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リーフとギルの思い出(3)

 ユーリ・クランはふと、この小雨の中、傘も差さずに畑の端を見ている銀髪の青年を見つけた。ここにはめったに人は来ない。怪しい人物にしか見えない。男はトランクケースを足元に置くと猪避けの柵をふわりと乗り越えて畑に入って来た。一見してトマト泥棒にも思えた。


 銀髪の男は苗に近づくと葉をつまんで裏表を観察し始めた。そして地面付近の茎を見て土を触った。動きを見ていると同業者のようにも思えた。彼はトマトを一つもぎった。立ち上がり、袖でそれを軽く拭くとゆっくりと食べ始めた。


 ユーリ・クランはまさかと思いながらその男に近寄った。悪い予感しかしなかった。何とも言えない表情でトマトをほおばる青年に見とれながら近づいて行く。色白で肌の美しい男はトマトをゆっくりと噛み締めていた。そして青年はユーリ・クランに気づくと泣いていたのだろうか、涙を拭いて言った。

「また泣いてた…。格好悪いところをすみません、こんにちは。あなたがクランさんですね?」


「まさかあなたは…」

「初めまして。僕はリーフ・リーフレットです。あなたのことはミアから聞いていました。今まで畑を守ってくれてありがとうございます。勝手にトマトを取ってすみません。でも、すごくおいしいです。僕が作ったものと全然変わらない。昔を思い出しました」


「あ、あ…」

 ユーリ・クランは言葉に詰まった。どうにか屋敷にこのまま残させてもらいたい。唐突な地主の出現で仕事も住む所も失ってしまう。次を見つけるための半年という猶予ではあったが、これ以下の生活はもう想像できない。娘にも苦労をかけるだろう。ユーリは頭を全力で回転させて何かを言おうとした。


「誰?」

 ユーリの娘が籠を背負って畑の奥からやってきた。娘は白いレインコートをすっぽりとかぶって表情などはあまり見えなかった。

「この方はリーフ・リーフレットさんだ。ここの地主様だ。ただ今お帰りの様子だ…」


「こんにちは。あれ? 雨がやんでる…。ちょっとカッパを脱ぎますね」

 娘はマイペースな性格なようで挨拶もそこそこでトマトが入った籠を置くと、その場でレインコートを脱ぎだした。フードを取るとわたのようなふわふわした茶色の髪が見えた。年齢は十八から二十歳ぐらい。くっきりとした眉にまつげは長い。元々白い肌であるようだが野良仕事で頬は赤く染まっている。


 リーフの鼓動が急に高鳴った。

(いやいや。僕は失恋中なんだ。そう簡単には立ち直れないんだよ…)

 娘がカッパを脱ぐと灰色のワードローブが見えた。服の上からでも十分にわかる胸の大きさだ。

(おっきい! …いやいや。おっぱいで回復できるようなダメージではないんだ。谷底の精神的ダメージなんだ)


「ええっと、初めまして。私はエマ・クランです…。あれ、顔がよく見えない。あ、眼鏡をしてなかった。あたしの眼鏡はどこかしら…」

「ワシが預かっていた」

 ユーリ・クランが娘に眼鏡ケースを渡すと娘のエマはそれを開けて黒ぶちの眼鏡をかけた。


「これで見える…」

「あっっ!」

 リーフは雷に打たれたような衝撃を受けた。この瞬間、ミアのことは頭から吹き飛んだ。

「僕の名前はリーフ・リーフレット! リーフが名前で、リーフレットが名字なんだ! 覚えやすいでしょ!?」

「ええ。さっきお父さんが紹介してくれましたよ。というかあなたの名前は知ってたし…」


「キミたちが作ったトマトはすごくおいしかったよ! 最高! ここは僕が子どもの時に耕してトマトができるまでそれはそれはたいへんだったんだよ! 四年もかかっちゃった! すぐ枯れるし、思ったように育たないし、できたと思って食べようとしたら次の日に猪に食べられてたし! 全滅だよ全滅! だから初めて口にした時の味は最高だったよ! 今日もその味が再現された感じ! 今日はなんていい日なんだ! 僕は野菜大好き! 中でもトマトが一番好き!」

 リーフは気持ちが悪いぐらい早口で喋った。


「…ところでキミ、野菜は何が好き?」

「私もトマト…」

(運命を感じる!)

「…でも、リーフレットさんが帰って来たのなら私たち出て行かなくちゃ…」


「いい! 出て行かなくていい! キミは好きなだけうちに住むといいよ!」

 リーフが鼻息を荒くして興奮していると、父のユーリがしゃがみ込んでうめきだした。

「あいたたた…。突然、腰が痛くなった…」

「あら、お父さん大丈夫…?」


 素早くリーフが地面に膝をついてユーリに背中を向けた。

「さあ、お父さん、僕の背中につかまって! おぶって屋敷まで連れて行きます!」

「そうかすまんね…」

 娘のエマはリーフにおぶさる父を心配そうに見つめていたが、やがてトマトの収穫に戻ることにした。


 リーフの背におぶさりながらユーリは言った。

「リーフ君ありがとう。助かるよ」

「これぐらいお安い御用です、お父さん!」

「私はキミのお父さんじゃないよ」


「ごめんなさい、クランさん。馴れ馴れしくて!」

「本当に、そうだね」

 背中のユーリが笑う。


「僕は今まで人懐っこい人達ばかり出会ってきたからたぶんこうなったんです。あはは! でも、クランさんって娘さんとあまり似てないね。よかった!」

「何がだい! キミは初対面の私に失礼だな!」

「ごめんなさい、クランさん!」


「実は私もそう思っているけどね。わっはっは! …ところでさっき娘にいつまでも住んでいいって言ったけど本当かな? 私もいいのかな…」

「もちろんです! よかったらクランさんも僕と一緒にこれからも野菜を色々作りましょう!」

「ありがとうリーフ君…」


     *


 現在。リーフの屋敷。

「…家に帰るまではそんな感じだったんだよ」

 ギルとリーフは暖炉のある部屋でソファーに座って向かい合っている。


「で、お父さんとエマの三人で暮らそうってなったその日に僕がリスハーになっちゃって。リスハーが屋敷を物色して宝石なんか盗んでたら、二人に見つかって。『トカゲ人間の泥棒だ!』って大騒ぎ。リスハーはそんな状況に慣れたのか、自ら地下牢に入って。自分が二重人格であることを証明したんだ。二人は青ざめてたよ。


 それからはリスハーが信用獲得に努めて。お父さんたちにバーベキューをふるまったり、僕に猪を駆除させて街で売ったり。野菜も売り方に工夫して一儲けしたりとか。

 エマもトカゲとか爬虫類は嫌いじゃないってリスハーのことを毛嫌いしなかったんだ。見た目と人格が入れ代わっても今は特に気にならないって。変わった人だと思うよね! それとリスハーは子供の面倒を見たりしてくれてるって。預金通帳をたまに見てはニヤニヤしてるって」


「順応しているな。確かに変わった嫁さんだ」

「僕はそんな奥さんが大好きさ! エマの病気を治してくれたパディ先生には本当に感謝だよ!」


 その後、チーム・オルバンにはギルの代わりにガドラフが加わることになる。世界の悪党や被害を及ぼすモンスターが現れてはギルの代わりにガドラフが戦いに行くことになる。適材適所。時には難敵とも戦うこともあり、ガドラフは自分の置かれた状況に満足する。

 ギルも戦いに出かける必要がなくなり、看護師の仕事に専念できるようになった。

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