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サーキスたちの日常、それからギル(1)

 ブラウン家の朝食はいつもにぎやかだった。

「いっただきまーす!」

 サーキスが柔らかいパンをかじって味を堪能していると隣の娘が訊いてくる。

「ねえねえ、お父さん。ひいおばあちゃんとお母さんが川で溺れてたらどっちを助ける?」


 金髪のレナ五歳。突拍子もない質問をしてくるお年頃だ。思わずサーキスは固まってしまう。

「え…」

「じゃあ、私とお母さんが溺れてたら?」

「レナ、そんなこと言ったら駄目だよ!」


「んん…。サフランお姉ちゃんは日頃からもしもの事態を考えていないといけないって言ってたよ。できればどっちも助かる方法を考えたいって言ってるよ?」

「俺にそんなこと言わないでよ! どうしよう、ファナ!」


 妻のファナは失笑しながら言う。

「私も助けて欲しいな!」

 フィリアがたしなめた。

「こらファナ! あんた遠慮しな! 若い命を優先するべきだよ! ってかサーキス! あんた父親の威厳というものはないのかい⁉」


「ないよー! うえーん!」

 同じ食卓に座るジョセフはあきれていた。

「いつもこの家は楽しいなあ」


 サーキスよりも背が伸びたジョセフ。ギルほどではないが剣術の練習のおかげで筋肉は盛り上がっている。それでも師匠を倒す日はまだ遠いと訓練に熱が入る毎日だった。

 泣きじゃくるサーキスをよそに、みんなが笑いながら朝食を取った。


「それじゃあ、行こうかレナ! ファナにばあちゃん行ってきまーす!」

「行って来ます!」

「行ってらっしゃい」

「勉強頑張るんだよ」


 出がけに犬のレオが「ワン」と鳴いた。

「おう! 行って来るぜ、レオ」

 飼い犬も健康そのもの。サーキスの過剰な診断により、レオもフィリアも健康が守られている。

 サーキスたちの仕事中はブラウン家とライス家の子供だけ孤児院で預かってもらうようになっていた。ミアたちの好意で特別のはからいだ。


 ミアはサーキスの娘たちを迎えるにあたって孤児院の子供たちには注意と約束事をさせた。親がいるレナたちを羨ましがらないこと。良き友人として接すること。

 レナも孤児院に行くことを楽しみにしているようで大人たちの心配はないようだった。それからサーキスの背中には長男のマーキスがいる。家族内でのニックネームはマーク。一歳六ヶ月。マーキスと名付けたのは祖母のフィリア。フィリアが子供の時に飼っていた猫の名前らしい。


 生まれて来る子供が男の子だとわかるとフィリアは、「マーキスは毛が長くてふさふさしてとってもかわいかったんだよ! サーキスはマーキスと名前が似ていたから親近感が湧いたんだろうねえ! 今度生まれてる子供はマーキスがいいよ!」と喜々として語っていた。サーキスとファナは顔を見合わせて眉根を寄せたが、大好きな祖母の希望を無下にすることもできず、それでいて反対する理由もなかったのでそのままマーキスと名付けた。


 そして新たな長男と生活してみれば、マーキスとサーキスは音が似ているため、たびたび名前を聞き間違える。

「マーキスをお風呂に入れてー」「マーキスにご飯を食べさせてー」とどちらのことを言っているのかたまにわからない。それで家族はマークとニックネームで呼ぶことになった。


 サーキスと手をつないで歩くレナが言った。

「ねえねえ、お父さん。この前エリン君のおうちの前でフォードさんがウロウロしてたよ。独り言を言ってたよー」

 エリンとはライス家の長男のこと。パディとリリカの子供。話題はパディの家とフォードのことのようだ。

「なんて?」


「パディちゃんと遊びたいなー。おしゃべりしたいよー。昔みたいにいたぶりたいなー。って」

「いたぶるなんて言葉、覚えちゃいけません! …教育に悪いぜ、フォードさん…。

 昔、パディ先生の家はフォード不動産からの借り物だったんだ。で、フォードさんはパディ先生から家賃の取り立てをするのが大好きだったんだ。きっと至上の喜びに感じていたと思うぜ。みんなそれが永久に続くと思ってた。

 それがある日、パディ先生は一括払いであの家を買い取ったんだ。どうやってお金を工面したのか誰もわからないんだ。奥さんのリリカも知らないんだぜ。夫婦で隠し事は良くないが、あの人は普段から謎が多いおじさんだ。誰も秘密にたどり着けないと思ってるから深入りしようとする人間は誰もいなかったぜ…」


