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ヴェンデッタ  作者: 白銀悠一
第二章
14/45

月影の里Ⅱ

 案内された家に入ったシュウ達は促された椅子に座った。いくつも並べられた椅子の前には大きな会議机がある。恐らくここは集会場か何かなのだろう。

 シュウ達から机を挟むようにして座ったレイ、レン、カナの兄妹は顔を見合わせた後、しばし思案していたが、その沈黙を破るようにカナが口を開いた。

「……まず、この里の事情から説明したい……」

 その言葉を聞いたシュウは頷く。まず最初に知りたいのはそれだった。

「……里が土の命令を聞かざるを得ないのは、この里にいるとある魔物を封印してもらっているから」

「魔物?」

「そう、魔物。……私達はヤマタノオロチと呼んでいる…」

 その話を聞いたラクアが反応した。姉に聞いたことがあった魔物だからだ。

「私知ってる! 首が八本ある巨大な蛇でしょ! でも、お姉ちゃんは遥か昔に七英雄に倒されたって言ってたけど……」

「ふん。それは嘘偽りだ。七英雄はあくまで一時的に奴を封じただけにすぎん。奴の腹は硬く、七大国の上級聖遺物でも斃すことが出来なかったのだ。……この里がここにあるのはその封印を守るためだ」

 レンがどこかぶっきらぼうに答える。まだ、シュウ達と自分の横にしれっと座っている兄に思う所があるのだろう。

「まあ、本来は蛇の封印を守るだけだったんだが、数年前、封印が弱まってしまってな。それで、まず雷に協力を依頼したんだが、断られてしまってな。それで仕方なく、土に頼みに行ったら……」

