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サフランと行く 空の旅(2)

 得意げな木蔵、六十七歳。頭はハゲあがり、いかつい顔ではあるが、声は若く優しい。そして優しげなお年寄りの顔の妻、瑞枝の言葉は県外の人間が聞けばケンカでもしているような声だ。

「こんなふうに無理して標準語使いゆうき(使ってるから)、なんか気持ち悪うていかんがよ…。この人、自分で日本を広う見ゆうつもりながやろう(広く見ているつもり)。自分のことグローバルやと思いゆうがやき」


「ぜんぜん無理やないちや(無理じゃない)! それに、俺はいつも世界から見た高知を見ゆうがで! 俺は世界標準ながやき! …サフラン、ばあさんの言葉は俺が通訳してあげるよ」

「うふふー!」


 食事が済むと四人はとさでん交通のバスに乗り、木蔵の家へと向かう。

「今日はたくさん乗り物に乗れて楽しい! バスに乗るのこれで六回目ー! 前に乗ったのと座席がなんか違うなあ!」

 最後尾の座席に座る一行。無邪気にはしゃぐサフランに木蔵夫婦は怪訝に思いながらも、ユヅキに話題を振った。


太陽(たいよう)…。ユヅキの父さんだけど、ユヅキが全然連絡して来ないって悲しんでるよ」

 木蔵の言葉に妻の瑞枝も同意する。

「そうながやき(そうだよ)! 電話も出んし、メールも返さん。めっそう悲しゅうて、いつも言いゆうがよ! たまにはユヅキからお父さんに電話してあげたらえいに!」


「ユヅちゃんってお父さんいたの⁉ 知らなかったー! どこにいるのー?」

 四人はバスに揺られながらユヅキがサフランに説明する。

「お父さん…。星山太陽っていうんだけど、船長さんで今は船の中。朱雀2号っていう豪華客船の船長さんをやってるの。仕事で世界一周旅行のツアーをやってるわ…」


「すごーい! かっこいい!」

 目を輝かせるサフランにハゲた木蔵がすずやかに言った。

「そうなんだよ、船長の仕事って多岐にわたっていて、なれる人材は少ないんだよ。船の安全、航路も確認しないといけないし、要人への接客、パーティーでの乾杯の音頭、はたまたカラオケも歌ったりしないといけないし、船員の指示とか機械の管理などなど、息子の自慢で恐縮だけど、豪華客船の船長って本当に選ばれた人間しかなれないんだ」


「すごい、すごーい!」

 バスを降りた四人は木蔵の案内により歩道を歩く。うんざりとした顔でユヅキがサフランに言う。

「あのね、サフラン。世界一周旅行の船長さんって普段は海の上だから毎日仕事してるわけなんだけど、その分、休みもまとめて取ることになるのよ。それで休みの日は毎日、お父さんが家にいるわけ。仕事もしないで毎っ日!」


「そりゃ休みなんだから仕事するわけないだろ」

「で、『一緒に買い物行こうユヅキ。毎日送り迎えしてあげるよ! それからお父さんと二人で遊園地。学校帰りに動物園も行こうねえ!』とか! あたしが高校生になってもそんなこと言われるのよ! 本当、ウザいわよ!

 それでいて仕事中は家族に会えないわけだから、あたしに毎日、電話とかメールとかしてくるのよ! メールも連発してきて風景の写真を送って来たり! リアクションするのも面倒くさい! 無視よ! 無視!」


(こんなに口が悪いユヅちゃん初めて…)

 祖母がユヅキ親子を案じて言った。

「そんなこと言わんと、ユヅキ、たまには電話してあげたらえいに」

 旅行先で思わぬ祖父母の説教。力が抜けるユヅキはキャリーケースの引き手も地面に落としてしまいそうだ。しかし、ここで名案が浮かぶ。


(…そうだわ。サフランのスマホをアプリでお父さんと通話できるようにしてあげよう! サフランはお母さんを助けてくれたし、お父さんの性格ならサフランのことを大好きになるはず! きっと矛先がサフランに向かうわ! サフランに地獄を少しおすそ分け! やったー!)


