呪われ令嬢の恋愛日和
私には、婚約者がいる。裕福な子爵家と、何とか家を立て直したい侯爵家との政略結婚。
私の名は、セアラ。政略結婚させられる側の裕福な子爵家の令嬢です。
本当なら、絶対にお断りしたかった。それを、格上の侯爵様に頭を下げられ、どうしてもと懇願され続け、元々断れない申し出が、更に断れなくなった。
そうして成った望まぬ婚約。
それでも私は、婚約者との関係を良くするために努力した。
定期的に開かれる婚約者とのお茶会は、相手からの嫌味にも負けず、笑顔を忘れず参加した。
誕生日や記念日などには、婚約者として贈り物もした。相手からは、最初こそ贈り物はあったけれど、すぐにそれも無くなった。
淑女らしく、婚約者の前では本心は隠して、必死で堪えた……のに。
「ぷはぁ、生き返るぅぅ。」
私は今、とある町外れの古い教会にいる。
「やっぱり古くても教会は教会なのね。ここに入った途端、呪いが逃げていったわ。フフ、ザマァみろ。はぁ、久しぶりに体が軽いわ。」
誰もいない寂しい教会。ここなら誰にも見られず自由で居られる。
一人になりたくて、ここまで来たけれど、まさか、呪いまで解けるなんて最高。
私は呪われている。
婚約者の浮気相手が、嫉妬から私に呪いをかけた。呪いのせいで、毎日体が重く体調も悪い。しかも、周囲にも影響が出るため、私に近づくと皆が体調を悪くする。
そのため、私に近づくと呪われると友人も離れていった。
家族だけは、私の傍に居てくれたけど、そうすると体調がどんどん悪くなるので、私から離れるように距離を取った。
この呪いは、私を孤独にして悲しみの中で絶望を与え、徐々に命を奪う厄介な呪い。
呪いを解くため、家族は何人もの呪術士を頼ったが解呪出来なかった。
証拠もなく浮気相手を罪に問うことも出来ない。
望まない婚約の末、浮気された上に、その浮気相手から厄介な呪いを受け、一人寂しく死んでいくのが私の運命かと諦めていたのに…。
(まさか、本当に呪いが解けるなんて…。)
''諦めるな''と言う神様からの思し召しなら、まだ、もう少し頑張ってみようと思える。
それに、このまま諦めるなんて私らしくない。本当の私は、負けず嫌いなのだから、このくらいの苦境なんて、簡単に乗り越えられる。浮気相手の思うようになんかさせない。
「神様、呪いを消し去ってくれて、ありがとうございます。感謝致します。あんな浮気者や性悪女に負けないよう、神様に救ってもらった命を大切にしますわ。」
祭壇らしき場所に向かって、神様への感謝の気持ちを込め祈りを捧げる。
何だかすぐには帰りたくなくて、そのまま教会の椅子に腰かける。
「はぁ、まさか私が呪われるなんて信じられないわ。私が何をしたと言うのかしら。私だって望んであの方の婚約者になったわけではないのに…。あんな浮気者こっちから願い下げよ。叶うなら今すぐにでも婚約破棄したいわ。」
誰に言うでもなく、自然と言葉が溢れてくる。
「神様だって、嫌いな相手とずっと一緒に居るなんて耐えられないわよね。」
愚痴が止まらない。
ずっと誰にも言えず、我慢してた言葉が溢れて止まらない。その代わり、段々と心がスッキリと軽くなる。
「あの男のどこがいいのかしら。そこまで頭が良いわけでもないし、剣の腕もイマイチ。確かに顔は…まぁ、美形の部類に入るけど、上から目線で命令ばかりだし、ダンスだって下手くそよ。夜会のダンスくらい楽しみたいわよ。神様もそう思うでしょ。」
誰もいない空間に向かって同意を求める。勿論、返事は返ってこない。それでも、神様がいたら、『そうだね。』って言ってくれそうな気がする。
「やっぱり、そうですよね。神様も分かってくれますか。」
その後も、私は愚痴を話し続けた。
「それでね、神様、婚約者の誕生日にプレゼントを送ったら、趣味が悪いの一言だけで、感謝の気持ちもないんですよ。貰えるだけでも感謝しろって話ですよ。最近は婚約者同士のお茶会にも全く参加しないで、浮気相手とデートばかりだし、婚約が解消になれば困るのは彼なのに何も分かってないんです。」
こんなに思い切り自分の気持ちを話したのは、いつぶりだろう。
静かな教会に、私の愚痴を言う声だけが響いている。
ここに居る間だけは、偽りの言葉じゃなくて、本当の気持ちを言っても誰にも何も言われない。話せることが、とても嬉しくて、そして楽しい。
気づけば外は暗くなり、流石に帰らないと家族にも心配をかける時間。
まだまだ話し足りないけれど、そろそろお別れの時間だ。
「ついつい話しすぎてしまいましたわ。神様、今日は話を聞いてくれて、ありがとうございます。」
