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ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
第三章
20/45

喪失Ⅰ

「いやああああ!」

 悲鳴が聞こえシュウは臨戦態勢を取った。ラクアの声だ。彼女が、何かに追われて泣き叫びながら逃げている。

「どうしたっ!」

 シュウが彼女の元へ走る。ストリマの杖を持つラクアが手も足も出ない相手だ。一体どんな魔物なのか。

「シュウさん! た、助けて!」

「今! ん…?」

 シュウは刀を抜こうとして、止まった。魔物ではあるが…。

「ごっゴキッ! カナちゃん!」

 シュウが手を貸してくれない為ラクアがカナに助けを求める。だが、彼女は顔を真っ青に染めると、絶影の弓の力で消えてしまった。

「ひ、ひどい!」

「…私では対処できない…」

 カナがどこからか言い訳をする。ラクアは文句の一つも言いたかったが、巨大な、茶色い悪魔が目の前に迫り、しりもちをついてしまった。

「あ、あああ…」

 ラクアの顔が絶望に染まる。やれやれ、仕方ない。シュウは拳銃を抜き、ラクアより一回り大きいゴキブリを撃ち抜いた。

「…はあ…助かった…」

 ラクアが安堵の息をつく。反対にシュウはため息をついた。

「確かに気味は悪いが、ここらへんはそのゴキブリが可愛く思える魔物がいっぱいだぞ?」

「そ、そんな…聞いてない…」

「説明したと思うがな…。なあ、セレナ。…セレナ?」

 シュウがセレナに同意を求めたが彼女から返事がない。彼女の方を向くとセレナが直立不動で固まっていた。

「…また固まった…」

 カナがつぶやきながら姿を現す。シュウは頭が痛くなった。仲間達は皆、気色悪い魔物にはなす術がないらしい。

「セレナ、セレナ!」

 シュウがセレナの肩を揺さぶる。セレナははっとしてその手を退けた。

「な、何でしょう?」

「…もういい。先に進もう」

「ですね。カナちゃん? 今度は逃げないでね?」

「…あれは戦略的撤退…」

 シュウ達が暗い色合いの草むらを移動し始めた。ここは暗黒地域であり、先程の巨大なゴキブリのような生命力が高い魔物の巣窟だ。彼らは闇の国の人里を目指してこの危険で気分が滅入る草原を歩いている。

「セレナは大丈夫だと思ったんだがな…」

 シュウは歩きながらセレナについて触れた。まだ少女であるラクアとカナはしょうがないとして、セレナはシュウと出会う前から旅をしていたベテランだ。彼女ならば眉一つ動かさず対応してくれると思ったのだが。

「女の子は皆ああいうのダメなんですよ。そういう事言っちゃダメです」

「…同意…」

「そんなものか…」

 シュウとしてはさっさと倒してしまった方がいいと思うのだが、どうやら女性陣は違うらしい。やはり女って奴は良く分からない。シュウが女性について思考を巡らせているとセレナが嬉しそうにつぶやいた。

「ふふ、何か新鮮ですね」

「ゴキブリがか?」

 シュウの問いにセレナが大声を上げた。

「そんな訳ないでしょう! …女の子扱いされたのは久しぶりでして。ずっとアヴィン達といっしょでしたから」

「なるほどな」

 セレナはずっと秘宝を求めて旅をしていたはずだ。あまり同年代と接する機会もなく、遊び盛りであるはずの思春期も秘宝の探索に費やしていたのだろう。

「仲間ってのはいいものですね。あっと、アヴィン達も仲間ですが…こういう時は…」

「…それはたぶん、友達…」

 カナがセレナが言いたかったであろう言葉を口にする。セレナが納得したように手を叩いた。

「そう、友達ですね。ふふ、あなた達を見てて理解してたつもりなんですが」

 セレナが朗らかに笑う。彼女はシュウ達と出会ってから、悲しげな表情から一転して笑顔が多くなっていた。

「いいね! 私の目標である友達777人が達成できそうだよ!」

「それは多すぎだと思いますが…」

「…まだ十人もいないんじゃ…?」

 セレナとカナがラクアにツッコむ。シュウはそんな彼女達の様子を見て感慨に耽った。彼女達は三人共、出会った当初に比べて確実に明るくなっている。口には出さないが、彼自身もだいぶ明るさを取り戻していた。仲間とはいいもの。セレナがつぶやいたその言葉は間違いなかった。