「奴らは代わりに命令を聞けと言ってきたのだ!」

 レイの補足を聞きレンが叫ぶ。その時の事を思い出したのだろうか。

「だから、俺は断ろうとしただろう。それをお前が」

「あの時は仕方なかったのだ! あれの封印が解けたらどうなっていたことか!」

「だから俺はここを出たんだ。良い様に利用されるのはごめんだ」

「出た? ふん。逃げ出したの間違いだろう!」

 二人はまた言い合いを始めてしまった。

 だが、カナが睨みを効かせていることに気付くと二人は目配せし言い争いを止めた。

「つまり、土に脅されているという解釈で間違いありませんか?」

 セレナの確認を聞いたレイが肯定する。

「そうです。セレナ様。……しかし、あなたが気にするようなことでは…」

「もはや他人事ではありません。私が直接土の国へ向かい諫めに行きます」

「そのようなことを……我々の問題です。セレナ様は……」

 レイは困ったようにセレナを説得しようとする。

 だが、セレナはもう土に行く気のようだ。レイが何を言っても揺らごうとはしない。

「シュウさんとラクアさん、レイにはここに残ってもらって……」

「……俺も行く。教団が絡んでいるのかもしれない。それに土の聖遺物を確認しなければ」

「二人が行くなら私も!」

 セレナは一人で行こうとしていたが、シュウとラクアが付いて来る気であったため戸惑った。

「危険です。私だけで……」

「今更だろう? どのみち、土には用があるんだ」

 未だに一人で向かおうとするセレナをシュウが説得する。しかし、セレナは譲らない。

「ダメです! あなた達はここで待つのです!」

「急に強情になったな。用があるのだから皆で行った方がいいだろう?」

「安全が確認されてから……っ!」

 シュウとセレナが言い争いをしているとカナの眉間にしわが寄った。

 そのため、セレナは一旦黙る。その様子を見たラクアが皆に提案をした。

「ま、まあとりあえず休みましょうよ。話はそれからです。カナちゃん、どこか……」

「……私達の家を使えばいい……」

「何!?」

「おい、カナ!」

 カナの提案にレンとレイが反応するが、再び睨まれてしまい反論することが出来なかった。

「……異論はなし。……ついてきて」

 カナに促されシュウ達は集会場を出た。そして、そのまま彼女に続く。

 シュウが辺りを見ながら歩いていると、後ろから妹に押され気味の兄弟の会話が聞こえてきた。

「おい、カナは一体どうしたんだ?」

「少し前から兆候はあったが、ここまで感情を露わにしたのは初めてだ……」

「……昔は大人しい子だったのに……。まあ、あの大人しさはある意味異常だったからな。人間らしくなるのはいいことだ」

「いいこと? 忍において感情は……」

「それは掟の拡大解釈だ。しかし、今考えると、あの状態のカナにはあの掟はよろしくなかったな……」

 聴き耳を立てながら歩いていると目的地に着いたようだ。

 シュウ達はカナについて中に入る。家というよりは屋敷と言った方が良いと思われる建物はそこそこ大きな庭があり、中の広さもシュウ達全員が入っても余裕そうだ。

 案内された部屋に腰を落ち着かせたシュウは、畳の感触を感じながら、壁に飾ってあった巻物に目がついた。先程レイ達が言っていた掟だろうか。

 内容は、「人の為に動き躊躇いを捨てよ」それだけだった。

「……これだけじゃあ解釈のしようがないな」

 シュウは掟を見て呆れた。もっと書くべきことがあったのではないのだろうか。

 シュウが掟を見て苦笑いしていると、カナがお茶をお盆にのせて運んできた。

 フードを外しており、可愛らしい顔と黒髪が露出している。目の前のテーブルに置かれたお茶を啜りながらシュウは今後の方針についてセレナと話始めた。

「さっきはうやむやになったが、これから土の国に向かう、ということでいいな?」

「……うやむやになど。はっきり言ったでしょう。行くのは私だけです」

 セレナはまだ一人で行くつもりのようだ。シュウは嘆息し、ひとまず理由を訊くことにした。

「何でそんなに頑ななんだ? 自分で言うのもなんだが、俺はもう修羅場にはなれてる。土が危険だとしても、問題はない」

「まんまと捕まった人の言葉など信用に足りませんね」

 それを聞いてシュウは言葉に詰まった。図星だったからだ。

「あれは……。いや仕方ない、か……」

 捕まったことをカナのせいにすることも出来たが、それでは実に男らしくない。

 カナにしても、勝手に助けて勝手に捕まった男に言い訳の材料にされるのはあまりいい気持ちがしないだろう。

「そういうことです。あなた達はここで私の帰りを待てばいいのです」

 セレナが勝ち誇ったような顔をする。

 こんな顔も出来るのか、と説得を忘れてシュウは少し驚いた。

 今日一日で、普段悲しげな表情か冷静な顔しかしていなかったセレナの様々な一面を見た。

 今まで彼女をどこか自分とは住む世界の違う人のように感じていたが、それはシュウの誤りだったようだ。

「……結局あなた達は土に行くの?」

「あなた達ではありません。私だけです」

「あはは……」

 セレナが訂正しラクアが苦笑いをする。しかしカナは気にせず、淡々とシュウ達に警告をした。

「……土には強力な遺物とそれを使う王女がいる。……その王女は敵となる者や使えない者に対して一切の情を見せない……」

 王女のくだりの部分でカナは顔に悔恨の色を見せた。

 その様子を見たラクアがカナの膝に手を置く。

「シュウさん、セレナさん。そういう話は後にしましょう。そもそも休む為にここに案内してもらったんですから!」

 確かにそうだ。シュウは頷き、セレナも同意する。

 シュウはお茶を、セレナは取り出した瓶を飲み始めた。

