後編
睨んだり嘘吐いたりしてすいません……。どうしてもアイツらを殺したかったんですけど、あんなののために手を汚したくなかったんです。
ほほう。
それで、ここで行方不明者が続出してるって噂を聞いて……。
手を汚さずに死んでほしいから来たと?
あっ、はい。
はは。実に自分勝手でよろしい。
お姉さんはちょっと目を丸くしたけれど、また細い目に戻って、私の勝手な言い草を責めるどころか親指を立てて歓迎した。
すると、洞窟に反響している静電気マンの叫び声が聞こえてきた。すごい声だったし多分死んだかな?
でもその場合、君も行方不明者Aになる可能性があるんじゃあないかな?
それは心配ないです。身代わり人形200個ぐらい持ってきてるんで。回復薬とか強化アイテムとか毒消しとかも、これでもかと。
え……っ? ……ああ、ユニークスキル、というやつだね。
はい。
空中ウィンドウに持ち物リストを表示してお姉さんに言うと、総容量20万の辺りをギョッとした顔で二度見したけど、すぐに自己解決して頷いてそう言った。
へえ……。これだけ入ると何かと便利そうだね。
全部入れておけば良いので、私忘れ物知らずなんですよ。
終業式の日に大荷物とも無縁かぁ。
あはは……。――あの、責めないんですか?
小さく口を開いて羨ましそうにしているお姉さんへ、割と人の道から外れてる私の動機に対して何も言ってこない事について訊く。
うん。君たちの動画見たけれど、いくら意思疎通が出来ないモンスターでも、アレは流石に人としてどうかと思うし、維持管理側からしても死んでもらってかまわないからね。
ええ……。
特にダンジョンの池の水を抜く、は貴重な薬草の生息地を破壊していて実に最悪だったね、とお姉さんは渋い顔で割とおおっぴらに言ったらダメそうな事を言ってから続ける。
ところで、お姉さんって何者なんですか? さっき間違いなく死んでましたよね……?
ぶっちゃけ具合に苦笑いしていた私は、ずっと頭の片隅で気になっていた事をお姉さんへ訊ねる。
そのタイミングで、さらにどこからか、多分熊手前髪の断末魔が聞こえてきた。実家の太さでネチネチとマウント取ってきてうざかったから、私はその声だけで大分清々した。
わかりやすく言えば、大昔から妖怪を駆除していた一族の末裔といったところかな。
安倍とか芦屋とか土御門とかですか?
いやあ、そんな有名どころじゃあないよ。系譜的には元をたどれば出雲らへんってだけ。ちなみにさっき首がなくなったのは、私のユニークスキル〝残機無限〟で復活したからさ。
説明してくれたお姉さんは、そういえば名乗って無かったね、と言って白鹿真尋だと名乗ったので、私も言わないのはどうかと思って、天原実琴と本名を伝えた。
君の方がなんかそれっぽい名前じゃあないか、と、それを聞いたお姉さんはちょっとシュンとした顔をした。
あのツチグモ――蜘蛛みたいなやつは、ここから先を巣穴にしているみたいでね。
知っての通り、行方不明者がちょいちょい出る原因は、こいつで間違いないだろう。と気を取り直して言う真尋さんが、マップにツチグモの巣について調べたメモ書きを私に見せてくれた。
実際に体感されてますもんね。
うん。――本来は高難易度ルートの下層部にいるはずだから、って油断しだけだからね?
いつもこんなんじゃないよ? と、真尋さんは眉間に力を入れて私に念押しして来た。
必死だと逆に怪しいんだよな、と言うとまたショボンとしそうなので、私は念話には出さず、頷いてそういうことにしておいてあげた。
そうしている間にも、プリントリオの悲鳴が2分おきぐらいに3回聞こえて、ぼちぼち戻ってくるだろうし妖怪退治と行こう、真尋さんは刀を抜いて懐から人型の紙を出した。
真尋さんの目がまた少し開くと、今まであったどこと無いゆるふわ感が本当に一切なくなった。
速すぎて何を言ったのか聞こえない詠唱をして、式神に息を吹きかけた真尋さんはそれを私へ飛ばした。
結界――バリア張ったから、終わるまで隅っこでジッとしててね。
私にちらっと目線を送った真尋さんからそう言われ、私は撃ち抜かれる感じを覚えながら頷いて、部屋の入って左奥の角へそそくさと移動してしゃがみ込んだ。
しばらくして、また地鳴りの様な音を立ててツチグモが戻ってきた。
巨大な体表に返り血がべっとりとついていて、思わず声が出そうになるのを手で口を塞いでこらえる。
その進路正面に真尋さんが刀を下段に構えて佇んでいるけど、本当に見えていない様でそのまま直進してくる。
どう考えても刀の長さじゃ、真っ二つどころか首も落ちなさそうだけど、どうするんだろう……?
