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サフランと行く 空の旅(4)

 翌日、二階で着替えを済ませたサフランがユヅキに今日の予定を訊く。

「ユヅちゃん、今日は海水浴に行くんでしょ⁉」


「そう! あなた、海で泳いだことがないんでしょ? 泳ぎ方を教えてあげるわ! その前に坂本龍馬の像を見に行くんだけどね! そこから十分ぐらい歩いた所に波の穏やかな海水浴場があるんだって! それから流しそうめん! …割られた竹にそうめんっていう白くて細い麺が水で流れてきて、それをお箸ですくって食べるのよ!」


「うわ、楽しそう!」

 二人が今日の予定にはしゃいでいると祖母が一階で大声をあげた。

「じいさんが動けんなったー! ユヅキー! 降りてきいやー!」

 ユヅキたちが急ぎ足で階段を降りると木蔵が横になったまま起き上がれないようすだ。


「…急に左手がしびれた…。脚も動かない…」

 サフランとユヅキが顔を見合わせる。これは一大事かもしれない。

「頭かも、サフラン⁉」

 サフランが呪文を唱えて木蔵の頭に右手をかざす。そして脳を狙って透視する。しばらくしてサフランがつぶやいた。


「…脳の細い血管が詰まってる…」

 脳梗塞だ。これは急がなければ。ユヅキは頭をフル回転させた。

(救急車を呼ばないと! でも手術をするならサフラン無しじゃ成功率が急激に落ちる! サフランを手術に同行させてもらう⁉ …だけど高知の病院でそれをどうやって説明するの⁉ 追い出されるに決まってる! どうしたらいい⁉)


 ここでサフランが木蔵の手を握るとユヅキに指示した。

「ユヅちゃん! 私の手を握って! おじいちゃんを流星病院に連れて行く!」

「その手があった! …おばあちゃんも!」


「おばあちゃん、おじいちゃんの手をしっかりつかんで! 絶対に離さないように!」

 サフランが呪文を唱えると、四人は一瞬で家屋の外に出ていた。瑞枝には見慣れぬ風景。高く伸びる樹木の前。木の間から病院が見える。四人を急な突風がなでた。

「な、なんながや、これは⁉ ここはどこながや⁉ 」


 驚く祖母を相手にもせず、コンクリートの上に横になる祖父を見てユヅキはまた考えた。

(病院まであと少しだけど、おじいちゃんをあたしたちじゃ運べない。そして救急車は逆に時間がかかる。今、寮にいる人たちはどれくらい⁉ …ああもう、そんなのどうでもいい!)

 ユヅキはありったけの声を振り絞って叫んだ。

「誰か、助けてーーーーっ!」


     *


 数時間後。ユヅキ、サフラン、瑞枝の三人は羽田空港行きの電車に乗っていた。電車は東京都内を走っている。さすがにこの時、サフランは都会の景色を楽しもうとは思わなかったようだ。彼女はぼんやりとした顔で車内を見ている。


 ここで隣に座る瑞枝がとつとつと言った。

「あのね、サフラン。あんたがうちに来る前にね、ユヅキからあれこれ注意されちょったがよ。 サフランはいろいろつっこみとうなるところがあるけんど、質問は控えてって言われちゅうがや。 若いのに何で高校も行かんと看護師しゆうがやろうとか、 顔に似合わん日本国籍っぽいのにお箸の練習しよったとか、 昨日はバスに乗るがは六回目やったとか言いよったし…。 あんたは違う世界から来たがやね。どうりで…。 急にユヅキの家まで飛んできてビックリしたけんど、 おかげでじいさんは助かったがよ。ありがとうね…」


 サフランは首を横に振った。

「ううん、私ももうちょっと気を利かせたら、おばあちゃんも準備できたのに。ごめんね。それに七百キロも家が離れてるって知らなかったから。もっと近くって思ってた。…飛行機ってものすごい速さで飛んでたんだね。ドラゴンのオルバンよりちょっと速いぐらいって思ってた。あはは」


