふむ。そうか…ワシの孫になるのだな…」
グラムは感慨深くつぶやいた。そして、娘を見ながら本題に入る。
「で、息子は?」
シュウは悔しそうに目を瞑った後、事実を述べた。
「キリウス殿は…死にました。遺体が、そろそろ城へ運ばれてくる頃かと思います」
グラムの瞳が一瞬揺らいだ。だが、老人は何事もなかったように、「そうか」と言っただけだった。
「で、この子を連れてきたという訳か。長旅で疲れただろう。部屋で…」
「待って…ください」
クラウディアの声にグラムは話すのを止めた。
「述べてみよ」
グラムの促しに、クラウディアはゆっくりと、懺悔を始めた。
「私のせいなんです…パパ…お父さんが死んだのは…」
「…なぜだ?」
その後、クラウディアは泣きそうになりながら、あの日起きた出来事を話した。シュウ達の補足を交えて、ある程度事情を把握したグラムは、玉座から降りて、クラウディアに近づいてきた。
「…私が…ちゃんといい子にしてなかったから…っ!!」
グラムが突然手を伸ばしてきたのでクラウディアは思わず目を瞑る。そして、次に来た感触に戸惑い、目を開けた。
彼女の目の前に居たのは、孫を案じ、優しげな顔で自分を撫でる老人がいた。
「お前を責めはせん…クラウディア。謝るべきはワシだ。…ワシが、キリウスと和解してればこんな事には…」
クラウディアは驚いていたが、すぐ、父親が言っていた言葉を思い出し、祖父に伝えた。
「そんなことない…です。パパは…お父さんは…おじいちゃんを恨んでないって…やることが終わったら…帰ろう…って…言ってました…」
「そうか…それだけで十分だ…」
グラムは感極まったようにつぶやくと、シュウ達を見回し、彼らを労った。
「シュウ・キサラギ、セレナ・シュトナ、カナ・ツキカゲ、ラクア・ストリマ…それに、バーン・イグナイト、セフィロ・ゼファー…とそこの少年よ。ありがとう…」
「頑固ジジイに言われると…背中がかゆくなっちまうぜ…なあ、…セフィロ?」
バーンがセフィロを見ると、小刻みに震えていた。どうしたんだ? と思ってすぐに理解した。そうだ。今この爺さんはリクの事を少年と言わなかったか?
「お、おいセフィロ…」
「嬉しいけど、ダメだよ…」
リクとバーンがセフィロを諭す。セフィロを見たクラウディアが機転を利かせ、祖父に教えた。
「その人はリクと言います。…たぶん、ゼファーの王になる男ですよ」
「ほお。これは失礼した。すまぬなリクよ」
「い、いえ! 恐縮です…」
「リクが王…そうですわね!」
急にセフィロが元気付き、カナが呆れた。
「…面倒なお姫様…」
「面倒なのは忍もだよ、カナ」
急に、しかも普段とは違う呼び捨てで、ラクアに名を呼ばれてカナは驚きつつ彼女に振り向いた。
「…どうしたの…?」
「…後でね。ここじゃ話しづらいし…」
「…わかった」
カナが頷くと、丁度、グラムが話を終わらせる所だった。
「…明日、秘宝について話そう。皆、旅の疲れを癒してくれ」
「わかりました。では」
シュウ達は、城の者に案内され、各々準備された部屋へと向かった。クラウディアは、グラムの所へ連れてかれた。思い出話に花を咲かせるのだろう。
シュウは豪華な部屋に入ると、椅子に座り、息を吐いた。そして、コーヒーを飲もうと立ち上がろうとして、左腕の痛みに倒れた。
苦悶の声を上げながら、刀を掴もうとするが、上手くいかず倒してしまった。今度は鉱石入れから鉱石を掴もうとするが、それも失敗し、部屋に八色の鉱石が散らばってしまう。
(油断した…ッ!!)
