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ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
第三章
21/45

喪失Ⅱ

 視界が歪む。世界の色が赤く染まる。シュウは混濁した意識の中、目の前の、呆けた顔をした灰色の男を睨んだ。刀を抜こうとしたが、痛みがそれを許してくれない。ならせめて今できる最大の抵抗をしよう。シュウはそんな事を考えながら睨み続けた。

「てめえ…!」

 フレックスの顔が怒りに染まり、愉しみを邪魔した、仮面男にトドメを刺そうと右腕を上げる。だが、フレックスが血に染まった腕を振り下ろす前に、アヴィンが一気に近づき、ナイフの一閃と蹴りをかます。灰の男は怒りの形相のまま、後退させられた。

「くそが! どいつもこいつも!」

 その声を聞いてセレナが我に返った。今にも泣き叫びそうな顔をしてシュウを支える。実際彼女は少し泣いていた。シュウを守れなかった自分の弱さに。

「シュウさん!」

 シュウはその、涙を流す、美しい顔をして苦笑した。なぜ泣くんだ。お前は何も悪くない。

「セレナ様。これを」

 セレナはシュウの右側に立ち彼の腕を首に回した。すると、アヴィンが何か文字が刻まれているナイフを渡してきた。目の前に敵がおり、シュウが重症を負ったこの状況で渡されたナイフにセレナは疑問を感じたが、アルドの射撃がセレナとアヴィンの間に瞬いた為、それを口にすることはなかった。

「アヴィン! 下がれ! 俺が足止めする!」

 レイが拳銃を引き抜く。二丁拳銃だ。敵に向かって右と左の銃が正確に狙いをつける。バシュッ!という音と同じ数だけ白いローブ達が斃れた。そして敵が反撃してくる前に煙幕を投げつける。煙が暗闇の中に広がった。ただでさえ、暗くて視界が悪い状況での煙幕は敵を混乱させるのに十分な働きをしてくれた。

「セレナ様。闇の里で合流しましょう。アヴィン! ラクアと…カナ…妹を頼む」

「レイ! あなたも!」

「レイ兄! 私も…」

「心配するな! 俺だって忍だ! うおっ! …行けえ!」

 敵は視界不良の中、デタラメに射撃をしてきた。セレナはレイの事が気にかかりながらも、シュウを支えて煙に包まれた草むらを進んだ。アヴィン達とはどうやらはぐれてしまったようだ。だが、下手に探し回ることは危険だ。左腕を失ったシュウの顔がどんどん悪くなっている。

「シュウさん! しっかりしてください!」

「構うな…進め…」

 セレナは涙をこぼしながらシュウの指示にしたがった。彼は絶対に死なせてはならない。例え自分が殺されようとも。そうでなければ。

「ダメです…死なないでください! 私はあなたに罪を償えなくなってしまう!」

 シュウは朦朧とする意識の中、呆れて笑いが出た。この後に及んで、この女はまだ自分に罪があると思っているらしい。どうせならば、愛の言葉の一つでも欲しい所だ。

「気に…する…な…動き…続けろ…」

 シュウは歯切れの悪い声を出した。気の利く言葉の一つも言いたいが、体に残っている毒と千切れた腕の痛み、大量の出血によって彼にはそんな事しか言えなかった。

「シュウさん! 気を持って! あっ!」

 セレナは左脇に激痛を感じ、歩みを止めた。ガシャン! という音と共に、ポーチが落ちる。敵の流れ弾に当たってしまったようだ。彼女は歯を食いしばり再び動き始めた。自分が止まればシュウは…。

「止まるわけには…行きません!」

 セレナはシュウを救う手立てを求めて一心不乱に歩き続けた。




 あちこちから迫る閃光に肝を冷やしながらレイは草原の中に伏せていた。敵は全くこちらを確認できてはいない。よっぽど不幸でもない限り、閃光が彼の体を射抜く事はないはずだ。しかし、戦いとは万が一の連続だ。レイはじっと耐えながら銃撃が止むのを待った。その間に拳銃の鉱石を無属性へと交換する。

「ふう…いいねえ、胸が躍る」

 レイは器用に片手で、二丁同時にリロードした。ジャキッ! という薬室が閉まる音を聞いて彼はしてやったり、と笑みをこぼす。残念なのは、この特技を妹に披露することが出来ないことだ。この装弾方法を会得するのにかなり練習を積んだんだが…。