心も体も軽くなり、神様に感謝しながら帰るため扉へと歩みを進める。
少しの寂しさを感じながら、外に出ると、空には満天の星空が広がる。
「素敵な時間と綺麗な星空をありがとう。」
ゆっくりと閉じていく扉の中へ、最後に感謝を伝え、私はそのまま帰宅した。
♢♢♢♢♢♢
「神様、どういうことですか!呪いが消えていません!祓ってくれたんじゃないの!」
昨日、呪いが解けたと思い、安心して帰宅したのに、今朝起きたら呪いが復活していた。
学園が終わって急いで教会に行き、神様に苦情を言うと、教会に入った途端、呪いが消えた。
「…あれ?また呪いが消えた?体が軽い。どういうこと?教会に来たら呪いが消えるけど、しばらくしたら元に戻るってこと?」
どうやら教会内には、呪いを弾く効果があるようで、昨日と同様で呪いは消え、体が楽になる。
「教会の中では呪いが消えるなら、毎日通えばいいのね。わかったわ。神様、これからよろしくね。」
私は、それから毎日教会へ通った。学園では、呪いの影響で誰も私に近づかない。
それでも、教会に来れば、一時でも呪いが消えるし、神様に愚痴を聞いてもらえる。
私は元々おしゃべりが大好きなので、気兼ねなく話せるこの時間が心地よかった。
それに、神様は私の趣味を笑わない…と思う。だって、手作りのお菓子を持っていくと、あっという間にお菓子が無くなる。
あの最低な婚約者とは違う。
私は、お菓子作りが趣味なので一度だけ、婚約者に手作りお菓子をプレゼントしたことがある。
「貴族の令嬢がお菓子作りなんて、考えられないな。料理は使用人のすることだ。これだから、下級貴族は嫌なんだ。」
婚約者は、蔑むような目で私を睨み付けると、お菓子を受け取ることもせず、その場を後にした。
それから私は、お菓子作りをやめた。
でも、神様に何かお礼がしたくて、久しぶりにお菓子を作り、教会の祭壇にお供えしてみた。
「あっ!クッキーが消えたわ!嘘…本当に…神様が食べてくれた。本当にいるんだ。フフッ…神様、食べてくれてありがとう。」
最初は、クッキーが減っていくことに驚いたけど、それよりも食べてくれることが嬉しかった。
嬉しくて涙が出たら、温かくて優しい風が頬を撫でた。
「フフッ、大丈夫よ。神様が食べてくれて、嬉しくて、泣けてきちゃった。神様は甘いものが好き?私ね、お菓子作りが好きなの。だから、これからもお菓子作ってくるわね。明日は、マフィンにしようかしら。楽しみにしていてね。」
私の言葉に答えるように、その日作ったクッキーは全てが消えて無くなった。
♢♢♢♢♢♢♢
今日も、教会へ向かうため、馬車に乗り込もうとしたら、婚約者に呼び止められた。
仕方なく婚約者の方へ振り向くと、傍らには浮気相手の女が、彼の腕に抱きついていた。
「…何か御用ですか?私、これから用があって急いでいるのですが、できれば手短にお願いします。」
今日は、神様にチーズタルトを持っていく予定だ。初めて作るので早く食べてもらいたい。
「チッ…、セアラお前、最近俺の愛するレチアナに嫉妬して嫌がらせをしているようだな。」
突然、身に覚えの無い事を言われて首を傾げると、婚約者の腕に抱きついていた浮気相手が泣き出す。
「酷いですわ、セアラ様。いつも私にランドール様に近づくなと脅しているじゃないですか。この間は、私の大事にしていた髪飾りを奪って踏みつけて壊したでしょう。ランドール様に貰ったから許せないと言っていたじゃないですか。」
このレチアナとか言う女は、何を言っているのだろう。嫌がらせにしては質が悪い。やってもないことを言われて、私も苛立ちから口調がきつくなる。
「そんなことをしてません。そもそも、私は今日、初めて貴方とお会いしましたよね。それに、ランドール様とは家同士が決めた婚約で、特別な感情はありませんし、嫉妬するはず無いじゃない。」
私の言葉に、婚約者の顔がカッと赤くなり、怒りで顔を歪ませる。
そして、思い切り私を突き飛ばした。
「うるさい!お前がいるから、俺はレチアナと結ばれることも出来ない。俺たち真実の愛の前にお前は邪魔者なんだよ!」
男性の強い力で押されて、思い切り後ろに倒れ込む。地面に勢いよく体をぶつけ全身に痛みが走る。
「いいか!俺の愛はレチアナにある。お前のことは愛することはない!これ以上レチアナに危害を加えたら、婚約破棄してやるからな」
体の痛みと、婚約者の暴力や理不尽さに、苛立ちや悔しさで、涙が出そうなのを必死に堪える。
(ここで泣いたら駄目だ。あいつの前では絶対に泣かない。)
婚約者を見上げ睨み付ける。
「なんだ、その目は…」
