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ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
第一章
2/45

修行の成果

 ガタンゴトンと汽車が揺れる音がする。

 殺風景な荒野を、汽車が目的地に向けて走っていた。汽車の中は、家族連れなどの大勢の乗客でにぎわっている。

 そんな汽車の中の部屋の一つに、黒ずくめの男と杖を手に持った老人が座っている。

 それだけでは親子連れかと勘違いされそうだったが、そうならない決定的な理由があった。

 男の左目には黒い眼帯がついていた。

 そして、背中に背負った刀と右足についているホルスター、腰に差してあるナイフが、男を親孝行をする息子から戦いに赴く戦士へと印象を変えている。


「シュウよ、これから行く風の国ゼファーには、お前を支援する者はおらん。自らの手でコネクションを作り、目標を探すのだ」

 

 老人ラミレスは弟子であるシュウに話かけた。

 窓際で景色を眺めていたシュウは、師に向き合い返事をする。


「了解だ、ラミレス」

「良い返事だ。あの時からすでに三年……お前はワシの教えを忠実に守ってきた……」

 

 ラミレスは遠い目をする。アクアとライドが死に、シュウが左目を失ったあの日から既に三年の時が流れていた。

 シュウは、あの因縁の日を境に、父や兄と同じくラミレスに弟子入りすることを決めた。

 ラミレスの修行は厳しいものであったが、彼は必要なことを必要な分だけ適格に教える優れた師匠であったため、シュウは耐えることが出来た。

 シュウにとって何より辛かったのは、時が立つにつれて大きくなる己の焦りだった。


「時間がかかってしまったが……ようやく俺は旅に出ることができる……」

 

 シュウは首から下げていたお守りを手に取って見つめた。

 それは、シュウが病院で仇討ちをすると決めた時、アクアの友人のシャリーが持ってきたものだった。

 彼自身は忘れていたが、その日はシュウの19歳の誕生日だった。同級生ながらアクアやライドより生まれが遅かった彼は、ようやく彼らと足並みを揃え、そしてまた抜かされるはずだったが、今や彼らより二つほど年上になっている。

 お守りの本来の送り主はアクア。彼女が、誕生日プレゼント兼遺物発見のお祝いとして前持って準備していたらしい。

 そのことを聞いたシュウは、涙こそ涸れて出ることはなかったが、傷ついた心に再び傷を刻むことになった。


「その前にお前に伝えるべきことがある。ワシはお前に様々なことを教え、お前は立派な戦士となった。しかし、ワシはこれから復讐をする暗殺者としてではなく、人々に害をなす恐れのある者を打ち倒す勇者としてお前を送り届けたいのだ。お前は冷徹に装ってはいるが、それはあくまで本心ではない。心は、昔の優しいシュウのままだ。そのような矛盾を抱えたまま復讐に走れば、目的を達成したとしても心は砕かれてしまうであろう」

「俺はそんなんじゃ……」

「今はまず聞け。ワシは大勢の弟子を採った。だが、皆、死ぬか心が砕かれてしまった。お前の兄を除いてな。ワシはもう弟子がそのように変わり果てるのを見たくないのだ。だから、今誓うのだ。復讐の為だけではなく、人の為にも旅をすると。誓えるか?」

 

 シュウは、一瞬思案したがすぐ誓いをした。

「誓うよ、ラミレス」

「よろしい。人の為に行動することは、復讐の助けにもなろう。誓いを忘れてはならぬ」

 

 実のところシュウは戸惑っている。

 一刻も早く灰の男を見つけだし復讐を成し遂げたいのに、なぜ人助けなどに時間を割かなければならないのか? 

 別に人助け自体は素晴らしいことであるとは思うが……。

 しかし、ラミレスは無駄なことは言わない。

 シュウは素直に従うことにした。


「お前に渡す物がある」

 

 ラミレスは黒い仮面を取り出した。

 シュウの顔にぴったりなサイズで、彼が被れば顔全体は隠せそうだ。

 だが、普通の仮面とは違う部分があった。右目しか穴が開いていない。


「これは、お前が素性を隠さなければならない時に被るのだ。それに……む?」

 

 ラミレスは話を中断させられた。車内から悲鳴が聞こえたからだ。


「この騒ぎは?」

「それを今から確かめるのだ」

 

