中編
早く来いよノロマ、という直球の罵声が階段下から飛んできたので、私は一ミリも悪いと思わずに謝って足早に階段を降りた。
こちとらお前らの尻拭いしてやってるんだっつの。
荷物持ちが遅れてどうすんだよバーカ、と言ってくるプリン1号と、それに反応してゲラゲラ笑ってくるその他に、私は内心とは違って申し訳なさそうにペコペコ頭を下げた。
……お姉さん、なんか立ち入り禁止のテープ持ってたけど、なんなんだろう……。
とりあえず、ガス検知機能付きランタンを取り出して、その魔法火の色を見ながらありがちな有毒ガス事故に備える。
しばらく通路といくつかの部屋を通過して、奥の方が暗い縦長の大部屋へと入った。
そこは俗に言うモンスターハウスで、数十匹の大型ネズミ型モンスターが襲いかかってきた。
低級ダンジョンだけあって、余裕全開の静電気頭一味は飲酒までしていたが、所詮レベル1のモンスターなので、ちょっとよろめく足運びでも蹴り1つでサクサク倒せる。
その間を縫って私にも襲いかかって来たけど、カメラの反対側の手に持っている、魔法も防げる盾で押し返すように叩くだけで簡単に倒せたから問題なかった。
ちなみに私は盾だけじゃなくて、見た目をかなぐり捨てた完全フル装備で毎回入っている。キャッチャーみたい、と馬鹿にされたけど痛いのは勘弁なんだよ。
そうしないと、魔法のコントロールがヘッタクソな熊手前髪の流れ弾が飛んできて、命がいくつあっても足りないからだ。
モンスターが残り5匹になったところで、連中は小石を投げつけ、どれだけ長く生き残らせるか、みたいな事を始めた。
倫理観が育ってない子供かな?
この連中のチャンネルは、大体こういう露悪的な動画で炎上させる事で稼いでいる。……もちろん燃えたときの対応は私に丸投げだ。
本当に何が楽しいのか分からないけど、慌てふためいて正面衝突したネズミを見て、猿みたいに手を叩いて奇声をあげる連中を内心しらけた目で見ていた私へ、
「――うわっ」
何かが行き先の魔法石が少なくて暗い通路から飛んできて、避けようとして水たまりに足を滑らせて転んだ。
「おいっ。裏方が声出すなよ!」
「自分で編集の時間増やしてどうすんのぉー?」
お前らの思いつき指示がなければ、8時には終わってるんだが?
すいません、とまた心にもない演技で謝った私は、ふと水たまりに浸かった自分の手を見ると、真っ赤な血がべっとりと付いていた。
「ち、血!?」
「ネズミの血だろ? 大げさだなぁ」
それに慌てふためいて、スライムを利用した洗浄水をインベントリから出して、そのスクイズボトルを握りしめてぶっかける私を小馬鹿にして笑うが、
「――モンスターの血って緑じゃね?」
プリン2号が恐れおののいた様子で、さっき自分たちが遊び半分で戦っていた場所を指さして言うと、2号以外の全員が目をパチクリする。
その先には、もう分解されつつあるけど、確かにモンスターの死骸から出ているそれは、流れの弱い川みたいな深い緑色をしていた。
「……えっ、待って……。あれ人の頭……?」
ハッと口元に手をやって、青ざめた顔の熊手前髪が飛んで行った何かの方を見ると、確かにそれは髪の長い人間の頭だった。
「あのお姉、さん……?」
その顔は間違いなく、さっき話しかけてきたお姉さんのそれだった。
「な、なになにっ?」
「じ、地震だろ大げさだぞっ」
私だけがそれに気付くのと同時に、地響きみたいな音と奥から何かがやってくる振動を感じた。
引きつった笑みで楽観的な事を静電気マンが言ったところで、3メートル四方の通路からその高さと幅いっぱいのサイズな、蜘蛛ベースのチンパンジーみたいなキメラが飛び出してきた。
それを見た瞬間、たちまち大パニックになった連中が、叫びながら一目散に元の道を引き返し、私を突き飛ばして自分たちだけ逃げ始めた。
――あ、これ死んだな。
こっちを見るキメラを目の前にして、身動きすら出来ない私は冷静にそう思ったけど、キメラは何を思ったか私を放置して、死にたくない、だのと叫び声がする通路の方へと走って行った。
勢いで吹っ飛んでいたスマホは、キメラに踏んづけられて完全に壊れていた。
ふむ。ヤツはあまり目が良くなく、地面から伝わる振動で判断するのか。ぬかったねぇ。
えっ、直接頭に……?
おっと、念話になっていたか。驚かして済まないね。
倒れ込んだまま動けないでいると、どこからか、多分バラバラ死体になっているはずのお姉さんの声が聞こえて、私は慌てて辺りを見回した。
すると、そこら辺に転がっていた頭がいつの間にか消えていて、それが飛んできた方から、空中浮遊しながらさっき見たままの格好でお姉さんがやってきた。
やあ少年。びっくりさせて済まなかったね。
なんかミステリアスっぽいニヒルな笑みを浮かべて、シーッ、というジェスチャーをしてウィンクしたけど、なんか全然まと外れな事を言ってきた。
えっと、ぱっと見そう見えないと思いますけど成人してますし、そもそも女です……。
……。あー、ごめん……。
キョトンとした表情で瞬きしたお姉さんは、真っ赤な顔をして空中で綺麗な土下座の体勢になった。
そこまでしなくても……。
このご時世だからマズイかなと思って、と私の言葉を聞いて安心した様子で、念話の中でため息を吐いた。見てくれと違って意外とぽんこつ……?
おっと、こんなことをしている――場合でいいんだよね?
雰囲気だけミステリアスなんだな、とちょっと私がナメているのを見透かした様に、お姉さんは目を開いて、その人間とは思えない翡翠色? の瞳で私を見据えてきた。
ついでに思い出したように、私にも空中浮遊の魔法をかけてくれた。
えっ、ええっと……?
おや? 私がさっき話しかけたとき、余計な事言うな、っていう目でちょっとにらまれたかと思ったんだけれど?
とぼけようと思ったけど、今も顔が引きつっているようだけれど? と、言われてハッと頬を押さえてしまったのでもう逃げ道はなくなった。