「に、逃げられました!」

 敵らしき男の慌てた声が聞こえる。全員逃げたと勘違いしているらしい。レイはそのまま誤解しててくれ、と祈った。そうすれば奇襲がより効果的になる。だが、彼と長い間共に戦った仲間はその祈りを踏みにじった。

「いや、まだ残ってる。そうだろ? レイ」

「ちっ!」

 レイは勢いよく立ち上がり、驚いた表情をしている白い集団に乱射した。だが、彼が奇襲する本命だった、灰色の男とアルド、アクアとかいう女に命中はしなかった。彼は歯噛みする。ちくしょう、また生き残る可能性が下がったじゃないか。

「あら、本当ね。さすが仲間じゃない。元、だけど」

「どうも。さて…おっ?」

 アルドがどう戦うか思考を巡らせる前にフレックスがレイに向かって雄叫びを上げた。余程イラついていたのだろう。

「お前は俺様を満足させてくれよお!」

「ふざけんな! 男はお断りだ!」

 レイは叫び返すが、その額に冷や汗を掻いていた。あの三人の中で一番相手をしたくない奴が一目散に向かってきた。とはいえ、戦えないわけではない。レイは、自己満足の為に鉱石を変えたわけではなかった。

「お前にはここで斃れてもらう!」

 レイは拳銃をフレックスに向け、撃ち始めた。柄にもなく叫びながら引き金を引き続ける。灰の男は顔をしかめながら躱していた。そして、閃光の一つが灰の男を捉えた。

「いてえ! …あーむかつく!」

「…もっと痛がれよ」

 左肩に直撃したようだが、フレックスは怒るだけだった。レイは思わず愚痴をこぼし、相手のデタラメさに呆れた。

「あーそろそろマジでぶっ殺すか」

「くっ!」

 フレックスがレイに直進してきた。本来ならいい的だが、レイはいくら引き金を引いても、閃光を当てることが出来なかった。紙一重の所で、あっさりと躱される。気付いた時には、フレックスは目の前にいた。血に染まった右腕が光り輝く。その手甲は…。

「死ねええええ!」

「ごはっ!」

 悲鳴を上げながらレイは自分の体がはじけ飛ぶ音を聞いた。上半身が抉られた。ああ…せっかく妹と距離を縮めたってのに。レイは血を吐きながら仰向けに倒れた。

「ちっつまんねえ」

「そりゃ…あ…悪かった…なあ…良く…言われる…んだよ…」

 レイはフレックスに軽口を返した。まだ息がある。ならばするべきことは一つだ。彼はまだ動く右腕に力を込めた。

「お仲間さん、まだ生きているみたいよ?」

「……」

 アルドが無言でその額に銃を向ける。だが、なかなか引き金を引かない。アクアはそんなアルドに疑いの眼差しを向けた。

「何してるの?…まさか、まだ」

「裏切り者…め!」

 レイが最後の力を振り絞り、アルドに拳銃を突きつける。バシュッ! という音と共に、レイが絶命した。アルドは煙を吐く拳銃を軽く振って、アクアに笑いかけた。

「まだ疑われているのか? まあ、これで証明できたよな」

「…ええ」

 アクアはしぶしぶ納得した。アルドはそんなアクアの様子に満足して、かつての仲間を、教団と共に追撃し始めた。



「いたぞ!」

 セレナはその声に背筋が凍った。追い付かれた。それが意味することは…。セレナは頭を振って気を反らす。今はシュウを逃がすことが先決だ。彼女はシュウを離して敵と対峙しようとしてシュウに妨害された。

「シュウさん!? あなたは逃げてください!」

「ダメ…だ…放って…おけない…約束した…」

「何を! その傷では!」

「だがらだ…お前だけでも…」

 シュウは拳銃を抜き、セレナを退けた。治癒の効果で多少は動ける。足止めくらいはできるはずだ。おぼつかない足取りでシュウは敵に向かって射撃し始めた。だが、手振れのせいでかすりもしない。

「っ! ダメです!」

「……」

 シュウはセレナの声を無視してひたすら撃ち続けた。敵も最初は驚いたが、見当外れの所に撃つシュウを見て鼻で笑いながら近づいてきた。手にはナイフが握られている。シュウを刺し殺すつもりだろう。

