第二話(1) トイレとネコとエリカと
二話始まります。
だいぶ時間かかっちゃいましたけどね。
いやぁ、話を作るのは難しいものですねぇ。
「お、お願いっ! ここを追い出されたら他に居場所がないんです……どうか私に明け渡してください、私の存在すべき場所はここにあるんです!」
トイレで言うセリフかよ……。
「うるせぇっ! オレがどうしようなって勝手だろう!」
「あうぅ。力づくでなんとかしたいけど、この人汗だくで触りたくないし……」
「んだとぉ!?」
「ひぃ~。ご、ごめんなさいぃ」
オレは先日、岸里から受けた不快感を晴らすためにこいつより先にこのトイレで飯を食うことにした。
4限が終わった瞬間にダッシュでトイレに駆け込むのである。
周りに汗だくでうんこ我慢してるやつに見られようが関係ない。
もう、5日目のやりとりになるが、立場が逆転した途端、岸里は低姿勢だ。
「くふふ、ざまぁみろ。ここは既にオレのテリトリーだ。ここに伊達国を建国する」
「そ、そんな……うーん」
岸里は何か思い出しだように鞄をあさり始めた。
何をしようが無駄だ。オレが弁当を食べ終わるまで動く気はないからな。
「はい。パスポート! これなら入ってもいいよね?」
「いやいや、伊達国は鎖国中なのでした~。悔しかったらペリーでも呼んで来いやっ」
自分が優位な状況ほど快感なものはないな。
「む……」
つか、なんで普通にパスポート持ってんだ。
「すみませ~ん、相席でもよろしいですかぁ?」
!! へっ、平然とした顔でオレの膝に座ってきたぞ! この女。
身長があるくせに思ったよりも軽くて柔らかくてなんか気持ちいい。
呼吸をするたびにこいつの匂いが否が応でも肺に満たさせる。
クンカクンカ、女の匂いっていいなぁ……って、いかんいかん。
「構いませんよ……ってなるかぁ!?」
「痛っ。うぅ、暴力と3点のノリツッコミ、2つの意味でヒドイです」
思わず、岸里を押し倒してしまった。
強くやりすぎたか、お、オレの所為じゃないからな。
「なぁ、なんでこのトイレにこだわりがあるんだ? なにか理由でもあるのか」
「そんなものないよ」
「はっ?」
ねーのかよっ! そこは複線下さいよ……
ちょっと、罪悪感を感じて聞いてみた自分が馬鹿だった。
「じゃあ、わざわざ男子トイレで食うなよ。理由がないならオレがここで何しようが勝手だろ」
「と、とにかく、私は一年前からここでご飯を食べてるんです。もうここしかないんですよ」
「うわっ、何するんだ」
なんだこいつ、しがみつくように掴み掛ってきたぞ!
「止めろ! あぁ、動かねェっ!」
しかも、女のくせに力強いぞ!!
「は、な、せ、よぉぉ!!」
「どいてくれたら放すって!」
まさか、昼休みのトイレの個室で激しい攻防戦を繰り返されているなんて誰も思わないだろうな。
「な゛ぁ~」
「あっ……」
窓から何か泣き声が聞こえた瞬間、岸里は力を緩めた。
「おっしゃぁ! んぽぉ、ゴブルゥア、ぐぼぁ」
そして、オレは踏ん張っていた所為で後ろのタンクに思いっきり頭をぶつけた。
「いてててぇ」
後頭部に激しい痛みが走る。
加えて何か鼻に熱さを感じる。うまく息が出来ない。
「って、血、血が!?」
大きいハナクソかと思って鼻穴に指を入れたら指先が血に染まっていた。
鼻血。
決っして、岸里にムラムラしたわけじゃないぞ、こいつがオレを傷つけたんだ。
「て、てめぇ! 何すんだよ!?」
「……あ、あ、あっ、……血、血が」
「おいっ! 何とか言ったらどうなんだよ?」
なんだこいつ謝罪もせずに体を押えるように震え始めてた。
「い、い、いや。やめてっ。私はそんな……いや!」
「えっ? お、おい。どうしたんだよ?」
明かに様子がおかしい。
「…………」
「き、岸里?」
さすがに尋常じゃない様子にオレは俯いている岸里の顔を覗き込む。
「お~い、岸里ぉばっし!!」
その瞬間、頬に生暖かい風ともに眼下に閃光が走る。
オレはその衝撃に耐えきれずその場に崩れ落ちる。
何が起きた? 目の前には手を振りかざしている岸里が。
「っ、って、危ねぇ!」
この女、いきなり張り手をかましてきやがった。
オレは反射的に両腕を翳し、直撃を免れた。
両腕に電撃のような痺れが流れ込む。
待て待て、たかが張り手だろう。
つか、さっきはこれを顔面にモロくらったんだよな?