 ラミレスとシュウは、立ち上がり部屋から出ようとして、何者かが近づいてきていることに気づき止めた。

 木製のドアが開き、大男が拳銃を片手に「動くな!」と言って入ってくる。

 しかし、その瞬間シュウは男の拳銃を叩き落とし、足を払って男を仰向けに転倒させた後、首元に引き抜いたナイフを突きつけていた。

 シュウはそのまま首を切り裂こうとしたが、ラミレスの「待て!」という声で止めた。


「殺してはならぬ」

「なぜだ? こいつは人に害をなす者だと思うが」

「その理由はすぐにわかる。一人だけではあるまい。他の連中を探し捕らえるのだ」

 

 シュウは、男からナイフを離し立ち上がらせ、自分が座っていた場所に座らせた。

 立ち上がらせた時、男の「ひっ!」という声が聞こえたが彼は気にも止めず、落ちていた拳銃をラミレスに渡した。


「お前らは何人だ?」

「く、言えるかひっ!」

 

 シュウは再び男にナイフを向けた。しかし、びびってはいるものの、男の決心は固そうだ。


「脅すでない。お前を除いて後三人というところか?」

「そ、そんなわけ……!」

 

 男の目が泳いだ。どうやらプロではなさそうだ。決心は固いものの、心理戦については全くの素人のようだった。


「三人か……すぐ片付きそうだ。ここは任せた、ラミレス」

「さあ行くのだ。さて……お前さんは私と話をしようか」

 

 ラミレスが大男と会話し始めたのを背中で聞きながら、シュウは悲鳴が聞こえた前の車両へと向かった。

 次の車両に入ったとき、目の前に背中を向けた男が立っていた。

 哀れな奴だ。

 シュウはそう思いながら男の首に腕を回し、気絶するまで首を絞め、音が立たないようにゆっくりと寝かした。

 乗客が声を上げそうになったが、口元に一指し指を当てて静かにさせた。

 汽車は客室が三つと貨物部分が二つ、そして機関室という構成だった。

 恐らく、客室と機関室に一人ずついるだろう。シュウはそう思いながら次の車両に進んで行った。

 次の車両の敵も目の前にいた。

 先程と違うのは、こちらを向いていたことだ。

 敵は「あっ!?」と驚いた声を上げて、こちらに拳銃を向けたが、引き金を引く前にシュウの右、左、右のパンチコンボに撃沈するはめになった。

 次の瞬間、シュウにとって予想外のことが起こった。

 同じ車両に敵がもう一人いたのだ。その男は近くにいた子供を人質に取り、拳銃を人質の右側頭部に当て「動くな!」と命令してきた。

 母親と思われる「アンナ!」という悲痛な叫び声と乗客のパニックになった声が客室に響く。

 しかし、シュウはそんな声を気にせずじりじりと敵に近づいていく。焦った敵が「人質が見えないのか!?」と叫んだ。

 この距離なら十分だろう。シュウは、間髪入れずにナイフを敵が持っている拳銃に向かって投げた。

 同時に敵に向かって走る!

 シュウの狙い通り、敵が持っていた拳銃は銃身にナイフが刺さりただのガラクタ同然となった。

 そしてシュウは、動揺している敵に向かって思いっきり飛び蹴りをかます。

 人質に当たらないよう高く飛んだシュウの蹴りは、敵の顔面に命中し、敵は泡を吹いて倒れた。

 アンナと呼ばれていた少女に「ありがとう!」と言われ、シュウは微笑を返した。



 

 襲撃者が全員捕らえられた汽車は、最寄の駅に一旦停車した。

 乗客とシュウ、ラミレスは一旦汽車から降り、憲兵が襲撃者を連れて行くのを見守っている。


「少し待て、憲兵達よ」

 

 ラミレスが、唐突に襲撃者を連行していた憲兵を止めた。

 憲兵は、仕事の邪魔をされて不機嫌な顔をしたが、呼び止めてきた老人がラミレスだと知り、驚きと興奮が入り混じった顔で従った。


「ラミレス殿! この汽車に乗ってらしたので? では、この者達を捕まえたというのは……?」

「それは私の弟子だ。だが、今話したいのはその事ではない。そこのデカいの、事情を話してみろ」

 

 なぜそのような質問が出るか周りの者は分からなかったが、大男はラミレスの真意を悟ったようで事情を話始めた。


「俺は、ラーシュ村の住民で……。こんなことをした理由は……野盗に村を占拠され……家族が人質に捕られていたからさ」

 