 祖父母の家に荷物を預けると四人は近所の高知大神宮(こうちだいじんぐう)へお参りに行く。境内でユヅキが手を合わせていると隣のサフランが真似をして手をパンパンと手を叩いてお祈りする。ユヅキが慌てふためく。

「サフラン…。セリーン様以外の神様にお祈りしていいの…? あたしがうっかりここまで連れて来ておいてあれだけど…」


「大丈夫! 私はいつもセリーン様への信仰心マックスだから何をしても平気だよ! えへへ!」

(本当かしら⁉ マジックポイントが減ったりでもしたらあたしが病院から怒られるんだけど…⁉)

 高知大神宮では鶏が放し飼いになっていた。動物好きのサフランはあちらこちらを歩く鶏にはしゃいでいる。金色の鳥居に手入れがされた樹木、砂利、石畳の道など、静寂と神聖さが垣間見えた。


 そして四人が歩道へ出ると女性たちの声が聞こえた。カラフルなはっぴを着た女性の群れ。みんなはちまきをして道を練り歩いている。木蔵が言った。

「高知県のお祭り、よさこい祭りだよ。踊り子たちが衣装合わせに来たんだろうね」

「すごーい!」


 感嘆をあげる二人に祖父が淡々と説明する。

「よさこい祭りの本番は八月。でも初夏の時期にはこうやって踊り子をたまに見る。参加の踊り子はだいたい一万八千人いるよ」

「すごい大人数!」


「そしてその三割は県外の人間。福岡とか東京などの遠方から来られる。有名企業からも多数参加してる」

「ほんとに⁉」

「それから高知県では仲間のチームで結婚式もはっぴで、あれを着て出られるよ」

「噓⁉」


 いちいち驚くユヅキに今度は祖母の瑞枝が言った。

「ほんまよ。結婚式で踊ったりもするがやき」

「素敵ー!」

「よさこい祭りはただ前に歩いて自由に踊る。ルールがほとんどなくて楽しい。一回熱に浮かされるとまた出たいってみんな言う。俺も若い時は踊ってたよ。踊り子のほとんどは女だけどね、男も出るよ」


「面白ーい!」

 それから五分ほど歩くと石造りの記念碑があった。木蔵が自慢げに言う。

「坂本龍馬の記念碑。ここは坂本龍馬の家があった場所なんだよ」

 坂本龍馬を知らないサフランは意味がわからない顔をしていたが、ユヅキはそんな彼女と記念碑の写真を撮った。それから高知城まで歩く間、木蔵が坂本龍馬について語り出す。


「坂本龍馬は高知が産んだ日本の英雄なんだよ。明治維新の立役者なのに、気取った歴史研究家は文献がないだのどうのこうの、司馬遼太郎の竜馬がゆくでやっと有名になったとか言う人間もいるけど、坂本龍馬の像が立ったのは昭和三年。司馬遼太郎の竜馬がゆくの出版は昭和三十八年。高知では昔から龍馬を英雄視してたんだよ」


 木蔵は日本の歴史を知らないサフランにわかりやすく話し出す。

「昔、日本は外国から侵略されそうになってた。黒い船でドッカンドッカン大砲を撃ってきた。そして江戸幕府っていうのがあって、みんなを今の東京に呼んで話し合いをするんだけど、全国の殿様の格好はてんでバラバラ。西洋かぶれで洋服を着てる人もいれば、羽織という和服の人もいたんだ」


「うふふ」

「それぐらい当時の江戸幕府は日本を統率する力がなかった。幕府っていう一番偉い組織を倒して取って代わろうとする藩もあった。でも日本国内で戦争が起こるとサフランどうなる?」

「よその国の人がお船で攻めて来る!」


「その通り! 内戦を起こすわけにはいかなかったんだ。それで坂本龍馬は仲が悪かった鹿児島県と山口県の仲を取り持って、薩長同盟を結成。江戸幕府を無血開城させたんだ。武力を使わずに平和的に革命を起こした。その後日本は海外列強と対抗する力をつけて行った。これを成し遂げた龍馬は英雄と言わず、何と呼ぶ⁉ りょうーまー!」


 木蔵は涙を流して泣いている。ユヅキとサフランは思った。

(まるで友達の死をなげいているようだわ)

(ぷぷ。おじいちゃん面白い)

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