茨の道かと思ってたけど優しいお姉ちゃんと出会ったよ!(2)
「私もここで働きたーい!」
「よし、決まり!」
ユヅキが文句を言う。
「看護師長! あたしはここの病院に新卒で入ったのだけど、それはもう試験がたいへんだったんですよ! めちゃくちゃ勉強して面接の練習も何度も何度もやりました! 就職が決まった時は友達もみんなそれはもうあたしのことを褒めてくれて…! サフランだけずるい! 魔法が使えるのってそんなに好待遇なんですね!」
「もう上の会議で決まったもの。…サフラン? あなた、このお姉ちゃんのこと好き?」
(きっとこの人だもん!)
サフランはユヅキに横から抱きついた。
「好きー!」
「よし。星山さん、あなた今日限りでオペ看はいいわ。明日からサフランの世話係。サフランの住む家も、あなたの寮に泊めてあげてね」
(住む所も見つかった! ユヅちゃんと一緒! …でもユヅちゃん、何か難しい顔をしてるなあ…)
「あたしはまだオペ看としての自身の向上が…。手術室で学ぶことがまだまだたくさんありました…。ですが、白羽の矢が立っては仕方ありません。僭越ながらサフランの世話係の任務に就かせていただきます」
これはユヅキの本心ではなく、実際は心の中でほくそ笑んでいた。サフランにはそれを見透かせなかったのだが。
「あなたって人の考えを読んで行動してるでしょ? 先生方も道具を渡される頃合いとか、機械出しのタイミングなんかすごくいいって重宝されてたのよ。あなたは自分が思っているより優秀なの。もったいないのだけどねえ…」
看護師長にはユヅキの了見が一部バレていたようだ。
「オペ看卒業します。今までありがとうございました」
「星山さんの籍は救命センターのままだから。あなたの直属の上司は私。タイムカードもここに押しに来てね。もう仕事ないから帰っていいわよ」
「お疲れさまでした」
二人が廊下に出るとサフランは目を丸くして驚いてしまう。道が果てしなく真っ直ぐに伸びている。これが人の造った物であろうか。通路は幅も広く、信じられないほど大勢の人々が行き交う。まるで街の中のようだ。廊下を歩くユヅキは特に気にするようすもない。これがこの人たちの日常なのだ。
「サフランって誰に医療のこと教えてもらったの?」
「木こりさんたち。カカシさんとか! …ライオンさんも入れてあげないとかわいそうか。…ライオンさんと木こりさんとカカシさんから教えてもらったよ! みんな仲良し!」
「サフランってこっちの世界に何しに来たの?」
「育ての親を助けに来たのー!」
ユヅキの方も首をかしげながらサフランの話に耳を傾ける。病院の外へ出た時、サフランは思わず心を奪われ固まってしまう。
初めて桜の木を見た。並び立つ桜の木々に世界の全てがピンク色に包まれているようだった。樹木がまるで花そのもの。サフランは時間が止まったように桜の美しさに目を奪われていた。
ユヅキはそんなサフランに微笑み、サフランの周りを回ってスマホで数枚、彼女と桜の景色を撮った。
そして寮まで移動する。その間もサフランの瞳は桜の木を追っていた。
(桜! これを見られただけでもここに来た甲斐があったよ! みんなにも見せてあげたい!)
(ふふ。とっても感動してるわね。あたしも嬉しい!)
ユヅキの家は病院からすぐの所だった。
「1Kだから二人で住むにはちょっと狭いかな。ごめんね。さあ、上がって」
自分の部屋よりはずいぶん広い。洋間。サフランが部屋に上がると、鞄を開けてギルが入った瓶を出した。変わらず、青と白の鮮やかな光が入れ替わって周りを照らしている。
「お外に出してあげるー! ユヅちゃん、台所に置いていい?」
サフランがそれをキッチンの棚に置くと、プラネタリウムのように壁や天井を青白く照らす。幻想的だ。
「魔法のランプ⁉ 綺麗!」
「魂の器だよ。…また綺麗って言われたよ。よかったね!」
「燃料とか要るの?」
「要らないよ! ずっと光ってる。たぶん永遠に」
(そうはさせないけど。準備が整ったら生き返らせてあげる! 待っててね、ギル!)
今度はユヅキの方が魂の器に見惚れていた。これを初めて目にした者は皆そうなってしまう。それからユヅキは冷蔵庫から作り置きのシチューを出して温める。食パンをトーストしてバターを塗って完成。
「おいしい! パンおいしい!」
表面はパリパリして中はふんわり。バターが良いアクセントで舌がとろけそうだ。こんなにおいしいパンは初めて。シチューもすこぶるおいしい。調味料を探りながら食べてみるが、あちらの世界にはない奥深い味わいだ。
(ユヅちゃんはこんなにおいしい物を毎日食べてるんだ! 私、勇気を出してこっちの世界に来てよかったー!)
ご飯を食べ終わるとグリーンティーが普通に出て来る。
(すごい…。そしてお茶もナタリー食堂よりもすっごいおいしい…。すごい…。…そうだ! お手紙を渡さないと!)
