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サフランと行く 空の旅(5)

 ユヅキの家に戻った瑞枝は荷物をこれでもかというほど持って来た。着替えはもちろん、鍋や洗面道具、布団までユヅキの部屋へ持ち込んだ。

 夜、寝る時にユヅキの隣に布団を敷くとサフランが瑞枝と一緒に寝たいと言い出す。

「えいがよ。サフラン、一緒に寝ようや」


「ごめんね、おばあちゃん、サフランを…。暑苦しいのに…」

「おばあちゃん、また高知弁教えて!」

「えいがよー 」



 翌日、木蔵のオペはカテーテルでの手術が始まる。カテーテルがうまくいかなければ開頭する必要があった。医師たちにはサフランという備えは心強かった。結局、カテーテルだけで血栓が取り除かれる。サフランから回復呪文を唱えてもらうと医師たちはさらなる安堵のため息をもらす。


 しばらくして麻酔から目覚めた木蔵はまだ手足がしびれると訴えた。

「全然、ようなったように感じんがよ…」

「あんた、わがまま言うたらいかんがや! 死ぬかもしれんかったがや! 命があるだけでも感謝せんといかんがよ!」


 木蔵を瑞枝がたしなめる。三人には木蔵の命が助かった以上の喜びはない。ユヅキとサフランは手術にお疲れ様とねぎらいの言葉と、リハビリ頑張ってと声援を送った。

 そして瑞枝が毎日、木蔵をかいがいしく世話し、サフランとユヅキも連日、見舞いに訪れた。



 寮では三人の暮らしが続いた。昼間は掃除、洗濯を瑞枝が行い、二人が帰ると祖母が夕飯を作って待っていた。

「今日は田舎寿司と、つがに汁を作ったがや。まっことうまいがよ」

 高知の田舎寿司は山菜や魚の寿司。色とりどりで食欲を誘う。つがに汁はカニでダシを取ったお吸い物だ。


「うわあ! おいしそう!」

「こっちでもこんな料理ができるんだ! すごーい!」

「サフラン、どんどん高知の味に慣れていきゆうがや! もうあんたは高知に住んじゅうがよ(住みなさいよ)!」


「ヒヒー! 私も高知弁をだいぶ覚えたき、もう高知に住めるがや!」

「く、くー! おばあちゃん、ひどい! サフラン泥棒! …看護師長もサフランを養子にしようって虎視眈々(こしたんたん)と狙ってるし…。

 あたしが最初にサフランを見つけたのよ! 雨に濡れて木陰にたたずむ行き場のないサフランをプリンで誘ってうちに住まわせたのよ!」


「ユヅちゃん、嘘ついたら駄目だよ」

「サフランは人気者ながやねー」

「イヒヒー!」


     *


 三週間が過ぎた。退院した木蔵は瑞枝と共に空港へ。木蔵は車椅子に乗っている。後ろにはそのハンドルを握った瑞枝が立っていた。ユヅキとサフラン、ユヅキの母である美月の三人が見送りに来ていた。

「布団は持って帰れんき、サフランにやるがや」


「当たり前やろうがよ、飛行機の中に布団なんぞ持って行けるか! こんなところでする話じゃないがや!」

 瑞枝と木蔵の会話に三人が笑う。

「ユヅちゃん、私、今度一人で高知まで行きたい!」

 サフランに続いてユヅキの母が言った。


「サフランは好奇心旺盛ね。…そうだ、お義父さんとお義母さん。お二人がこちらにまた遊びに来る時はサフランがそちらに行って魔法でこちらに連れて来てもらうといいですよ」

「それがいいわ! そうしましょう! 一緒に東京見物しましょ!」

 全員が笑顔で別れを言い合い、瑞枝と木蔵は飛行機に乗り込んだ。


 老夫婦が座席に着くと、今回は木蔵が泣き出した。孫たちの前では強がりを言っていたが、妻の前では本音が漏れる。彼は典型的な土佐男児だった。


「手足はちっくと(ちょっと)しか治らんかった…。医者とか看護師とかみんな、『星山さんは運がいい』って口を揃えて言いよったがや。具合が悪うなった時にちょうどサフランが近くにおった。それで病院の者はみんなサフランがワープできるって知らんかったがや。そりゃ、魔法が使えるとかまっことすごいがや。けんど、魔法があるなら手足も魔法で戻してほしかったがよ…。医者が言うには麻痺はこれ以上治るか、治らんかわからんって…。治らんなら俺の頭を治るまで切ればよかったがや! 手が思うように動かせん…。これじゃあゲームができんがよ…」