「こんな日々が続けばいいのですが」

「そうだな」

 シュウがセレナに共感する。だが、彼の脳裏には、ストリマ近くの宿屋で見た悪夢はちらついていた。『私と…灰の男が殺すわ』アクアの偽物の声が頭の中にこだまする。

「…本当にずっと続く事を願ってるよ」

 シュウの独り言にセレナが首を傾げ見つめてきた。シュウはそれ以上何も言わず、警戒しながら先へと進んだ。



 しばらく進むと遠くにある林の中に家が見えた。あれがセレナが言っていた隠れ家だろう。

「あれか?」

「あれです。アヴィン達ももうついているはず…きゃ!?」

 地面から伸びた手に足を掴まれセレナが驚きの声を上げる。シュウはナイフでセレナの足を傷つけないよう注意しながら腐りかけの腕を斬った。

「ありがとうご…」

「礼は後だ! 気をつけろ!」

 辺りの地面が隆起し、セレナの足を掴んだ魔物が姿を現した。ぼろきれを着た、腐った人間。アンデッドだ。

「ひい! 気持ち悪い…」

「…戦いたくない…」

 ラクアとカナが顔を引きつらせる。だが、敵の数が多い。シュウだけではこの数を相手にするのは骨が折れる。

「そうさせたいのは山々だが、手伝ってくれ!」

「…やむを得ない…」

「うう。今日一人で寝れない…」

 カナとラクアが遺物を構え応戦し始めた。氷の槍と弓の連射にアンデッドがバタバタと倒れて行く。

「やったか? …くそ!」

 倒れたアンデッド達は活動を停止せず這いずってこちらへ向かってきた。その様子を見たラクアが顔を青く染め、取り乱した。

「どどどどうしよう! 死なないよ!」

「…もう死んではいる…」

 流石にカナは冷静になっているようだ。弓を構えて這いずってくるアンデッド達に矢を突き刺す。

「…ダメみたい…」

「うううう! もうやだ!」

 ラクアが杖を闇雲に振り回す。狙いはデタラメだが、結果的に足止めになっているようだ。

「セレナ! 格闘戦で叩くぞ!」

「分かりました…」

 セレナは顔こそ乗り気ではないが、矢と氷で足止めされていたアンデッドを吹き飛ばしていく。シュウも負けじ首を刎ねる。気付いた時には、黒い草原に死者の骸が大量に転がっていた。

「あらかた片付いたか…? うおっ!」

「何が? きゃあ!」

 シュウとセレナが残りがいないか確認していると、地面から突然生えた腕に掴まれてしまった。まだ大物が地中に残っていたようだ。巨大なアンデッドが地面から現れ、シュウとセレナはその大きな手でがっちりと体を掴まれている。

「シュウさん! セレナさん!」

「まずい…!」

 ラクアとカナが矢と氷を飛ばす。だが、腐臭を放つ巨大な骸はびくともしない。

「くっ! これでは」

「放してください!」

 手の中に収まっている二人には反撃することが出来ない。自らの攻撃で自分を傷つけかねないからだ。彼らに出来るのはこの状況に悪態をつく事だけだった。

「こんな所でやられるわけには…。こうなったら」

「セレナ! 変な事は考えるなよ!」

 セレナが自らを省みず何かをしようとするのを見てシュウが叫ぶ。あの手甲を手の中で使ったらどんなことになるか想像したくはない。

「しかし!」

「仲間がいるだろ? カナ! 斬り落とせないか!?」

「…やってみる」

「援護するよ!」

 カナが刀を構え、分身した。幻と共に、アンデッドに突っ込む。アンデッドはセレナを持つ右腕をカナに向かって振った。だが、そのカナは幻で、横を走っていた本物のカナがその腕を斬り落とした。