睨まれたのが腹立たしかったのか、婚約者が私に手を伸ばす…。
(殴られる。)
私は咄嗟に目を閉じた。
「女性に暴力を振るうなんて、紳士とは言えないな。」
「イタタタッ、何をするんだ。今すぐ離せ。」
目の前には、婚約者の伸ばした手を掴んで捻り上げる一人の男性がいた。
「彼女に手を出さないなら離してもいいけど?」
「わかった。何もしない。だから離せ!」
掴んでいた手を離せば、婚約者はそのまま何も言わずにこの場を去って行った。
「御令嬢、怪我は無いかな。平気かい?」
男性から自然に手を差し出される。その手をどうしたらいいのか戸惑っていると、可笑しそうに笑う声が聞こえた。
「お手をどうぞ、御令嬢。」
差し出された手にそっと手を添えると、そのまま力強く引っ張られ、勢いついて立ち上がりながら抱きついてしまった。
「あの…た…助けて…頂き、ありがとうございます。」
「いや、女性に暴力を振るうなんて見過ごせないからね。ちょうど見回りをしていて良かったよ。どこか怪我はないかな。必要なら医務室まで一緒に行こうか。」
「いえ、大丈夫です。本当にありがとうございました。」
お礼を言うと、その方は素敵な笑顔を残して去っていった。
その後の事は、あまり覚えていない。気づけばいつの間にか教会の中にいた。
いつもは、おしゃべりで愚痴ばかりだけど、今日は、愚痴を言う気分じゃなかった。
それよりも、私は…。
「あの、私…好きな…好きな人が出来てしまいました。その方は、スラッと背が高くて、騎士の方なんですが、力強くて優しくて、笑った顔が素敵なんです。陽の光に照らされた笑顔がキラキラで眩しくて、倒れた私に手を差し出す姿が、とても格好よくて素敵で、一目惚れしてしまいました。」
初めての恋に浮かれて、この日はずっと彼の事ばかり話していた。
婚約者の事なんて正直どうでもいい。暴力を振るわれたのも忘れてしまうほど、彼に夢中で、手を差し出したあの笑顔が頭から離れなかった。
「あら、もうこんな時間。すみません。遅くなりましたが、今日はチーズタルトを作ってみました。」
ずっと恋バナばかりだったのを思い出し、恥ずかしくなってお菓子に話題を持っていく。
包みを開けてタルトを差し出すが、なかなか減らない。もしかして、タルトは嫌いなのかと思い、持ち帰ろうと鞄にしまう直前にタルトの包みが突然消えた。
焦って包みを奪った神様の様子が、何となく分かって小さな笑いが込み上げてくる。
「神様、受け取ってくれてありがとうございます。明日はクッキー楽しみにしていて下さい。それでは、また明日。」
新しい恋と、神様に受け取って貰えたタルトのことを胸に、そのまま帰路に着いた。
そして、奇跡が起こる。
なんと、私とランドールとの婚約が破棄されると言う。
絶対に無理だと思っていた婚約破棄が、あっさり叶ってしまった。
夢でも見ているのかと、頬をつねってみたが、痛かったので夢ではない。
しかも、相手の不誠実な態度が原因なので、こちらには何の過失もないという。
どんな魔法?
あんなに嫌だった婚約がなくなるなんて、しかも、初恋を経験した瞬間だ。これは、色々期待してしまう。
私も、幸せな結婚を諦めなくていいのだろうか。
(明日は、神様に嬉しい報告ができるわ。)
明日が、こんなにも楽しみなのは久しぶり。早く神様に会って話したい。
♢♢♢♢♢♢♢
どうして、こんなことになったのだろう。
私が、いったい何をしたの。
望まない婚約を破棄したのが悪かった?
初恋に浮かれていたのが悪かったの?
神様に早く会いたかったから?
レチアナに呼び止められた時、無視して通り過ぎればよかったの?
約束したのに…、神様にクッキーを持っていくって約束したのに、どうして、私は…。
婚約破棄した翌日、レチアナに呼び止められた。
「貴方のせいよ!ランドール様が、私と別れて、やっぱり貴方と婚約し直すって。そんなの嫌よ。ランドール様は私の物よ。貴方になんか渡さない。貴方なんか苦しみながら死ねばいいのよ!」
その瞬間、私の体は呪いに包まれ、一切の音も光りも無い暗闇に私は落とされた。
いったい、どのくらい経ったのだろう。
(私は、このまま死ぬのかしら…。)
もしも、このまま死ぬのなら、最後に一つだけ……貴方の顔が見たかった。
初恋のあの人よりも、貴方の事が頭から離れない。
いつも、傍にいてくれたのでしょう。見えなくても、貴方の存在は感じていた。
時折感じる、温かな風。
甘いものが大好きで、いつも私のお菓子を食べてくれる。
どんな顔で食べてくれた。笑ってた?泣いていた?それとも無表情?
