旅の準備(1)
翌日。孤児院のサフランの部屋。仕事を終えた三人はそこに集まり、サーキスは驚きの声をあげていた。
「俺の協力って手紙を書くだけ⁉」
パディがサーキスに求めた協力。それはあちらの世界の人間に手紙でサフランの取扱説明書を書くという一見、誰にでもできそうな仕事だった。
「そうだよ。いや、サーキスじゃないと無理だって」
「無理むり。ヒヒー!」
ベッドの上に座るパディとサフランが笑っている。
「サフランと大の仲良しのサーキスじゃないとお手紙は書けないよ。サフランの能力、好きな物。向こうではサフラン一人では生活が難しいから頭がいい人なら、きっとサフランのお目付け役を用意するはずだ。それでその人に手紙を読んでもらってサフランに幸せになってもらう。サーキスが一番適任」
「うんうん」
笑顔の二人にサーキスの顔が硬直する。
(いや誰でも書けるだろ⁉)
「はい、サーキスは机に着いて僕たちの話を聞きながら手紙を書いて。サフランは僕と向こうの世界のお勉強。今日はプリンの話をするよ」
「プリンー⁉」
サフランが顔を輝かせる。
「あちらのプリンはたくさんの種類があって、蒸し焼きにしたカスタードプリン、表面に焼き目を付けた焼きプリン、キャラメルが入ったキャラメルプリン、チーズプリンや豆乳プリンがあるんだ。特に僕が好きなのが抹茶。…グリーンティーがあるだろ? あれを粉状にしたお茶があってそれが甘い物とめちゃくちゃマッチするんだ。それをプリンにした抹茶プリン。見た目は緑色でほんのり苦味はあるけれど、絶妙な甘さ! 超絶おいしいプリンなんだ!」
「抹茶プリーン!」
サフランがよだれをたらしている。サーキスは気が散って手紙に集中できない。
「それからプリンって冷たい方がおいしいだろ? それも魔法使いさんが作った氷で冷やすか、直接呪文をかけてガチガチに凍らせるかの二択しかない。君は氷で冷やされたプリンに満足してるかな?」
「んー…。お店で食べるプリンならまあまあいい具合に冷えてるけど、たまにプリンの真ん中あたりが冷えてなかったりするかなあ…。ナタリー食堂のおばちゃんはプリンを冷やすのがあまり上手じゃない」
サフランはプリンには厳しかった。
「さすがプリン博士! でもあちらの世界には冷蔵庫という機械があっていつでも冷え冷えのプリンが食べられるんだ!」
「冷蔵庫ー! すごいすごーい!」
机に座るサーキスは頭をかきながら首をひねる。
(手紙、思ったより難しいぞ…。一行も出てこない…。会ったこともない人間に一体なんて書けばいいんだ…)
数日過ぎたある日。
サフランの部屋でサーキスが棚に置かれた瓶、ギルの死体である魂の器を指差して言った。
「なんでサフランの部屋にギルがいるんだ⁉ みんなのギルなんだから居間に置いておけばいいだろ!」
「ほらほら、言った通りでしょ。サフラン」
「ヒヒ。木こりさんがここに持って来たんだよ。プレッシャーをかけてないとライオンさんの気が変わるからって」
「ほら! サーキスのことをギル君が見てるよ! 魂の器は本当に綺麗だなあ!」
「イヒヒヒ!」
「く、くそ…」
「では今日の会議を始めます。二人ともいつものように拳を上げて」
三人は拳を作って掲げる。サーキスだけはやる気なし。そしてこの会の決意表明を言う。
「力を合わせてギーリウス・ラウカーの命を救おう! えいえいおー!」
パディとサフランは声を高らかにあげるが、サーキスの声は気だるそうで、ずれている。
「…えいえいおー…」
「やる気がないなら帰っていいよ!」
「はい、ごめん。やる気はあるぜ…」
パディがサーキスの進捗について気にかける。
「手紙は進んでるかい?」
「うん、ちょっと。初めは何を書けばいいかわからなかったけど、俺自身の自己紹介を書いたら筆が進んだ」
パディが机の上の手紙を見やる。
「…あ、なるほど…。悪くない。第三者にもわかる。言葉も丁寧」
「ありがとよ。先生の検閲が入るからなおさらだぜ」
「あと、すかしなんか入れるなよ。それと秘密の暗号とかで『お前殺す』なんて絶対に書くなよ!」
「その手があったか! …先に言われたらもうできないぜ、くそー…」
「君がやりそうなことはわかってるよ!」
「イヒヒー!」
パディが今までの説明をまとめてもう一度話す。
「まあ、とりあえず向こうには呪文が使えるのはサフランだけ。みんながちやほやしてくれるはずだ。きっと信じられないぐらい感動される。だけどテングになったらダメ。いつも謙虚な気持ちを持ち続けて」
「うん!」
楽しげに話すパディとサフランにサーキスが話の腰を折りにかかる。
「そうだぜ。俺を見てみろ。パディ先生の心臓を治療できるのは世界で俺一人なんだぜ。それを恩にも着せないし、鼻にもかけてない。なんて俺は立派な人間なんだ」
「い、今、恩に着せてるじゃないか⁉」
「あれあれー? 俺はそんなつもりは全くなかったんだけどなー。おかしいなあ」
「殺生与奪は自分にあるから仕事の指導を優しくしろと言ってるんだろ! そんなことじゃ、僕はさらに反発するぞ!」
「いや、そこは『お弟子さん、命を救ってくれていつもありがとう』だろ!」
「そんなこと誰が言うものか!」
仲が良い師弟にサフランが羨む。
(木こりさんとライオンさんって本当の親子みたい! いいなあ、こうやって仲良くできる人がいて。ギルは死んじゃったから私にはいたずらして面白い相手がいないよ…。いつか生き返らせてあげるから。待っててね、ギル!)
それからパディがサフランへアドバイスをする。
「それでね、サフラン。君が患者さんに回復呪文をかけてそれを当たり前って感じで、君が無反応でも周りは面白くないはず。だからわざとらしく『えっへん』みたいな感じでいばってた方がかわいげがあって子供らしいね。そっちの方がプリンをいっぱいもらえる」
「うわーい!」
「また出た。パディ先生はあっちの世界をいいとこばっかり言うよなあ。サフランのやる気を引き出すのが上手だぜ」
「サーキス、君は文句ばかり!」
サーキスは鼻を鳴らして思った。
(ま、あちらの世界で唯一の僧侶がサフランだけになるなら、全ての人間がサフランにひれ伏せっての!)
サーキスがあちらの世界の人間を少しでも思いやる気持ちがあれば、今後サフランが出会う人物の苦悩や運命はもう少し違ったものになっていただろう。