「よし、っ!?」

 カナが左腕に攻撃をしようとした所に左腕が迫ってきた。彼女はまだ立ち上がれないセレナを庇う。

「カナさん!」

 カナが、来る痛みに身構えるが、その必要はなかった。ラクアの氷の壁が、攻撃を防いだからだ。

「これがチームプレイだね!」

 ラクアが嬉しそうに言う。だが、すぐにその余裕はなくなってしまった。壁にひびが入り始めたからだ。

「カナさん! これをどかしてください!」

「待って、今…」

 カナがセレナの上に覆いかぶさっている腐った右腕をどかし始めた。しかし、氷はどんどん壊れて行く。

「く! ラクア! 何とか!」

 シュウが衝撃に耐えながらラクアに指示を出すが、彼女は壁の維持で手一杯らしい。

「壁が…!」

 とうとう氷が砕かれてしまった。腐った巨人はシュウごと、セレナとカナを叩き潰そうとして、左腕が斬り落とされた。

「何が?」

「この程度の相手に。油断しすぎだ、弟よ」

 腕を斬り落とし、目の前に着地した頼れる仲間にセレナは安心した。彼女が最も頼れると言った、あの男だ。

「アヴィン!」

「少し待っていて下さい。すぐ終わらせます故」

 アヴィンはナイフを二本構えて巨人の足元を切り刻んだ。足が脆くなり、巨人が跪くと彼は首元へ行き、巨大な首を掻き斬った。

「…助かったよ」

「…油断するな。仮面をつけてなくとも、これくらいは気づくように心がけろ」

「わかった。次から気をつけるさ。皆大丈夫か?」

 シュウは全員の無事を確認し、誰も怪我をしていない事が分かると隠れ家へと向かい始めた。

「…よくわかりましたね、アヴィン。おかげで助かりました」

「いえ。弟が至らず、申し訳ない」

 シュウはその言葉にむっとしたが、それに反論したのはセレナだった。

「そんなことはありません。彼は優秀です」

「…ありがたきお言葉で。まず、一息入れましょう。皆、揃っています」

「…レイ兄もいるの…」

「兄妹仲良くするチャンスだよ!」

 落ち込むカナにラクアが励ます。カナはその言葉を聞き、そうかもしれないと前向きに考えた。

「…少し話してみる」

「それがいいよ!」

 シュウ達は古びた家のドアを開けて、中へ入っていった。



 家に入ると椅子に座っていたアルドが手を上げて挨拶してきた。レイも近くに立ち、会釈をしてくる。

「よお、無事でなによりだ」

「セレナ様、お変わりなく…」

「先日会ったばかりでしょう。心配しすぎです。…レイは妹の心配をしたらどうですか?」

 セレナの唐突な話にレイとカナが戸惑う。セレナなりに気を効かせたのかもしれないが、いくら何でもいきなりすぎた。この兄妹について考えるとこれくらいが順当かもしれないが。

「い、いや、セレナ様。カナなら…」

「…私なら問題ない…」

「そう。カナは心配する必要がないです」

 それを聞いてカナの顔がわずかに寂しげになった。口では色々言ってもやはり気にかけて欲しいのだろう。

「カナは俺の優秀な弟が見込んだ、最高の忍ですからね」

「…おだてても何も出ない…」

 カナは笑みをレイに見せないように浮かべた。兄に見られたらどうせまたからかわれる。彼女は何だかんだ言って二人の兄達が好きだった。悔しいがこれは事実だ。そろそろ、素直に受け入れるべきだろう。

