第八章
彼と過ごす暖かい放課後
8.放課後の寄り道
日向君が教室に戻るとすぐに沁達が戻って来た。
戻って来たと言うか沁と空だけ。
私が心配で戻って来たらしい...彼等は私の親友と言うより親に近いかもしれない。
子供で母親で父親で。
戻って来てから数分経ってチャイムが鳴る。
ぞろぞろとクラスメートが教室に帰って来た。
学校のフリータイム。言わば休み時間。
「千?」
「何?」
「なんか凄いにこにこしてるけど何かあったの」
「べっ別に何にもないよ!」
慌てて否定する私を不思議そうに見詰める沁。
怪し〜と一言。
ギクッと表情が引き攣る。何でこんなに慌ててにこにこしてるんだろう...。
「まっ千が嬉しい事は私にとっても嬉しい事だからいいけどね」
「那岐ってひょうきんだよな」
「ひょうきんって何よー!遊佐瀬っ!」
「何でもねぇーよッ!くんな馬鹿野郎っ」
「馬鹿とは何よっ!馬鹿とは!」
「2人とも落ち着いてよぉ...」
こんな会話も大好き。
でも、一番好きなのは。日向君とおしゃべりしている時かもしれない。
休み時間。昼休みは3人で。もしくは4人で。
授業は3人で。放課後は...今日から多分イヴまで2人で。
生徒会の書類だろう。
これでも2人はこのEクラスのルーム長と副ルーム長。
長が空で副が沁。
放課後になると沁と空は山になった書類を抱え込んで私の目の前にドンッと置く。
ある意味強い味方を両方に付けていると言う事になる。
そしてある意味凄い事...この2人が...みたいな...。
生徒会も自動的にクラスのまとめ役のになった人は生徒会長の支え委員みたいになる。
毎日大量に持ち込んで来る書類の数々は何時も目が痛くなる。
「手伝って、千」
「いいけど4時までね。今日は用事があるの」
「えー...しょうがないか用事が優先だもんね」
「手伝ってくれるだけ感謝」
渋々席について書類と睨めっこ。これがまた辛い。
毎回手伝ってるけど2〜3枚が私にとっての限界。
数字と漢字と英語と睨めっこするのは本当に辛い。
カチッと時計の針はゆっくり動く。
カツカツと静かな教室にシャーペンで机を叩く音がする。
空は頬杖を突き、沁は頭を抱えて。
2人も相当この仕事に飽きが来ているのだろう。
空の腕時計のアラームが鳴り響く。
4時だ。
私は急いで鞄を肩に提げる。
「何にも手伝えなくてごめんネ」
「うんん、全然構わないよ。ありがとうね」
「本当にゴメン」
「気にするなよ、じゃぁーなぁ」
「うん。頑張ってね、バイバイ」
微笑んで手を振ってくれる沁。左右に1回手を振って送り出してくれる空。
2人に向かってもう一度、頑張って!と声を掛けて玄関に向かう。
彼は...いるのだろうか?
そんな不安ばかりが頭を過ぎるだけ。
もしいなかったら...とか...嘘だったら...とか。
俯きながら玄関に近付く。一歩...また一歩。
生徒の数は少ない。もう帰宅をしてしまったか、まだ学校内にいるか、どちらか。
どちらにせよ私には関係のない事。
もう完璧に下を向きながら自分の靴を取る。
「遅いぞ」
「えっ?」
「えじゃないよ、約束忘れてた?」
顔を上げると、日向君の顔が其処にはあった。
驚きに更に驚きが重なる。
いた...彼がいた...。
もう殆目が点状態。
日向君はニコニコと微笑みながら『行こうか』と手を差し伸べる。
私は恐る恐ると手を差し伸べ彼の手に重ねる。
暖かい掌に包まれた。
手から熱が伝わり顔にまできそう。
もう既に来ている気がするけど...もっと来た。
校門を抜けて、コンクリートの上をゆっくりと進む。
車の走り抜ける音とブレーキの音、そしてクラクション。
その音が響き合う中会話なしでどんどんと進んで行く。
行き先は...不明。
何処に行くかは判らない。彼次第。
「近くのショッピング街に行くからね」
「うん...」
「ショッピング街は嫌い?」
「うんんっ!全然、寧ろ好きな場所だし...」
「ならよかったっ!」
ショッピング街とはこの街の中で一番大きな施設。
何でもありのデパート状態。
1人でも行きづらくあまり足を運ぶ事はなかった。
昔から好きな場所だったけど。
まさか、彼と来る事が出来るとは思いもしなかったから...。
凄く嬉しい...と頬が緩む。
自然に頬が緩んで手によりいっそう力が篭って、微笑んでいて。
普通のように日向君との会話が弾んで...。
ショッピング街の中でもずっと手を繋いだままで。
何処に行っても何をしてもずっと手を繋いだまま。
笑い合いながらグルグルと街中を駆け巡る。
見た事のない景色が目の前に広がる。
「楽しい?」
「うんっ!凄く」
「よかった」
何て楽しいんだろう。
こんな幸せ初めて知った。暖かい冬。
中心に飾ってあるイルミネーションを見詰めて日向君が口を開く。
「......」
「え?」
「ん...何でもないよ」
聴こえなかった、何を言ったのか。
訊きたいと思ったけど聞き返しはしなかった。
イヴまであと本当に少し。
でも、彼とそれだけの時間を一緒に過ごせるんだから本当に幸せ。
凄く凄く暖かい放課後...。