憧れの地
199X年
12月 第1月曜日 早朝
外は寒かった。
父親がずいぶん昔に着用していた紺色のジャンパーを着て
従兄弟から貰ったケミカルウォッシュのジーパンを穿いて
靴は履き慣れた物
高校に入学した時に買ってもらったスニーカーを選んだ。
つまり普段着だった。
何年か前にそれとよく似たスニーカーが『狩られる』という事件が頻発していたが
その頃にはそんな事件は風化していた。
何にせよ
2度と帰らない意気込みにしては、やや薄着な気もしたが
彼は寒さに慣れすぎていた。
中学2年の頃には、学校のゼッケンがついたジャージ姿まま家を飛び出して
真冬の京都を徘徊したことがあった。
その時の凍てつくような寒さに比べれば、12月の大阪の気温などは夏の続きに過ぎない。
それでも
吐く息は白かった。
家を出て彼が向かったのは
大阪府I市のJRI駅だった。
阪急が最寄りだったが阪急で行けるのはせいぜい兵庫か京都までだ
JRなら遠くに行ける。
どこに行くかは考えていなかったが、どの道行く宛もなければ、頼る人もいない。
彼は少し考えて東京へ行くことにした。
家出と言えば東京だ。
そう考えた理由は
『上京してハートフルな生活を送る』
というストーリーの漫画や小説がたくさんあったからで
それらに影響を受けたせいである。
また
彼が愛読していた漫画のキャラクターが東京に住んでいたからだ。
その漫画は彼が中学生の頃から毎月欠かさず購読していた
月刊Aに連載されていたコメディで
主人公の三つ編みの女の子が大阪から東京へ引っ越してきた、というところから物語が始まるものだった。
そういう作品のように
ドラマチックな出会いや経験ができるかもしれない。
そうであってほしい。
他人が聞けば馬鹿げた想像に過ぎないが、つまらない日々を送っていた彼にはそれは切実な願望で
漫画やアニメが好きな彼にとって、東京は憧れの地だった。
そこに向かう
彼の心は期待と希望に満ちていた。
1990年代
その頃は彼にとって 最低最悪のシーズンだった。
彼は臆病で軟弱で不器用で、小さい頃から周囲の人達にバカにされて生きてきた。
家族さえ彼を嫌っていた
友達はいないわけではなかったが、そいつらも同類。
だからウマは合った。
それでも
彼は誰も信じない
愛する人もいなければ
愛してくれる人もいない
寂しい、苦しい、辛い
逃げたい消え去りたい。
どこかのアニメの主人公は「逃げちゃだめだ」って、自分自身に言い聞かせていたけど、その少年は勇敢だと思う。
彼もその少年みたいに
少しでも立ち向かう勇気があったら、少しはマシな人生だったかな。
でも時間は戻らない
彼はただひたすら時間が過ぎていくのを待っただけ。
ゲームしたり
アニメ観たり
漫画やエロ本読んだり
そうやって
ただただ過ごした。