 あれから、木蔵は寮住まいの医療関係者に抱えられて流星病院に受け入れられた。その時、ユヅキの部屋の毛布がタンカのように使われた。

 一方、脳神経内科の医者はサフランの意見を全面的に信用した。脳神経の医師はCTも取らずに脳梗塞と診断した。サフランが肉眼で脳を見た方が、画像診断よりよほど信頼性が高いとこぼす。脳神経内科医は言う。


「羨ましいなあ、サフランは。私も魔法が使いたいよ」

 今日は日曜日ということもあって人も足りず、手術は明日に。病室の木蔵は現在、ヘパリンという血液をサラサラにする点滴を受けている。さしあたり危機を脱したという状況だった。

 着の身着のまま入院が決まったわけであり、これより瑞枝は保険証やお金、着替えを取りにサフランと共に高知まで帰るところだった。ユヅキは空港までの案内役だ。チケットもユヅキが二人分、ネットですばやく予約していた。


 木蔵を心配する三人は電車の中ではあまり言葉を交わさなかった。

 飛行場までたどり着くと、三人は空港の中を歩き、搭乗口まで来た頃に瑞枝が言った。

「朝からなんちゃあ食べてなかったね。そこで食べようか。ユヅキも」

 三人は付近の洋食店で食事をする。昼ご飯を食べながらユヅキが言った。


「あ、そうそう、おばあちゃん! あたしのお母さんの脚もサフランが治してくれたのよ。手術当日には歩けるようになったわ。すごかった…」

「そうやったがや! やっぱり話がおかしいと思いよったがよ…。サフランはまっことすごいがよ…」

「私は回復呪文をかけただけだよ。骨を切ったお医者の方がすごいよ。私が住んでた街は僧侶だらけでみんな回復呪文を唱えたくて仕方ない人ばっかりだったよ」


 そして食事が終わるとユヅキは一人、入院する木蔵のもとへ帰って行った。

 サフランと瑞枝が旅客機の指定の席に座ると、しばらくして瑞枝が泣き出した。サフランは黙って瑞枝が泣き止むまで待った。そうして瑞枝がやっと口を開く。


「ごめんね…。 それとサフラン、ありがとう。 あんたのおかげでじいさんが助かったがよ。 ほんまにありがとう」

「おばあちゃん、同じことをまた言ってるよ。うふふ…」


「何べんでも言いたいがよ…。 あんね、ユヅキのことやけんど、あん子は昔から明るい子やったけんど…、今も性格は明るいろ? けんど手術室の看護師で仕事を始めてから、だんだん性格が暗うなっていったがよ。 あんたが来る前は、全然しゃべらんなっちょったって。あん子のお父さんが電話で言いよったが。 たぶん性格的に看護師には向いちょらんかったがやろうね…。


 オペ室で患者さんが亡くなるがをようけ見たり、患者さんやその家族に感情移入しすぎたがやろう…。 看護師を辞めりゃあよかったがやろうけんど、お母さんの美月さんが手術をしぶっちょったき、辞めるに辞められんかったがやろ…。 けんど、あんたが来てから性格が元に戻ったがよ。えらい元気になったがや。 昨日ユヅキを見たとき、ほんまに驚いたもん。あん子の人生で一番元気に見えたがよ。 あんたのおかげながや…。ありがとう」


 窓際の席に座る瑞枝は窓から飛行場の風景を眺めていた。サフランは本当は窓際に座りたかったのだが、めったに飛行機に乗ることのない瑞枝に席を譲ったのだった。

「ねえねえ、おばあちゃん。私、高知弁だいぶ覚えたよ!」


「言われたら、サフランは私の話がわかっちゅうみたいながよ! たった一日でよう覚えたねえ!  あんた、そんな顔しちゅうに頭えいがやね!」

 驚く瑞枝にサフランはたどたどしく答えた。

「私、集中して言葉聞きよったがよ。 物真似と一緒ながや。 高知弁は覚えやすかった。 高知弁をもっと教えてや。 おばあちゃん、お話ししょう」


 サフランの高知弁を瑞枝が褒めた。

「うまい、こじゃんとうまいがよ! …じいさんの見舞いしちゃったら、後でまっことおいしいプリン食べに行こうや」

「まっことは、本当にって意味! おばあちゃん行こうや!」

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