「はっ! いらいらするぜ。愛の逃避行ってか? 恋人の前で無残に殺されちまえよ!」

 シュウはとうとう倒れてしまった。どうやら足止めすら敵わないようだ。セレナが彼の横に来て立ち塞がる。

「させません!」

 セレナが男のみぞおちを殴った。男が「ぐほお!」と息を吐き出す。だが、その男の後方からさらに敵がやってきた。セレナは拳を強く握りしめる。

「ダメだ…灰の男が…来る…逃げろ…」

「聞けません!」

 今度はセレナがシュウの言葉を無視した。シュウは立ち上がろうと力を込めるが、立ち上がれない。彼は焦った。このままではセレナは、灰の男に殺されてしまう。

「女一人だ! 生け捕りにしち…あ?」

 白いローブの男が茫然とした。よく見ると胸元に血がついている。男は口を開けたまま倒れた。ローブ達が困惑し辺りを見回す。

「な、何だってんだ!」

「仲間が居やがるのか!?」

 男達は必死に伏兵を探し、それをみた。紫色の、属性銃とは比べものにならない太さの閃光。その邪悪な光が草花を押しのけてまっすぐ自分達に迸ってくる。

「な…な! がああああ!」

 男達は悲鳴を上げながら、闇の光の中へと消えた。セレナは閃光が飛んできた方向を注意深く観察する。そこには、一人の男が立っていた。紫色を基調とした服装に、黒いマントをはためかせながらゆっくりとこちらへ近づいてくる。

「あなたは…!?」

「話は後にしろ。こっちだ」

 セレナは白髪混じりの紫髪の男について行くべきか悩んだが、シュウが意識を失っていたことに気付き、彼を支えると男について行った。罠ならば、命を賭してでも斬り抜ければいいだけだ。今はシュウを何とかしなければ。

 紫髪の男と、シュウを支えるセレナは先にあった暗い森の中へと消えて行った。



 アヴィンはラクアを担ぎながら、暗い森の中を走っていた。その後ろをカナが不安な面持ちでついて行く。

「…レイ兄…それにシュウとセレナ…」

「…だ、大丈夫…だよ…」

 ラクアがカナを元気づけようとするが、どうも上手くいかない。ラクアも三人を心配して胸が張り裂けそうになっていた。他人であるラクアでさえそうなのだから、家族であるカナはもっと辛いはずだ。だから、何とかしてあげたいのだが…。

「彼らなら心配ない。今は逃げることが先決だ」

「…わかった…」

 カナはそう応えると周りを警戒しながらアヴィンについて行った。一瞬のようだったが、だいぶ時間が経っていたらしい。辺りが明るくなってきている。

 彼らは森を抜け、ちょっとした広さの

「行き止まり!?」

 ラクアが目の前に広がる崖も見て驚愕の声をあげる。森の先にはぞっとする高さの崖が広がっていた。月影の里の崖とは比べ物にならない。

「…どういうこと?」

 カナがアヴィンに問いを投げかける。アヴィンはラクアを下ろすとその意図について説明し始めた。

「少なくとも、ここを捜索しにくる敵兵はわずかなはずだ。まともに逃げてもどうせ追い付かれる。ならば、あえて行き止まりへ逃げ、分散した敵を倒しながら進んだ方が安全だ」