 男は悲痛な声で言った。男の口調がどんどん荒くなる。


「汽車を占拠して大金を奪ってこいと! 言う事を聞かないと家族を……娘を犯したあげく殺すと! あの汚らしい野盗どもが!」

 

 怒りに顔を真っ赤にさせ、大男は叫ぶように話す。

 最初は、男達を迷惑な奴らと見ていた乗客も、アンナが言った「かわいそう……」という一言で同情し始めていた。


「これは……どういうことで? ラミレス殿」

「聞いての通りだ。この大男がワシのいた部屋に入って来たとき、一切殺意を感じなかったものでな。そして、ここらへんで有名な野盗が、罪なき人を脅し金を奪わせるという話を聞いたことがあった」

「その話は自分も……しかしこんなことが実際に起こるとは」

 

 憲兵は戸惑っているようだった。カームとゼファーの中間あたりにあるこのシール村は、いわゆる田舎であり、憲兵も大きな事件には慣れてないのだろう。


「頼むよ、憲兵さん! 家族を……村を救ってくれ!」

「そうしたいのは山々だが……ここに配置されている憲兵は十人も……」

 

 別の男が憲兵に訴えるが、憲兵は動くに動けないようだった。

 シュウは、なんとなくラミレスが次に言う言葉を予想し、それは見事的中した。


「シュウよ、お前がその村を救うのだ」

「ラミレス……しかし」

 

 シュウも、家族が、大事な人が殺されるという男達の悲痛さに胸を痛めてはいた。

 しかし、徒歩ではここからラーシュ村へは一日はかかるし、その間に野盗が男達の失敗を知る可能性は十分にある。


「おい! 兄ちゃん! こっからラーシュ村へ行くつもりかい!?」

 

 突然、乗客の一人が声をかけてきた。おっちゃん、という表現がまさにふさわしい中年の男だ。


「そうしたいのは山々だが、足がない」

「くう! いいねえ! 俺たちを救うだけでなく、自分に危害を加えた男達の家族も救うつもりなのか! おじさんそういうの大好きだぜ!」

 

 少し興奮した様子で中年の男は言った。

 突然このオヤジはどうしたのか?

 シュウは疑問を感じたが、すぐその真意はわかった。


「貨物に積んである俺の育てた馬を使えよ! 俺は牧場やっててな! ゼファーに献上するつもりだったが、兄ちゃんの男気に惹かれたぜ! 貸してやるよ! 名馬だぞ!」

 

 馬か! 馬さえあれば半日もあれば余裕でつく。野盗が動き出す前に辿り着けるかもしれない。


「なら遠慮なく借りて行くぞ? 気をつけるが、傷がついても文句は言うなよ?」

「え、いやあ……なるべく大事に扱ってくれ」

 

 オヤジのトーンが少し落ち、それを見ていた周りの乗客からちょっとした笑いが出る。

 移動手段が決まればやることは一つだ。

 駅員とオヤジが貨物車から栗色の馬を取り出すのを見ながら、シュウは銃をホルスターから抜き、腰に下げている鉱石入れから火鉱石を取りだし、入れ替えた。

 ここら辺には火属性が弱点の魔物が出る。

 作業をしているとラミレスに話かけられた。


「さっき渡しそびれたな。受け取れ」

 

 ラミレスは仮面をシュウに渡した。しかし、シュウには疑問があった。

 仮面一つで素性を隠せるだろうか?


「お前が感じているであろう疑問は、間違っている。お前の黒いコートと、その下にある黒竜皮の鎧、そして背中に背負った刀という恰好は、特に珍しいものではない。仮に、その服装をした仮面男が暴れ回っても、現場で捕まるか、素顔を見られるかしなければ、仮面を外したお前に兵士たちは手だしは出来ん。それでも、兵士たちはお前を見れば疑問を持つ。だが、それだけだ。似たような恰好をした者はたくさんおるからな」

「そんなものなのか? だが、片目しか穴が空いていない仮面だ。眼帯をしている俺は怪しまれるのでは?」

「案ずるな。お前も知っての通り、そういう遺物や職人の品物は数こそ多くないが、ある。もちろん、怪しまれるだろうが、そういう人間に罪をなすりつけようとする輩の可能性を兵士たちは考え、そう簡単に捕らえようとはせん」

 

