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オズの魔法使いが配信停止する(2)

 会議室に各科のセンター長や代表者がぞろぞろと現れ、それぞれが適当な場所に着席する。遅れて現れた上座の院長が本日の司会。ハゲて小太りの保田克則(ほだかつのり)院長が淡々と語る。

「今日の緊急会議は…僧侶の総山サフランが楽しみに観ていたネット配信ビデオ、オズの魔法使いの配信が終了してしまった。それで当院の仕事に支障が出ている…。ちなみにサフランが観ていたアニメの題名は原作と変わりなくオズの魔法使い、製作・著作はテレビ新宿、平成元年放送…」


 会議室にクスクスと小さな笑いが巻き起こる。的場教授の隣に座る眼科と泌尿器科の科長がヒソヒソ話をする。

「大人が緊急で集まってする話ではないですね」

「ええ、バカバカしくて実に面白い」

 消化器外科のセンター長が真面目な顔で起立し、声を上げる。


「確かにこれはたいへんな問題です! 今日の術後、総山サフランは魔法を三回も間違えた! 涙をためて呪文を言うものだから途中でしゃっくりが出たりするんですよ! 今日はこのまま患者の傷が回復しないのかとヒヤヒヤものだった! …ああ。あの子には薬をあげましたよ、しゃっくり止めの漢方薬をね」


 ここで笑いがまた起こった。的場教授は腕組みをする。

(そこまでしゃっくりがひどかったか…)

 そして違う医者が発言する。

「お世話係の星山のミスだ! だいたいそんなに大事なアニメならダビングしておけばよかったんだ!」


 その隣の医者がそれを否定する。

「ビデオテープじゃあるまいし。昨今のネット配信のコンテンツはセキュリティがしっかりしているんです。…ちなみに私はある映画をパソコンの録画ソフトを使ってハードディスクに落とそうとしましたが、音声のみしか録れませんでした…。画面は真っ暗でした…」


「おお…」

 角度のおかしい意見にどよめきが起こる。

「最近のはそうなんだ…」


 皮膚科医が言った。

「そもそもアニメ番組が一つ観れなくなっただけで仕事中に泣くなよ…。総山サフランはもう高校生みたいな年齢だろ…」


 その言葉に対して向かいの席に座る女医が文句を言った。

「あら、長島先生! それならあなたの高校生の娘さんをうちの科で体験就業させてあげましょうかー? さて泣かずにお仕事できるかしら? 途中で帰ったりしないかしらー?」

「あんた⁉ パワハラする気満々じゃないか⁉ 労基に訴えるぞ!」


 皮膚科医がさらに発言する。

「それならばSNSでオズの魔法使いのビデオを持っている人間を探してはどうです⁉ 日本中探せば一人ぐらいコレクションで持ってるでしょう?」

 ここでそれぞれ感嘆の声が上がる。一人の医師が反対意見を大声で言った。

「いや、それは著作権違反だろ⁉」


「この場において著作権なんて軽い!」

「著作権法違反なんてここの誰か一人刑務所に入ればいい! 医者の代わりはいくらでもいるが、この世界に総山サフランの代わりはどこにもいない!」

 また失笑が飛び交う。今日の会議はどうにも苦笑いが多い。院長がさらに説明を加える。


「言い遅れたけど、サフランはオズの魔法使いのアニメを全五十四話中、四十三話まで観たそうだ。なぜこんなスローペースかと言うと、サフランが急に前回の話をもう一度観たいとか、さかのぼってライオンが登場するシーンを観直したいなど、お世話係の星山ちゃんに頼んで反すうしながら楽しんでいたらしい。

 星山ちゃんは初め、オズの魔法使いを観ていなかったそうだけど、サフランがすでに観終わったエピソードの視聴を突然リクエストしたりするものだから、星山ちゃんも一緒にメモを取りながらアニメを観ていたそうだ」


 また会議室が笑いに誘われた。

「星山ユヅキはまるで母親だ!」

「自分も子供が小さい時にそんなことをしてた。思い出すな…」

「ネット配信って私は昔、一度映画やドラマが流れたら、半永久的にそれが流されるものと思っていました。それに限りがあると知った時は驚きました。権利を借りて一時的に放送しているだけなんですね!」


 院長が言った。 

「そうなんだ。違う世界から来たサフランはずっとオズの魔法使いを観れると思ってた。それが突然終わるなんて…。…きっとサフランは何度もオズの魔法使いを観ようと思ってたはずだよ。それだけ楽しみにしてたんだ」

 的場は思った。

(院長自身、人のことどころではないはずだが。今日もこんなにおちゃらけて…。他人に本心を見せない人物だ。しかしやはり院長にも総山サフランは必要不可欠だからか…)


 会議室に小さなため息が漏れた。院長が続ける。

「サフランってこっちの世界に何をしに来たのかいまひとつよくわからないんだよね…。気まぐれでここの仕事を手伝ってもらってるけど、本当にオズの魔法使いを観に来ただけだったら、このままじゃあの子帰っちゃうよ…」

 全員が無言になる。院長が鷹揚(おうよう)に言った。

「あのさー、この中で一回もサフランの世話になったことがないという奴はいるかー?」


 誰一人手を上げない。沈黙が続く会議室で今度は院長に矛先が向いた。

「そもそも保田院長が厚労省や政治家ばかりと仲良くしてるのがよくないんじゃないですかね⁉ 院長はマスコミ対策でテレビ局にもコネを作っておくべきだったんじゃ⁉」

「そうだそうだ!」


「院長が国会議員の友達に頼んでテレビ局に圧力をかけてビデオをコピーしてもらえばいいのじゃないんですか?」

 ハゲた院長は冷や汗を流す。

「ワ、ワシは議員の先生とそこまで仲良くはない…。そんなふざけたお願いをしたら、あっという間に関係を切られてしまう…」


 ここから院長はここぞとばかりにやり玉にあげられる。

「今まで議員の先生が患者として来る度に手術の横入りがあって、予定を変更するのがたいへんだったんですよ! 院長先生は国会議員を優先してくれって言うから、もう手術のスケジュールが組まれてる患者さんに、がんの患者さんが来たから日程をずらしてくれってお願いして! そんなことが今まで何回あったと思ってるんですか⁉」


 同調する声が院長の耳を突く。

「そうだ、そうだ! はた迷惑もいいところだ!」

「そ、それは、サフランが来てからほぼ解消されただろ…。総山サフランはやっぱり必要なんだ…」

 ため息がいくつか聞こえたかと思えば静まり返る会議室。由々しき事態とだけは皆が共有できたようだ。


 保田院長が最後のまとめを言った。

「ま、この病院の職員が全員で知恵を絞ったらどうにかできるんじゃないかってワシは思うのよ。みんなそれぞれの科の方に戻ったらスタッフに通達を出して」

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