「……その液体……」

 カナがおいしそうには見えない、琥珀色の液体を凝視する。

 何か言いたげだったが、ラクアに黒衣のすそを掴まれたため彼女は意識をラクアへ向けた。

「……何……?」

「カナちゃんのお部屋見せて!」

「……え……? ちょっとま!」

 待って、という前にラクアは部屋を飛び出してしまった。カナが慌ててその後を追いかける。

「……姉に似たな……」

「そうなんですか?」

 シュウとセレナはその後ろ姿をリラックスしながら見送った。


 カナの部屋を見つけるためいくつもの部屋がある和風の屋敷の中を探索する。

 カナが後ろから追いかける音が聞こえるが、こういう時のラクアのスピードは普段に比べて三倍……は盛りすぎかもしれないが、通常の移動よりは早かった。

「ふふ! これかな?」

 ラクアはめぼしそうな部屋のふすまを思いっきり開く。

 しかし、そこは刃物がたくさん並べられただけの物置部屋らしかった。

 ラクアががっかりしているとカナが追い付いてくる。

「はずれかー」

「……待ってって言ったのに……恥ずかしい」

 ちょっとだけ残念な気持ちの中に急速に疑問が膨らんでいった。

 恥ずかしい? そんな言葉がなぜ出てくるのか。

 一つの答えに行き当たり、ラクアは念のために訊いてみた。

「……もしかしてここ……カナちゃんの部屋?」

「……うん……」

「……し、忍だもんね、しょうがないね……」

 ラクアは気まずそうに言葉を返す。

 しかし、刃物だけ、というのもなかなか個性的かもしれない。

 そう思ったラクアは部屋の中に入って行った。

 カナももう特に止める気はないようだ。

 申し訳程度に置いてある机の横に座ったラクアは、改めて部屋を見渡す。

 よく見るとさすがに刃物以外の物も置いてあった。

 小さな花瓶に植えてある綺麗な青色の花だ。

「お花があるじゃない! 女の子らしいね」

「……それは励まし……? ……まあ、その花は大切な物……。……ある人にもらったの」

「ある人?」

 カナは躊躇いがちに言った。

「……土の国の王女……」

「え?」

「……ターニャ・フォレスト。……土に協力を頼みに行った時、私もついて行った。その時、少し仲良くなった。……でも……」

「でも?」

 カナは逡巡した後、ラクアに打ち明けた。

「……兄達が土と交渉を続ける内に土の態度がおかしくなった……。そして突然、ターニャも豹変した……」

 カナが悲しそうな目をする。

 ラクアはカナの手をギュッと握った。カナはそれを受けて話を続ける。

「……ターニャと初めてあった時、友達になれるかもと思った……。でも、急にターニャは冷酷になった。……私を道具としてしか見なくなった」

「……何で……?」

「わからない……あの時のターニャの目は今でも忘れられない……。……私があの時逃げずに、向き合っていれば彼女はああはならなかったかもしれない。……私は今でもそう思う……。だから……え?」

 急にラクアに抱きしめられカナは困惑の声を上げる。

 そのままラクアが背中を擦ってきた。カナはその温もりを感じて自分を責めるのをやめた。

「……ごめんね。嫌な事思い出させて……」

「いい……。話せてすっきりした……。今まで誰にも話せなかったから……。……友達ってこういうものなの……?」

 ラクアは目を泳がせた。

 実の所、彼女も同年代の友達――姉や親しい者はいたが――がいなかった。しかし、カナの角度からはそんな様子は見えない。

 カナは急に黙ったラクアを不思議がる。

「……ラクア……?」

「そ、そうね……。うん、そう! ……これはお友達じゃないね……」

「え?」

 カナがびくりとする。

 自分とラクアは友達ではないのか。初めて友達が出来たと思ったのに。

 カナは狼狽したが、すぐに誤解だったことがわかった。

「そう、親友ね!」

「……親友……」

 これも言葉だけは知っている。単純に言えば友達より親密な関係ということだ。

 出会ってまだ一日も立ってないのにさすがにこれはおかしい。

 だが、カナは悪い気はしなかった。

「……いいかも……」

「でしょ! ロマンがいっぱいだよ!」

「……それはわからない……」

 カナは、初めて出来た親友を力強く抱きしめた。


 

 カナとラクアが出て行った後、シュウとセレナは少し気まずい思いでお茶を飲んでいた。

 今思えば、二人っきりになるのはこれが最初である。それに加えさっきまでもめていたのだ。楽しく会話など出来るはずがない。

「あの」「おい」

 二人は同時に相手を呼んでしまい、さらに気まずくなる。

「シュウさんから……」

「いや、レディファーストだ」

 セレナはシュウの言葉を受け話し出した。

「……シュウさんは秘宝の事どうお考えですか?」

「……こう言うと怒るかもしれないが、俺は未だに信じられない。そんなことを言ってたのは母さんとアクアだけだ」

「そうですか」

 セレナは寂しそうな顔をした。慌ててシュウが話しを続ける。

「仮に、秘宝があったとして、俺は何を願うのか。……それを考えたくない」

 口でこそそういったが、もし自分が秘宝を目の前にした時、何を願うかはわかっていた。

 アクア。間違いなく自分は彼女を生き返らせろと願うだろう。

 それが良いことなのかシュウにはわからない。

「秘宝は実在します。私の国に来てもらえれば証人に合わせることが出来ます」

「証人?」

「はい。証人の話を信じるかどうかはあなた次第ですが……。少なくともシュトナ家は遥か昔から秘宝を求めてきました。皆の願いがなんだったかはわかりませんが、父様は世界を救うその一心で旅をしたと聞いています」

