表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
第二章
15/45

月影の里Ⅲ

「っ! 何!?」

 朝日が差してきた早朝、体に何かがのしかかる感覚がしてカナは目を覚ました。眠い目を徐々に覚醒させながら自分の眠りを遮ったものを確認する。

「……ラクア……?」

 カナは自分にのしかかった水色髪の寝相の悪い友人を見て呆れる。どうやら、寝ている間にこっちに転がってきたらしい。

「……困った子……」

 カナは少し嬉しそうにつぶやくと、彼女を起こさない用注意しながら起き上がる。顔を洗おう。そう思いながら廊下を歩いていると物音が聞こえた。シュウ達が眠っている部屋だ。

「……何してるの……?」

 ふすまを開けるとセレナが琥珀色の液体を飲んでいる所だった。シュウはまだ寝ているようだ。

「カナさん……。おはようございます。……ちょっと飲み物を……」

「飲み物? ……なら台所へ行けばいい。……それが普通の飲み物には思えない」

 そう言われてセレナは少し動揺する。慌ててシュウに言ったのと同じ言葉を繰り返した。

「漢方ですから、普通の飲み物でなくて当然でしょう」

「……漢方? ……でもそれは」

 カナがセレナを追及しようとしたが、喧しい叫び声に遮られた。

「敵襲! 起きろ!」

 カナとセレナは目配せをし、カナは自分の部屋へ、セレナは装備を取りながらシュウを起こそうとした。

「シュウさん!」

「もう起きてる。自分の準備をするんだ」

 シュウは布団から出ると準備を始めた。刀を背負い、ホルスターをつけ、仮面を装備して、万全の準備を整える。

「起きてるか!? セレナ様!」

 準備が完了した時レイが狙撃銃を携えながらやってきた。彼も準備は万端のようだ。

「私とシュウは大丈夫です」

「なら、ラクアって子と合流して安全な所に」

「いえ。私も戦います。シュウさんは……」

「俺を省くつもりか? 冗談だろ」

 シュウは肩を鳴らす。就寝前にした決意をすぐに曲げるつもりはなかった。

「しかし」

「正直、その方が助かる。敵の数は不明だ。……こっちだ」

 レイの案内と共に屋敷を出る。ラクアが少し心配だがカナといっしょなら大丈夫だろう。走って行くとレンと忍の部隊が山に向かって睨みを効かせている所だった。

「レイ! ……貴様らは」

「協力者だ。今は猫の手も借りたいだろ?」

「……ふん。使える者は使う」

 レンは彼らの手を借りることを良しとした。

「敵は? ……雷か?」

「……どうやら違うようだ。キサラギ」

 山から駆け下りてくる軍勢を見てシュウ達は敵軍の正体がわかった。茶色を基調にした鎧。土の国だ。

「なぜ土が……」

「単純さ。暗殺に失敗したからだろう」

 レイの言葉でカナが言っていたことを思い出した。

 『王女は敵対する者と使えない者に対して一切の情は見せない』

 カナがグラムの暗殺に失敗したことで、王女の中では、月影の忍は使えない者になったのだろう。

「来るぞ! 各自応戦しろ!」

 レンが号令を叫ぶ。シュウとセレナ、レイもそれに従い軍勢に向かって突撃する。

「俺が後ろから援護する!」

「頼む!」「任せます!」

 シュウとセレナはそう叫んだ後目の前の騎士に意識を集中させた。敵の武装は土属性の槍だけだ。これを対処することは造作もない。

「申し訳ありませんが……!」

 セレナは敵に詫びを入れながら槍の突きを避け腹に目がけて思いっきり拳を叩きこんだ。敵が声にならない叫びをあげる。シュウも負けじと目の前の敵を斬り伏せる。

「この程度ならなんとかなるか?」

「……この程度ならな!」

 レイがシュウの前にいた敵を撃ち抜く。忍達も大した損害はないようだ。量は向こうの方が上だが質ではこちらが勝っている。

「シュウさん! セレナさん!」

「……おまたせ……」

 ラクアとカナが到着した。シュウ個人としては戦いに加わってほしくはなかったが来てしまったものはしょうがない。彼はラクアにアドバイスをする。

「無理に敵を倒そうと思うな。攻撃を当てるだけでいいんだ」

「わかりました。……でも」

 ラクアは杖を振るう。突然現れた水の塊が敵に向かって降り注いだ。

「もう足は引っ張れません!」

「ラクアは大丈夫……私が守る……」

 カナも着々と敵に弓を射る。戦況がより有利になった。レンが再び号令を出す。

「よし! このまま敵を押し返すぞ!」

「……人殺しの道具が、粋がるのも大概にしなさい」

 その声を聞いて順調に敵を射っていたカナが固まった。山から聞こえた大声に忍達も何事かと顔を見合わせる。

「カナちゃん?」

「……この声……まさか……」

 ミキミキミキ! という音が山から聞こえだし何かが蠢いてくる。近づいてくるに連れてその姿が見えてきた。巨大な地面を這う木の根のような物がこちらに向けて一直線に向かってくる。