 まだ疑念は残るが、今するべきことは、ラーシュ村に行き野盗を始末することだ。

 シュウはそう考え牧場主のオヤジが連れてきた馬に跨った。


「待て、まだ話は終わっていない。その仮面には能力がある。お前に殺意を持つ者とそれ以外を区別する不思議な能力だ。それだけではなく、お前の感覚もより鋭くなる。修行で、片目が見えなくとも不自由なく動き、戦えるようお前を鍛えたが、その仮面をすることにより、目が見えるのと……いやそれ以上に状況を把握することが出来るだろう」

 

 そんな便利な物があるなら早く出してくれれば、と思ったが仮面をつけて戦うことの方がまれになるはずだ。シュウはそう思い馬の手綱を握った。


「よし行け。修行の成果を見せてみろ!」

「さっきは悪かった……家族を頼む!」

「傷は……傷だけはね、勘弁してくれな? 行け英雄!」

「我々も後から向かう! 無理はするな!」

「お兄ちゃん頑張って!」

 

 ラミレス、大男、オヤジ、憲兵、アンナ、そして他の人々の声援を聞きながらシュウは目的地へ向けて馬を走らせた。



 

 草木が少なく、茶色一色の荒野にシュウは茶色い馬を走らせていた。

 ここで人に見られて困ることもないだろう。

 シュウは仮面をつけてみて、驚いた。感覚が鋭くなり、後ろの枯れ木を目で見ることなく把握できる。彼がもともと持っていた気づきの技などとは比べ物にならないほどはっきりわかった。

 そして、その効果に驚く間もなく、ドタドタとやかましい足音を立てながら近づいてくる集団に気付いた。


「くそ……急いでるのに!」

 

 シュウは一人ぼやいた。

 そして左手にあった崖の影から現れたその集団を目視する。

 ダッシャー、突撃猪などと言われる猪の群れである。生き物に突撃して殺しその死肉を喰らう魔物で、汽車に大砲設置を義務づける要因となった危険な猪だ。

 シュウは銃を抜き片手撃ちで迎撃し始めた。三年前と違い、彼は片手でも正確に敵を射抜けるようになっている。

 ブヒャア!

 先頭の一匹に火の閃光が当たり派手に転がる。その時に別の猪にぶつかり数を減らしてくれた。残りは五匹だ。

 猪は馬の後ろに回ったようだった。その角度では狙うのは厳しい。シュウはあえて馬を減速させ、刀を引き抜いた。

 仮面のおかげで猪の動きが手に取るようにわかり、馬を猪にぶつからないようにコントロールするのは簡単だった。

 猪達が馬を抜かそうとした瞬間、シュウは斬撃をお見舞いした。五回の斬撃で五匹の猪は体を二つに分けることになった。

 しかし、もう夕暮れである。急いでラーシュ村に向かわなければ。

 シュウは手綱を引き馬を急がせた。



 

 シュウがラーシュ村についた時、既に日が暮れていた。

 馬を村の入り口から少し離れたところに止まらせ、彼は村に入った。

 いくつかある木製の家屋から明かりが見える。だが半分以上の家は明かりがなく、不気味なほど静かだった。

 明かりがついている一つの家に張り付き、シュウは聞き耳を立てた。


「おい、あのデカ男達、まだ帰って来ないのかよ?汽車襲うだけの簡単な仕事だろ?」

「知るかよ。腕っぷしは強そうだがまぬけに見えたからな。金を片手に「帰り道わかんなーい」とかほざいてんじゃねえか?」

 

 野盗の二人組は談笑していたが、シュウはとても笑う気分にはなれなかった。

 情報収集とくそ野郎をぶちのめすチャンスだと思った彼は、玄関に回り、一気にドアを蹴破って中に侵入した。


「なんだてめ…くかっ!」

「くそがぎゃ! ああ、があああああああああああ!」

 

 二人組が行動しようとした時にはシュウの右斜めから切りかかった居合斬りにより、一人は斜めに真っ二つにされ、もう一人は左腕を切り落とされていた。


「うあ! あああ! 腕が! 俺の左腕が! ひい!」

 

 シュウは床をのたうちまわっていた男に切っ先を突きつけると、「仲間は何人だ?」と質問した。


「くそが! 誰が教えるか! この仮面野郎!」

「そうか。なら仕方ない」

「ひっ! おい待て殺すな! うぎゃ! ……くう」

 

 シュウはこの男を殺すか迷ったが、野盗の生き残りがのちのち必要になるかと思い気絶させた。

 腕を斬られた男が叫びまくったせいだろう。「ナント! どうした!」という声と複数の足音が家から出てくる音がした。

 本当は静かに殺すつもりだったが、探す手間が省けた。

 シュウはそう思い正面から戦うことにした。


「そいつなら腕を切り落とされてうるさかったが、今は眠ってるよ」

 