 落ち込む木蔵に瑞枝が助言する。

「ゲームの友達には理由を言うて手加減してもらえばえいやん。それかゲームをせんと見ゆうだけ見て、口だけしゃべって観戦するか」


「それじゃあ、向こうが気ぃつかう。対等にしゃべれんがや。俺のフレンドはみんな俺の年齢を勘違いしちょったがや。それで一緒に遊べよったに…。…まあリハビリをがんばるがや」

「自分でわかっちゅうなら、最初からそれを言わんといかんがや!」



 家に帰り着いた木蔵はその夜、ゲーム内で集まって遊ぶ友人たちに挨拶をした。木蔵の久しぶりの登場に皆が歓迎していたが、木蔵は自分が脳梗塞になって今まで入院していたことを告げる。

「…それで俺は左手がしびれて思うように動かせなくなった…」

 友人たちは返答に詰まる。重苦しい沈黙が走った。


「リハビリを頑張って麻痺が治ったら戻って来るよ!」

《頑張って木蔵さん!》

《また一緒に遊びましょう!》

《待ってます!》


 別れを言った木蔵はゲームの電源を落とすとひとしきり泣いた。それを後ろで眺めていた瑞枝は。

(じいさんのゲームがそんなに大事なことやったがや…。ようやく私はそれがわかった気がするがよ…)

 泣き続けた木蔵が目をこすると、「俺はもう泣かんがや」と決意を新たにする。



 木蔵の本格的なリハビリが始まる。

 これまで流星病院ではベッドで寝たままの、手足の曲げ伸ばしを理学療法士から手伝ってもらう自分に優しいリハビリだった。

 そして木蔵が高知の病院で理学療法士から最初に言い渡されたリハビリはまさかの腹筋だった。


「はい、そこに寝てください。私が足をつかみます」

「はあ⁉ 俺は脳梗塞で倒れたがや⁉ 腹筋なんぞできるわけないがや⁉ あんた鬼だな!」

 リハビリルームでスタッフや他の患者のクスクスという笑い声がこだまする。

「まあ、ウケたからいいか。腹筋するがや」


 毎日、病院に通う木蔵には地獄のようなリハビリだった。時には足に重りを付けて廊下を歩かされたりもした。

「リハビリの先生。あんた、年寄りをいじめて楽しいがや?」

「はい、星山さん。今度は階段の昇り降りを十分間」



 理学療法士に毎回、口ごたえする木蔵も左手のリハビリだけは無言で取り組んだ。初めは洗濯バサミの開閉を命じられるが、これに木蔵は苦戦した。思った以上に握力が落ちている。他には大きなピンセットでビー玉を移動させたり、片手で粘土をこねたりもした。

(左手に力が入らん…)


 木蔵は思ったように回復が見えず、途中で挫折しそうにもなった。

 つらくてくじけそうな時はゲームで仲間たちと話し合っていたことを思い出す。地方の時事ネタで盛り上がった話など、地方のローカルなネタを全国ニュース以上に詳しく聞けた。そして自分も高知について存分に語った。


 時にはシンガポールのフレンドからリー・クアンユーという独裁者の存在を聞いた時もある。木蔵はシンガポールの歴史の本を読み、人々から支持された不思議で優しい独裁者に感動した。

 スリランカ人からはジャヤワルダナという大統領が戦後の日本をかばった話を聞いた。その彼は慈悲の心を知った日本人は好きだと言ってくれた。国が経済破綻から復活するさまも教えてくれた。


 他、国をよくしようと闘う香港人の言葉に木蔵は涙したこともあった。

 もう一度、日本と世界の仲間とゲームで遊びたい。その一心で木蔵はリハビリに心血を注いだ。

 そうして脳梗塞を起こして三ヶ月、木蔵の左手は思うように動くようになった。まだ脚の方が完全ではないが、左手は入院前と全く同じ、親指も繊細な動きができる。これには高知の主治医も驚愕していた。


 電話でユヅキに話したところ、サフランの素早い搬送、術後に魔法で回復してくれたのがよかったのだろうと語っていた。

 とにかくまたゲームができる。木蔵はヘッドセットを装着してゲーム仲間たちに快活に言った。

「みんな、俺戻って来たよーっ」

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