「……タ、ターニャ……」

 カナが根の上に立つドレスの少女を見てつぶやく。

 間違いない。昔、花について共に語ったあの少女だ。

「あら……人形風情が私のことを呼び捨てにするなんて……。耐えがたいわね」

 ターニャが手に持つ杖を掲げる。巨大な根の一つが鋭く尖った先端をカナに向けて伸ばす。

 カナは茫然と迫りくる根を見たまま動けない。

「あ……」

「死になさい」

 ガキンッ! という音が響く。

 その音を聞き、茫然としていたカナと感情を感じさせない目をしていたターニャの目が見開かれる。巨大な氷の壁が根を妨害していた。

「……何で、そんな事言うの!」

 気付くとカナのすぐ傍にラクアが立っていた。その顔は友達を侮辱された友人の顔だった。

「何で? 当たり前でしょう。使えない者はそこら辺に転がる石ころ以下よ」

「あなたね! ……ターニャってことはカナちゃんと知り合いだったんでしょう? それを」

「また呼び捨て。今日は実に不愉快だわ。……でもその杖……」

 ターニャはラクアの杖を凝視する。しばらくしてその杖が何なのかわかったようだ。

「何!? 話の途中よ!」

「はははっ! ついてるわね。使えない連中の遺物を回収しにわざわざ出張ってきたら、もっと凄い物があるじゃない」

 ターニャは急にご機嫌になったようだ。ラクアの話や辺りの喧騒をものとせず、話を続ける。

「あなたはストリマの者ね。何でそんなゴミを庇うかはわからないけど……。宝の持ち腐れね。私によこしなさい!」

「……! カナちゃんはゴミじゃない!」

 突如現れた氷の巨大なつららと、木の巨大な根が相手を貫こうと激突する。

 ラクアとターニャが同時に杖を使ったのだ。忍と土の騎士達は戦を忘れ、その絵物語のような景色をただ茫然と見ている。

「ラクア……ターニャ……」

 カナはその景色を見て我に返った。

 二人は自分にとって大事な人。例え、出会って間もなくとも、相手から拒絶されようとも。

 カナは弓を構えてその能力を発動させた。カナの姿が見えなくなる。

「カナ! ええい、皆の者、続け!」

 レンはそんなカナを見て援護の為動き出した。

 妹の姿こそ見えないが行動は予測できる。この戦いに勝利する為には実に単純、親玉であるターニャを討ち取ればいい。

 幻を作りだし、敵を翻弄させて斬り抜ける。

「レン! カナ! ……くそ!」

 シュウは動くに動けない。

 ラクアをフォローしなければならないからだ。

 忍が動きだしたのと同時に騎士も目的を思い出し、ラクアを殺さんと突撃してくる。

 両軍、最優先の相手は杖を扱う変わった髪をした少女だ。

 右手に刀を左手に拳銃を持ったシュウはラクアの背後を取ろうとする騎士達と応戦する。木と氷がつぶし合う音をバックに騎士を斬って撃ち抜いた。

「セレナ様!」

「ラクアさんの援護を! 彼女に指一本触れさせてはいけません!」

 セレナは目の前の敵を白い輝きを持つガントレットで叩き伏せながら指示を出す。そして、力を右腕の手甲に集中させた。

「すみませんが、倒させてもらいます!」

 光り輝いた右腕を掲げて敵陣に突っ込む。

