サフランと行く 空の旅(3)
高知城まで行けばサフランは日本の城を見て目を丸くする。巨大な石垣に瓦の家屋は見る者を圧倒。日本の城というものは力強く、それでいて自然との調和が美しい。サフランには見るもの全てが珍しかった。
「お城って初めて来たー! イメージと全然違うよ、すごーい!」
中に入れば音がきしむヒノキの床。これは敵の侵入を察知するためという。欄間は水鳥や波の模様が形作られ、江戸時代から残る屏風、白いふすま、時代を感じさせる畳、サフランには障子や掛け軸も目にするのは初めてだった。
「ユヅちゃん、かくれんぼしよ!」
「駄目よ、サフラン。他のお客さんの迷惑になるわ。それにあなたは魔法でずるをするでしょ」
「イヒヒ!」
高知城の見学が終わって敷地外へ出ると一行はヨーロッパ系の外国人から声をかけられた。
「wireless」
ワイヤレスと聞こえるがユヅキとサフランは意味がわからない。ユヅキが首をかしげると外国人の男女はがっかりと眉をしかめる。そこに木蔵が口出しした。
「スターバックス!」
「Oh! Starbucks!」
「アイルガイドユー アロングザウェイ! レッツゴー!」
「Thank you!」
突然英語をしゃべりだした祖父にユヅキとサフランは尊敬のまなざしを向ける。反対に祖母はまたかと口を開けて眉をひそめていた。祖父がスターバックスまで道案内を始める。
「ユーシュッド ショーユア スマートフォン トゥ ジャパニーズ、アンド セイ ザット」
「Oh Clever! Nice!」
何やら木蔵が説明しながら歩いている。木蔵の英語はたどたどしいがそれでも外国人に通じている。一同がスターバックスに着くと木蔵は笑顔で手を振った。
「ハバナイスデー!」
外国人がスターバックスに入って行くとユヅキとサフランが無邪気に木蔵を褒めた。
「すごい! おじいちゃん英語しゃべれるんだ! すごーい! …ところで何て言ってたの? そもそもワイヤレスって何?」
木蔵はふんぞり返って鼻を伸ばしている。まるでピノキオのような伸び方だ。
「ふふふ! 英語圏の人間はWi-Fiをワイヤレスっていうんだよ。あの人たちはインターネットを使いたかったんだね! それからあの人たちには日本人にはスマホを見せてワイヤレスって言うと通じるよって教えてあげたよ」
「へえ! でも何でスターバックス? Wi-Fiならマックでもよくない?」
「いい質問! それは俺の発音で『マクドナルド』は通じないから! 前にスターバックスって言った時は通じたからね! そういう感じで使える言葉を選別してるんだよ!」
「おじいちゃんって国際人、すごーい!」
ここで瑞枝がうんざりした顔と口調で言った。
「こんじいさんは孫とその友達が見ゆうき言うてから、ようけ張り切っちゅうがよ。 こん人は毎日、英語の勉強をしゆうがやけんど。 実生活には役に立たんし、こじゃんと自慢する以外に使い道がないがよ」
自分の英語力を自慢できた木蔵。それを妻の瑞枝はうっとうしがっている。ユヅキとサフランはそれがおかしくて笑ってしまった。
それから四人は高知の郷土料理店へとおもむく。孫が来るからと木蔵が奮発して予約していた店だ。
サフランはカツオ料理に舌鼓を打つ。海の幸をこんなに食べるのは初めてとサフランは大満足だった。彼女が食べるカツオのたたきに恍惚とした笑顔で声を失う。サフランは土佐和牛の料理にも感動していた。
食事が終わって四人が木蔵の家に帰ると、リビングに座った木蔵が急にこんなことを言い出した。
「今日は土曜日で交流会だった! ユヅキが来てたから忘れてた!」
木蔵がテレビを点けて、見たこともないゲーム機にも電源を入れてヘッドセットを頭に装着した。そうして何やら短い挨拶をすると、ぼそぼそとしゃべりながらゲームを始める。
「ユヅちゃん? おじいちゃん、何をしてるの?」
ユヅキがテレビ画面を見ているとそれは巨大ロボットのゲームだった。ネットワークにつながって他人と一緒にプレイしているようだ。一人称視点で鉄砲を撃ち合っているように見えるが、なじみのないテレビゲームはよくわからない。
「んー、あたしもわからない…」
ここでゲームの中では他のプレイヤーが疑問を言い合う。
《あれ? 知らない女の子の声が聞こえるよ》
《誰、誰?》
《モクゾーさんのところからぽかったけど…》
「しまったー! いつもの癖でゲームを始めてしまったけど、ユヅキとサフランに黙ってるように言ってなかったー! ああもう! 代われユヅキ!」
混乱した木蔵は何を思ったのか自分にはめていたヘッドセットをユヅキの頭にすっぽりとかぶせる。ユヅキの耳にボイスチャットが一斉に聞こえる。
《こんばんはー!》
《こんばんは! お名前、何ですかー?》
《モクゾーさんとはどういう関係?》
「私は木蔵の孫で星山結月です! 初めまして!」
木蔵が慌てる。
「わわわー! しまったー! 口止めしてなかった! 孫とか言ったら駄目ー!」
《嘘や! 孫がおるん⁉ モクゾーさんって俺らと同じぐらいの年と思ってたんやけど⁉》
《モクゾーさん、めっちゃ若い! 反射神経も普通にいいじゃない! 私たちと全然変わらない!》
《ユヅキさん、初めまして!》
《こんばんは! でもユヅキさん、ネットで本名を名乗ったら駄目だよ! リテラシーだよ、リテラシー!》
《コンバンハ、ワタシ、マイクデス』
《Nice to meet you!》
「すごい! 色んな人がいる! すごーい! 今のテレビゲームってこういうことができるんだ!」
ゲームの中には標準語をしゃべる者はもちろん、女性、関西人、英語圏の人間までおり多種多様。木蔵が説明した。
「みんな俺のフレンド。関西の人から東京、北海道、シンガポール人、カナダ系中国人…。マイク先生はアメリカ人だけど、日本に住んでて英語の先生をやってる」
そばで洗濯物をたたむ瑞枝が付け加える。
「じいさんは夜な夜なゲームで遊びゆうがよ。それで標準語をしゃべるがやと。高知弁は通じん言いよるがよ。英語もゲームで遊ぶために毎日勉強しゆうがや」
「みんないい大学を卒業してるから英語がペラペラなんだよ。高卒の俺は努力して英語を覚えてるの。それからみんなに年齢を黙っていたのはスコアが悪いのを年でいいわけにしたくないから。それに年寄りだと若い人に敬遠されるしね」
それからサフランがせがみ出す。
「私もお話したーい!」
木蔵はもう一台のコントローラーとヘッドセットを棚から出してサフランの頭にかぶせた。
「おじいちゃん、いくつ持ってるの⁉」
「こんばんはー! 私、総山サフランでーす! 聞こえますかー」
《わー! かわいい声! こんばんは!》
《聞こえまーす! こんばんはー!》
《ちょ、また本名言ってる! 駄目だよ、リテラシー、リテラシー!》
「私は流星病院で看護師をやってまーす! 友達のユヅちゃんもでーす!」
《し、知らない人に職場も言ったら駄目だよ!》
《関東の方の⁉ 流星病院なら家、近い! 今度見に行こ!》
《やめろや、それはストーカーやぞ!》
《わははー!》
それからサフランは木蔵のフレンドにゲームの遊び方を習って皆と一緒にプレイする。おぼつかない操作で周りからの完全な接待プレイではあったが、初めてのテレビゲームにサフランは大満足のようすだった。




