前編
――ダンジョン。それはゲームとかの世界の話で、いろんな意味で現実にはあり得ないもののはずだった。
だけど、突然次元の裂け目が開いて、ファンタジーの世界が混ざり込んだせいで、世界のあちこちにその入り口が出現した事で現実になってしまった。
それと同時に、魔力によって人間の身体能力が強化されたり、レベルが見えたり魔法やスキルが使えるようになったりして、その未開の迷宮を探索する人たちが現れた。
何十年か経つと、ダンジョンの中で魔力による通信が出来るようになって、若者の間で探索配信というブームが起こる。
中にあるアイテムを持ち帰るとお金がもらえる事もあって、何者かになりたい目立ちたがり屋が冒険配信者になってダンジョンへ入るようになった。
私もそのうちの1人なんだけど、希少なスキルである〝巨大倉庫〟に目を付けた大学の同級生に、荷物持ちとして半ば強引にさせられているだけなんだよね……。
ついでに映像の編集もさせられているけど、思いつきの内容変更を電気ケトルでお湯を沸かすぐらいの軽さで指示されて、毎回真夜中まで掛かって本当に腹が立つ。
「はい。とゆーわけで、僕たちはここ。〝西東京ダンジョン〟に行ってみたいとおもいまーす!」
今日も良いように荷物持ち兼撮影係をさせられている私を後目に、撮影用に派手な装備をしたチャラい男3人女1人が、リーダーの金髪へ、ウェーイ、という謎の鳴き声を返して拍手をした。
多分、それが面白くない事は分かる雑談を、よりによって洞窟型ダンジョンの出入り口で通行人に白い目で見られながら20分ぐらい撮った後、
「おーい荷物係ィ」
録画を止めた途端、リーダーの金髪が人に物を頼む態度とは思えない、偉そうな物言いで手招きして私を呼んだ。
「なんですか?」
「ああ? 毎回の事だろ。言わなくても分かるだろ普通」
嫌な顔をすると半日ぐらい機嫌が悪くなって余計面倒くさいので、顔に出そうになるのを抑えつつ近づいて訊くと、人を小馬鹿にした半笑いでそう言って腕組みをした。
それから先は何も言わないし、その他の4人も何が面白いのか、男はギャハギャハ女はクスクスと、静電気チャージ頭のリーダーに合わせて私を嘲笑する。
もう慣れたので知らんぷりをして、いつもの回復薬と強化アイテムや蘇生アイテム、閃光玉のセットが入った、腰に巻くタイプのマジックバッグをインベントリから出して配った。
最初から自分らで持っとけよ、と思ってるけど、オープニング撮影の時に野暮ったいから絶対に嫌らしい。
私はお前らのママじゃないっての。
ありがとうどころか、全員が奪い返すみたいにひったくって行くのにも、私は無理やり愛想を良くして耐えていた。
いざダンジョンへ、という画を撮ろうと、録画ボタン付きの棒の先に付けたスマホを構えた私へ、
「はいカットカットぉー」
リーダーが素人に教えるみたいにドヤ顔をして、地上階は撮れ高が基本無いから撮らなくていい、という自分ルールを常識みたいな風に私へ言ってきた。
はいはい。あった方がそれっぽいかと思った私はトーシロですよっと。
削除するのをわざわざ目視確認されつつ、私はその10秒ぐらいのファイルを消した。
リモートワーク反対派とかになりそうだなこいつ。
自分の言うことを二つ返事で利いた私に、満足そうな様子で頷いた静電気マンは、教授の悪口で盛り上がりながら、壁とかに埋まった魔法石で青白く照らされた洞窟を進む。
クソうるさいなあ。やんちゃ盛りのお子ちゃまかな?
攻略を切り上げて戻ってくる冒険者と、前を見ずに歩くせいでたまにぶつかりながら、ちんたら奥へと進んでいく。
静電気マン&プリンヘッズwith熊手前髪女さんチームは、3つに分かれる分岐に到着して、初級コース、と書いてある、天井が低くなっているところを少し頭を下げて潜る。
ははーん。さっきのゴタクはここを撮られたくなかったんだな。何の見栄だよ。
自分の骨なしチキンっぷりをごまかしたリーダーへ、私は内心であっかんべーをしていた。
ここのダンジョンの初級コースは、素手でもギリ勝てるぐらいのレベルの敵しか出てこないので逆に全然人気がない、という前評判通り、通路には人気がかなり少なかった。
この分なら迷惑かけずに済むかな?
どう考えてもヌルゲーなので、緊張感がまるでない静電気以下略一同の最後尾を歩きながら、わんわん反響する騒音に私は耳を塞ぎたい気持ちをこらえて、地下一階への階段の前へとたどり着いた。
それは、自動で形が変わるタイプのダンジョンゲームよろしく、おあつらえ向きの袋小路な小部屋の中心にあった。
今度こそスマホを構えようとしたところで、
「やあ冒険者諸君。せっかく来たところ悪いんだけど、今日は星の巡りが悪いから帰った方がいいよ」
後ろから、真っ黒だけど神主さんみたいな服装のお姉さんがやってきて、その細い目でニヒルな笑みを浮かべつつ、ちょっとハスキーな声で私達にそう呼びかけてくる。
ちょっと短いかな、ぐらいの地味な刀を2本左腰に差しているお姉さんへ、
「……なんだこのコスプレババア」
「キッショ……」
「はいはい、ごちゅーこくどーもー」
「おいっ、無視していこーぜ?」
「チッ……」
それに面食らっていた静電気マン達は、そうしないと死ぬぐらいの早さでお姉さんを小馬鹿にしつつ、無視してそそくさと階段を下っていった。
「ひどいなあ……」
「ありがとうございます。気をつけて進みますね」
「これはご丁寧にどうも。――あんなのに付き合わされて大変だね?」
「あはは。痛み入ります……」
ため息交じりに言って、しょんぼりした顔をしていたお姉さんへ、せめて私ぐらいは、と丁寧に頭を下げたら、お姉さんは声のトーンを2つぐらい上げて同情してきて、私はお姉さんと同じように苦笑いで答えた。