 狙うは敵の足元だ。直撃をさせるつもりはない。彼らはあくまで一兵士。命令に従っているだけなのだ。

「な、何だあの娘は!? ぬあ!」

 敵の塊が後方に吹っ飛ぶ。

 地面が爆発し彼らはなす術もなかった。木々の中を転がされ槍を落とした敵の部隊は、戦意を喪失し逃げ出した。

「……ちっ! 使えない奴らが増えたわね……」

 逃げ出す騎士をターニャの目が捉えた。巨大な氷と戦いながら、ターニャは意識の一部をその騎士達に割く。

 やることは一つ。敵前逃亡は許さない。

「ぐっあ! ぎゃああああ!」

 セレナは上手く逃げ出させた騎士達が目の前で切り裂かれるのを見て驚愕する。

 友軍を殺してしまうとは。それも、自分の戦闘中に意識を割いてまで。

「なんてことを!」

「……あなた! 私と戦っているのに!」

「戦ってる? 冗談はよしてくれない? 遊んであげてるのよ!」

 ラクアは地面に何かが蠢くのを感じ、自分の周りを氷で囲んだ。

 直後、足元から生えてきた根が凍りの壁にぶつかる。

「っ! こんなことが」

「ふふ! あなたこそ、本気を出さないの?」

「……何を!」

「まさか、ストリマの杖の力がこの程度なわけないでしょう?」

 ラクアは必死に根を防ぎながら首を振る。

 ダメだ。あの力は皆を巻き込んでしまう。

「まあ、本気を出さないならそれもいいけどね!」

 ラクアは再び蠢く何かを感じ、杖に力を込めた。だが、その何かは彼女の予想を超えていた。

「なっ!」

「チェックメイト! 美しいでしょう?」

 ラクアは目の前に現れた巨大な花をただ見つめることしか出来なかった。花弁が開き、美しいとは程遠い、嫌悪感を催す醜悪な花の、巨大な口が露わになる。

「っ! 氷の騎士!」

 ラクアは、咄嗟に氷の壁を自らを三年間守り続けていた、巨大な騎士に変化させた。

 あの時はただ閉じこめられ、姉を求めて暴走していただけだが、今は違う。

 完全にコントロール下においた巨大な騎士の盾を、喰らおうとしてくる花に向かって構えさせる。

「あら、少しは出来る様ね」

「……あなたには謝ってもらわないといけないから!」

「謝る?」

「カナちゃんにね!」

 騎士の剣を花の茎に叩きつける。盾をゴリゴリと噛み砕いていた花は支えを失い、地面へと轟音を響かせた。

「……私の花を傷つけるなんて。万死に値するわね」

 ターニャはラクアに対して本気の殺意を向ける。彼女の注意は今度こそ完全にラクアに向いていた。

 そのため、自分に狙いをつける、フードを被った少女に気付く様子はない。

「ターニャ……これで……」

 カナは絶影の弓の効果、姿隠しで完全に消えていた。

 シュウやグラムが矢が飛んでくるまでその存在に気付かなかったのは、訓練の賜物と弓の効果だった。

 ターニャの後方、彼女が乗っている巨大な根の上でカナはまさに今弓を射んとしている。

 だが、その瞳には躊躇いの色が見えた。

 本当に自分は彼女を殺してしまってよいのだろうか。

 そんな年相応の甘さがカナの油断を誘った。

「でも、本当に死ぬべきなのは、後ろで弓を構えているおバカさんかしら」

