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このままでは僧侶が足りなくなる

 ナタリー食堂でセレオスが物憂げな顔で外を見ていると、ベルベットが少し離れた場所からスケッチブックに鉛筆を走らせていた。彼女は賢者バロウズの妻、ナタリー食堂で働いている。

「何を描いてるの?」

 セレオスの質問に声を出せないベルベットがスケッチブックでこう答えた。


『セレオスさんの顔! 勇者の横顔はとても絵になる!』

 今日もサーキスとサフランは一緒。セレオスの「そうなんだ」という何気ない言葉にサーキスは眉根を寄せる。

(ギルも言ってたけど、このままじゃセレオスさんは彼女ができなくて独身のままだぜ! ギルは『勇者の血筋が絶たれる、憂慮にたえない』って言ってたぜ! 俺もそう思うぜ! 次の世代の世界のピンチを救えないぜ! 俺はおせっかいだ! ない頭を高速に回転させるぜ!)

 隣のサフランがサーキスの顔を除きながら心の中で笑う。

(今、ライオンさんが一生懸命、何かを考えてるよ! ヒヒー!)


 その日、家に帰ったサーキスが赤ん坊を抱えたファナに、「お前の友達に勇者が好みって人知らない?」と尋ねるとファナは顔を輝かせる。そして翌日、ファナはナタリー食堂に友達を連れて来た。

 ファナの友達の名はバネッサ。近所の農家で背が高く、長い黒髪。ふっくらとした頬で簡単に言えば、顔や性格がファナによく似ていた。


 バネッサという女性は非常に乗り気だ。前のめりでセレオスに話しかける。

「ねえねえ、勇者の仕事って普段何してるの⁉」

「世界の平和維持や武装集団の鎮圧」

「すごい、かっこいい!」


「でも僕は聖騎士のギルの下位互換だから…。今は彼が遠征に行ってる。僕は看護師のお手伝いをしているよ」

「謙虚ー! 素敵ー!」


 セレオスの素っ気ない言葉にもバネッサは過大な反応を見せる。外野のサフランたち三人は大喜びだ。小声で三人が話し合う。

「セレオスさん、出会ってすぐのお姉さんからすっごい好かれてるよー! ヒヒー!」

「俺も恋の予感がするぜ! でかしたぜ、ファナ!」

「えっへん!」


    *


 白衣姿のサーキスがカスケード寺院の中を歩いていると、二階のベンチで頭を抱えるハル・フォビリアの姿があった。サーキスは何も考えずに声をかける。

「ハルさん、どうしたの?」

 すこぶる馴れ馴れしい。偉大な司祭にこういった呼び方は誰もしないのだが。


「ああ、サーキスか。何でもない。君は自分の任務に集中してくれ。寺院と病院の問題は別だ」

(お、問題って言ったぜ!)

「ハルさんには心臓が悪い患者さんを助けてもらって本当に感謝しています。ハルさんが最初の心臓が悪い患者さんに手術のために死んでもらうって言わなかったら、みんな助からなかったぜ。ありがとう」


「まあ、どうも」

 ハル・フォビリアの生返事でサーキスがその場を通り過ぎるが、どうにも気になる彼は再びベンチに戻って来る。

「カスケード寺院の僧侶さんたちに話しても解決できないからハルさんは困ってるんだろ? 部外者の人間の方がアイデアを持ってることがあるぜ! 俺は口は堅いよ。言ってみてよ!」


「ふむー…。国は我が寺院に支援をする代わりに全国の病院に、うちの僧侶兼看護師を派遣させることを約束させている。もうしばらくしたら少しずつだが、僧侶を各地に送らないといけない。よんどころない事情でうちの僧侶が減ってしまったが、カスケード寺院の僧侶がこれからさらに減る。

 今からでも信仰心のある人間を、寺院に集める仕組みを作っておかなければカスケード寺院は立ち行かなくなる…。私はどうしていいものか…」


(えーっ⁉ 簡単に見つけられる人がいるじゃん!)

「楽勝だぜ! 俺に任せてくれよ! 高い信仰心の持ち主を週に一人ぐらいのペースで見つけたらいいでしょ⁉」


 その次の日曜日、サーキスはスプリウスと共に街を歩いていた。人通りが多い喧騒の中を二人は小声で話しながら歩く。

「信仰心がめっちゃ高い人を頼むぜ、親っさん!」


「任せろ! ワシはいつも信仰心がある人を見ては『僧侶になりませんか?』って言いたくてたまないのをどうにかこらえていたところだ! ワシみたいな奴がそんな勧誘をしてたら完全な不審者だな! わはは!」


 牧師のスプリウスはこの街で信仰心が高い子供や若者を何人か知っているらしい。けれどもスプリウスはその人間の家は知っているが住所がわからない。そんなわけで今日のサーキスは対象者の家までお邪魔する段取りだ。この時のスプリウスは法衣をまとっている。そういった格好でないと巨漢で顔に大きな傷を持つ彼は人から目も合わせてもらえない。


「ああ、この家だ。…牧師のスプリウスです、ごめんください!」

 スプリウスがノックすると、かわいらしい女の子がドアを開けて挨拶をした。

「おじさん、こんにちは!」

 少女の肩から青い光が湯気のように昇っている。スプリウスの肉眼だけがそれを捉えた。


「ごきげんよう、こんにちは。近くに寄ったからカラティアの顔を見に来ただけだ。ではな」

「おじさん、もう帰っちゃうの!?」

「またな」

 サーキスは住所をメモした。


「さっきの子だ。いい僧侶になるぞ」

「さすが親っさんだぜ! ハルさんって普通に外を歩いていると信者が周りを囲んで拝みだすんで、顔をさらして街を歩けないって言ってるんだ。そんなすごい司祭様が声をかけたら一発で出家確定だぜ! 俺から言わせるとユリウス・バレンタインもハルさんぐらいすごいと思うけどな! 親っさんも正体がバレたら人だかりができるぜ!」


「シーッ! 声が大きい!」

「ごめんごめーん!」


 翌日、ハル・フォビリアがカラティアという少女の家をお忍びで訪問した。全く予期しない来客に両親は驚愕。ハル・フォビリアの方も珍しく冷や汗をかいて挙動不審ながら挨拶をした。

「初めまして、私はハル・フォビリアと申します…」

「いえ、存じてますよ!」

「本日伺ったのはそちらの娘さんを…」

 

 半信半疑で少女を入門させてみれば、その子はたいへん信心深かった。サーキスの言った通り三週間ほどして呪文を覚え、ハル・フォビリアは驚いた。

「ね! 言った通りでしょ! まだまだ推薦できる奴はいっぱいいるよ! 次々行こうぜ!」


 疑念を抱きつつも、サーキスが教える人物をハル・フォビリアが勧誘すれば、またしても優秀な僧侶が生まれる。そうして僧侶が不足する問題は解消されていった。ハル・フォビリアがサーキスに問うと彼は身振り手振りを加えてこう答えた。

「どうやってるかって? それは最初にも言ったけど教えられないよ! でもよかったね、ハルさん! うふふ!」

 何とも心優しく不思議な青年なのだろう。ハル・フォビリアは柔和に微笑んだ。

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