動物大好き! ユヅちゃん、サフラン(2)
二人は二階の部屋まで通される。掃除が行き届いたその部屋にサフランは歓声をあげた。
「うわー! 猫ちゃんとわんこが仲良くしてるー! 初めて見たー!」
そこは社会性と社交性の特に高い犬と猫だけを集めた部屋だった。キャットタワーに犬がよじ登ったり、犬用の骨型ガムを猫と犬が取り合ったりしている。座布団に猫と犬がくっつきあって眠ったり、お互いをなめ合ったりする犬猫もいる。
サフランは恍惚とした表情で動物に触る。ユヅキも座り込んでおいでおいでと手招きをする。触り方が下手なサフランはたまに猫に手を噛まれたり、引っかかれたりもした。それでも嬉しくてサフランはご機嫌だ。
動物の扱いに慣れたユヅキは犬と猫に人気があり、四方八方から動物が寄って来る。
「ユヅちゃんばっかりずるーい!」
そう言いながらも楽しげなサフランにユヅキが目を細めていると、ボランティアの青年、柳川が騒ぎ出した。
「ない! ない! 焼き鳥が一本ない!」
「柳川さんどうしたの?」
「いや、ここを管理してるボスから焼き鳥をもらって、僕と君たちで食べようって棚に置いてたんだ。全部で九本! 一人三本ずつって覚えていたから間違いない! それが八本になってるんだ!」
(柳川さんってそんなに焼き鳥が好きなんだ)
(このお兄さん、私と同じぐらい食いしん坊。ヒヒ…)
「別にいいじゃない? 私、そんなに無理して食べなくていいわ。サフランにあげて」
「やったー!」
青年は大きくかぶりを振った。
「違うんだ! 犬か猫が焼き鳥を食べたかもしれないんだ! 串ごと! ここに焼き鳥なんて持って来るべきじゃなかった! うかつだった!」
ユヅキとサフランは青ざめた顔をする。
「急いで誰が食べたか探さないと!」
柳川青年は焼き鳥を食べた犯人が誰なのか探し始める。そしてユヅキは部屋の隅にいた黒い犬に異変に気づいた。犬種はヨークシャーテリア。
「ゴホッ。ハァッ! ハァッ!」
咳をしているような、嘔吐しようとしているような。
「この子…かな?」
それでいて健康状態は悪くなさそうだ。スタスタと歩いてユヅキに向かって尻尾を振っている。
「動物のことはわからない…」
「私も…」
「そこの段ボールを踏み台にして棚の上の焼き鳥を食べたのかしら…」
半信半疑だったが、サフランは宝箱の呪文を唱える。そして透視したサフランが絶望的な表情でユヅキに小声で告げた。
「この子のお腹の中に串が入ってる…。串が胃のところまで行ってる…。串はちょうど半分のところで折れてるけど、切断までには至ってない…。串の先はまだ胃の壁には当たってないよ…。でも時間の問題…。早くしないと…」
「柳川さん!」
ユヅキが叫んだ。
「この子よ! この黒いヨークシャーテリア! そんなに具合が悪そうにも見えないけど、さっき吐こうとしてたもの! あたしを信じて! 信用できないなら、柳川さんも何頭か選んでまとめて動物病院に連れて行きましょう!」
柳川青年は数秒考えたが、ユヅキの言葉を全て信じることにした。
「よし! この子を連れて行こう! クロ、おいで!」
クロと呼ばれたヨークシャーテリアをケージに入れると柳川は急いて車に乗り込んだ。二人もそれに乗り込む。
車でシェルターから十分ほどかけて動物病院へ到着する。二人はその間ずっとクロを見ていたが、徐々にその犬の元気がなくなっていることに気づいていた。
柳川が駆け足で動物病院の中へ入ると、そこの獣医にばったりと出くわした。そしてその獣医は血の気が引いていた。
柳川が獣医に言った。
「先生、今日は顔色が悪いですね…。どうしました?」