「……っ!?」

 カナはその言葉が聞き間違いなのかと思った。

 絶影の弓の効果で、何らかの行動を起こすまで居場所がばれるというのは有り得ない。

「あなたバカね。さすがゴミだわ。透明人間でも自分の体に乗ればその存在に気付くでしょ?」

 カナは致命的なミスを犯していた。

 弓を射るべき立ち位置としてはベストポジションだったが、自らを隠す位置としてはバッドポジションだ。

 木の根の上に乗ればその重さでターニャは自分の居場所に気付く。ターニャを見て動揺していたカナは完全に失念していた。

「っ! ……くっ!」

 カナは弓でターニャの頭に狙いをつける。

 まだ間に合う。絶影の弓から発せられる矢の速度は、ターニャが行動を起こす前に十分息の根を止められる。

 しかし、矢を放つことがカナには出来ない。まだカナは迷いを断ち切れてはいなかった。

「さあ、赤い花を咲かせて。カナ、あなたはお花が好きでしょ?」

「ターニャ! 私は! きゃっ!」

 乗っていた根が大きくうねりカナは空中へ投げ出された。

 いくら遺物を持つとはいえ、忍とはいえ、何もない空中では何の行動を起こせない。カナを飛ばしたと同時に、ターニャは空いていた根に命令を出した。

 内容はシンプル。カナを貫け。

 根の先端が再びカナの目前に迫った。

「あ……」

「カナちゃん! だめ!」

 カナは目を瞑り、自らの覚悟のなさと初めて出来た友達への謝罪、そして救えなかった姫様への懺悔を駆け廻らせた。

 そして、顔に付着した鮮血と共に耳に聞こえた悲鳴で目を開く。

「え……な……! あ、ああ!」

 カナの目の前には貫かれているレンがいた。

 何が起こったのか。貫かれるべきである私ではなくなぜレン兄が腹を裂かれているのか。

「カナ! レン! くそ!」

 レイが銃を根に向けて発射する。閃光に撃ち抜かれた根はレンを無造作に投げ出し地面に戻った。

「レン兄! なぜ! 何で! どうして!」

「…兄が妹を守るのに理由がいるのか?」

 カナは地面へと投げ出された息絶え絶えの兄の横で涙をこぼす。

「そんなこと! 死ぬべきは私! レン兄じゃ!」

「……あのバカ兄貴が言ってたことも……ぬっ! ……あながち間違いではなかったな……」

 レンはカナの頬に手を当て笑う。そう、悲しみにこそくれてはいるが今の、生の感情を出すカナこそ……。

「ああ……確かにいいことだ……。カナ……すまなかっ……た……」

 レンの瞳から光が消える。カナは忍だ。その光が消えることが何を意味するのかとてもよく知っていた。

「っ! ああああああああぁぁぁぁ!!」

 カナの叫びが嗚咽が嘆きが里に響き渡る。ターニャはその声を聞いて顔をしかめた後、嘲笑した。

「これが兄妹愛ってやつかしら? うるさいことこの上ないわね」

「あなた! あなたって人は!」

「あなたもうるさいわね。……ふふ……私は今からカナを……カナを……?」

 ターニャが何か行動を起こすかと思い、ラクアはカナの所へ氷の壁を展開し備えた。後ろではシュウとレイが銃を構えていつでも狙撃できるようにしている。しかし、彼らが引き金を引くことはなかった。