「……立派な人だったんだな」

 セレナの話を聞き、シュウは心の底で秘宝について期待し始めていた。

 証人がいるというのならば会う価値はあるのではないか。

 とはいえ、過度の期待は禁物だ。セレナには悪いが、虚言である可能性は十分にある。

「はい。とても。……父様に報いるためにも何としても秘宝を見つけなければなりません」

 セレナが秘宝について語る時、普段からは考えられない執着心を感じさせる。

 シュウはセレナに会って日が浅いがそれがひしひしと伝わってくる。シュウは立ち上がりセレナの肩を叩いた。

「何です?」

「そういうことはラクアの前では言わない方がいいぞ。彼女が気にする」

「そうですね……。でも、不思議とあなたには話すことが出来ます。なぜでしょうね」

「さあな」

 シュウはそう言うと部屋から出て行った。セレナはその後ろ姿を見ながらつぶやく。

「私は罪を償うことが出来ているでしょうか」

 自問自答しながら彼女は自分の白い手を見つめる。

「大丈夫。まだ大丈夫です」

 セレナは一人つぶやくと残ったお茶を一気に飲み干した。


 シュウが屋敷を歩いているとレイと鉢合わせした。

 せっかくなのでシュウはレイの部屋に行くことにした。いくつか訊いておきたいことがある。

 レイの部屋は銃だらけだった。あちこちに銃と部品が散らかっている。最も、散らかっていたというより散らかしていたという言い方が正しいが。

「銃が好きなんだな」

「そうだ。いいだろう? お前とは話をしたいと思っていたんだ」

 レイが狙撃銃を手入れしながら嬉しそうに話す。

 シュウとしても銃の話がしたかったが、まず訊くべきことがあった。

 アルドの行方だ。

「アルドはどうしたんだ?」

「アルド? ……あいつは別の用で一旦離れたよ。セレナ様の傍には俺一人で問題ないからな」

「なるほど」

 別の用が気になったが、ひとまず回答が聞けてシュウは満足した。

 レイに別の質問をしようとしたが、レイがアルドについて話始めてしまったためシュウは後回しにした。

「正直な所、俺は完全にアイツを信頼しているわけじゃないんだよな。色々ときな臭いし」

「きな臭い?」

「そうだ。アヴィンは親友だとかで信頼してるが、アイツの行動にはおかしい所がある。まあ、些細なことだからあまり追及は出来ないし、するつもりもないんだが……どうも引っかかってな」

「例えば?」

 シュウは質問することを忘れその話に引き込まれていた。アルドは確かにわからない、読めない所がある。

「お前にとって一番わかりやすいのは、三年前、洞窟でのことだ。俺は変化の枝で敵に化けていたが、アルドの行動は少し予定と違かった。最も、当初の予定とは大幅にずれていたからな、仕方ないかもしれないが」