そでには大きな包帯があって血がちらりとにじんでいた。
「さっき患畜のセントバーナードに腕を引っかかれて…く、く…。柳川君、今日はどうしたの…?」
「このヨークシャーテリアが焼き鳥を串ごと食べてます。直接見てないからはっきりとは言えませんが、たぶん…」
獣医は歯を食いしばって言った。
「私は人間の病院に行きたいけど、私よりもこの子の方が重症だ。これぐらいで根を上げられない…。頑張ってみるよ」
ユヅキとサフランが目をしばたたく。
(な、なんて日なの⁉)
獣医はさっそく超音波検査装置を使うと、胃の中に間違いなくはっきりと串の形が見えた。画像を見た柳川とユヅキは背筋を凍らせる。
この頃にはヨークシャーテリアのクロはぐったりとして診察台の上で横を向いていた。
「内視鏡で串を引き抜くよ…。クロちゃんも動けなくなったみたいだし、これなら麻酔も要らない…。しかし先に言っておきますが、最悪の場合、開腹手術となります。私の腕の怪我からすぐに手術というわけにはいかない…」
「わかりました…」
柳川が力なく返事をする。
獣医は看護師にクロの口を開けさせて器具を口の中に突っ込む。ここで獣医は「うぅっ」と苦痛を漏らす。かなりの痛みのようだ。
全員がモニターに映された口腔内を見ながら、サフランとユヅキが応援する。
「先生、頑張って!」
「頑張ってください!」
内視鏡がクロの喉を通る時、サフランは誰にも聞こえないぐらいのボリュームで呪文を唱えていた。
「あ、何か急に腕が楽になった!」
獣医の腕が急に動きが良くなる。さらにサフランは小回復の呪文を続けた。
「あ、まただ! 痛みが引いて行く!」
さらに内視鏡はなめらかな動きを見せて、鉗子がみごとに串をとらえる。そしてクロの口から焼き鳥の串が引っ張り出された。
「うまくいった!」
「やった!」
「先生、ありがとうございます!」
全員が胸をなで下ろす。柳川が二人に向かって礼を言う。
「今日はありがとう! 何かいくつも奇跡が起こったみたい。クロが助かってよかったよ! 二人ともここまで付き合ってくれてありがとう!」
「いえいえ! あたしもいい経験をしたわ。焼き鳥も串カツも動物には危険ってわかったし」
「ヒヒ―!」
ユヅキが獣医に忠告する。
「先生は痛みが薄らいでも感染症の危険があります。今からでも人間の病院に行って抗生物質を貰って下さい。あたしが勤務する流星病院に行って欲しいです。それから星山結月と総山サフランという看護師がいたと言ってもらったら!」
「わかったよ」
それからサフランが急にこんなことを言い出した。
「私、動物を助けたくなった! 動物の看護師さんになりたーい!」
ニヤついたサフランがユヅキを見る。ユヅキはヤブにらみの目になった。
(またそんなことを…。あたしが困って慌てる姿を見たいのね…。そう何度も引っかからないわ…)
「獣医の先生! 質問ですけど、こちらで動物病院の看護師って募集条件あります?」
「えっと、十八歳以上で高校卒業した子だね。うちでは動物が好きだとなおいいね」
「だって! サフラン!」
サフランは途端に無表情になってぽつりと言った。
「もうユヅちゃんとは口きかない」
本当にその後、ユヅキはサフランから徹底的に無視される。さらに翌日、看護師長に告げ口された。
「星山さん! また異世界マウントを取ったらしいわね! サフランが孤独を感じたって泣いてたわよ! もうお世話係を交代した方がいいかしら⁉」
「私、とっても悲しい…。シクシク…」
サフランが泣き真似をしながら唇を歪ませて笑っていた。
(ヒヒー!)
(本っ当に腹立つ子ねーっ!)