「私は……カナを……そう助け……いや殺し……あ……ああ……」

 カナは氷の中からターニャの様子が急変した様を目撃した。彼女の目にはカナと同じく涙が溢れている。

「あ……私……ワタシ……何を……敵……教団の……あ……あああああああああ!! うわあああああ!!」

 今度はターニャの叫びが里に響き渡った。何が起こっているのか。その叫びを聞き再び戦いが止まる。

 リーダーを失った忍と、リーダーが取り乱した騎士はどうすれば良いかわからなくなっていた。

「セレナ! これは!?」

「分かりません! とにかくカナさんとレンさんを!」

「ラクア! あれを移動できないか?」

「え? ……あ、はい!やってみます!」

 シュウに指示を出され呆けていたラクアが氷を移動させる。ターニャに妨害されることなくカナ達が入った氷は無事にシュウ達の元へ到着した。

「レン! ……手遅れか……」

 レイがレンの遺体を見て嘆く。その間カナはずっと取り乱しているターニャを見つめていた。

「カナちゃん……」

「……」

 カナは何も話さない。彼女が何を考えているかはその場にいる誰も分からなかった。

「シュウさん……どうすれば……」

 セレナがターニャをどう対処すれば悩んでいると山の中から何者かが現れた。あの出で立ちは政務官だろうか。

「いけません。ターニャ様、落ち着いて」

 その政務官は指にはまった怪しい赤色の指輪をターニャに向ける。指輪が煌めき、ターニャが先程の無感情な瞳に戻ったのを見て取ったシュウはラクアに警告を発した。

「気をつけろ!」

「え? きゃっ!」

 いきなり動きだした根の刃にラクアは防御をすることが出来ず、氷の騎士はばらばらに砕け散ってしまった。ラクアが地面に放り出される。

「そう……私は敵を……殺す。殺して殺して殺す」

「そうです……あの者達を亡き者に!」

 ターニャは杖に思いっきり念を送る。根を暴れさせ敵を叩き潰す。実に簡単なことだ。

「まずい……!」

 シュウは焦りの声を上げる。攻撃も、防御も、回避も、間に合わない。

「邪魔する者は、死ね!」

 根が暴れる。否、暴れようとした。シュウ達を蹂躙するはずの根が土によって押さえつけられている。

「何!?」

「これは……まさか」

 突然、シュウ達の後方から白い狼が現れ土の騎士に向かい跳びかかる。この狼は見覚えがある。シュウは振り返り、その発生元を見つけた。

「やっと確信できた。我慢していたかいがあったな」

「そうねえ。でもどうするの?」

 タクスが指輪の持つ手を掲げ歩いてきた。肩にはサニーが乗っている。

「タクス! どうしてここに!」

「ふん。身内のいる場所に俺がいても問題はないだろう。……そう思わないか? ターニャ!」

 タクスはシュウの問いに答えた後、根に佇む無感情の少女に声を掛ける。ターニャは、忌々しげにタクスを見返した。

「……逃げ出した愚かなお兄様。遺物を返してもらおうかしら」

「無理だな。今のお前にこの斧はふさわしくない」

 タクスは斧を手に持ち、振りかざす。べきっ!という音と共に根が折れる音がした。

「……それは私の物よ……。覚えておきなさい」

 根が折られたターニャは、杖で新たな根を起こし政務官と共に撤退していった。

 カナはその間、ターニャの姿を目に焼き付けていた。



 月影の里の被害は人数的には大したことはなかったものの、死亡者の中に現族長であったレンがいたことで大打撃を受けていた。臨時としてレイが後処理を担当した。最も、本来は彼の役目であったのだが。

 状況を整理するためシュウ達とカナ、タクスは集会場へと集まっていた。皆が着席したのを確認するとタクスが口火を切った。

「……さて、何を話すべきか」

「とりあえず、お前の出自を教えてくれ」

 シュウの問いにタクスは頷き、自分の出身について説明し始めた。

「もうわかっている者もいるだろうが、俺は土の国王家、タクス・フォレストだ」

「王子様なんだよ!」

 なぜかサニーが胸を張る。タクスが補足を付け加えた。

「六年前までな」

「……六年前……?」

 ずっと黙っていたカナが口を開いた。六年前。自分とターニャが出会った年だ。

「そうだ。あまり他人に話すのは気が進まないが…」

「タクス! 長老に怒られるよ?」

「……む、仕方ない。話そう。……六年前、月影と交渉していた頃……」

 タクスは鮮明に覚えている、自らの記憶を言葉にし始める。


 皆が寝静まった夜中、王と王妃…自分の両親が寝る部屋から轟音が響き、タクスは部屋から飛び出した。手にはこっそり持ち出していた斧が握られている。一体何が起きたのか。タクスは廊下を走る。