「…レイ兄…」

「何だ?」

 二人が向き合って話を始めたのを見てアルドが手招きした。この男はこういう所によく気が回る。

 シュウ達は会話するカナとレイの邪魔をしないよう、別の部屋に移った。



「私は、レイ兄の事を怒っていた。でも今は…」

 扉が閉まる音が聞こえカナは会話を続けた。

「怒ってない。昔のように…接していい」

 レイは一瞬、感極まった顔をし、すぐにいつもの調子に戻った。

「昔のようにって…あんま変わってないじゃないか」

「…レイ兄…」

「冗談だ。嬉しいよ。…ありがとう、カナ」

「…家族だもの…礼には及ばない…っ!」

 カナは赤面した。今の言葉につまらないシャレが混ざっていた気がする。

「なるほど。くくく…レイ兄には、礼はいらないってか?」

 レイはひとしきり笑った後、カナの顔がシャレになってないことに気が付き、慌てて取り繕った。

「カ、カナ? 兄との楽しいお話じゃないか…なあ、ちょっと」

「このバカ兄貴っ!!」

 カナはレイに怒鳴ると、そのまま外に出て行ってしまった。レイはやらかしたといわんばかりに頭を掻く。だが、その顔は妹と分かり合えた喜びに満ち溢れていた。

「はは。悪くないな。…そう思わないか? レン」

 レイは一人弟に語りかけた。



「アルド。あんたは気が利くな」

 シュウは壁に描かれていた絵を見ながら、アルドに思ったことをそのまま伝える。アルドは当然と言わんばかりに頷いた。

「プロだからな、当然だ」

「プロ…何の仕事をしてるんですか?」

 ラクアの素朴な疑問にアルドは困ったように唸った。彼の仕事は具体的には言いづらい。

「そうだな…傭兵ってとこか?」

「嘘つきのプロじゃないのか?」

 シュウが皮肉を言う。実の所、彼は未だに嘘をつかれたことを根に持っていた。

「違いないかもな」

 アルドがにやりとする。彼は嘘とつく事に何の抵抗もなかった。知り合いを騙すと心が痛むが、あくまで痛むだけだ。その事に何の躊躇いもない。

「アルドは昔からよく嘘をつく。だが、時には嘘も必要だ」

 アヴィンがシュウを見つめ、諭すように話す。しかし、シュウはあまり納得は出来ないようだ。

「必要かもしれないが、真実を言ってくれた方が俺は嬉しいな」

「シュウ、お前は正直すぎるんだ。たまには嘘もいいものだぜ?」

「私はシュウに同感です。説得力はないかもしれませんが…」

 セレナが少し遠慮しながら同意する。まだ彼女は、シュウに負い目を感じているらしい。

「いや、アルドに比べれば十分あるさ。ラクアもそう思わないか?」

「はい。アルドさんはなんていうか…」

「おっと、そんな目で見ないでくれよ。みじめになるだろ?」

 アルドは笑みをこぼしながら、友人と若人達を眺めた。アヴィンと目が合い、しばらく親友と見つめあった後、彼は立ち上がり、「用を足してくる」と言って出て行ってしまった。

「アルドは良く分からない所はありますが、私達の仲間です。あまり悪く言うのは…」

「別に悪口を言ったわけじゃない。ちょっとした冗談さ」

「でも、嘘をつくのって結構辛いと思います」

 ラクアが遠い目をしながらつぶやく。彼女には三年前、ストリマの桟橋で見た姉の顔が浮かんでいた。

「まあ、三年前の事は赦してる。ちょっと思うとこはあるが…。兄さんは」

 シュウがアヴィンにアルドについて訊こうとすると、隣の部屋から「このバカ兄貴っ!」という声が聞こえた。それを聞き、ラクアがあちゃあ、と声を出す。

「ちょっとカナちゃんの所へ行ってきます」

「では、私も。少し強引過ぎましたかね…」

 セレナとラクアはそう言ってカナの元へと向かった。兄弟水入らずになったシュウは改めてアヴィンと話始めた。

「兄さんは…アルドの事をどう思ってるんだ?」

 その問いにアヴィンは珍しく顔をほころばせた。感慨深く、親友について語り始める。

「お前には言ってなかったが、奴と出会ってもう十年以上経つ。嘘はつくが、やるべき事と大事なことは見失わない、そんな奴だ。俺はあいつの事を友と思っている」

「…兄さんがそこまで言う相手は初めてだな」

 シュウはそう言って自分の唯一の家族についてあまり知らないことに気付いた。アヴィンは口数が少なく、いつも表情が硬い。兄が間違いなく自分を愛していることはわかっているものの、それ以上の、兄の私生活についてはあまり話す機会がなかった。

