表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
31/48

街にカイルがやって来た(2)

 そして孤児院の入口まで来るとカイルは怖じ気づいている。

「あわわわ…。逃げ出したい…」

「ふふ! …親っさーん! いるかー! どんどんどん!」

 言いながらサーキスがドアを叩くとスプリウスが現れた。そしてカイルの顔を見て驚く。


「…カイル!」

「親っさん!」

 師弟は涙を流して抱き合った。サーキスは二人に水を差さないようにそっとその場を離れた。


 その後、数か月という短い間にバレンタイン寺院の僧侶が何人も、師匠を訪ねて現れた。

 師匠がヨーロッパの比較的近い場所で暮らしている、なぜかギルとサーキスがそばにいるなど、不思議に思った弟子たちは居ても立ってもいられずにここまで旅して来るようだった。

 再会を果たせば皆、親子のように抱き合い、涙した。

 帰り際に時間に余裕のある者は人体の構造を習ってスレーゼンをあとにした。


     *


 ある日の日曜日、冬の冷え込みが厳しい季節ながら、太陽の光が心地よい晴天の日。スプリウスは余ったパウンドケーキを持ってブラウン家を訪ねていた。

「こんにちは、スプリウスです! サーキスいるかー!」

 サーキスと子供を抱えたファナが現れた。

「こんにちは、親っさん! 今日もパウンドケーキありがとう!」


「ああ、どういたしまして。こんにちは、レナ」

 スプリウスが金髪の赤ん坊に挨拶をする。だーだーと笑顔を見せる娘。そのレナを抱っこするファナは口を開かずなぜか無表情。スプリウスは危険を検知する。

(嫌な予感がする…)


 そしておもむろにファナは語り出す。

「あのね、師匠。スレーゼンにやって来たバレンタイン寺院の僧侶さんとはみんな会ったよ。師匠のお弟子さんたちだね」

「ああ。それで…」


「それで私はお弟子さんたちに、師匠から弟子になるよう勧誘された状況を詳しく聞いたんだ。するとだいたいの人が悪事を働いていたらユリウス・バレンタインにぶん殴られて、親っさんから弟子になれって言われたって言ってるんだ…」

「それが一体…何だと…」


「で、おかしいのが他にも一緒に悪事を働いていた仲間がいたけど、自分だけが師匠に誘われたって。他にも元山賊みたいな人たちがいたけど、ユリウスさんからはその人たちには帰っていいって言われてるんだ。師匠の弟子はその時は何とも思ってなかったみたいだけど、この私からそう言われると振り返れば違和感があるって言ってた…。

 スプリウスさんは弟子を選別してたんだ。ズバリ、師匠は人が僧侶になれる素質があるのか何か見える能力があるんじゃない⁉」


 スプリウスは数秒間、逡巡(しゅんじゅん)する。取り繕うか、嘘をつこうか迷った。しかし目の前の人妻は優れた調査能力を持っている。息子にも今まで知られていない能力。ファナさんはおそらく前々から違和感に気がついて弟子たちから当時のことを聞いていたのだ。この場から逃げてもたぶん、サーキスの妻はどこまでも自分を追いかけてくる。


「…ぐ…。そ、そうです…。ファナさんのおっしゃる通りです…。ワシは人の信仰心がいかほどか光で見ることができます…」

「ええー⁉」

 ファナの隣のサーキスが、初めて知る事実に驚愕している。


「…ワシは物心がついた時からその能力があって、生まれ故郷ではちょっとした有名人で人から頼まれて他人の信仰心を測っていた…。そしてその能力のために厄介ごとに巻き込まれて街から逃げ出したんだ…」

 サーキスが冷や汗を流しながら質問する。

「じゃあ、俺って親っさんと会った日にはもう俺が僧侶になれるかわかってたの⁉」


「ああ…。普通より光が強かった。いい僧侶になると思ったから弟子にした…」

「それなら俺の信仰心がからっきしなかったら⁉」

「ご飯を食べさせたら帰していたところだ…。もう人の物は盗むなよと一言添えてな…」


「最低だぜ、親っさん! 食うにも困るからパンを盗んだのにそんなんでガキが改心するかよ⁉ 一回捕まえたなら一生面倒見ろよっ!」

「厚かましい奴だな⁉ 呪文も使えない奴をどうやって養う⁉ ワシがどれだけポンコツの師匠だったかわかってるだろ⁉」


「それじゃあ! あの時、俺が友達を連れて来るって行ったらしぶしぶオッケー出したよな! そいつが犬じゃなくて人間で、僧侶になれるほどの信仰心がなかったらどうしてたんだよ⁉」

