二日目。ユヅちゃんから名字を付けてもらったよ!(2)
廊下を歩きながらサフランが質問する。
「ところで循環器外科ってどんな所?」
「えっと、ここの病院では呼吸器外科も兼ねているの。心臓疾患の患者さんの隣に、肺に疾病のある患者さんが寝てたりするわ。ここの心臓外科医の先生は肺も手術する。もっと昔、六十年前は胸部外科って言われてて、食道も同じ先生が手術してたらしいわ。それが細分化されて現在では専門医が増えている…。ちなみに今年は西暦二〇二四年よ。四月」
サフランはユヅキに一言言って立ち止まり、今聞いたことのメモを取った。
そしてサフランたちが循環器外科へ着くと医者からお年寄りの胸の傷を治して欲しいと頼まれる。
病室はナースステーションと呼ばれる看護師の詰め所のそば。患者の重症度が高いほど、患者の部屋は職員の近くに置かれるようだ。
(なるほど…)
その年寄りたちの部屋は扉が開かれており、プライバシーも何もない。看護師がすぐ飛んで行けるようにできている。心臓の術後の管理はその手術よりも難しいと木こりの医者から聞いていた。
カスケード病院では患者の手術が終われば、ほとんどの場合、即退院。術後の管理のことを省いて、他の勉強に励むことができたため、サフランたちの医療知識は偏っており、一部が突出している。
サフランは職員に断りを言って先に患者の胸骨の透視をさせてもらう。患者の胸骨はやはり切断されており、無数のワイヤーで固定されていた。木こりのパディも心臓手術の後は自然治癒だった、死ぬほど痛かったと漏らしている。目の前の患者も胸の痛みで起き上がることもできないようだ。
サフランは完全回復の呪文を唱える。それが終わるとすぐ隣に移動。次々と患者を回復させた。
(木こりさんはこっちの世界でも一人ぐらい僧侶がいてもいいじゃないかって考えてたのかなあ…)
指示を受けた患者だけを回復させるとサフランはナースステーションの脇で待機。そして物思いにふけった。
(こっちは人を殺さなくても心臓を止めれる機械があるんだよね…。でも自然治癒って…。こっちの科学と呪文のいいところを合わせたらきっといいよね…)
それから今まで寝たきりだった患者の数人が歩き出す。傷を回復させたから当たり前のことなのに、職員たちは驚愕、感動している。皆の視線をサフランが受ける。くすぐったい気分だ。
(いけない! おいしい物を買ってもらえるように愛嬌をふりまかないと!)
サフランはふんぞり返っていばった。
「えっへん! サフランにまかせておけば楽勝だぜ!」
医療スタッフに囲まれて一番感動しているのがやはりユヅキ。他の人間と比べて目の輝きがまるで違う。
(んんー? ユヅちゃんの顔は何か見覚えがあるような…)
サフランは頭をひねって考えてみる。
(ユヅちゃんの顔は、セリーン様大好きって言ってる信者の顔にそっくり! ユヅちゃんから見たら私ってセリーン様なんだ! これはプリンをたくさんお供えしてもらわないといけないよ! イヒヒヒ!)
ユヅキは指を組んで虹のきらめきのような瞳をサフランに送る。情操豊かなユヅキ。そんな素直な彼女の感性がサフランをさらに横柄にさせて行く。
(ヒヒヒヒ!)
和気あいあいとした雰囲気の外から大声が聞こえた。
「急患です! 通してください!」
慌ただしくベッドで患者が送られて来た。心臓内科からの急患らしい。かなり顔色が悪い。廊下で心臓内科医と心臓外科医が何かを話している。
その患者は心エコーという検査は受けたが、造影剤アレルギーのため、カテーテル検査ができないらしい。造影剤を使ったカテーテル検査は、血管の流れが見えるレントゲン。普通のレントゲンは止まった状態しか見えないが、造影剤の検査は血管の動きがリアルタイムで見える。
造影剤の検査の説明を受けたサフランはそれに興味を引かれた。そしてその患者をサフランが呪文で透視。
「心筋が壊死してる! 心筋梗塞! このままじゃ患者さんの命が危ないよ! 先生たち、早く手術して!」
サフランの一声で手術が決まる。彼女の活躍のたまものだ。手術は冠動脈バイパスというもので患者の脚にある静脈を切り取って心臓に移植するもの。
サフランの今日の予定を変更して彼女は心臓外科の手術に付き合うことになる。手術の準備のために二人は一旦お昼休憩となった。
ユヅキたちは病院内のコンビニへ向かう。サフランは顔を輝かせて店の中を眺める。
「すごいすごーい! 色んな物が売ってるよー! お菓子や食べ物、文房具とか飲み物とか! お店の中綺麗ー! うわー! いっぱいおいしそうな物がある!」
はしゃぐサフランを店内の客や店員が楽しげに見ている。ユヅキは思った。
(一見、この子の不自然なセリフも、外野からは日本のコンビニをよく知らない、外国から来た女の子という設定で見ればこうやって微笑ましく眺めることもできるのね。ふむふむ。ちょっと不思議な優越感を感じるわ)