一度くらい、顔を見せてもよかったのに。それとも、私の心が汚いから見えなかっただけかな。思えば、初めから貴方には愚痴ばかり聞かせていたわね。
人の悪口ばかりだったから、貴方は辟易してたかも。
そう思えば、これからは、愚痴を聞かなくてもいいから、私が教会に行かなくなって喜んでいるかもしれない。
(どうか、あなたが一人で悲しんでいませんように…)
ふと、右手に誰かが触れる。温かくて優しい。前にも同じように手を握ってくれた…。
「……だれ…か…いる…の?……も…しか…し…て……かみ…さ…ま…?」
目を開いても、もう私には何も見えない。どこまでも続く暗闇だけ。
でも、もしも、本当に神様がいるなら、これだけは最後に伝えたい。
(約束…守れなくて、ごめんなさい。)
「かみ…さ…ま…クッ…キー…って…いけ…なく…て…ごめ……さ…い」
上手く声が出ているのか分からないけど、でも、きっと伝わっている。
『君は、謝る必要なんてないだろう。謝るくらいなら、早く元気になって、またクッキーを僕のところへ持ってきてよ。』
声が聞こえる。優しい穏やかな声。
『早く元気になって、また教会で…』
また聞こえた。初めて聞くのに、何だか懐かしい?
「かみ…さま…?」
優しい声に涙が止まらない。
最後に…貴方に会いたかった。
その瞬間、私の体を強烈な光が包み込む。目の前には、眩しいほどの光で、暗闇が一気に消え去り、呪いが綺麗に消えたのが分かった。
ゆっくりと目を開くと、見たことのない白銀の髪をした、綺麗な瞳の男の人が目に入る。一瞬だけ、その人と目が合った気がした。
♢♢♢♢♢♢♢
「神様、ご機嫌よう。ちょっと聞いてくださいよ。私が好きになった騎士の人なんですけど、声をかける女性みんなに良い顔して、たくさんの女性と関係を持ってる最低な男だったんですよ。告白する前で良かったんですけど、危うくまた最低男に騙されるところでした。やっぱり、恋愛日和は駄目ですね。みんなが特別、格好よく見えちゃうから。えっ?恋愛日和が何か知りたいですか?それは、例えば、陽の光や月明かりなどに照らされてキラキラ輝いて見える演出や、危険から王子様のように助け出したり、普段と違う姿を見てギャップにドキリとする場面など、ドキドキやキュンキュンしやすいことを言うんです。そういう時は、恋に落ちやすい時ってことですよ。」
あの日、強烈な光に包まれ、私の呪いは全て解呪された。
そして、元気になった私は、今でも教会に通っている。
勿論、手作りお菓子を持ち込んで、大好きなあの人に食べて貰うため。
「あっ、まさに今ですよ。これこそ恋愛日和。私の作ったクッキーを美味しそうに食べてくれて、私を優しい笑顔で見てくれる。そんな神様に私は恋をしました。あなたはどうですか?」
「恋愛日和か。それなら僕は、君が初めてここに来たときから、君の明るい笑顔や優しい心に癒されていたし、会える日を楽しみにしていたから、毎日が恋愛日和で、恋に落ちるのも早かったのかもしれないな。」
澄ました顔して、私の作ったクッキーを、口いっぱに頬張る姿にキュンとする。
「でもね、神様、恋愛日和には欠点もあるんですよ。それは、相手が駄目な人でも素敵に見えて恋しちゃう事があるってことです。だから恋愛日和は危険なんです。」
「それで、騎士の彼は…失敗だったね。でもね、僕に限っては、そんなことはないと思うよ。だって、好きな人を救うために神から人間になることも厭わないんだから。君のことを大切にできると思わない?」
私の愚痴も、恋バナも、楽しいも悲しいも全て受け入れて、いつだって傍に居てくれる。
「そうね。神様となら毎日が楽しい日になりそうだわ。」
「それは、任せてよ。僕はもう神では無くて、ただの男で神力は使えないけれど、君を毎日楽しませる力は十分残ってるよ。きっと、幸せにする。愛してるよ。」
私を抱き寄せて、彼が頬にキスをする。
「私も…私も貴方を愛しているわ。」
望まない婚約に、幸せな未来は諦めていた。
理不尽な呪いに、いつかは一人で死んでいくと諦めていた。
でも、もうこれからは、何も諦めない。
大好きな貴方と二人、たくさんの幸せな話を聞かせてあげる。
fin