 家を出て、シュウは気絶しているナントの代わりに答えた。


「誰だてめえ……!」

「俺か? ……そうだな……死神ってところか。関わるとロクなことにならないぞ」

「ふざけんなよくそ野郎! ぶっ殺してやる!」

 

 ざっと見て二十人ほどいる野盗を見ながらシュウは答えた。二十人……昔はその数を前にただ逃げるだけだったが、訓練された兵士でもない野盗など、今の彼にとっては敵ではない。

 「死ね!」と勢いよく突っ込んできた野盗の一人の首を軽く刎ねると、一旦刀をしまい、右手で銃を抜き、左手に持たせ、再び抜刀した。これはラミレスの修行にあった多人数戦用の戦い方であった。数的に不利ならば、持てるものをすべて使い、手数と技、多人数故に出る隙をつけ。それがラミレスの教えだった。

 首を刎ねられた仲間を見て、野盗は動揺していたようだが、リーダーらしき者の「相手は一人だ! 殺せ!」という声でこちらに向かってきた。

 村の真ん中の開けた空間で、シュウを中心に扇型に展開していた野盗は、こちらに向かってくる前に、炎の閃光で三人ほど頭を燃やされるはめになった。

 二人ほど、のたうちまわっていた者に足を取られて転んだが、十人ほど彼の周りを囲んできた。


「死ねこの死神!」

 

 剣を持った野盗が二人がかりで攻撃してきた。シュウは、刀を横にしてそれを受け止め、銃で的確に頭を撃ち抜いた。


「止まるな! 続け!」

 

 今度は五人ほどがタイミングをずらして突撃してきた。シュウは冷静に一人ずつ斬り伏せていく。

 目の前にいる敵は残り三人。転んだ敵が合流し五人になった。

 後の四人はどこに行った?

 四人の場所は、仮面と気づきが教えてくれた。戦っている間に背後に回りこんでいたようだ。後ろから一人、ナイフで突いてくる気配を感じたシュウは、横に避けて難なく躱し、その背中を叩き斬った。

 すると前の五人は銃を抜きこちらに向けてきた。鉱石をケチっていたのかはわからないが、五人全員で、というのはシュウの前では失策だった。


「死ねくそが!」

「期待には応えられないな」

 

 シュウは右に向かって走りだし、敵に向かって正確に射撃した。遺物である刀を装備しているシュウの身体能力はとても高く、敵はこちらを捉えられずにこちらの攻撃は正確に当たるという一方的な状況になった。決着はすぐに着き、シュウは息も乱すことなく後ろの敵の方に向いた。


「む? これは…」

 

 シュウが意図して行ったことではないが、銃を乱射した敵の閃光が後ろにいた敵に当たっていたらしい。彼の目の前にいたのはしりもちをつき震えている野盗一人だけだった。


「殺さないで……! 俺が悪かった……!」

「ああ、そうだ……お前が悪い……。村の人に手は出してないだろうな?」

「ひっ! 俺は手を出していない……! あの教会に村人は集められてる!」

 

 男が指を指した方に小さな教会があった。だが、シュウは男の言葉に疑問を感じた。


「俺は?」

「そうだ……俺は……でもボスは……」

「くそ!」

 

 シュウは野盗の生き残りに「そこを動くな!」と警告し教会へ走った。

 教会につくと、「嫌っ! 止めて!」という女の声が聞こえた。


「止めてと言われて止める男がいるか? あのデクの棒みたいな男にこんな綺麗な娘がいるとは世の中不思議だよな……ぐへへ」

 

 シュウは教会のドアを思いっきりあけ、無念の表情で顔を伏せている村人と聖母の絵の下で女性を犯そうとしている男を確認した刹那、ナイフを男に向けて思いっきり投げた。


「こかが!?」

 

 頭にナイフが刺さった男は、言葉にならない悲鳴をあげ、女性に向かって倒れたが、「きゃっ!」という悲鳴と同時に女性に蹴り飛ばされた。


「誰か怪我をしているものはいるか!」

 

 シュウは大声で村人に聞いた。


「殴られた者はいるが、それだけだ。重症者はおらん」

 

 戸惑った様子の老人が彼の質問に答えた。

 村長だろうか? 