シュウは歯を食いしばって、かろうじで鉱石を掴むと、そのまま左手に吸収させた。自分の命を喰らっていた腕は、新たなエサに満足したようだ。鉱石が徐々に輝きを失うのを横目に見ながら、刀を手に取り、安堵した。
「シュウ!?」
シュウが椅子に座り直していると、セレナが部屋に入ってきた。自分の声が聞こえたのだろうか。
「…どうした? そんなに急いで」
「どうしたじゃないでしょう! あなた今…」
「何のことかわからないな。…それは?」
シュウははぐらかしつつ、その手に持っていた手紙について訊いた。
「…何でもないです。それでは…」
セレナはそう言い残して出て行ってしまった。シュウはまた息を吐いて、今度こそコーヒーを飲み始めた。
(あれはどう考えても…)
セレナは、手紙を潰さないよう気を付けながら、廊下を早歩きしていた。
シュウへの心配と話をはぐらかした彼への怒りが混ざった今の心境では、うっかりすると手紙を握りつぶしてしまいそうだ。
それはいけない。まだ中身を見ていないし、それに…差出人の事もある。
(…とりあえず見てみましょうか…ベンチは…っと)
セレナが座る場所を探していると、庭先で話しているラクアとカナが見え、止まった。
「ラクアさんとカナさん?」
部屋に荷物を置いたばかりで、ラクアに呼び出されたカナは複雑な心境のまま彼女について行った。
狂気の魔術師の戦闘で共闘こそしたものの、まだきちんと仲直りしたわけではない。今までのラクアなら、笑って終わりなような気がするが、最近ラクアは変わった。急に大人びた…というより年相応になったというべきか。
それに加え、突然の呼び捨てである。別に呼ばれ方にこだわりはないが、このタイミングの呼び名の変化に、何か恐ろしいものを感じずにいられなかった。
ざっくり言うなら、絶交なのではないか、という風にカナは考えていた。
カナが寂しさと恐ろしさがない交ぜになり恐恐としていると、突然ラクアが止まった。
庭園だ。カナが大好きな花畑がある。
「カナ。まず、あなたに言いたいことがあるの」
カナは息を呑み、次の言葉を待った。
「ごめんなさい」
「え?」
カナは間の抜けた声を出した。
「…もう少し気を使うべきだったね…ごめん」
「いや…私も…冷静さを欠いていた…」
カナは反省を交えて謝罪した。冷静になって考えてみると、今回の件は完全に自分のせいな気がしていた。だからこそ、ラクアが自分に対し、絶交をするのではないかと考えたのだ。
「さて一つ目は終わりっと…」
「一つ目?」
カナは訝しげにラクアを見た。まだ何か言う事があるのだろうか。
「カナ。あなたはもう少し、仲間を信じて。何回死に掛ければ気が済むの?」
「う…」
ここでそれを言うか、とカナは思ったが反論できなかった。図星だったからだ。ラクアの仮説通りなら、カナは死に掛けた所か、一度死んでいる。
「カナが強い事は知ってるけど、仲間と協力すれば、もっと強くなれるの。わかった?」
そんなことはとっくにわかっているものの、カナは「わかった」と返事をした。
「よし! これでもう、仲直りね!」
「…うん…」
納得いかない部分が多少あるものの、その意見には賛成だった。これ以上、もやもやするのには耐えられない。
「…そういえば、私も言いたいことがあった…」
「何?」
ラクアがいつも通りの調子でカナに問いかけた。
「…私が胸を揉むのは、嫉妬。それにあなたの話は面白い話はとても面白いけれど、つまらない話はホントつまらない…」