サフランは鞄からサーキスが書いた手紙を取り出した。封筒の表には『サフランの保護者になっていただく方へ』とサーキスの丁寧な文字が書かれている。
(きっとこの人だよね? お手紙は一通しかないから…。もう一通、ライオンさんに書いてもらえばよかったかな…。あー、今すごく木こりさんと相談したい! …いや、駄目駄目! きっとこの人! 心の声のままに!)
乾坤一擲の思い。サフランの今後の人生を賭けたたった一通の手紙をユヅキに渡した。
「読んでいいの?」
「うん」
サフランがどのような気持ちなのかユヅキは知る由もなかった。そんなユヅキは真剣な面持ちで手紙を読み出す。
『前略 異世界の、サフランをお世話していただく方。
私はサーキス。サフランは私のことをライオンさんと呼んでいます。ライオンさんというのはニックネームで由来はオズの魔法使いの弱虫ライオンからです。
サフランは孤児院育ち。私にとって彼女は妹のような存在です---』
ユヅキはすぐそばのサフランの存在も忘れて一心不乱に手紙を読んでいる。期待と不安のせめぎ合い。サフランは緊張のあまり変な踊りを踊ってしまう。手紙にシミを見つけたユヅキがぽつりとつぶやく。
「涙…?」
「ああーっ。ライオンさんは泣き虫だからたぶん泣きながら手紙を書いたんだね! イヒヒヒー!」
ユヅキは顔をしかめた。
「思ったんだけどライオンさんって何歳?」
「二十五歳」
ユヅキは続けて手紙を読む。サフランは左右からユヅキの顔をのぞくが、その表情は真剣そのもの。不安が期待を上回る。
(オズの魔法使いのアニメーション! ユヅちゃんがちゃんとお手紙を読んでくれたら、これからDVDをお店に借りに行くんだよね! ヒヒー! 楽しみー!)
パディ・ライスがあちらの世界に行ったのは十二年も前のこと。パディは動画配信サービスの存在を知りもしなかった。
ユヅキはテレビの電源を入れてネット配信用のリモコンを手に持って語りかける。
「ハレクサ、オズの魔法使い。…へえ。オズの魔法使いって配信されてたんだー」
ユヅキが決定ボタンを押して再生。そしてオープニングテーマが始まった。
『♪~知恵と勇気と命を探して~♪ 僕たちは歩いて~行くよ~♪』
「うわっ! オズの魔法使い! すごい! 本当に絵が動いているー! すごーい!」
(ユヅちゃんはオズの魔法使いのDVDを持ってたんだ! すごいすごーい! こちらの世界で大人気の物語だからきっとおうちに当たり前のように置いてあるんだね!)
歌の中でドロシーとライオンとカカシとブリキの木こりと犬のトトが並んで歩いている。孤児院にあった絵本とは大違いだ。
「カカシさんが女の子じゃない! 木こりさんに髪の毛と眼鏡がないよ! ライオンさんはたてがみがある! ドロシーは髪が長くておさげだよ!」
オープニングが終わってお話が始まると、主人公のドロシーが住むカンザスに竜巻が起こった。家ごとドロシーが竜巻に飲み込まれ、サフランがテレビを両手でつかんで叫んでいる。
「ドロシー! ドロシー!」
「はいはい。テレビの中のドロシーには聞こえないから。離れて離れて」
ユヅキもタブレットを開いて彼女自身も好みのアニメの視聴を始める。頭の良いサフランは頭をフル回転させながら、食い入るようにテレビを見つめる。
(あ、ドロシーの家が魔女を踏みつぶした。悪い魔女だったからみんな大喜び。絵本じゃこんなのなかったよ! …え? 偉大なオズの魔法使いに会いに行けって…? 悪い西の魔女をやっつけに行くのが目的じゃなかったの? 何だろう…、途中で何か入った…。トトと二人で歩いている…。ライオンさんも木こりさんも出て来ない…。あ、歌が流れ出した…。ちょっと切ない…。あ、またさっきの始まりの歌が流れた…)
テレビの視聴を続けること二時間。サフランはオズの魔法使いのアニメを観て始まりと終わりの歌、アイキャッチの存在に気づく。一話当たりだいたい二十分少し。
(…カカシさんと一緒の三人の旅。まだまだ旅の広大さを予想させるよ! 面白い! 永遠に続きそう!)
ブチ。突然テレビが真っ暗になった。サーキスの手紙を読み、危険を察知したユヅキがテレビを消したのだ。きっとサフランは一睡もしないでテレビを観続ける。明日は仕事にならない。
「ああーっ!」とサフランは叫んだ。
「このままだとドライアイになるわよ! ドライアイは地獄の苦しみよ!」
ユヅキがサフランに目薬を差す。
「あ、気持ちいい…」
「夜寝ないと明日、魔法が使えないんでしょ! オズの魔法使いの続きは明日観れるから! 明日も患者さんを治療したいでしょ!」
「寝る!」
ユヅキはサフランを風呂に入れて、パジャマに着せて髪をドライヤーで乾かす。歯磨きもさせる。
「布団が一つしかなくて狭いけど一緒に寝ましょうか」
(大人と一緒に眠れるー…。嬉しい…)
慣れない世界に、間断なく続く興奮にサフランの疲労はピークをむかえていた。サフランは目を閉じるとスースーと寝息を立てて眠ってしまう。
(今日は上出来だったよ、サフラン)
夢の中で木こりに褒められたような気がした。