 シュウはそんなことを思いながら、男に犯されそうになっていた女性に近づいていき無事を確かめる。


「あなたは怪我は?」

「この汚らしい男に手を出されそうになったけど、無事よ。ただ……」

「ただ?」

「服が乱れてるから恥ずかしいわ、あまり見ないで」

 

 シュウは、無事を確かめることに夢中で彼女の服の乱れに気付いてなかった。慌てて後ろを向き、ついでに村人に野盗を倒したことを伝える。


「野盗を! 君が? 倒してくれたのか!?」

 

 村人の歓喜の声が教会に響き渡る。そしてさらに嬉しい情報を村人に報告した。


「汽車を襲撃したここの村人も無事です。と言っても怪我を負わせてしまいましたが……」

「父さんは無事なの!?」

 

 後ろから声がした。恐らくこの女性はあの大男の娘だろう。シュウは肯定した。


「ああ、無事だ」

 

 ああ、聖母様! という声が後ろから聞こえた。聖母に無事を祈っていたのだろう。


「ところであなたは何者で? 変わった仮面をつけてらっしゃるが」

 

 シュウは返答に困った。正直に答えるべきか、仮面のままでいるべきか。だが、後ろの女性が助け舟を出した。


「この人の正体なんて誰でもいいでしょう? 私たちを助けてくれたんだから!」

 

 村人は最初納得いかない様子だったが、「それもそうだな」と言って引き下がってくれた。

 喜ぶ村人たちを見て、シュウは、旅の目的に人助けを加えることを納得した。



 次の日、憲兵が応援を連れて到着した。

 シュウは憲兵に姿を見られる前に出発し、シール村へと急いだ。何となくだが、仮面の姿を見られてはまずいと思ったからである。だが、村人は彼の出発に気づいていたようで、大きな歓声と共に見送られた。

 シュウがシール村に到着したのは昼前だった。仮面をしまい、牧場主のオヤジに馬を返した後、ラミレスが泊まっている宿屋に向かった。


「シュウよ、帰ったか」

「ああ、村人は無事だ」

 

 シュウはとても気分が良く、ラミレスも、表情には出さないが嬉しそうだった。


「ワシが言った通りであろう? 人助けは自分のためにもすることだ」

「ん? それはどういう……?」

 

 今回の人助けは、シュウを晴れやかな気分にさせてくれたが、何の利益にもならなかったとシュウは思っていた。


「お前に馬を貸してくれた男がな、ゼファーの王女セフィロに謁見が許されるかどうか掛け合ってくれるそうだ」

「王女と謁見? それは光栄だが……」

 

 王女と会うことが復讐の助けになるのか? シュウは疑問を感じた。


「ワシは汽車の中でお前に言ったはずだ。コネクションを作れと。その足がかりが出来たのだ。役に立つかは分からぬ。しかし、それを起点として何か情報が得られるかもしれん。お前の言う灰の男と、アルド。そして…お前を気絶させたという白い女の情報が」

「……そうだな」

 

 灰の男とアルド、そして白い女を探すことがこの旅の一番の目的だ。そして、今は何の手がかりもない。手がかりを得るためには、自分のできることからするべきだ。


「ワシは、ここまでだ。少々予定と違うが、このまま帰ることとする。ここから先はお前一人で行くのだ」

「了解した、ラミレス。……いままでありがとう」

 

 シュウは、自分の師匠にお礼を言った。


「いままでではない……これからも、だ。お前の帰りを待っているぞ」

「そうだな…。またな。ラミレス」

 

 シュウは、ラミレスに別れを告げ、駅に向かった。


「レオン、マーサ、お前達の息子は立派に育ったぞ」

 

 ラミレスは、弟子とその妻の顔を思い出しながら、その後ろ姿を見送った。





「目標はゼファーに向かいましたよ。……ええ、気づかれてはいません。しかし何で自分を見張りに? ……顔を知ってるて、そりゃあそうですが……」

 

 長身の男が手持ちの札に向かって話かけている。それは、下級遺物の一つで、同じ印を書いた札と通信できる便利な代物だった。


「それにこの札、苦手なんですよ。なんか危ない人みたいに見えるし…。鳥の方がいいな。……え? いや確かに前回はやばかったですが……。……分かりました。じゃあ鳥を……。……ふう……分かりました。札で連絡します。それでは」

 

 通信が終わったようだ。札の印を消し、別の印を書く。


「さて、予定通りというところかな?」

 

 大剣を背負った男は、一人ほくそ笑んだ。

読んで下さった方、ありがとうございました。

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