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サフランとお出かけ

 翌日からもあたしたちは仕事に頑張った。と言っても基本的にあたしはサフランの活躍を見てるだけだけど。

 サフランは怪我の治療はもちろん、患者さんの透視も行う。MRIという人を輪切りにして体の中を見る機械もあるのだけど、それが使えない患者さんもいるの。初期の妊婦さんとかペースメーカーとか付けた人とかね。


 サフランは脊髄疾患や膝の骨挫傷、腰のヘルニアなんかをどんどん言い当てる。

 先生たちは半信半疑。だけど否定する要素がないからサフランの言うがままに患者さんの手術を始める。

「体を切って病気を間違えてたら魔法で体を元に戻せばいい。機械のトラブルで手術を一旦、中止しましたーとか言って!」って乱暴な考えなの。でもでも、サフランが病巣を見間違えることは全くなかった。ライオンさんたちの指導がよっぽどよかったのね。


 彼女から見ればあたしたちは縁もゆかりない人間。サフランはそんな人たちのためにそこまでがんばらなくても、とも思った。

 何が彼女を駆り立てているのかわからないけど、きっとライオンさんのおかげよね。

 サフランがこちらの世界に来て十日ほど経った頃の休日。


 あたしたちはちょっとしたお出かけをした。あたしはジーンズ姿で、サフランにはあたしが買ってあげた胸元にフレアがついたブラウス。下は柔らかいデニムのパンツで彼女の顔にすごく似合ってる。お人形さん感が倍増! 甘やかしたくなるわよ…。

 あたしは切符の買い方をサフランに教えてあげて、二人で電車に乗った。乗り物が好きなサフランは座席で靴を脱いで流れる景色を見ながら足をバタバタとしている。


「やると思った。恥ずかしい…」

 小学生から「大きなお姉ちゃんが子供みたいなことしてるー!」と爆笑されている。初めて電車に乗ったら誰でもこうなるわよ! そしてサフランに注意できない自分…。ぐぐぐ…。

 十分ほど電車に乗って目的地の駅へと着いた。そして歩いて五分ぐらいの所のマンションへとたどり着いた。目指すはそこの十五階。かつてあたしが住んでいた家だ。


 チャイムを一回押しただけでこちらは鍵を開けて勝手に家にあがった。部屋の奥のベッドルームであたしの母が体を起こしてテレビを観ていた。

「お帰りなさい、ユヅキ。あらー、あなたがサフランね。話は聞いてるわよ」

「こちらはあたしのお母さん、星山美月(ほしやまみつき)よ」


「初めましてー!」

 母は最近、外に出ることがほとんどなくなったため、急に老け込んだ顔になってしまった。美容室も行ってないのか枝毛がたくさん見える。

「ふふふー。本当、あなたかわいいわねえ! ユヅキからよく聞いてるわよ! 病院に奇跡が起こったーってね! ユヅキはあなたに本当に感謝してるのよ!」


「ええーっ⁉ ユヅちゃんあんまりそんなこと私に言わないよ! ジュースを飲んだらコップを戻してとか、冷蔵庫は開けっ放しにしないとか、怒ってばっかり! 『コラ、サフラン、また勝手にプリンを食べたわね!』とかばっかりだよーっ!」

「それは人として当然のことじゃない! サフランがうちで傍若無人(ぼうじゃくぶじん)すぎるのよ!」

 母が瞳を細めて笑った。


「あなたたち、仲がいいわね。本当の姉妹みたい」

「お姉ちゃん、大好き!」

「ぐはっ!」

 意表を突かれた! あたしのハートに天使の矢が突き刺さった…。これでまたあたしを意のままに操ろうという魂胆(こんたん)ね…。き、汚いわサフラン…。

「ところでね。お母さんって脚が悪くなって歩けなくなったの。ずっとベッドで寝てる生活みたいだわ。手術するために一度は入院したんだけどね…」


「入院後の検査で、なぜか私の肝機能が高かったの。それで手術ができなくて肝機能が下がったら一旦、退院。前回もそうだけど、手術が怖くてね…。家に帰ったらもう病院に行きたくなくなっちゃった」

