彼の憂鬱
199X年
高校を中退して実家の散髪屋で働くことになった彼は毎日に嫌気がさしていた。
散髪屋になりました~といっても格好だけで、実際にハサミを使って髪を切るわけではない。
見習い、アシスタントとして髪の毛を掃いたり、タオルを洗濯したり、それくらいしかさせてもらえない。
当然だ
免許を持ってない
だが
時々バリカンで髪を切らせてもらう事はあった
バリカンはとても簡単
ただ頭に沿わせてブイブイいわせるだけでよかった。
シャンプーもさせられたが、彼はシャンプーは上手で、わりと自信があった。
なぜなら
彼は毎日のようにお風呂に入っては、自分の頭を洗っていたからだ。
そんな生活が数ヶ月続いたある日、彼は父親の薦めで理容学校に通わされる事になった。
嫌だなぁ
学校行くのが嫌で高校辞めたのに、なんで理容の専門学校なんて行かなければならないのか。
それでも
彼に選択肢はなかった。
それで仕方なく理容学校に通ってみたが、そこには彼の憂鬱を倍増させる人物がいた。
叔父だった。
彼の父方の親族はみんな理容関係者で、それもただの理容師というだけではない。
理容協会の理事長、理容学校の講師、理容競技会の優勝者
そういう偉い立場の人達ばかりだった。
彼の父も若い頃は優秀な技術者だったらしく、結婚せずに競技会に出続けていれば間違いなく全国一の理容師になっただろうと言われていたそうだ。
つまり
彼は理容業界のエリート階級に生まれたわけである。
それは理容師を目指す人にとってはとてつもなく羨ましい話だっただろうが、彼にとっては本当にどうでもよかった。
とにかくその叔父が講師だというのが本当に嫌だった。
なぜなら、彼はその叔父に嫌われていたからだ。
内気で頭が悪く、何より理容に興味を持たない彼を許す者など、彼の身内にはいなかった。
うーわ…最悪。
あんな奴いるなら理容学校なんか行きたくない。
蔑まれて罵られて
何かミスするたびに怒鳴り散らされて、人前で恥かかされるのが目に見える。
そんなの絶対イヤ
もう理容なんて辞める。
彼はもう逃げ出す事しか考えていなかった。
1990年代
その頃は彼にとって 最低最悪のシーズンだった。
彼は臆病で軟弱で不器用で、小さい頃から周囲の人達にバカにされて生きてきた。
家族さえ彼を嫌っていた
友達はいないわけではなかったが、そいつらも同類。
だからウマは合った。
それでも
彼は誰も信じない
愛する人もいなければ
愛してくれる人もいない
寂しい、苦しい、辛い
逃げたい消え去りたい。
どこかのアニメの主人公は「逃げちゃだめだ」って、自分自身に言い聞かせていたけど、その少年は勇敢だと思う。
彼もその少年みたいに
少しでも立ち向かう勇気があったら、少しはマシな人生だったかな。
でも時間は戻らない
彼はただひたすら時間が過ぎていくのを待っただけ。
ゲームしたり
アニメ観たり
漫画やエロ本読んだり
そうやって
ただただ過ごした。