「…そうだな。お前とはあまりこういうことを話すことがなかったな」

「ああ。まあ、親しい仲にも礼儀あり、だ」

「それはこの状況に当てはまるのか?」

「…適当に思いついた事を言っただけだ。あってるかはわからない」

 アヴィンはふっ、と笑みをこぼし、すぐに真面目な表情になった。その顔を見てシュウも顔を強張らせる。

「シュウ。お前に言っておくべきことがある」

 兄の真剣な眼差しにシュウは息を呑む。彼は真摯に兄の言葉を聞いた

「これから先、色んなことがあるだろう。もしかすると、お前の心を抉るようなことが再び起こるかもしれない。だが」

 アヴィンは弟の隻眼の顔を見ながら訊ねた。

「どのような事にも屈せず、その刀のように折れない心で困難に立ち向かうと誓えるか?」

 シュウはその問いに、即答した。

「ああ。今更折れるわけにはいかない」

「そうか。安心した。それともう一つ、…セレナ様を守ってくれ」

「レイにも同じ事を言われたよ。…兄さんはなぜセレナと?」

 シュウの問いにアヴィンは苦笑交じりに答えた。

「あの方は、悲しすぎる。だから補佐することにした。…俺の話は終わりだが、他には?」

「いや、また後で話そう」

 シュウはそうつぶやくとカナ達の様子を見に行った。シュウと入れ替わってアルドが入ってくる。

「話は終わったか?」

「ああ。お前は用を足し終えたか?」

「野暮な事訊くなよ…」

 アルドが嘆息する。アヴィンはそれを聞いて笑みを見せた。

「嘘をつくのはいいが、約束は果たせよ?」

「ああ。俺はプロだぜ」

 アルドは笑うと親友の肩を叩いた。


 ラクアが不機嫌になっていたカナを普段の調子に戻す頃にはもう日が暮れていた。シュウ達は、リビングらしき部屋のテーブルで食事を取った。セレナが食後の漢方を飲み終えた後、ディメスについてアヴィン達に訊いた。

「ディメスは小規模だが、人里がある。そこに行けば遺物についても分かるだろう」

「しかし、貸していただけるでしょうか…」

「話してみれば、案外ちょろいかもしれませんよ?」

「アルド、流石に…」

 セレナがアルドの言葉に呆れる。シュウも同じ気持ちになった。そんなに簡単に手に入るなら、セレナの旅はとうの昔に終了しているはずだ。

「セレナ様に無責任な事言うなよ。…でも、とりあえず訊いてみることは大事かと」

 普段仲の悪いレイがアルドに同意し、セレナは目を丸くした。

「…レイが言うなら」

「ひどいですね、セレナ様。俺の話は聞けませんか?」

「いえ、そういうことでは…」

「…人の揚げ足取るような男の言葉は信頼しない方がいい…」

 カナの嫌味な言い方にレイは苦笑した。だが、カナも本気で言ってるわけではないようだ。

「ふふ。仲直りしたんですね」

「…喧嘩してたわけじゃない…」

「カナちゃんも素直じゃないんだから。お兄ちゃんに甘えたら?」

「…変な事言うと怒るよ?」

「…少し調子に乗りました…」

 ラクアがカナに謝罪をする。レイはそんな二人を見て微笑ましくなった。

「はは。ホント仲がいいな。ラクアちゃん、カナをよろしく頼むぜ」

「い、いえ。こちらこそ!」

 ラクアがなぜかレイにお辞儀をした。カナはそんな親友と兄に肩を竦める。

「…これは何なの…」

 話が脱線し始めたのを見て、アヴィンが元の話題へと戻した。

「さて、ここから南に下った所に…」

 アヴィンが再び説明を始めたが、最後まで言い終わることが出来なかった。

 なぜなら家の外に多数の気配を感じたからである。

「この気配…!」

「まさか! ここの場所は…っ!」

 シュウ達はすぐさま武装し、来るべき戦闘に備えた。仮面をつけ終えたシュウはアヴィンと目配せし、奇襲を受ける前に家の外に出る。

「っ! お姉ちゃん!」

 ラクアが目の前に並ぶ、白いローブの集団の中に姉の姿を見つけて、叫んだ。シュウも苦虫を噛み潰した顔をする。

「またお前か…」

「久しぶりに会えたのに、その反応はあんまりじゃない?」

「あなた達! なぜここが」

「口の訊き方に気をつけないと、教えてあげないわよ? 傀儡さん?」

「何を!」

 セレナはアクアに姿をした者にセレナは声を上げる。だが、アクアは取り合わない。

「ふふ。あなたはどうでもいいのよ。耳障りだし。…そう思わない? フラックス」

 面倒くさそうに頭を掻きながら出てきた男にシュウは釘づけになった。あの男は!