 部屋の前に衛兵が立ちすくみ、驚愕の表情で固まっていた。タクスが事態を確かめる。

「衛兵! 何事だ!」

「私にも……っ! があ!」

 部屋の前にいた兵の首が飛ぶ。タクスは息を呑み、慎重に寝室を覗き込む。誰かがベッドの前に立っている。

 ……あれは。

「ター……ニャ……?」

 タクスは杖を片手に持つ背中を見てその名を吐き出す。ターニャはゆっくりとこちらに振り向き笑った。血に染まった顔で。

「お兄様。夜更かしはよくありませんよ」

「……!? 何が! ターニャ!」

 タクスが妹に向かって叫ぶ。十代にして大人顔負けの冷静を持つなどと言われていたタクスもこれには動揺を隠せなかった。

「大声もいけません。……お父様とお母様が目を覚ましてしまいますよ?」

 ターニャは優しい声で兄を諭す。

 とはいえ、目を覚ますはずの両親は血に染まったベッドで横たわっている。いまさらそんな気遣いは必要なかった。

「……何だ、何が!?」

「何を慌てているのですか? お兄様らしくない」

 ターニャが首を傾ける。愛らしいはずのそのしぐさも、鮮血に染まった顔では愛嬌の一つも感じられない。

「……! お前が、父上と母上を?」

 タクスが妹を糾弾する。その問いを聞いた妹はにっこりと笑い、タクスに真実を告げた。

「もちろん、そうですよ。私が殺しました」

「っ! おお!」

 タクスが斧を振りかぶり妹目がけて下ろす。ターニャは避けようともしない。なぜなら、わかっているからだ。

「ふふ。殺さないんですか?」

「……っ!」

 兄が自分を殺すことはない。冷静を装っていても兄は妹を愛していた。家族として。

「いいのですか? 親殺し……しかも王族を殺したのですよ?」

「ターニャ! なぜこんなことを!」

 ターニャは笑みを浮かべ、さも当然といった風に答えた。

「王がいては私が王女になれないでしょう?」

「そんな理由で!?」

 タクスがターニャを責め立てる。ターニャは、何もわかっていない兄にため息をついた。

「はあ。そんな理由? 王になることが約束されていたあなたにはわからないでしょうね。この気持ちが」

 そういうとターニャは両手を広げ天井を仰いだ。その瞳には狂気が浮かんでいる。

「王! 神が降臨しないこの世界でそれは一つの頂点です! といっても目障りな国がいくつかありますが…それも」

 ターニャは目をタクスの持っている斧に向けて笑う。

「戦争で排除してしまえば私は、私達は神に近づくのですよ! ははははは! 笑いが止まらない!」

 タクスは目の前の人物が妹だとは思えなかった。

 ターニャは悪魔に憑りつかれたのか。タクスは本気でそう思った。

 昼間、友達が出来るかもと喜んでいた、自分の愛する妹はどこに行ったのか。

「さあ、お話も済んだことですし、仕上げと行きましょう」

「……仕上げ……?」

 タクスは震える声で声を出す。疑問系にこそなったが、次に妹が何をするか察しはついていた。

「ええ。赤い花を咲かせなければ!」

 ターニャが杖を振るい、衛兵の首を斬り落とした、ツタを呼び出した。杖から伸びるツタは真っ直ぐタクスの首を狙ってくる。

「くっ! ……ターニャ!」

 タクスはツタを紙一重で躱し、妹の名を叫ぶ。だが、その叫びはもう妹には届かない。ターニャの瞳は何の感情も感じさせないぞっとするものとなっていた。

「遺物を寄越してください。お兄様。痛みは感じさせませんから」

 悪魔の微笑みを見せる妹を前にタクスは逃げ出すことにした。今の自分ではどうすることも出来ない。助けを呼ばなければ。

「追いかけっこはあまり好きじゃない……あれ……? そんなはずは……」

 ターニャの疑問混じりの独り言を背中に聞きながらタクスは無我夢中で走った。

「誰か! 衛兵! ……っ!」

 タクスは城の惨状を目の当たりにし戦慄した。彼の言葉に応えるべき人々は血の海の中に沈んでいる。

「バカな……こんなことが……。誰か! くそ!」

 もはや城には自分と、悪魔に憑かれた妹しかいないのか。

 タクスは絶望に飲み込まれそうになり、すんでの所でこらえる。

 ここで諦めてはいけない。

「……エルフの所に!」

 タクスは自分を奮い立たせて再び血に染まる廊下を駆け出した。


「……ということがあった。これが六年前あった出来事だ」

 話を聞いた全員が息を呑む。城内の全員を虐殺するなどという事件を聞いたことがある者はその場に誰一人としていなかった。感情がより希薄になっていたカナでさえ驚いた表情をしている。

