順調
目的地は決まった。
しかしどのようにして東京を目指すか、それが最初の問題だった。
新幹線が一番早いのだろうが、どこで乗れるのかもよくわからなかったし、金額も不明だ。
きっと高いだろう
あまりお金は使いたくない。
それに旅行が目的ではないのだから、先を急ぐ必要もない。
道を探りながら
のんびり行けばいい。
そう思って
まずは米原駅までの切符を購入した。
米原駅を選んだ理由は
そこまでなら行ったことがあったからだ。
その後の事はそこに着いてから考えよう。
そうして電車を待っていると、タイミングよく米原行きの快速電車がホームに到着したので
迷わずそれに乗り込んだ。
席はたくさん空いている
これなら終点までのんびりできそうだ。
二人掛けのシートに一人で座り、背負っていたリュックを隣に置いた。
持ってきた荷物の中身は数日分の着替えに財布
それくらいだった。
携帯電話は置いてきた。
家出人に携帯電話なんて不要だろう。
万一、事件や事故に巻き込まれたとして、そこから身元が割れる事は避けたかったし
そもそも友達や家族との繋がりが希薄な彼には、携帯電話など初めから役に立っていなかった。
自分には何も必要ない
自分は誰からも必要とされていない
だから出ていくんだ。
しかし
何か寂しい気がした。
ああ、しまった
ウォークマンを置いてきた。
大好きなアニメソングを聴きながら電車に乗るつもりで準備していたのに、鞄に入れずに忘れてきた。
彼は小さい頃から忘れ物が多かった。
落ち込みながら電車に揺られていると、T駅に到着したところで大勢の人が乗り込んできた。
スーツや制服を着た人達
サラリーマンやOL
私服の男女に高校生
なるほど
これがラッシュアワーか。
T駅のあるT市はわりと田舎だったが住宅街だ
そこから京都方面の職場や学校に通う人は多いだろう。
人が増えたとなると
二人掛けのシートに荷物を乗せて場所取りというのはなかなかマナーが悪いというか、格好が悪い。
彼が隣の席に置いていた荷物を足元に避けて席を空けると
同い年くらいの女子高生が隣に座った。
黒髪で長髪で色白
大和撫子という言葉がよく似合う綺麗なの女の子だ。
これまで彼が生きてきた中で一番の美人かもしれない。
ラッキーだ
ウォークマンは忘れてきたが
家出は順調だった。
1990年代
その頃は彼にとって 最低最悪のシーズンだった。
彼は臆病で軟弱で不器用で、小さい頃から周囲の人達にバカにされて生きてきた。
家族さえ彼を嫌っていた
友達はいないわけではなかったが、そいつらも同類。
だからウマは合った。
それでも
彼は誰も信じない
愛する人もいなければ
愛してくれる人もいない
寂しい、苦しい、辛い
逃げたい消え去りたい。
どこかのアニメの主人公は「逃げちゃだめだ」って、自分自身に言い聞かせていたけど、その少年は勇敢だと思う。
彼もその少年みたいに
少しでも立ち向かう勇気があったら、少しはマシな人生だったかな。
でも時間は戻らない
彼はただひたすら時間が過ぎていくのを待っただけ。
ゲームしたり
アニメ観たり
漫画やエロ本読んだり
そうやって
ただただ過ごした。