散髪屋
199X年 春
彼は高校を1年で中退し
家業の散髪屋を手伝った。
もちろん彼の意思ではない
父親がそうしろと言ったからそれに従っただけだった。
それは他人から見れば恵まれた環境だったかもしれないが
彼にとってはそれは不都合でしかなかった。
周囲の人達は
「店継ぐんか、偉いなー」
などと声を掛けたが、それが心からの言葉ではないことは彼も当然わかっていた。
高校を中退したから結局家業を継ぐしか選択肢がないという現実。
いっそ
「手に職つければこの先安泰だろうし、実家が散髪屋で本当にラッキーだったね、精々頑張れよ」
とでも言ってくれた方がまだ清々しい気持ちだった。
だが
世の中そんなに甘くない。
散髪屋というものには技術の習得だけではなく試験がある。
つまり国家資格
理容師免許が必要になる。
その為には髪を切る才能だけではなく、それなりの学力も必要なんだ。
農家とか八百屋とか
歌舞伎役者とも違う
その家の子供というだけで、その職に就けるわけではない。
何より彼は理容という仕事に関心がなかった。
好きでもない
継ぐ気もない
イヤだイヤだ
解放されたい
それでも毎日続いた
ダラダラと。
1990年代
その頃は彼にとって 最低最悪のシーズンだった。
彼は臆病で軟弱で不器用で、小さい頃から周囲の人達にバカにされて生きてきた。
家族さえ彼を嫌っていた
友達はいないわけではなかったが、そいつらも同類。
だからウマは合った。
それでも
彼は誰も信じない
愛する人もいなければ
愛してくれる人もいない
寂しい、苦しい、辛い
逃げたい消え去りたい。
どこかのアニメの主人公は「逃げちゃだめだ」って、自分自身に言い聞かせていたけど、その少年は勇敢だと思う。
彼もその少年みたいに
少しでも立ち向かう勇気があったら、少しはマシな人生だったかな。
でも時間は戻らない
彼はただひたすら時間が過ぎていくのを待っただけ。
ゲームしたり
アニメ観たり
漫画やエロ本読んだり
そうやって
ただただ過ごした。