「おいしそうなプリンやデザートがいっぱい。ご飯もたくさんあるね! …あれ、この三角の黒いの何?」
「おにぎりね」
「私、これ食べたい!」
「ええー⁉」
(あなたの口に合うかわからないんだけど⁉)
ユヅキはおにぎりを四つ、サラダ、お茶を買い物かごに入れて会計を済ませて店を出る。そして休憩室に向かい、二人で並んで食事を始めた。
「これツナマヨ。あなたはマヨネーズを知ってるみたいだからこの味は大丈夫なはずよ」
「ツナって何?」
「えっと、マグロね。大きな魚」
(それ以上のことは詳しく知らないわ)
「おおー! 魚! スレーゼンには海がないから魚を食べることはほとんどなかったよ! 嬉しい! …えっと、どうやって食べるの?」
ユヅキが一つおにぎりをつまむと、お手本を見せた。
「こうやって真ん中の細いフィルムをはずして両側から引っ張る。こうすると海苔がパリパリの状態でくっつくわ」
「おー!」
(おにぎりのビニールの開け方って、日本を訪れた外国人がコンビニおにぎりを初めて買ってつまずくところよね…)
「おいしい!」
笑顔でおにぎりを頬張るサフランを見ながらユヅキは思った。
(よかった…。きっとおいしく食べてくれるって思った。ちなみにおにぎりという食べ物は日本の有名なバトル格闘技アニメでその存在を世界に知らしめた…。
しっぽが生えた主人公の少年が格闘技トーナメントに出場した際の腹ごしらえに、カバンから出したお弁当がこのおにぎり。海外の視聴者はこの見慣れない食べ物に驚愕したの。『何だ、あの食べ物は⁉』『食べてみたい!』と世界のファンの食欲を誘ったわ。
そうして日本のおにぎりは世界に知れ渡る食べ物になったの。アニメファンには常識の話よ!)
ツナマヨのおにぎりをたいらげたサフランは次のおにぎりに手を伸ばす。
「今度はこれ食べよ」
「梅⁉」
「何?」
「いえ、どうぞ…」
次のおにぎりのフィルムをサフランは器用に開ける。
「すっぱい…。でもおいしいー!」
(梅も大丈夫なんだ! 何でも食べるわ、この子! ちなみに有名なアニメの話で、震災時の被災地に派遣医療チーム、DMATが出動する物語があるの。
それでその医療チームはがれきのそばの負傷者を次々と助けて、仕事の合間にボランティアの人から差し入れでコンビニおにぎりをもらうの! ボランティアの人がビニールをはがして丁寧にお皿に乗せて病院のスタッフにおにぎりを振る舞って、みんなおいしそうに食べるシーンがある。そのうちの一人のお医者さんが梅をくれと言って、梅の具のおにぎりだけを食べた。
そして実はそのおにぎりは賞味期限が切れたものばかりでみんな食中毒になって倒れる。ボランティアの人の、悪気のないミスだった。梅おにぎりを食べたお医者さんだけは食中毒にかからなかったわ。それとおにぎりを食べなかった数人のスタッフ。そしてわずかな人数でギリギリの医療が始まる…。緊迫の物語だったわ!
梅は殺菌作用があって腐敗防止にもなるから、震災時にはみんな梅おにぎりを食べるべきだわ!)
お茶を飲み、サラダも食べてサフランはご満悦。
「おいしかった…。私、お米、大好きになっちゃったー!」
「日本食を好きになってくれて嬉しい! お昼からもお仕事、頑張りましょう!」
その後、サフランとユヅキは冠動脈バイパス手術に参加。サフランは食い入るように手術を見つめる。手術が終わるとサフランはやはり呪文で患者の傷を回復させた。手術は滞りなくうまくいった。
直後、サフランは心臓外科医から気になることを訊かれる。
「君は魔法で人を眠らせることができるかな?」
「え? 無理。それは魔法使いの呪文…。睡眠呪文は僧侶と違う職業の人が使えるよ。私は人を麻痺させる呪文は使えはするけど、麻痺は意識も痛覚も残るからそれで手術をやったら絶対に駄目。痛みで患者さんが死んじゃうよ。…でもなんで?」
その医者は残念そうにうつむいた。そのいかんともしがたい表情はサフランの印象に残った。
*
二人が家に帰るとサフランは夕飯前にオズの魔法使いのアニメを観る。
「すごーい! 昨日、終わったところから始まったよ!」
「まあ…、そういうシステムだから…。ほどほどに楽しんでね」
サフランはその時、あえて靴下を脱ぎっぱなしにしていた。ユヅキはそれを黙って片づける。サフランは横目でそれを見逃さなかった。
(あれあれ。サフランは靴下に気づかないぐらいアニメに夢中なのね。うふふ…)
(ヒヒー! ユヅちゃんが私の靴下を勝手に片づけてくれたよ! 私専用のお手伝いさん…。ヒヒヒ…!)
サフランをむやみやたらと増長させた、心無いライオンと木こりのせいである。かわいそうな犠牲者、星山ユヅキ。こうしてユヅキはサフランの召使いとしての生活が始まるのであった。




