月日は流れ(2)
サーキスはすでに滝のような涙を流していた。フィリアが言った。
「あんた、手術はいつも面白いって言ってるじゃない。お医者さんを続けたいんだろ?」
「うん…」
「パディ先生にもう少し優しく指導して欲しいだけだろ? ちょっと気をひきたくて医者を辞めるって言っただけだろ?」
「うん…」
「じゃあ、謝りに行こう。ばあちゃんも一緒に謝ってあげるよ」
「ありがとう…」
サーキスは泣きながらフィリアと共に畑をあとにする。傍らで見ていたファナがあきれて笑っていた。
「実のばあちゃんと孫みたいだよ! ほんと、サーキスって年いくつだよ! おかしいよねー、レナ!」
彼女の背中のレナがキャッキャッと笑った。サーキスとファナはおしどり夫婦だとこの界隈でも有名だ。
*
「私、ヒエスタと申します! 初めまして! 噂に違わずお美しい!」
サーキスとサフランがスイーツ店でプリンを食べていると、少し離れた席でちょうどお見合いが始まった。主役はカスケード病院の僧侶でギルとミアも席に着いている。サーキスがサフランにひそひそと言った。
「偶然だけどこんな所でお見合いって…。もうちょっと場所を選んだ方がいいんじゃないのか? 知った人が来ない店とか…。普通、個室とかでするもんじゃないのか…」
「あのヒエスタさんとお相手の人はお菓子が好きだからって! 私もこんな所じゃない方がいいと思うよね! カスケード寺院の僧侶さんって変な人が多いよね! 私もだけど!」
二人はそのままお見合いとやらに耳を傾ける。そしてギルが言わなくていいことをしゃべり出す。
「このおっさんはもっと若い奴がいいと言ってたぞ」
「ギル君、なんてことを言うんだ!」
「『パディ院長は十九歳も下の女性と結婚した、私もそういうロマンスを求めたい』とヒエスタは熱弁していたぞ」
「ギル君!」
相手の女性は邪険もせずに笑っている。
「お二人はまるで兄弟のように仲の良いこと!」
「そうなんです! ギル君は私を兄のように慕ってくれています」
「そんなことを思ったことは一度もないぞ。信仰心は俺の方が遥かに上だ。戦闘能力も比較にならん」
「ギル君、ひどいよ! 戦闘力なんか今ここで関係ないじゃないか! 話を合わせてよ!」
「ギル、失礼ですよ!」
ミアが怒っている。顔を見合わせたサーキスとサフランは声を押さえて笑った。
*
ドラゴンの戦士を目指してマムルーク王朝に発ったマシュー。元々、孤児院に住んでいた少年だ。そんな彼がスレーゼンに帰って来た。態度は悪く、ひどい悪態をついている。
「だいたいさ! 木こりさんたちが悪いんだよ! 俺がドラゴンの戦士になるって言ってた時にドラゴンに乗り続けてると痔になる、職業病とかなんで教えてくれなかったんだよ!」
マシューはドラゴンの乗り過ぎで痔になっていた。彼もまた痔になりやすい体質だった。
本日は日曜日であったが、マシューのために特別にライス総合外科病院を開けていた。パディが言う。
「それは…。君はそんなつまらないアドバイスをしたら聞いていたかい? ドラゴンの戦士になるのをやめようとか思ったかい?」
リリカが補足する。
「そうよ。あなたの夢に水を差したら悪いって思ってたのよ。三人一致の考えだわ」
サーキスが続ける。
「そうだぜ。ドレイクさんはいい人みたいだから俺たちはマシューがドレイクさんについて行くのに応援してたぜ。それで痔の話なんてしたら野暮ってもんだぜ」
パディ、リリカ、サーキスの三人が同時に頭を縦に振って、うんうんとうなずく。マシューは歯ぎしりしながら言った。
「それに! スレーゼンからマムルークに出発した時からドレイクさんはようすがおかしかったんだ! ドレイクさんが『パディ先生たちから何か聞いてないか』って意味深な言葉を言われたけど、何も聞いてないって言ったら『そうか』って。ひどいよ!
それから、俺がドラゴンの乗り過ぎで痔になった時に先輩が、『世界で一番の痔の名医がいる、天才外科医だ』って言われた時に俺はもう木こりさんのチュルチュル頭が脳裏に浮かんだよ!」
「もう一度言うけど、ドラゴンの戦士になると痔になるかもなんて話をしたら結局、君は夢を諦めていたかい?」
「たぶんその時は右から左に聞き流してたよ! 今とその時じゃ状況が違い過ぎる! もういいよ! 手術台に上がるからさっさと眠らせてよ! 俺の服はライオンさんが脱がせて!」
マシューが眠るとパディが手術室のドアを開けて他の人間を呼んだ。先頭にサフランが入って来る。
「マシューのお尻見たい。イヒヒヒヒ!」
そのあとから勤勉な僧侶兼看護師がずらずらと入室する。それも口々に意見を飛ばす。
「黙って聞いていれば最近の若者は全く!」
「夢を追うならある程度のデメリットも仕方なかろう!」
「私は僧侶になれるのならどんな逆境にも立ち向かえたぞ」
十数人の見物人に囲まれてマシューの痔の手術が始まる。
「それではこれよりマシュー君の手術を始めます」
患部をまじまじと見る僧侶たちが首をひねりながら感嘆をあげる。
「おー、これはこれは」
「すごいことになってる…」
「イヒヒヒヒ!」
*
そして時は流れてセレオスとバネッサの結婚式が執り行われた。二人の出会いから三年が過ぎていた。ここで号泣したのが友人のサーキスである。
「よかったよー! セレオスさん! 一時はどうなることかと思っていたよー! 俺はこんなに嬉しいことはないよー!」
嬉し泣きするサーキスにサフランは大喜び。
「ヒヒ―!」
伝説の勇者はサーキスの家の近所で農家として働くことになる。セレオスとサーキスは良き友人としてその後も関係は続いた。
それからも病院の人々の暮らしは幸せに、さらに年月は流れて行った。




