オズの魔法使いが配信停止する(1)
「しまったー! 寝坊したー! 今朝のおかずを買うのも忘れてたー! サフランの機嫌を損ねて今日は魔法を使わないとか言われるー!」
パジャマ姿のユヅキがぼやきながら電子ジャーからご飯をよそう。朝食に白いご飯だけを二つ、テーブルに置いた。そしてサフランにふりかけを見せる。
「なにこれ?」
「ふりかけでございます」
ユヅキは海苔と玉子のふりかけを自分のご飯にパサパサとかけて見せる。サフランも真似をした。
「お、おいしいわ…」
内心、ビクビクしながらふりかけご飯を口に入れてチラリとサフランに目をやると。
「おいしい!」
(喜んで食べてる! 本当に何でもおいしく食べる子だわ! すごい!)
「おかわり!」
「どうぞどうぞ!」
結局、サフランはご飯を三杯食べた。
(今日は失敗したけど、次は気をつける! サフランの健康、食生活はあたしが守るわ!)
(ヒヒヒ!)
職場に着いてユヅキがタイムカードを押していると、顔を合わせた看護師長と挨拶を交わす。
「おはようございます、看護師長」
「おはよう、星山さん」
熊田看護師長のジト目に嫌な気分がする。何かを考えている顔だ。さっさとここを去らなくては。
(サフランのお世話係、簡単、楽しいなんて漏らしていたらこのポジションを誰かに奪われかねない! そしてたいへんきついと言っても交代させられる! 手術室なんか戻りたくない! それでいて夜勤もやったことがないし、たぶんあたしには普通の看護師の仕事は無理! ぬるい仕事を始めたせいで看護師としての能力が激減よ! 全然気にならないけど! うまい具合に表現して人からこの仕事を取られないようにしないと! この仕事を見事に独占してみせるわ!)
ユヅキは腹黒かった。頭の中はサフランと同レベルだ。看護師長からこう言われる。
「あのねー、星山さん。サフランに質問したの。仕事中だけでも院内の案内を違うお姉さんと交代していいかって。そしたらサフランはいつも星山さんと一緒にいたいって。家にいる時だけはあなたと一緒でいいと思ったけど、病院ではローテーションでサフランのお世話係をまわそうって案があったけど、サフランの意向には逆らえない。とりあえず今はそれでいくわ」
「はい、あたしはサフランの下僕ですから」
「あなた最近楽しそうね」
「まあ、はい…」
(こういうどうとも言わない返事が大事!)
*
仕事が終わって部屋に着いたサフランは今日もお楽しみでテレビの前に座る。そしてリモコンのボタンを押した。
「さあ、オズの魔法使いの続き続き! 穴に落ちたドロシーたちはどうなるんだろ!」
「また靴下を脱ぎっぱなし! 洗濯かごに入れてっていつも言ってるでしょ!」
ユヅキが毎回おなじみの注意を言った時、サフランが動きを止めて呆然としていた。
「ユヅちゃん、オズの魔法使いが始まらないよ…」
ユヅキが確認するといつもは画面の左上に表示されるオズの魔法使いのサムネイルが見当たらない。
「何これ、どういうこと…」
ユヅキが慌ててタブレットで検索。すると自分が加入している動画配信サービスの中で、オズの魔法使いの配信が終了していることがわかった。
ユヅキは声も出ないぐらい驚いた。
(こ、こんなことって⁉)
ユヅキの心臓が早鐘を鳴らす。
(あたしの人生で最悪の事態かも⁉)
*
翌日、サフランは涙を流しながら仕事に就いていた。手術室で彼女のすすり泣く声が静かに響く。
「…ドロシー、トト、ライオンさん…。ヒクッヒクッ…。もう会えない…。ヒク…」
初めは笑っていた職員たちだが一向に泣き止まないサフランに周りが皆、焦燥感を募らせていた。
患者の手術が済むと医者がいつものようにサフランに回復呪文を頼むが、サフランが言葉をつっかえて思うように声が出ない。
「スタフ・ワンズ…ヒクッヒク…。スタフ・ワンズオゥルド…ヒクッ…。スタフ、スタフ…ヒク…。うええーん…」
泣いてばかりのサフランに医者たちの怒りは当然のようにユヅキに向いた。
「星山ユヅキ! サフランのお世話係、どうなっている⁉」
(そんなことを言われてもあたしがどうにかできるわけないじゃない⁉)
オズの魔法使いの配信終了はユヅキにとって寝耳に水だった。彼女は普段からアニメを二倍速で視聴しているため、連続放送のアニメ一クール、およそ十二話分をだいたい二時間強で観てしまう。そういった習慣で動画配信サービスには放送期間が決まっていることをすっかり忘れてしまっていた。
あらかじめそれをチェックして早めにサフランに全話視聴を促すべきだったのだ。しかしサフランは平成元年放送のオズの魔法使いをたいそう気に入っていたので一度最後まで観ても、また最初から視聴し直したい、何度も観返そうと思っていたことだろう。
予想もしていないつらい現実にサフランは昨日から声を枯らして泣いていた。
ユヅキの方もサフランのために検索に力を尽くすが、他の配信サービスに平成元年版のオズの魔法使いのタイトルは見当たらず、DVD、ブルーレイともにディスク化もされていないことを知る。
「普通に人気がなかったのね…」
その後、サフランをレンタルビデオ店にも連れて行った。名作、オズの魔法使いは他にも幾度となく映画化、アニメ化している。
ユヅキは他のオズの魔法使いのパッケージをサフランに見せてみるが、「あの絵がいい。あの絵じゃないと嫌」とサフランは心のままの主張をする。
(サフランが言いたいことはよくわかるわ! 同じ物語でも絵や脚本が違ったりしただけで視聴意欲がすごく変わるもの! それにあのオズの魔法使いはアニメオリジナルの話が多かった…。個性的な脚本だと思うわ。…あたしも夢中で観ていたアニメを途中で二度と出会えないみたいになったらショックで寝込んでしまうわ! 仕事なんて到底行けない!)
ユヅキとサフランは絶望のどん底に落ちていた。
*
その日、緊急会議が開かれると聞き、なんとなく一番に会議室に着いてしまった脳外科医の的場教授。大学病院からの赴任、センター長を兼任している。長方形に囲んで並ぶテーブルに彼は司会席から最も遠い下座に着席する。
見上げれば半径二メートルはある円形の蛍光灯。上座の向こうにはプロジェクター用巨大スクリーン。足元には最近新調された青と水色がしま模様で広がるカーペット。院長が言うにはアクリル製の高級品ということらしい。裸足で歩いてもいいようなカーペットだ。土足で歩くのがもったいない。白髪で痩せた的場教授は考えた。
(総山サフランのおかげでこの病院は荒稼ぎしている…)
窓と反対側の壁には絵画が三枚、額縁に収められて並んでいる。著名な画家が描いたもので税金対策になるそうだ。
(会議室にまでこんなものを…。院長は自分の部屋だけに置いておけばいいだろうに…。成金趣味だ…)