「具体的には?」

「……灰色の奴。奴とは交戦予定になかった。確かに不意を突かれてその……」

 レイは言いずらそうだった。シュウに気を使っているのだろう。

 だが、シュウは続きが気になったため彼を促した。

「構わない。続けてくれ」

「……アクアって子が殺されてしまったが、アイツならシュウとライドを連れて逃げ出すことも出来たはずなんだ。でもアイツはそのまま撤退しちまった。……怒ってるか?」

「いや。……確かに思う所がなくはないが、灰の男の強さは身を持って知ってる。アルドとしては灰の男を引き付けるので精一杯だった……と信じたい」

 シュウとしては一度信頼できると思った相手を再び疑いたくはなかった。

 今の所、この話にそこまでおかしい部分は見つからない。それにアヴィンが信頼しているのだ。大丈夫だろう。

「まあ、そうだよな。俺の思い過ごしだ。気を悪くしないでくれ」

「本人に言ったらどうだ?」

「アイツに怒られちまう」

 シュウの軽口にレイが応える。シュウはさっき出来なかった質問をすることにした。

「そういえば、あんたは何でセレナに仕えてるんだ?」

「何、単純さ。あの方の理想に向けてひたすらに進む姿に感動したんだ」

 レイは懐かしむような顔をした。分からなくもないが、セレナの進む姿はあまりに危うい。シュウは素直にレイにそのことを伝えた。

「確かにひたすらに進んではいるが……。どこか行きすぎとも思える。今日の土の話といい……」

「ああ、そうだな。だからあの方に仕えることにしたんだ。一人じゃきっとどこかで……」

 シュウはレイが言わんとしていることが分かった。

 単純明快だ。死。彼女が自分の生き様を頑固に貫き通せばただでは済むまい。運が良くて大怪我だろう。

 彼女が無事でいるのは恐らくアヴィン達の補佐があったからだ。

 ここまで考えてシュウは自分とセレナがとても似ていることに気付いた。

 望みこそ違うが、目的に向けて自分を顧みず旅をしている。関係ない人を助けながら。

 シュウの旅はラクアのようなロマンを求めるものとは違う。復讐だ。

 そして、セレナも救済という名目で旅をしており、こちらもロマンを求めてなどいない。

(彼女が危うい……か。他人事じゃないな……)

 シュウはラミレスの教えでコネクションを作り、今の所それが功を奏しているが、もし彼が教えを破って一人で進んでいたらどうなっていたか。

 セレナ達に見守られていたようだが、それでも、恐らく今ここにはいなかっただろう。

「……だから、お前にも協力をしてほしい。俺達の言う事は聞いてくれないセレナ様も、お前だったらもしかしたら……」

「……かもな。どうやら、似た者同士みたいだからな」

 シュウの言葉に笑みをこぼしたレイは銃について話始めた。



 レイと銃の話で盛り上がった後、気づくともう夜が更けていた。

 特別急いでいるわけではないがさすがに夜更かしをするわけにはいかない。シュウがセレナがいた部屋に戻ると布団が敷いてあった。

だが、布団の数が二つしかない。

「ラクアは?」

「カナさんのお部屋で寝るそうです」

「そうか。ならカナにラクアは任せよう」

 ラクアは一度眠るとなかなか起きないし、寝ぼけたり寝相が悪いということをシュウはここ数日で学んでいた。

 今日はぐっすり眠れそうだ。そんなことを考えながらシュウは床に入った。

「シュウさん」

「何だ?」

 寝ようとしていると横で寝ているセレナが声を掛けてきた。

「さっき何か話そうとしてませんでしたか?」

「それか……大したことじゃない」

 そういえば二人でいた時そんなことあったな。セレナとレイの話ですっかり忘れていたが。

 シュウは何を話そうとしていたか思い出し始めた。

「気になります」

「……そうだ。何でここの里の人の為に土に行こうとしたんだ?」

 セレナは少し間を空けた後答えた。

「人を救うのに何か理由が必要でしょうか?」

「……そうだな。変な事を訊いて悪かった」

「それだけですか?」

「ああ、お休み」

「お休みなさい」

 シュウはセレナと会話を終えた後布団の中で考え始めた。

 人を救うのに理由がいるのか。シュウも同じ問いをされた場合、同じ答えを返しただろう。

 やはり二人はどこか似ているのだ。ただ、あえて違いを上げるとすれば、シュウは自分が追い込まれた時、人の手を借りる場合があるが、彼女は絶対にそれをしない。

 レイの口ぶりと今日の出来事、偽物のアクアと戦った時のセレナの行動からシュウはそう確信した。

「……放ってはおけない……か……」

 シュウはすやすやと寝息をたて始めたセレナの寝顔を見ながら、彼女の助けをしようと決意した。



 ふすまの奥から夜更けに似つかわしくない楽しそうな話声が聞こえてくる。最も声が弾んでるのは一人だけで、もう一人は淡々と話しているが。

「ふふ! お友達の家でお泊りするなんて初めて!」

「……私も……だけど少しうるさい……」

 カナは言葉とは裏腹に嬉しそうだ。友達とはこうも楽しいものなのか。

 カナは友達がいなかった数年を無駄にした気がした。

 だが、そんな思いも友達……親友との会話でどうでもよくなる。

「こんなに楽しいの三年ぶり!」

「……三年?」

「うん! ……実は私、三年凍り漬けになっていたの」

 カナは訳が分からずラクアを見る。

 最初は冗談かと思ったが、ラクアは真っ直ぐカナの目を見つめてきた。

 カナは忍だ。相手が嘘をついてるかどうか、プロの兵士相手ならともかく、素人同然のラクアの顔からなら簡単に読み取れる。

「……どういうこと?」

「実はね、私はストリマの杖の暴走でずっと眠っていたまんまだったの。…あーそう考えると私ってカナちゃんよりは年上になるのかな?実感は湧かないけどね」

「……ストリマの……ラクア……」

 ラクアは朗らかに笑う。だが、瞳の奥はどこか寂しげだった。

 そんなラクアを見たカナは布団からラクアの布団へ手を伸ばした。本当は手を握るはずだったが、何か柔らかい物に触れた。

 これは何だろうか?

