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旅の準備(2)

 トントン。扉がノックされた。そしてそこにポーラとレナードがやって来た。

「冒険の準備はがんばってる、サフラン?」

「こんにちは、木こりさん」


「サフランはがんばってるよー!」

「こんにちはー!」

「よお、ポーラ、レナード!」


「つーん」

「ふーん」

「え⁉」


 二人はサーキスに対してそっぽを向いた。そしてポーラとレナードはサフランたちに差し入れを見せた。プリンだ。二人分しかない。

「わあ、ありがとう!」

「嬉しい!」


「僕たちはこれぐらいしかできることがないから」

「絶対にギルを助けてね」

 二人が部屋を去って行く。パディとサフランはスプーンでプリンを食べながら、これからサーキスが泣くか泣かないか賭けを始める。そして我慢していたようだが結局、サーキスは泣き出し、賭けはパディが勝った。


「こうなることは目に見えてたはずだよ。サフラン大好きなのはわかるけど、こういう仕打ちに耐えられないなら、最初からサフランの異世界行きの邪魔をしなければよかったんだ。覚悟が足りないんだよ。我が弟子ながら情けない」


「ヒヒー!」

 嗜虐的な二人は歪んだところがそっくり。パディとサフランは好きな人の苦しむ泣き顔に心を弾ませた。


 また次の日は交通ルールの勉強。向こうの世界に行った時、どこに飛ばされるのかは決まっていないらしい。信号や横断歩道についてサフランは学んだ。それから自動車のことも。

「たくさんの車が同じ方向に向かってすごい速さで走ってるんだよー。目的地まであっという間だよ!」


 得意げなパディにサフランは相づちを打つ。

「すごいすごーい」

「ふん。そんなの馬鹿が一人いて反対に走ればみんな終わりじゃねえか」

 サーキスのツッコミにパディがギリギリと歯ぎしりをした。サーキスは指摘を続けた。


「科学? っていうの? それが進んだ世界ってなんか殺伐としてる感じなんだよね。デメリットもいっぱいありそうだし、物質的な豊かさを求めるのって何か心の方が死んでいく感じするよねー」

「君はサフランがあちらに行くことを応援するって約束したよね⁉ 今から反対にまわるつもりか⁉ 約束を反故にする気か?」


「ほら出た。先生は問題をずらしてる。さっきの車の話を具体的に反論できてない。実際にそういう事故が遭ってるっている証拠だぜ!」

「ぐぐぐ…」

 サフランは大喜びだ。

「二人とも面白ーい!」


 その翌日もサフランの部屋で講義が続く。

「自分であまりわかってないみたいだけど、サフランはとってもかわいいんだ! あっちの人の顔ってたいしたことがないから、会う人みんなから君はかわいいって言われるよ! 魅了された人はきっとジュースも買ってくれる!」

「うわわー!」


 サフランに調子のいいことばかりを言うパディに、サーキスはうんざりしていた。

(これってさー、パディ先生って自分が治せない病気のカバーっていうか、マッドサイエンティストが治療の幅を広げるためにサフランをうまく誘導してるだけに見えるんだよな…。マジで気に食わねえ…)


「サフランが訪れた病院で回復呪文を使えば、みんな奇跡を見たような顔になるよ。誰も呪文なんか使えない世界だもの。そしてその中の一人は必ずこう言う。『あなたって魔法使いなの⁉』と!」

 サフランとサーキスは思考と動きが止まった。言っている意味がわからない。パディがこれ見よがしに説明する。

「向こうの人は僧侶と魔法使いの区別がつかないんだ。呪文が使えれば魔法使いに見える」


「おおー!」

「回復呪文を使ったら魔法使いって! そいつら馬鹿じゃねえのか⁉ 愚かで低俗な連中だぜ…。仲良くなれそうもない…」

 あちらの世界に不向きなサーキスを無視して、パディがサフランに言った。

「サフランはちょろそうなお姉ちゃんを見つけてね。その人に君のお世話をしてもらうといいよ!」


「ちょろちょろちょろ!」

「そう、ちょろちょろー!」

 サーキスが顔をしかめる。

「こんなひねくれたお医者さんを輩出する世界にサフランを一人送るなんてやっぱり罪深いぜ…。サフランの人格がねじ曲がったらどうするんだよ…。それにパディ先生、俺と初めて会った時どうせ、『ちょろそうな僧侶さんがやって来た。こいつに僧侶を辞めさせて自分を手術して助けてもらおう』って考えてたな、きっと」


「何だと⁉ 師匠に向かって失礼な!」

「図星じゃねえか!」

 サーキスとパディはお互いのほっぺたをつねって喧嘩を始める。サフランは羨ましそうに眺めていた。


 パディがサフランにもう一つ付け加えた。

「サフランが魔法使いなの!? って感動した人が男だった場合はパスして。君のお世話する人は男は駄目だ」

「駄目だ! 女じゃないと!」

 サーキスが同意した。


「初めて意見が合ったな。君から見たサフランって、僕からしたらファナ君みたいな感じなんだ。

『大きくなったら先生と結婚してあげるー』って小さなファナ君はそれはかわいかった。そしたら数年後、どこの馬の骨ともわからない金髪の僧侶が現れてファナ君をかっさらって行った。子供もあっと言う間に作ってね。正直、腹が立ったね」


「俺の結婚式じゃ、めっちゃ喜んでたじゃねえか!」

「ふん!」

 サーキスは手紙や筆記用具を鞄に片付けて言った。

「帰るよ。手紙の続きは家で書く」


 サーキスが帰ってしまうとパディは真剣な顔になる。彼はどうにも愛弟子の前ではおちゃらけた態度を取ってしまうようだ。

「サフラン、向こうの世界で君が気持ちを共有…大げさに言えば魂を惹かれ合うようなソウルメイトを見つけて欲しい」


「ソウルメイト?」

「僕からするとサーキスだね。あいつは僕の家族でもないし、友達でもない。でも出会ってすぐにビビッて来たんだ。彼なら僕を助けてくれるんじゃないかって。それで今じゃ切っても切れない師弟関係だ。すごい繋がりを感じるよ」

「…それじゃあ、それは私にとってはギルかな!」


「うん、サフランにはギル君だよね! でも僕は君にそれ以上の人を見つけて欲しいんだ。君がビビッと来る人を。そして見つけたらその人に仕えて助けてやって欲しい。きっとそれが君のためにもなると思うんだ」

「見つけるー! その人って私の好きな食べ物とかたくさん買ってくれそうだね!」

「きっと買ってくれるよ!」


 その後もサフランの部屋に三人が集まり、サーキスは机に向かって切々と手紙を書いていた。そこにギルの娘、カシミアを含めた小さな子供たちが部屋に入って来た。

「これ、お姉ちゃんたちで食べて。みんなでお金を出し合って買ったんだ」

 三つの小皿に乗ったプリンだ。ちゃんと三人分ある。


「俺も食べていいのか」

「もちろん! おじいちゃんがライオンさんにしか書けないお手紙を書いてるって言ってたもん! サフランお姉ちゃんを手助けして、ギルの治療のために絶対必要って!」


 机のサーキスはスプーンでプリンをすくって口に運んだ。言葉にできない感動だ。皆が笑顔で見守る中、サーキスは続けてプリンを口に含む。テイクアウトのプリンはやはり凍ったところとそうでないところがあり、ムラのある味だが、子供たちが希望を込めて買ったであろうプリンは格別の味だった。

 サーキスは味をかみしめ、涙を流してプリンを食べた。

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