「お前たち二人を競わせて二か月以内に小回復(キュア)ができた方だけ寺院に残すと言っていた」


「わっ! サイテーだ! 最初から結果がわかってるのに! 信仰心だけで人を選んで! マジで最悪だ! …だからバレンタイン寺院の僧侶はできがいい奴ばっかりだったんだ!」

 サーキスが、「ああー、なるほどー!」と嫌味のある目で師匠を見る。言い合う二人をファナはニヤニヤしながら眺めていた。


「師弟のケンカを見せられてもこっちは困るよ! 仲がいいところを見せられて! あはは!」

 サーキスが師匠に尋ねた。

「ちなみに今の俺って信仰心はどれくらい?」

「かなり減った。ワシがスレーゼンに来た時にお前は一目で信仰心が落ちていた。そしてお前を見るたびに信仰心が徐々に落ちて行く…」


「はははー! ぶっちゃけ、セリーン様なんかもうどうでもいいもん! 呪文の回数に全く影響しないのは僧侶を辞めた瞬間にその能力が固定されるんだろうな!」

「ぐ、ぐぐ…。これが手塩にかけて育てた弟子の言うことか…」

 スプリウスが歯ぎしりをしている。ファナも言った。


「ねえねえ、私の信仰心は⁉」

「今現在のサーキスより低い」

「ぷぷぷ! やっぱりそうなんだ! でもこの街でセリーン様大好きって言っておかないと迫害されるから街の人とは適当に話を合わせてるよ! やっぱり師匠の能力は危険だね! ところで師匠はこの人は信仰心がすごいっていう人、今は誰がいる?」


「ファナさん、誰にも言わないか?」

「言わないよ! ユリウス・バレンタインのことも黙ってるじゃない!」

 口が軽いと有名なサーキスの妻はどうにも信用できない。が、この場で答えないという選択肢は選べないようだ。少し渋ってスプリウスは答えた。


「サフランだ…」

 ファナとサーキスは顔を見合わせた。お互いが満足げな顔だ。スプリウスが続ける。

「あの子はすごい。今まで一番の弟子だったセルガーの信仰心を軽く上回る。他の子供たちは次々と家を出て行くがサフランだけはよそにやれない。大人になるまでワシの弟子として必ず育てる。ワシの能力はもちろん息子も知らん。どうにか理由をつけてサフランを手元に置いておきたい」


 二人は顔を輝かせた。

「他には他には?」

「…あのな、ファナさん。こうやって誰かれかまわずそういった質問をされるから、ワシは故郷に居づらくなって家出のように旅立ったんだ。だから、ワシが人の信仰心が見えるということは誰にも言わないでくれ…」

「わかったよ! それで他にすごい人は?」


「ナタリー食堂で働いているベルベットだ…」

「ええー⁉ あの子はしゃべれないでしょ⁉」

「そうだぜ! 声が出ないよ!」


 スプリウスが舌打ちした。牧師のありえない態度にファナは驚いたが。

「品のないところをすまないファナさん。…いや舌打ちもしたくなる。…だから、ワシがセルガーの酒場で初めてベルベットと会った時は、この子をぜひともパディ先生に会わせて喉を治してあげたい、そしてスレーゼンに連れ帰って立派な僧侶に育てよう、そう思った…」


 サーキスが相づちを打った。

「だから親っさんはしつこいぐらいパディ先生にお願いしてたんだ! セルガーやバロウズさんよりもすっごい必死の形相でベルベットの治療を頼んでたぜ! 見たことないぐらいの熱量だったぜ!」


「そうだったんだ! その時の師匠、見てみたかった! でもベルベットって声が出なくても幸せそうだよね! 旦那さんはああ見えて優しそうだし! ナタリーおばさんが絵の師匠だしね! 声が出ないのも気にしてない感じ!」


 スプリウスが無表情な目で諭す。

「だからな、ファナさん。あの子がワシの能力と、自分の信仰心が他人と比較できないほど強大なものと知った時、必ずあの子は苦しみに暮れることになる。つまらない葛藤を抱えて悲しみと不幸を呼ぶだろう。あの子の人生を狂わせる…。だからワシのことは言ったらいかん。ユリウス・バレンタインのこともな」


「わ、わかったよ! 肝に銘じるよ! ふふ…。こ、これは絶対にしゃべれない…。もうばあちゃんにも言わない方がいいよね…。つらいな…。ふふ…」

 スプリウスはかぶりを振った。

(なんて人に見つかってしまったんだ…)


 それでもスプリウスはファナを褒めた。

「しかし、ファナさんはよくわかったな」

「たくさん推理小説を読んでるからね! 私は名探偵ファナだよ!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