「お父さんはパディ先生の弟子なのに教えてもらえないんだ。へー」

「俺は先生を信用してるから自分のことは全部話したつもりだけど、向こうは事情があるのか色々話さない…。心臓と繋がってる人工の動脈なんか絶対にこの世の物じゃないぜ…」

 サーキスはパディの大動脈のことを言っている。シリコンなどで作られた人工動脈のことである。


「おっと、関係ない話だったか…。レナは秘密はあるか?」

「お父さんには何でも話してるから、ないー!」

「フフ―! 他にもこの人なら大丈夫って人、信頼できる相手を見つけることは大事だぜ。お父さん以外にもそんな人を見つけろよ」


「レナはカシミアちゃんが好きだよ。面白いよね」

 カシミア、ギルの娘のことだ。レナから見たカシミアは少しだけお姉さんにあたる。

「俺もカシミアは好きだぜ。しゃべり方が面白いよな」


「うん! でもカシミアちゃんはギルおじさんとミアおばさんのことをお父さん、お母さんって呼ばないんだよ。ギルとミアって呼んでる。カシミアちゃんはギルおじさんの本当の子供なのに他のみなしごと同じように育てられてるんだよ。部屋もおじさんの所から遠いんだよー。不思議」


「ギルの配慮だよ。ギルおじさんは子供たちをみんな平等に扱いたいんだ。親がいない子が羨ましがらないようにだ。ギルは強がってるのか弱音は吐かないけど、ミアの方はたまに寂しいって言ってるぜ…。あ、これもお前に話すことじゃなかったか…」


「カシミアちゃんはね、たまに『私には親はいない! ギルはいつか倒す宿敵だ。そしていつかシム先生をもらう!』って言ってるよ。お父さんお母さんがいてもいなくても全然関係ないみたいだよ!」

 歩く二人は青い家の前まで着いた。ライス総合外科病院・婦人科だ。


「ふふふ! さてエリンの家に着いたぜ。そらレナ、叫べ」

「エリンくーん! 一緒に孤児院に行こーう!」

 そして現れたのはリリカたち。

「おはよう、サーキス。レナ」


「おはよう、リリカ」

 リリカは以前より髪を少し短くしてストレートヘアにしている。もう少し短くしようとも考えたが、たまに子供たちからカカシさんになって欲しいとせがまれるので、ツインテールにするだけの長さはあえて残してしている。

「リリカおばさん、エリン君おはよ!」


 レナの声に、エリンという金髪の子供が挨拶をする。

「ライオンさん、レナちゃん。おはよう」

「じゃあ、サーキス頼んだわ。エリン、プリザ行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 パディの息子エリンがぴょんとジャンプする。サーキスは乳母車を押して歩き出す。プリザという子供が乗っている。

「ねえねえ、ライオンさん」

「エリン、何だ?」


「セリーン様のお祈り楽しくない…」

 いきなり暗く深刻な話題だ。

「あー、そうなんだ…」


 エリンは勇気を持って信頼できるサーキスに打ち明けた。

「うん…それをお父さんとお母さんにも言ったんだ…。そしたら二人とも黙っちゃって。悪いこと言っちゃったかなあ…。でも面白くないんだもん…。孤児院のお兄さんは別にそれでもいいんじゃないかって言ってたけど…」


(パディ先生とリリカは息子のエリンをできれば僧侶にしたかったみたいなんだよな…)

 スプリウスから前々から話を聞いていた。エリンもプリザも僧侶になれるほどの信仰心はないと。結果が最初からわかるのもあまり幸せなことではないとサーキスは思う。


 落ち込んだ顔のエリンを気にすることなくレナが笑顔で言う。

「私はお祈り楽しいよ! どんだけやってもいい!」

 レナはサーキスが僧侶を辞める前にできた子供。父親似でもあったサーキスの娘は以前の父親の能力を存分に引き継いでいた。サーキスは複雑な気分だが、自慢の娘である。


(エリンはこの調子だと外から人体を覚えないといけなくなるぜ…。すっげえたいへんだろ…。でも親が二人とも頭いいから別にいいじゃね? パディ先生はガッカリしただろうな…。でも生まれる前から医者に育てようってのがそもそも親のエゴじゃないのか? いや、よその家の事情は別にいっか)

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