「何言ってるのよ! 約束してくれたじゃない! 脚が治ったらまた遊びに行こう、映画とか観に行こうって!」


「手術で脚が馴染むまで何年もかかるらしいじゃない。痛みや後遺症も残るかもしれないって。それの同意書にサインしたら誰でも怖くなるわよ…」

 あたしたちは向き合ったまま少しの間、無言だった。


「でね、サフランならお母さんの脚を治せるんじゃないかなあって来てもらったの! お母さんは股関節が悪いの。サフラン、わかる?」

 ベッドに横たわる母の股関節に手のひらをかざしてサフランが宝箱の呪文を唱え出した。

「あ、お母さんは布団をめくらなくていいから!」


 魔法を唱えたサフランが股関節を透視。そしてすぐに驚きの声を上げた。

大腿骨(だいたいこつ)の血管に血が通ってない…。大腿骨(だいたいこつ)がつぶれてる…。どうして!? …こんなことって よりによってユヅちゃんの…」

 サフランはこれまでにない驚きようだった。

「サフラン、病名わかる?」


大腿骨骨頭壊死だいたいこつこっとうえし

 母がいぶかしげな顔で言った。

「ユヅキ、サフランに私の病気のこと言ったの?」

「言ってないわ! 何度も言ってるけどサフランは本当に魔法が使えるの!」


「驚いた…。私に手術を受けさせたいために嘘をついてるって思ってた…」

「サフラン、回復魔法でお母さんの脚を治せる?」

「回復呪文だけじゃ治らない…」

「え…」


 サフランが真剣な表情で母に訴えた。

「美月さん! 手術をする必要があります!」

 彼女の瞳は真っ直ぐと母の目をとらえている。


「つぶれた大腿骨を切除する必要があります! それから回復呪文を使えば健康な骨が生えて来ます! 術後の痛みや後遺症も残りません! このままではあなたは立つこともできなくなります! 勇気を持って手術を受けてください! 歩いたり走ったりできることは本当に素晴らしいことなんです! わかります、なぜなら私も大腿骨骨頭壊死だいたいこつこっとうえしでしたから!」


「サフランってそんなしゃべり方ができるんだ…」

 お母さんの手術が決まった。


 人の骨には血が流れている。その骨の中の血流が止まると壊死(えし)してしまう。股関節の大腿骨(だいたいこつ)の血が止まることによって起こる大腿骨骨頭壊死だいたいこつこっとうえし

 本当なら人工関節を付ける手術が必要だ。


 人工関節の手術は痛みが残るらしいし、脚を自由に動かせるようになるまで根気強いリハビリが必要。今までの筋肉と違うところを鍛えなくちゃいけないの。本人にとってそれは試練だと思う。

 そんな試練を素通りして脚が戻るなんて奇跡…。


 流星病院での母の手術も終わり、病室のベッドで眠り続ける母を見ながら、私は思いふけっていた。

 外科の先生の作業は母の大腿骨(だいたいこつ)の先を切断しただけ。あとはサフランが魔法で母の脚を回復した。

 術後、先生がお母さんのレントゲンを撮って観察してみたところ、股関節は治っているらしい。隣のサフランが突然言った。


「ジュース飲みたい」

 ちょっとこんな場面でどんな神経⁉ 仕方なく二人で休憩室に行ってサフランにジュースを買ってあげる。サフランがゆっくりとジュースを飲み干して病室に戻ると母がよたよたと立って歩いていた。

「ちょっとユヅキ~! お母さん歩いている~! 歩いてるよ~!」


「歩行器も使わないで! 何を勝手に立ってるの⁉」

 あたしが母を抱きとめると、お母さんが泣いている。

「立てる! 歩ける! 嬉しいーっ! ああーっ!」

 あたしも嬉しい!


 二人で抱きしめ合って号泣する。こんな日が来ることなんてずっとずっと先のことだと思ってた! もしかしたら、永遠に来ないかも…そんな悪い考えもよぎっていた…。

「うふふー!」


 あたしたちを眺めるサフランは普通に笑顔。たぶん、あちらの世界でこんな光景を何度も見ているんだ。改めて思うけど、この人達の医療はこちらのかなり上を行っている! ありがとうサフラン! サフランをこちらに送り出してくれたライオンさんにもお礼を言いたい!

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