「あああ、思い出したら、めっちゃいてぇ!」
くそぅ、アドレナリンって奴のおかげで痛みを忘れていたけど、状況を理解したら痛みが湧き出てきた。
「何すんだよ!! 二度も打つなんて……親父にも……べぇはぁ」
こんな時だから明言を言おうと思ったのに、連撃をかましてきやがった!
セリフに夢中でガード事態忘れてたし。
やめて、右の頬はライフ0よ。
「私は……生きる。 必要ないなんて冗談じゃない……出来損ないとは言わせない……だから、どいて、どかないと」
彼女はオレにとどめを刺すかのごとく突進をしつつ、張り手をかましてくる。
「きめぇえぇ! エドモ○ド本田みたいな移動してくんじゃねーよ」
なんで張り手縛り、どうなってんの? 手が何重にも見える。
おいおい、壁ハメであんなのくらったらボーナスステージのレンガ並みに破壊される!
「こないでぇ、こないでぇぇ!」
「いやいや、お前から来てるんだってっ!……ぬあぁぁっ!」
オレはかろうじで岸里の足の間を潜り抜け猛攻を回避。
すかさずトイレの個室から抜け出す。
「っ、畜生ッ! いつの間に回り込まれたんだよ!」
こいつ……まるで様子が違うじゃないか。 華奢な体のどこにそんな力が。
この吐き気のするような殺意はコイツが出してんのか?
目にまるで生気が感じられない……作り物の人形みたいだ。
「ははっ、この場から早く逃げ出したいのに、足が震えてどうしようもなんねー」
それに、ビンタされすぎて両方から鼻血がドクドクと出てきてる……ハナクソほじりすぎた時に出る量とは比べものにならねぇ。
「くそぅ、目が霞んできやがった……」
それだけじゃない、うまく立っていられずオレはその場に倒れ込む。
「ざんねん! わたしの ぼうけんは これで おわってしまった!!」
某クソゲーのセリフを吐きながら倒れ込むオレに岸里は近づき頭を鷲掴される。
……薄れゆく意識の中でオレは衝撃の光景を目にする。
俺を見下ろす岸里の手には、いつの間にか黒く不気味に輝く物騒な物が握られていた。
こいつはあの某国民的殺し屋も愛用しているライフルじゃないか!
リアルに光る黒い銃口が本物であることを雄弁に物語っている。
「このべトコン野郎め! ぶち殺してやる」
嘘だろう……なんでたかが学生がこんなものを?
相変わらず無機質な表情を浮かべる岸里……オレ……まじで死ぬのか?
嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ。
つまらない人生だけどよぉ、まだやり残したことたくさんあるんだ……
積みゲーとかDVDコピーとか。あぁそうだ夏コミにも行ってないし。
「YOU DIE MOTHER FU〇KER!!」
おいおい、かっけぇ殺し文句じゃないか……
「オレは……」
…………………
ゆさゆさ。
「……んっ」
オレは死んだのか? ってことはここは天国なのか。
「……天使ちゃんにあえるかな? ハァハァ」
あー、でも、日頃の行いが悪いから地獄かもな。
ババァの財布から金抜き取ってばかりだし。
ゆさゆさ。ゆさゆさゆっさささ。
うぷっ、なんかすげぇ揺れる。8ビートで揺らされる。またかよ。
えっ? 地獄ってこんな罰一生続くの……地味にしんどい。
「あ、あの……大丈夫ですか? 起きてください……」
今にも消えそうだけど、何か心に響く渡る声が聞こえる。
「天使ちゃん? やっと出会えたね」
やっぱ、天国なり……現世なんてちょろいもんだぜ。
「ち、違います。 そしてまた寝ないでよ~。うー。名前なんて言うんだろうこの人? えーっと……トイレばっかにいるからう○こマン?」
「なぜそのあだ名を知ってるんだ? 小学校の頃に抹消したはずなのに!」
思わずオレは天使の暴言に驚きはっきりと目を覚ます。
「あ……起きた」
あれ? オレ生きてたのか?
