表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
74/74

保田克典という男

「おじいちゃんが手術してくれるんじゃないの?」

 四か月前。カザニル・フォードのそっくりさん、保田克典は手術着の保田まことと手術室を歩いていた。

「ワシはぶきっちょだもの…。お前を手術してくれる先生は上手だよ。安心しろ」


 カザニル・フォードとの相違点、保田克典はバーコードハゲではない。バーコードはなく髪が左右、離れ小島のようになっている。

「おじいちゃんは院長先生なのに、正直者だよね!」


「ははは…。ほらまこと、ベッドに乗って」

「うん」

 祖父に連れられて孫が手術台に乗った。安心しきっているのだろう。少年からの恐怖は微塵も感じない。医者から保田まことは名前などを訊かれる。


「保田まこと、九歳。ふくぶどうみゃくりゅうの手術です」

「よくできました」

 麻酔科医が少年の腕に点滴の針を刺す。

「ではまこと君、眠ってもらいまーす」


 麻酔科医がローラーを回して薬を注入する。これから膨れ上がった動脈瘤を切断する手術が始まる。周りの緊張が一気に高まる。そして異変を感じたスタッフたちの視線が少年に注がれる。

「みんな、何で僕の顔を見てるの? 手術っていつ始まるの?」

 麻酔科医は不思議に思いながら、薬の量を増やす。しかし患者は一向に眠らない。


 麻酔が効かない。辺りがざわつく。医者や職員がそうつぶやいて騒々しくなる。そばにいた祖父は絶望で視界が真っ暗になる。そして保田院長は叫んだ。

「中止だ! 手術は中止!」


 翌日の会議室。保田院長は職員を集めて会議を行っていた。孫のこととは別の仕事ではあるが、気もそぞろ。まことのことが気にかかる保田は何度もミスを連発する。周りの医者は気の毒としか思えなかった。

 孫は特異体質で麻酔薬が効かなかった。非常にまれな体質だった。なぜ孫にはこうも不幸が続くのか。

 周りには苦悩を悟られぬよう、なるだけ平穏を装う。そんな時に救急科の方からおかしな報告が入ってきた。


「サフランと名乗る少女が救急科に突然現れて、魔法を使って次々と患者の傷を治しています。院長、どうしましょう⁉」

 保田は一瞬だけ虚を突かれた顔になる。普通であれば信じられないことではあるが、孫を失うかの瀬戸際の彼はまさにわらをもつかむ思い。突然現れた幸運の波だ。これに乗らない手はない。孫の命を助けてもらえるかもしれない。


「よし! その子を雇ってくれ! …星山って看護師がその魔法使い…みたいな女の子と仲良くしてる? ああ、じゃあ、オペ看辞めさせて星山ちゃんをお世話係にして!」

 保田は喜び勇んでみたものの、奇跡はそう簡単に続かなかった。次の日、循環器外科から絶望的な情報をもらう。サフランには人を眠らせることはできないらしい。他人を麻痺させる魔法だけはあるそうだ。基本的な魔法は回復と透視。一つ引っかかることはサフランは使える魔法を全て口にしていない、何か都合が悪いことがあるのだと感じ取ることはできた。


 それから事務からサフランの給料をどうするのか相談される。

「ああ、星山ちゃんの給料を一万円だけ上げてやって。その手取りと全く同じ金額をサフランの給料として星山ちゃんの預金通帳に振り込んで。たぶんそれで苦情は来ないはずだから。星山ちゃんは生活費なり、サフランの将来に備えて貯金でもするだろ。よろしく」


 保田はカザニル・フォードと同じ商売感覚を持つ男。たいした経済観念を持っていた。ユヅキはその給与でたいへん満足していた。

 そして保田はユヅキとサフランの行動を一挙手一投足観察する。ある日、星山ユヅキは許可なく勝手に患者をMRIにかけた。そして頭の動脈瘤を発見する。普通であれば大問題だが、おかげで患者の命は助かった。


「星山ユヅキの処分はどうするか? いいよ、不問にして。診察した奴も助かったって喜んでるんだろ? いいんじゃないのー?」

 孫は入退院を繰り返した。痛みもなく血圧も安定している。ただ腹の動脈瘤がいつ破裂するかわからない。保田は気が気ではない。命がいつ終わるのか何も知らないまことはケロッとした顔。家庭教師を雇って勉強させているが、勉強嫌いの孫は嫌がっている。それが保田は微笑ましく思えた。これがいつまでも続けばいい、そう思った。