「え? ちょっと待って…それって…」
ラクアは顔を髪より青く染めながら、思い返した。シュウに言われて友達に対する不満をぶちまけたが…今の言葉は…まさか…。
「私がラクアに思う不満点は、まず、声が大きいこと…」
「やっぱり…聞こえてたってこと!?」
カナは頷くと、話を続けた。
「…それに、その胸。自慢しているようにしか見えない」
「これは仕方ないでしょ!」
ラクアが胸を押さえながら叫ぶ。カナは嘆息しつつ、指摘した。
「それ。そういうしぐさ。…心に刺さる。後は…あまり友達を作らないでほしい…」
もはや不満でなく懇願になっていたが、ラクアが気になったのはそこではなく、カナの目だった。
なんか、どす黒い感じになっている。
「…えっと…カナ?」
「…私だけの友人でいて。私だけにお話しして。私だけに…」
「ちょ、ちょっと待って!」
ラクアが大声で取り乱す。カナはその様子に満足すると笑いかけた。
「冗談…。…一つ訊きたいことがある」
「じょ、冗談に見えない…何?」
カナは自分への呼び方の変化について訊ねた。
「何で呼び捨てに?」
「嫌だった?」
「嫌じゃないけど…気にはなる」
そのせいで絶交かと思った、とは言わないが、やはり紛らわしい。どうせならば、仲直りした時でいいだろうに。
「まあ、ちゃん付けじゃなくてもいいかなって。こっちの方が呼びやすいし。それに…」
「それに?」
「セレナさんに影響されて…」
「そう…」
カナは呆れつつ、ふと誰かが自分達を見つめている事に気付いた。うかつだ。これでは兄に叱られてしまう。
「…セレナ?」
「え? あ、本当だ。おーい」
ラクアがぶんぶん手を振る。セレナは小さくてを振り返すと、どこかへ行ってしまった。
「あれ? 行っちゃった…」
「…何か持ってた」
「何か?」
「たぶん…手紙」
「え? そ、それって!」
ラクアが目を輝かせる。だが、すぐに思い返す。
ならば、何であんな顔をしていたのだろうか。
「…何かありそう」
「そうだね、カナ!」
「断る。…私は花を見ていたい…」
「え? そ、そんな…」
行こう、と言おうとした矢先、断られてしまった。場所のチョイスが悪かったか。
ラクアがロマンに心動かされると同じく、カナは花の事になると譲らない。
もし、ラクアがカナに対する不満を付け加えるとすれば、それだった。
「…もういいよ。一人で行くから…」
ラクアはため息をつきながら歩き出した。
カナはその背中に「お話、楽しみにしてる」と言って、花々を鑑賞し始めた。
(仲直りできたようですね…)
先程の気持ちが嘘のように心が晴れやかになった。これなら、シュウに相談せずとも手紙読めるだろう。
そんな事を歩いていると、丁度座る所を見つけた。池の前の通路に、ベンチがある。
(さて…何が書いてあるのでしょうか…)
セレナは差出人不明の手紙の封を切る。封筒の中には、手紙と小さく削られた煌めきの石が入っていた。
『こんにちわ。セレナ・シュトナ、いえ、お姉さま』
セレナは手紙を落としそうになった。晴れやかな気持ちは一瞬で吹き飛んだ。
「セリナ…まさか…」
セレナは一心不乱に読み進めた。間違いない。これは、セリナの字だ。
『夕暮れ時、雷と月影の間にある、月光の森。大事な話があるので、一人で来てください。あなたの妹より』
「く…セリナ…」
セレナはその手紙を持ち、様々な想いが駆け抜けた。これは罠か? 教団に利用されている妹の、助けを求める声か?