「んぅ……」
「お、おはようございます」
目の前には天使ではなく、岸里の顔が見える。
ほっとしたように安堵の笑みを浮かべてやがる。
あぁ、なんつーか。綺麗だな。
「……」
「……」
なんでお互い無言で見つめ合ってんだよ?
この空間だけ時の流れから置いて行かれたかのように静かだ。
「っ、冷てっ」
オレの顔になにか滴が落ちる。
それは何かすぐに分かった。
だって、目の前にいる岸里が目を真っ赤にはらし泣いているんだから。
「よかった……ほんとによかったぁ、もう私どうしようかと思って」
「あ、あぁ。なんだその……」
オレは咄嗟の事で理解出来ず、戸惑うだけだった。
「一時はどうなるかと思いました、って、あっ……まだ起きちゃダメですよ?」
岸里はオレの顔を怯えながら腫物の様に抑え込む。
先程とは打って変わって、瞳には感情が宿っていることがわかる。
透き通るくらいの綺麗な蒼の瞳に吸い込まれそうになる。
「しばらく横になっていたんで、血は止まったと思うんですけど、すぐにティッシュを詰めたんでよくわからないんですけど……」
改めて気づいたんだが、オレは岸里に膝枕をされていたようだ。
オレのあこがれのシュチュではないか!
こんな奴にされても嬉しくないけど……トイレの床に寝てないだけ良かったのか。
「ははは、なんでこうなったんだっけ?」
「それは……」
「つか、大分時間立ったような気がするんだけどさ、どのくらい寝てた?」
「あの……もう放課後になっちゃいました」
どうりで真っ白なトイレが西日に染まっているわけだ。
周りを見渡したからか、おかげで頭が冴えてきた。
「まじかよ……ま、いいか、午後はどうでもいい授業しかないし」
「ははは……私も」
「サボんなよ……」
「でも、置いてけぼりにはできないですし、すみません」
ちょっと待て……オレは岸里に膝枕されてる。
嬉しい限りだが、今はそんなことはいい。
「……っ」
「あっ、どこか具合悪いとこでも? 大丈夫ですかぁ?」
「『大丈夫ですか』じゃねーよっ!! もとはと言えばテメェがやったんだろうが!!」
思い出した! オレはこいつに殺されかけたんだ。
優しくされたから忘れそうになってた。
「わわっ……」
「うわぁぁ! は、離れろよぉ! 近寄るなぁ! そうやってまたオレを殺す気なんだろう!!」
「ごめんなさい、待って! 話を聞いてください」
「ううう、うるさい! 殺人鬼の話なんて聞くかっ! この化け物め!」
「っ、ば、化け物……うっ、わ、たしは……ちが」
岸里は泣きじゃくりながら、オレの手を掴もうと縋り付く。
「こっちに来るなって言ってんだろ、止めろっ!」
「あっ、いたっ……」
オレは手を振り払い彼女の必死な様子から逃げ出す。
とにかく外へ出たくなった。
◆
「はぁはぁ……」
鼓動の乱れが、喉の渇きが夢じゃないことを突きつけられる。
オレは何とかその場から逃れ、校庭の水飲み場で水分補給をして、体を休める。
「よかった……追ってこないみたいだ」
なんだよ……あんな表情を浮かべてこっちを見るなよ。
今にも崩れてしまいそうな岸里の泣き顔を思い出すと、何故か物凄く心が痛んだ。
「こっちは被害者だってのに、後味悪ぃ……」
オレは彼女に掴まれた右手を眺める。
「大した力を入れてないのにあっさり振りほどけたな……」
岸里亜子……ますます意味が解らなくなってきた。
電波女かと思いきや兇変する危険人物だ。
「っぅ……」
あの凍りつくような瞳と目を覚ました時にふと見つめ合った柔らかな瞳が交差する。
「もう関わりたくねぇや。明日から昼飯の場所を変えよう」
オレは逃げ出すように学校を後にするのであった。
まだまだ続きますんで。
今後の構成に悩んでるんで途中で大きく話修正するかもしれません。