 総山サフランはやはり自分の能力を小出しにしている。捜索魔法やテレポートの魔法など、便利な能力を持っていた。

 僧侶の呪文には攻撃呪文もいくつもあったが、サフランはそのことを人に言ってはいない。そんなことを知られればこちらの人間とは仲良くできない。そして蘇生の呪文も人に言うな、使うなとパディから警告されていた。こちらの世界のことわりがおかしくなる、他人から普通に接してもらえなくなる、と。


 サフランが現れて四か月が過ぎた。まことの手術が延期になったのも同様。保田にはサフランを使って孫を救出するアイデアが頭に浮かばなかった。サフランに直接尋ねる勇気もなかった。面と向かって無理だと言われることが怖かった。これ以上の絶望は味わいたくない。


 そんな時、急に滝沢医師から提案があった。総山サフランは心臓を壊して人を殺す魔法を持っている。それで患者のまことを殺して大動脈を人工血管に取り替え、術後に蘇生して命を元に戻せばいいと。サフランからそう言われたらしい。


「何を罰当たりな! 命を粗末にするな!」

 保田院長は滝沢医師に思わず怒鳴り、あたってしまう。たとえ初めに僧侶の呪文を一覧で全て教えられても、心優しい保田克典は人を殺して心臓と血液の流れを止めるなど、思いもつかなかったことだろう。何という愚行。命を大切に思う保田には信じられないことだった。


(サフランの世界の人間はみんな馬鹿なのか!?)

 サフランの世界では患者も家族も危険を承知で手術を受けると言う。秘匿されているが日常的に行われている術式らしい。

(初めにそのやり方を考えた奴は大馬鹿だ!)

 そして保田はこの賭けに乗るしかなかった。結果、手術は成功した。


    *


 院長室の中でサフランは思った。

(カザニル・フォードとカツノリ・ホダ! 名前も似てるー!)

 保田がサフランに言った。

「そんなにワシってフォードって人に似てる?」


「そっくり! …でもね、肌の色は違うし、頭がバーコードじゃない…」

「はは、バーコード! ワシは以前はバーコードハゲにしてたんだ。でも、まことが小さい時にワシが家で寝ていたら、あいつがワシの髪をぶちぶちと引き抜いていた。絶望そのものだった」


「ヒヒヒ…!」

「すぐにワシは何をつまらない髪の毛に固執していたんだろうと気がついた。髪の毛より孫の方がかわいかったしね。そのフォードって人もバーコードをやめてみたら心の自由に気がつくと思うよ」

「おー!」


「他に、フォードって人の特徴は?」

「フォードさんは不動産屋さんだから、お医者さんじゃない…。でも病院の理事はやってるよ。それからいっぱい人助けをしてるよ! うちの孤児院の費用もフォードさんが出してくれてるし、みんなフォードさんが大好き! 私も!

 フォードさんに感謝を言う人がいっぱいだよ。でも、『そうなんだ、ふーん』とか『そんなのワシ知らないよー』とか言って人に恩を着せたりしないんだよ!」


「そうか…」

 自分のそっくりさんが善人と言われて保田は顔が緩んでしまう。

「えっと、他には?」

「好きな食べ物はフライドチキン! 安っぽい食べ物だけど、世界で一番おいしいって言ってる!」


「あ、ワシもフライドチキンが大好きだけど、胆嚢結石があってね。今は我慢してる。石のせいでたまに夜中にすごく腹が痛くなる。痛みはまだ我慢できるし、胆嚢を切除するのが嫌で手術は受けたくない」


「フォードさんも胆嚢結石だったんだよ。胆嚢は切り開いて石だけ取って元に戻せるよ。私が来てからこっちでもそういう手術はしてもらってるよ」

「あ、それは知らなかった。今度カルテを見せてもらおう。…ところでサフランってこっちの世界に何しに来たの?」


「それそれ! 院長がフォードさんにそっくりで言うのを忘れるところだったよ! 私、もうちょっとかっこよく言いたかったなあ。…これ、魂の器!」

 ギルが入った瓶をカバンから出して机に置いた。

「ああ、これが蘇生の魔法を失敗したらできるものだったよね」


「そう! で、この人が私の育ての親で白血病になったから治して欲しいの!」

「それでこちらに来たのか! わかった! 全面的に協力する。孫の恩人だ。ワシに任せろ」



しばらく休載します。ここまで読んでいただいてありがとうございました!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