「きゃ! カナちゃんどこ触って!?」

「……これは……何?」

 そのふにふにとした柔らかいものの感触をカナは確かめる。

 ……これは……そう。自分より確実に大きい母性の象徴だ。

 今までのお礼として、ラクアを元気づけるはずだったが、気付くと彼女はその柔らかいものを嫉妬を交えて触り始めていた。

「大きい……ずるい……」

「ちょっと! カナちゃん!?」

「……さっき待ってくれなかった……その時の仕返し……」

 カナは忍であり、そういうものにあまり興味はなかったが、あくまであまり、だ。

 忍の技では色仕掛けで対象を惑わせ、暗殺するものもあったが、訓練の時、レンは彼女を一目見てこう言った。「お前には無理だ」。

 今思えばカナの感情が爆発するようになったきっかけはあの一言からだったのかもしれない。

「ちょっと! ホントに!」

「…これくらいで勘弁してあげる…」

 ラクアの顔に赤みが差してきたのを見てカナは手を止めた。

 方法こそ違ったが結果的にラクアを元気づけ? ることは出来た。

「もう……。でもありがと……」

「……お返し……。いつでも揉んであげる……」

「そ、そっちじゃないからね!?」

 ラクアはカナの気遣いに感謝した。誤解が発生しないように祈りながら。

「……冗談……。もう寝る……」

「その方がいいね。おやすみ!」

「……おやすみ……」

 カナは親友と挨拶を交わし眠りに落ちた。



 茶色を基調にした壁に囲まれた花壇。黒髪の幼い少女は、その花壇の横に座り、じっと花を見ていた。

「……綺麗……」

 彼女は花が好きだった。

 だが、彼女の家系はそのような美しいものとは程遠い。訓練をさぼって花を見ているようならば一番上の兄ならともかく、二番目の兄には怒られてしまうだろう。

 彼女が花をじっくり見れるのは、休憩の間かこういうわずかな外出の時だけだった。

「お花、好きなの?」

「っ!?」

「わっ!?」

 急に声を掛けられて少女は反射的に構えた。

 と言っても今武器は手元にない。素手である。

 だが、その行為が無駄だったことに気付いた。彼女の目の先には濃い茶髪の豪華なドレスを着た少女が立っていた。顔を驚かせている。

「び、びっくりした……。ごめんなさい。驚かせちゃったね」

「……その通り……」

 彼女はぶっきらぼうに応えた。これでは兄に説教を食らってしまう。

「こほん。で、お花、好きなんでしょ?」

「……一応……」

 カナは露骨に警戒しながら答えた。ドレスの少女はその答えに満足すると饒舌に話始めた。

「私も! お花、とても綺麗よね。私、お花屋さんに生まれたかったわ」

「……花屋……? ……なればいい……」

 カナは疑問を口にする。この少女が何者であれ自分とは違って職業を選択できるはずだ。しかし、目の前の少女は彼女の予想を超えていた。

「無理よ。私、この国の姫だもの」

「……姫? ……まさか」

「そう。私ターニャ。ターニャ・フォレスト。よろしく! 月影の忍さん!」

 ドレスの少女ターニャは笑いながら手を差し出してくる。黒髪の少女カナはためらいがちに手を差出し握手を交わした。

「あなたのお名前は?」

「……カナ。カナ・ツキカゲ……」

「素敵な名前ね! こっち!」

 ターニャは戸惑うカナを引っ張って土の国フォレストの城内を駆けだした。



「……ターニャ……あなたは一体どうして……」

 カナは瞳にから涙をこぼしながら寝言を言った。


 


分かりづらい表現や誤字脱字などあるかもしれませんがご了承ください。

…実はこの話まだ続きます。予想以上に長くなってしまった。

読んで下さった方ありがとうございました。

カナ恐るべし



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