動物大好き! ユヅちゃん、サフラン(1)
ユヅキの部屋でサフランがもったいぶって言った。
「ユヅちゃんにお願いがあるんだけど…」
サフランが体をくねらせてユヅキを上目づかいに見る。かわいさ全開アピールだ。
「スマートフォンが…欲しいなあ!」
(うわ、とうとう言い出した!)
「もしもししたり、お買い物でチャリーンってしたら楽しくてかっこいい! ユヅちゃんともお話したいなあ!」
「あなたはいつもあたしと一緒にいるから電話する必要ないじゃない」
「じゃあ! 私、看護師長のおばちゃんの家に引っ越す! おばちゃんにスマートフォンを買ってもらってたまーにユヅちゃんに電話してあげるよ。一回十秒だけ。ヒヒ…」
「ボタンがすごく多いのよ! あなたには携帯電話を使えないわ」
「また異世界マウント! 看護師長に言いつけるから!」
(この子に携帯電話を買ってあげたら、通話時間なんかわからずに無限に電話をかけ続けるわ。無意識であたしが困る行動を取るから、間違えてアメリカの時報なんか二十四時間聞いちゃったり…。電話代がいくらになるかわからない! 電子マネーもチャージした分全部つかうはず!)
結局、ユヅキはサフランにスマートフォンを買い与えた。契約はデータ通信のみ。通話は音声通話アプリでお茶をにごした。
「電子マネーもあなたにはまだ早いわ。まずは現金を持ってこちらのお金の価値を学びなさい」
その日は休みだったが、スマホのことでサフランと付き合い、一日つぶれてしまう。
「ユヅちゃん、お電話しよう! 電話かけて! あれ、これってどうやるの…」
「ここをタップして上にスライド。ちなみに拒否する時は下にスライド」
「わー! ユヅちゃん、もしもしー! …声が直接聞こえるから離れてよ!」
家の中ではサフランがご機嫌でスマホで話をする。
「今日の晩ご飯は何ですかー⁉」
「まだ決めてないわ。これから買い物に行くわ」
「わーい、一緒に行くー!」
その後もサフランがスマホを使いこなすことはなく、いちいちユヅキのフォローが必要となる。世話好きのユヅキはそれはそれで楽しいと快く思った。
*
仕事の終わりに二人は散歩を楽しんでいた。サフランの今日の服装は茶色のジャンパースカート。それはベストとスカートが一体になった服で袖のないワンピース状のスカートだ。サフランはユヅキの着せ替え人形のようになっていた。
サフランに自分好みの服を着せて並木道を歩くユヅキは心が踊る。
(隣を歩くだけだけど楽しくてたまらないわ。これでサフランの性格が良ければもっと最高なんだけど!)
サフランはこちらの世界での散歩が大好きだった。何か知らない物を見つけてはユヅキに質問する。それでいて先日は歩道橋を見つけて大興奮。車を真上から見ることができる、遠くまで見渡せると何度も感動していた。そして歩道橋を十往復、存分に空中の移動を楽しむ。ユヅキは激しい階段の昇り降りで完全な筋肉痛になっていた。
(歩道橋は避けておかないと…。こっちの道なら大丈夫だわ…)
そんなことを考えているとサフランが道行く猫を発見した。
「わあ! 猫ちゃんかわいい! おいでおいで!」
人に慣れているのか、野良とおぼしき猫がサフランに近寄って頭をすりつける。
「うふふふー!」
サフランはたまらない笑顔でキジ猫をなでる。
「猫ちゃん飼いたいなあ…」
わざとらしくユヅキの顔を見ながらニヤつく。
「猫ちゃん飼いたいなあ!」
(どうせ、あたしを困らせたくて言ってるだけ。腹が立つわね…)
「ユヅちゃん、何か食べ物持ってない? この子にあげたい!」
突然ユヅキは明後日の方向にしゃがみ込んで植え込みの下に手を伸ばした。そうして出て来たのは小動物用の捕獲器だった。
細い金属で組まれたそれを地面に置くとサフランから猫を取り上げて、小さな牢屋の中に押し込んだ。おとなしいその猫はいともたやすく捕獲される。
「ニャー!」
猫は急に断末魔のような声で叫び出す。自分の命が危機に直面したと察したような声だ。
「ユヅちゃん⁉」
サフランが慌てふためいているとユヅキは眉も動かさずに電話をかけた。
「あ、柳川さん。こんにちは。猫を一匹捕まえたから。…うん、そうそう。え? 近くにいる? 待ってる。じゃあよろしく」
電話を切るとサフランに言った。
「今から猫が好きな人が来るから。ボランティアでやってる人。…サフラン、あなた自分のこともちゃんとしないのに動物なんか飼えるわけがないでしょ! それに自分より立場の弱い存在がいたらあなたは必ずいたずらするわ! この子がかわいそう!」
「ヒヒ…」
「もう笑った! それに野良猫にご飯をやることは許されないわ! あたしは餌をやることも飼うこともできない! だからボランティアの人に協力する! かわいそうな猫を少しでも減らすために!」
そして柳川という青年が現れる。その青年は捕獲された猫をスマホの写真と何度も見比べながら言った。
「星山さん、連絡ありがとう。この猫はしばらく前から行方不明になっていた子かも…。少し遠い家の飼い猫かもしれない」
と猫を捕獲器に入れたまま、そのまま預かって去って行った。
「サフラン! とにかく中途半端な優しさでは猫たちを幸せにしないわ! まずは知識を身につけなさい!」
ユヅキの思いがけない一面を見たサフランは思わず声が出た。
「ユヅちゃん、面倒くさい…」
数日後、仕事が終わって私服に着替えたユヅキ。部屋に座るサフランを見てみるとローテーブルについて本を読んでいた。内容から見て白血病の本だった。ユヅキが驚く。
(サフランが勉強してる⁉ いや、向学心があるから当たり前か! それも魔法でカバーできない分野を勉強してるわ!)
「あなた、その本はどうしたの?」
「がんセンターの滝沢先生から借りたよ」
(あたしも勉強しないと…。サフラン依存症だし、どんどんポンコツになっていくわ…)
「先生と仲良しね…。ところでサフラン、先日、猫を連れて帰った人がいたでしょ? 柳川さん。その人がシェルターに遊びに来ていいって。うちじゃ動物は飼えないけど、そこなら、保護された犬や猫がいるから触り放題よ。行く?」
「行くー!」
サフランがユヅキに連れられて行ったそこは二階建ての一軒家。二人が柳川青年を訪ねると、彼は笑顔を見せて快活に言った。
「星山さん、電話でも言ったけど改めて君に感謝を! ありがとう! あの猫の飼い主さんはすぐに見つかったよ! そこのお子さんが泣いて喜んでたよ。星山さんにも礼を言うよう言われたよ! ありがとう!」
ユヅキは黙ってにっこりと微笑み、そんな彼女にサフランは尊敬の眼差しを送っていた。