けっこう長身な真尋さんの2倍ぐらいあるツチグモが目の前まで来ても、彼女は身動き1つせずにいたけど、
「――」
いきなりさっきよりもさらに早口で詠唱して、それに反応したツチグモが顎を開いて首を狙いにいく。
その牙が刺さる前に、真尋さんは刀を左斜め上へと振り上げて、刀から先は見えない力で真っ二つに斬ってしまった。
緑色の体液が思いっきり飛び散って真尋さんにかかったけど、撥水加工したみたいに全部弾いてダンジョンの地面を濡らした。
「ふう……。――じゃない、素材素材」
刀に付いた体液をフランベみたいな火で浄化してから仕舞った真尋さんは、一息つこうとしてそうつぶやいて慌てて顔を上げると、4体ぐらいの式神を少し小さい人型にしてツチグモの死骸に向かわせた。
ダンジョン内でモンスターが死ぬと、ものすごい速度で分解されるので、素材の回収は大体30分以内に終わらせないといけない。
「気分悪いとかないかい?」
「あっ、はい。割と平気な方なんで」
ザクザクと刃物で解体している様子をバックに、少しおっかなびっくり私に手を伸ばしてそう言った真尋さんへ、私は特に気にするでもなくそう言ってそれを掴んだ。
「……汚いとか、おぞましいとか、そういうのないんだね?」
「そんなこと言う人いるんですね。ダンジョンに入り浸ってる時点で、多分自分も散々モンスターぶっ殺してるのに」
私から目を逸らし気味に陰のある表情でそう言ってくる真尋さんへ、私はそんなうるさい奴らを鼻で笑いながら言う。
「君は、強いね……」
「メンタルだけはあのクズ共のおかげで鍛えられたので」
驚いた様子で目を少し見開いた真尋さんは、クスリ、と口元に柔らかく笑みを浮かべた。
「で、これからどうするんだい? 単独潜行免状は持っていないようだし」
「それなんですよね」
式神が回収した素材をインベントリに入れた真尋さんは、私を先導してダンジョンの出入り口へと向かう最中、心配そうに私をちらっと見て訊いてきた。
ダンジョンへ入るには、真尋さんが言ったソロで潜行できる免状と、それを持ったリーダーがいれば許可が出る集団潜行免状があって、私が持っているのはそっちだけだった。
「もし引退しないのであれば、私のアシスタントをして貰いたいんだけれど、どうかな?」
立ち止まって私を正面から見た真尋さんが、なんかその、〝お付き合いしませんか〟的な物言いと赤い顔でそう言ってきて、私はちょっとたじろぐ。
だけど、引退するつもりもないし、真尋さんと一緒に仕事するのも楽しそうだし、だいたいにもう潜れないと税金が払えないので渡りに船だしでオッケーした。
「本当に荷物をいっぱい持てる以外は特になにもないですよ?」
「そうかいっ。いや、むしろそれを求めていてね。ほら、さっきのを見ての通り物を色々使うから、素材を持って帰れずに困っていたんだ」
真尋さんはニコニコしながら私の両手を包むように握ってきて、ありがとう本当に助かる、と90度どころではない程頭を下げて言った。
*
東京都内の某所にある塔型ダンジョンで、トカゲ型モンスターの異常個体が発見されて、私は真尋さんと一緒にその討伐に来ていた。
「実琴」
「閃光札ですね!」
「どうも。本当に君は気が利くから助かるよ」
「恐縮です」
空間全体を使ってすばしっこく動き回るトカゲに、真尋さんは私がすかさず渡したそれを後ろ手に人差し指と中指で挟んで受け取り、詠唱して目くらましを発動させた。
怯んで天井付近の壁で立ち止まったトカゲへ、真尋さんは素早く詠唱して突きの動きをして、見えない刃を飛ばしてその頭に突き立てて倒した。