「…その言い方だと…」

 カナは薄々感づいてはいたが、認めたくなかった事を言われたような気がした。まるで、自分の兄が殺される前提ではないか。

「む、他意はない。案ずるな」

「…そう」

 カナはその事を頭の隅へ追いやった。今は生き延びることが優先だ。彼女は索敵をしようとして、複数人がこちらへ近づいてきている事に気付いた。

「…敵!」

「そのようだな。君達は後ろへ」

 アヴィンはナイフを引き抜くと二人の前へ立った。そして、白いローブの集団と…かつての仲間の姿を確認し、身構えた。

「…っ! なぜあなた達が!」

 カナがアルドの姿を見て叫んだ。そして認めたくなかった事実を突きつけられる。

「簡単だろ? お前の兄を俺が殺したからさ」

「レイ兄を!」

 カナが刀を抜いて怒りのままに行動しようとするのをラクアが抑える。カナはしばらくもがいていたが、ラクアの名を呼ぶ声を聞いて膝をついた。

「…なぜ…レイ兄まで…」

「カナちゃん…」

 その暗い表情を見てアクアが笑みをこぼした。その笑みを見たラクアが彼女を睨む。

「やあねえ。そんなに睨む事ないじゃない…さて、あなた達を」

 アクアが男達と共に戦い始めようとしてアルドに制された。アルドの意図が分からずアクアが彼を疑問の眼差しで見る。

「何?」

「手を出すな。俺は、アヴィンと闘いたい」

「…いいだろう。君達も下がっていろ」

 アヴィンとアルドは崖と森を背中に向けて、対峙した。アルドがアヴィンを見て親しげな笑みを見せる。

「まさに崖っぷちって奴だな」

「そうだ…だが追いつめられた者をなめると痛い目を見るぞ」

 アヴィンはナイフを両手に持ってアルドの武器を確認した。右手に大剣、左手に拳銃。懐が膨らんでいる。他に何かを隠し持ってるのだろう。

「ああ。お前の強さは俺が一番良く知ってる。とはいえ、まともに戦ったことはなかったか…」

 アルドはつぶやきながらアヴィンの装備を眺めた。両手にナイフが一本ずつ。恐らく、コートの内側と鎧に、大量のナイフを隠しているはずだ。

「ああ。これではっきりする」

「そうだな。どちらが上か。…行くぞ!」

 アルドが拳銃の射撃をしたが、アヴィンは予想していたようにナイフを投げた。閃光とナイフがぶつかり、ナイフが弾け飛んで行く。アルドはナイフを引き抜きながら近づいてきたアヴィンに向かって大剣を振るった。

「ふっ!」

「…そう簡単に殺らせてはくれんか」

 ナイフと大剣の鍔ぜり合いになり、アヴィンがぼやいた。そしてすぐに大剣を受け流す。ナイフで攻撃しようとしたが、アルドの拳銃が彼に向けられた。それを止める為に蹴りを繰り出す。だが、それも大剣の横薙ぎで当てることが出来ず、後方へ距離を取った。

「…へえ、やるわね」

 アクアがぼそりとつぶやいた。装備の関係上、アルドの方が有利に見えたがそんなことはないらしい。ぱっと見た感じでは両者は互角のようだった。

 距離を取ったアヴィンにアルドは再び射撃を加える。遠距離ならこちらの方が分がある。だが、懐に入り込まれれば対処は難しいだろう。大剣とナイフでは、ナイフの方が速い。アルドはアヴィンへ一見デタラメに見える射撃を撃ち続けた。

 アヴィンは真っ直ぐアルドへ向かって行く。正確には直線上にしか動けなかった。アルドの射撃に縫われたからだ。下手に横に避ければ当てられてしまう。とはいえ、このまま相手の意図に乗るのは危険だ。

 アルドはアヴィンが間合いに入る瞬間、アヴィンの心臓目がけて白い閃光を放った。躱される事を見越しての射撃だ。回避したアヴィンを大剣で切り裂く。ただそれだけのことだ。だが、アヴィンは彼の予想と違う行動をとった。

 アヴィンは左手の、逆手に持ったナイフで射撃を防いだ。衝撃でナイフが折れて彼の左肩を裂く。だが、アヴィンは気にも留めず、アルドに接近した。そして、縦の斬撃を左に躱し、左腕をナイフで斬った。

「ちっ!」

 アルドは大剣を横に振ったが、アヴィンは体を後ろに曲げてギリギリで躱す。アルドは焦りつつ、斬られた左腕をアヴィンに向けて無理やり叩きつけた。これにはアヴィンも躱さざるを得なかった。再び距離を取って両者は相手を睨む。

「行けそう!」

 ラクアが喜びを上げる。反対に向かい側のアクアは顔をため息をついた。

「何してるの…。まあ、死んでも構わないけど」

「くそ…」

 アルドは毒づきながら拳銃を放り投げた。同じようにアヴィンも左手のナイフを捨てる。お互いに左腕が使い物にならなくなっていた。

「…そろそろ決着をつけよう、友よ」

「いいぜ。決着だ」

 アヴィンはアルドの同意を聞くや否や、アルドに向かって突進した。投げナイフは使わない。大剣で防がれてるか躱されるかのいづれかだからだ。アルドを倒すには、接近戦を仕掛けるしかない。

 アルドは、だんだんと近づいてくるアヴィンを見据えて大剣を正面に構える。速度で劣っているものの、こちらの大剣の方が致命傷になる。故に狙うは懐に目がけてきた一瞬のカウンターだ。

 アヴィンが間合いに入る。だが、アルドは迎撃しない。アヴィンはそのまま彼の首を掻き斬ろうとする。その瞬間、アルドは大剣を親友に向かって思いっきり突いた。

 アヴィンとアルドは一瞬止まった。ラクアとアクアは固唾を飲んでその光景を見つめる。どっちだ? どちらが勝った?