それにどうするべきか。ここはやはりシュウに…。そう思って、彼女は思い直した。
(…私がやるべきことです…それに…)
セレナはシュウの苦しげな声を思い出し、自分だけで行くことに決めた。
そう決まればもう少しで日が傾く。ゆっくりはしてられない。早く支度をしなければ。
セレナが部屋に戻ろうとすると、ラクアと鉢合わせ、そのままぶつかってしまった。しりもちをついたセレナがラクアを見ると、なぜか彼女は挙動不審になり、言い訳を始めた。
「痛…あ、え、えっとこれは…。別に覗き見とかしようとしたわけじゃないです…」
「…大丈夫ですか? 私は急いでいるので…」
そこで、ラクアは自分に紙が載っていることに気付いた。セレナに返そうとして、少し中身が見え、驚愕する。
「え? これって…」
だが、ラクアが何か言う前にセレナはラクアの手から手紙を取った。
「…みなさんには、内緒にしてください。特に、シュウには」
「でも…」
「大丈夫です。煌めきの石を持っていきますから。何かあれば一瞬で戻ってきます」
セレナはそう言うと走って行ってしまった。ラクアは立ち上がり、その後ろ姿を見ながら、ひとりごちた。
「ごめんなさい…仲間は放っておけません」
ラクアはそう言って、皆の元へ向かいだした。
荷物を整えたセレナは、封筒に入っていた煌めきの石を握り、念じた。
部屋の中に光が輝き、セレナの体が閃光に包まれる。
気づくいた時には、彼女は地面に立っていた。
辺りを見渡すと、森の中というよりは、開けた場所にいるようだ。
「セリナ! どこです!」
夕暮れの中、セレナは妹の名を叫んだ。
「ここです。姉様」
物陰からセリナ…アクアが出てきた。やはり、ラクアの仮説は当たっていたようだ。
「…やはりあなただったのですね…」
セレナはセリナに向き合い、その少し驚いた顔を見た。
「意外ね。姉様にはわからないと思ったのだけれど」
「セリナ…あなたは…なぜ?」
セリナはにやりと笑って理由を告げた。
「なぜ? そんな事をあなたから聞くなんて…姉様。…あなたの為です」
「私の…セリナ…あなたは…」
セレナがどこか安堵した顔で妹に近づく。
「そう姉様の…。姉様を…お姉ちゃんを…」
セレナはある程度近づいて、妹の…アクアの様子がおかしい事に気付いた。
「殺す為にっ!!」
急な氷の攻撃にセレナは回避できなかった。両腕を組んで、攻撃を防ぐ。
「セリナ!?」
「どこまでめでたいの? 今、私が敵じゃないとか思ったでしょ? やっぱバカだわ…自分の姉ながら…情けなくなってくるわね!」
セリナはアクアの体を使い、杖で氷の塊を作りだし、セレナへと飛ばす。
セレナは回避しようとして、靴が凍っている事に気付いた。
「っ!?」
「まあ、姉様の戦い方はよくわかってるからね。対策は簡単よ」
動けないセレナはただ耐えるという選択肢しかなかった。今度は手まで凍り始める。
「使わないの? あれを」
「何を…」
「ああ…使ったらもうダメだったわね。ならその手甲で氷を吹き飛ばせばっと、今度は足が吹き飛んじゃうわね」
セリナはとても楽しそうに笑った。
セレナはその笑顔…例え他人の体を借りているとしても妹が絶対にすることがない笑みにぞっとさせられた。
「あなたに…何が? 何があったのですか!? セリナ! 答えて!」
セリナは杖をくるくる回しながら、答えた。
「何があった、ねえ…。ま、私がバカだったってことは確かね。」
「どういう…」
「まだ話してますよ? せっかちな姉様。そう、バカな私は…あなたのせいで、人生をめちゃくちゃにされた、という感じかしら」
セレナは妹の言葉が全く理解出来なかった。自分が妹に何かした覚えはない。
当時、セレナが散歩から帰ってくると、突然聖王に告げられたのだ。妹が突発性の病気で急死したと。
「わからないって顔ね。そうでしょう。ただの人形が何か考えたら怖いものね!」
セリナはそう言うと、何か結晶を取り出した。
「ふふ…あなたは、私の全力を持って…殺してあげる」
セリナは結晶に念を送った。すると、森の奥から音を響かせて、巨人…巨大な騎士が現れる。
「これは…」
「そう。結晶の騎士。もうわかるわよね? …ま、わからなくても別にいいけど」
「セリナ…」
セリナは騎士を跪かせると、その手に乗った。
「姉様。悪いけど、私は説明する気はないの。その足りない頭で、きちんと考えなさい」
セリナが騎士の腹までつくと、その腹が割れた。彼女はその中に入り込み、セレナを見下す。
「さあ…もう考える時間は終わり。わかった? わからなかった? どっちでもいいけど」
「セリナ…私は!」
セレナは身動きが効かない身体に焦燥を感じながら、騎士を見上げた。
アクアの胸にある結晶と同じ色をした騎士。右手に剣を持つ巨大な体躯は、ラクアが使った氷の騎士と瓜二つだ。
「じゃあ、さようなら姉様。父様によろしく」
セリナは騎士に念を送り、セレナに向けて巨大な剣を叩きつけた。
読んで下さった方、ありがとうございました。