「……そんなことがあったのか」

 部屋の扉が開きレイが現れる。どうやら話を立ち聞きしていたようだ。

「里の人々は?」

「セレナ様。怪我人は治療を済ませ、死者は礼拝堂に安置しました」

 セレナがそれを聞いて安心する。レイは手際よく事後処理を済ませたらしい。

「すまなかったな。本当はもう少し早く出るはずだったが…」

 タクスの詫びに一人だけ反応する。タクスが里の近くにいたことを知っていたレイだ。

「いや、タクス殿。あなたには何の落ち度もない」

「そうだよ。仕方ないじゃん。確認することあったんでしょ?」

 確認という言葉にタクスに再び注目が集まる。タクスはその注目に応えた。

「……ターニャの横にいた男。恐らくあの男が原因だ」

 その言葉を聞いたカナが勢いよく立ち上がる。タクスに詳細を訊くために詰め寄った。

「……どういう……こと?」

「……あの男の指輪。あれがターニャを狂わせている。間違いない」

「……そう……わかった……」

 カナは納得の言葉を口にすると足早に出て行った。ラクアは追いかけるか悩み、止めた。

 今は一人の時間が必要だ。自分と同じように。

「次の目的地は……土でいいな?」

 シュウがセレナと目的地の確認を始めた。セレナは何か言いたげだったが、ため息をつき、肯定した。

「……本当は望ましくないのですが……いまさら何を言っても無駄でしょう」

「私も行きます。……カナちゃんのためにも」

「……お前達……」

 タクスが会話を聞き驚きを混ぜた声を出す。

 彼らには関係ないことだ。なぜそのような言葉がすらすらと出てくるのか。

「元々、土には行くつもりだったんだ。それほどまでにひどい状況ならば、国をよく知る奴と行ったほうがいいからな」

「くす! 良かったねタクス。長老の言う通り!」

「ああ……だな……」

 タクスは年老いた妖精の言葉を心の中で復唱する。

『既にお前は巻き込んでいるし、巻き込まれておる』

「……致し方ない。俺が案内しよう」

「頼むぞ」

 シュウがタクスと握手を交わす。タクスは強力な味方の存在を肌で感じ、城にいるはずの、肉親に向けて思いを馳せた。

(ターニャ、今行くぞ)

 シュウ達は計画を立てる為、打ち合わせを開始した。



 カナは刃物が立てかけてある、布団が散らかった部屋で花を見つめていた。月明かりに近い淡い青色の花。ターニャはこの花を見た時、カナに似合うと言って喜んでいた。

「いつまでも……引きずっていたから……」

 カナは一人、花に向かって話す。花の命は儚い。それをカナは一心不乱に繋ぎ止めた。もはやそれが意味のないことだと分かっていたにもかかわらず。

 忍としての覚悟が足りなかった。彼女に今一番欠如しているもの。それは決意だ。

「……ターニャ……私はあなたを……」

 カナは花に向かって自分の決意を吐露し、固めた。もう迷わない。

 カナは去り際に花を一瞥した後、弓を背負って皆の所へ戻って行った。



分かりづらい表現や誤字脱字があるかもしれませんがご了承ください。

月影の里のお話は終わりです。

カナが主人公より濃くなってしまいました…。いや大丈夫だとは思いますが。たぶん。

もしかしたらしばらくカナ視点が多めかもしれませんがちゃんとシュウ視点に戻りますのでご安心?ください。

読んで下さった方ありがとうございました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