「あー面倒だなあ。ちゃっちゃとやっちまおうぜ」

「ダメよ、まだ。お楽しみは残さないと」

「貴様!」

 シュウがフラックス、と呼ばれた男に向かって怒鳴る。やっと見つけた、復讐を果たすべき相手だ。

「ああ? …誰だお前?」

「ふふ。仮面してちゃ分からないと思うわよ? …この子を殺した時、居た男よ」

 それを聞いて灰色の男は納得したようだ。「あいつか!」と声を上げると狂気の笑みを見せた。

「あの時殺し損ねた奴か! ははは、楽しみだぜ」

「望むところだ! …うっ!」

 シュウが刀を構えようと柄に手を当て、何かが首元刺さる感触がしてよろめいた。体勢を整えようとするが、体が痺れて上手くいかず、草むらの中に倒れてしまった。

「…っ! 何が!?」

「悪いな、勝負に水を刺しちまって」

 シュウは横に立った、毒針と拳銃を持つ、茶色のコートを着た男を見て戦慄した。先程まで会話していた、あの男だ。

「アルド! 何の真似です!」

「おっと、動かないでもらえますかね?」

 アルドは拳銃をシュウの頭に向け、警告した。そしてそのまま、ローブの集団へゆっくりと合流する。

「そうそう。そのまま…。よう、新しい雇い主さん」

 アルドはアクアに向かって挨拶する。アクアは勝ち誇ったように高笑いした。

「あはははは! これが真相ってことよ! どう?」

「…嘘ですよね? アルドさん!」

「言ったろ? 俺は嘘のプロだ。…シュウが言ったんだったかな? まあいい。大人しく…」

「やっぱきな臭い奴だったな!」

 レイが怒りの声を上げる。拳銃を引き抜こうとするが、アルドが拳銃を顎で杓った為、止めた。

「…くそ!」

「…なぜあなたが裏切りを!?」

 セレナの問いにアルドが鼻で笑った。

「いや、報酬が少なすぎましてね。それだけですよ」

「アルド…!」

 シュウが低く唸るが、アルドは気にも止めない。饒舌で話を続ける。

「まあ、そういうことでね。大人しく投降を…」

「ああ? ふざんけんなよ」

 突然フレックスが怒りだし、アルドは困惑した。

「急にどうした?」

「あら…まずいわね…」

 アクアがどこか他人事のようにつぶやく。灰の男はシュウを見据えながら

「せっかくの楽しみを邪魔しやがって。…こいつはここで殺すぞ」

「何! そんなことは…」

「うるせえ! あん? 何だてめえ」

 シュウの前に立ちふさがった白い女を見てフレックスは怪訝な顔をした。こいつも俺様の楽しみを邪魔するつもりか?

「彼には指一本触れさせません」

「何してる…セレナ! 逃げろ!」

 シュウは痺れた体を動かそうともがきながら前に立つセレナに叫ぶ。だが、彼女は動く様子はない。灰の男と戦うつもりのようだ。

「はっ! お前…面白いな。ただ寝てる奴よりかは楽しめそうか」

 灰の男は右手を掲げて念じた。灰色の鈍い輝きを持つ手甲が、光を帯び始めた。

「こいつを試してみたかったんだ」

「くっ!」

 セレナが身構える。正直な所、彼女に勝算はなかった。勝てるのならば最初から戦っている。それでも、退く訳にはいかない。退けない理由がそこにはあった。

「セレナ様!」「セレナ!」

 レイとカナがセレナの名を呼ぶが彼女は応えない。真っ直ぐ灰の男を見つめる。

「いいぜぇ! 俺様を楽しませろ!」

 灰の男が右手を振りかぶりながら突進してきた。ただの突撃だが、セレナは冷や汗を掻く。その右手は一体何なのか?

「セレナ…! おおっ!」

 後ろでシュウがかろうじで立ち上がった。毒は回っているものの治癒が効いてきたようだ。そのまま、セレナを左手で横に突き飛ばす。

「なっ! シュ…」

 シュウと呼ぼうとして、セレナは絶句した。彼女が罪を償うべき男の、左腕が破裂したからだ。

「うおあああああああ!!」

 シュウの絶叫が星が煌めく夜空に、響き渡った。



何ともコメントしづらい…。まだ続きがあります。

ちょっと唐突すぎましたかね。

読んで下さった方ありがとうございました。

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