 すると、アルドが苦痛に呻いた。そして大剣を離して傷口を抑える。直後にアヴィンが膝をついた。大剣が左胸に深々と刺さっている。

「は、ははは! よくやったわね! 最初は使えないかと思ったけど」

「そ、そんな…」

 ラクアが慄きアクアが歓喜の声を上げる。アルドはその両者の正反対の反応を聞きながら、目の前の友人の顔を見つめた。その顔はどこか安らかだ。

「…決着ついたぜ…アヴィン」

「ああ…後は…」

 アヴィンが何かを話しかけたが、それを気にする者は誰もいなかった。日が登ったのだろう。日光が彼らを照らす。それはどこか幻想的な光景だった。

「はは! なんてロマン溢れる光景! ねえ、ラクアもそう思わない!?」

「その顔でそんな事を!」

 ラクアが怒りの表情を見せる。杖を取り出して戦おうとして立ち上がったカナに制された。

「…私が倒す。ラクアは下がってて」

「一人じゃ無理よ!いっしょに」

 だが、カナは突撃してしまった。走りながら分身を出す。狙うは自分の兄を殺したと言ったあの男だ。

「全く、こちらは満身創痍なんだぜ?」

 アルドは余裕を見せながら、アヴィンから抜き取った大剣を構えた。カナが斬りかかってくるが、反応はしない。幻だとわかっているからだ。

 カナはそのアルドを見て焦った。なぜわかるのか。しかし、驚いている暇はない。彼女はもう誰も喪うつもりはなかった。いかに絶望的だろうと諦めてはならない。

「レイ兄の仇っ!」

 カナは刀をアルドに振り下ろした。アルドはそれを軽く受け止める。

「っ! 受け止める…!?」

「おいおい、遺物を過信しすぎだ。それに…」

 アルドは大剣に力を込めた。すると、剣が光始める。そしてそのまま、カナを吹き飛ばした。

「なっ!」

「対遺物用の武器は持ってるからな」

 カナは吹き飛ばされながら、刀をしまった。アルドを倒せば、道は開ける。アクアとかいう女だけならば対処のしようはあるはずだ。カナは崖際に踏ん張り、弓を構ようとして、瞠目した。

 アルドはいつの間にか銃を持っていた。レイに一度話を聞いたことがある、一世代前の拳銃。フリントロックと兄は言っていた。

「お兄さんによろしく」

「あ…」

「カナちゃん!」

 パン、という乾いた音が響いて、カナはそのまま、奈落の底に落ちていった。



 アルドは煙を吐き出す銃を見て、訝しげな表情をした。銃身に亀裂が入っている。まだまだ改良の余地がありそうだ、と彼は嘆息した。

「…その銃、それに今、何を撃ったの?」

 アクアの疑問にアルドは流暢に答える。

「鉱石だよ。まあ、どうも上手くいかなかったようだが」

「鉱石? 人相手に?」

「そうそう。ちょっとした実験さ。別の依頼主に頼まれててね」

 別の依頼主、という単語を聞いてアクアの目が鋭くなる。アルドは誤解をされないように、きちんと説明した。

「いや、ただの物好きな男さ。教団は裏切らないぜ?」

「…そういう事にしといてあげるわ」

 まだアクアはアルドを疑っているらしい。信頼を勝ち取る為、彼はもう一仕事することにした。崖下を覗いて固まっている少女に近づく。

「お嬢さん、エスコートさせてくれるかな?」

「…ふざけないで!」

 突然周囲が凍り始めた。ストリマの杖が輝いている。どうやら杖の本当の力を使い始めたようだ。流石にそうなってはアルドでも対応は難しい。

「カナちゃんを! 何で殺したの!」

「仕事だから、さ」

 ラクアが行動を起こす前に、アルドは銃床で彼女の後頭部を殴った。

「あ…カナ…ちゃん…」

 ラクアは友人の名をつぶやきながら意識を失った。




まだ続きます。もしかしたら一番長い話かも。

読んで下さった方、ありがとうございました。

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