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スプリウスの秘密の能力

 ギルたちが住む孤児院に二人の少年と少女が入って来た。六歳と七歳の子供だ。名前はリクトとカラン。

 二人が孤児院の生活に慣れてきたある日、スプリウスが少年リクトの方だけに声をかけた。

「なあ、リクト。じいちゃんとセリーン様にお祈りしないか?」

「するー! じいちゃんとセリーン様にお祈りしたい!」


「お前は将来、僧侶になれそうだなあ!」

「おいおい」

 ここで家の主、ギルが口を挟んだ。

「親父、えこひいきは駄目だぞ。カランの方もちゃんと誘え」


 子供が見ている前であからさまに注意する息子に、スプリウスは気を悪くすることもなく、少女カランにも言った。

「カラン。一緒にお祈りしよう」

「う、うん…」


 歯切れが悪い返事に籠手のシムエストは考えた。シムが他の子供に魔法使いの呪文を教えているとカランはそれを興味津々で見ていたからだ。

《カランはもしかして魔法使いの呪文の方に興味がないか?》

「うん! そっちの方がいいかな! 呪文を教えてシム先生!」


 ギルは腕組みをしながら思った。

(ふと振り返って思ったが、親父には何か見えているのか…)


     *


 十数年前、とある山の中腹で一人の男が釣りを楽しんでいた。魚影もはっきりと見える幅二メートルほどの美しく流れる川。魚もすれていないのか、釣り人のその日の釣果(ちょうか)は上々。家族全員でも食べきれない量の魚を木製のバケツに入れて帰ろうかとしていたその時。

「おいおい、おっさん、なに人んちで魚釣ってんだよ⁉」


「そうだぜ、この川は俺たちの所有地だぜ!」

 髪を伸ばし放題の浮浪者のような男と、頭がツルツルで小太りの男に突然からまれた。男たちはそれぞれ棍棒(こんぼう)と斧を持っている。山賊だ。

「な、何だお前たちは…! 山は誰のものでもないだろ⁉」


 事情がつかめない釣り人はたじろいだ。山賊が勝手に説明を始める。

「知らないなら教えてやるぜ! ここは俺たちが住んでるの! 川も俺の土地だ! ここの魚は俺がペットとして飼ってんだよ! …おっちゃん、釣り竿なんか持って…。まさか俺のペットたちを釣ったんじゃないだろうな⁉」


 この棍棒(こんぼう)を持った浮浪者のような山賊は若き日のグレイスだった。のちに僧侶になる男だ。そしてバケツの中身を見てわざとらしく驚いた。

「お、俺のかわいいペットたちがみんな死んでる⁉」

「そりゃ、魚はすぐに締めた方が鮮度が高くなるから…」


 浮浪者グレイスは大声でなげいた。

「ジョン、マイク、ベンジャミン、エリザベス、ウイリアム! 俺が手塩にかけて育てた子供たちがみんな殺されたー! うわーっ!」

「う、嘘だ! お前、今、適当に名前を言ってるだけだろ⁉ どうしてオスかメスかもわかる⁉」


 ハゲた方の山賊が言う。

「おっさん、損害賠償だ。命を金で返せ」

「お、横暴な⁉ ペットなんて言って…。お前たち、そもそもこの魚の種類を知っているのか⁉」

 山賊たちが相談を始める。


「何だろこれ?」

「ニシンか?」

 釣り人がツッコんだ。

「カワカマスだ! 全然、魚の知識がない! …あんたたち、試しにもう一度、ペットの名前を呼んでみろ!」


「ジョ…、何だったっけ…。エリザベスは覚えてるけど…。もう忘れちまったよ!」

 開き直ったグレイスが叫んだ。

「とっとと金を置いて行きやがれ! それとも棍棒でこの魚みたいにお前を締めてやろうか!」

「ひえぇーっ!」


 結局、釣り人は財布と魚の入ったバケツを捨てて山から逃げて行った。

「やったぜ、さすがアニキ! 金と晩飯、両方ゲットだぜ! これは楽して稼げるぜ! アニキは天才だぜ!」

「へっ! この調子で貯金を増やして毎日ごちそうにありつくぜ!」


 翌日。山賊二人が小川のそばの草むらに隠れていると、今日も釣りを楽しむ男が一人来ていた。その男は巨体で熊のような体格。頬には大きな傷がある。彼はスプリウスことユリウス・バレンタイン。この頃のユリウスは肌に張りもあり、現在よりもずいぶんと若い顔だった。

 ユリウスも釣りは得意とあってか次々と魚を吊り上げる。そして釣った魚は千枚通しのような道具ですぐに締めた。


「ここは面白いほど魚が釣れるぞ! 最高のスポットだ! ジョン、マイク、ベンジャミン、エリザベス! ほらほらー! 早く出て来ないとお前たちのペットがどんどん釣り上げられて殺されていくぞーっ!」

 グレイスたちは草むらに隠れていたが、明らかに挑発を受けているのがわかる。


「アニキ! あいつ、俺たちを呼んでるぜ! 俺たちを懲らしめようってのか! 昨日の奴がチクったんだ! 返り討ちにしてやりましょう、グレイスのアニキ!」

「う、うん…」


 相手は見るからに戦闘力が高そうだ。だが子分の手前、仕方なくグレイスは武器を手に草むらから出て行く。こうなればヤケクソだ。グレイスはユリウスの背後から言った。

「おい、てめえ! よくも俺たちのペットを殺してくれたな!」

 釣り竿を持ったままのユリウスが振り向いて言う。


「おー、出て来たか。悪事を働く山賊とはお前たちのことか。そもそも、わざわざ魚が釣られるまで待ってないでさっさとその武器で人をおどして金を盗めば手間もかからないだろうに」

「アニキ⁉ こいつ、頭がまわるぜ!」

「いや、金だけあってもその日の飯を買うのが面倒だから、魚が釣れるまで待ってたんだよ。街まで降りるのがたいへんだから」


「そうだった!」

「もう面倒だからさっさとかかって来い。ワシが改心させてやる」

「おっちゃん、武器は?」

「素手だ。剣を持つのが仕事のはずだが、なぜか性格的に武器が合わん」


 山賊たちは唇を歪めた。

「大チャンスだ! 喰らえ!」

 ハゲた男が斧を渾身の力で振るう。しかしユリウスに白刃取りで受け止められた。

「何だと⁉」


 両手が塞がったユリウスにグレイスはここぞとばかりに棍棒(こんぼう)を振り下ろす。

 ゴッ!

 なんとそれは肩で受け止められ、おまけに首でロックされた。グレイスの手の棍棒は肩と首で押さえつけられてピクリとも動かなくなる。


「なんて力だ⁉」

 ユリウスは斧をポイと捨てるとハゲた山賊に前蹴りを喰らわせて派手に吹っ飛ばした。

 次にユリウスは肩の棍棒の先を掴むと高速で回転させる。力のモーメントの働きで細い柄を持つグレイスの手に摩擦が起こり、あげく手のひらに小さな炎が上がる。


「アチーッ!」

 ユリウスは敵から奪った棍棒をグレイスにピタリと向ける。山賊のグレイスは黙って膝を地面についてうなだれた。勝手にとどめをさせという意味だ。そして子分の背中がもう遠くに見える。


「死を覚悟する度胸があったか。最後の最後で立派だ。お前の子分は逃げたけどな。どうだ? 貴様、魚や小銭を人から奪うぐらいで山賊としては小者だろう…。ワシと一緒に贖罪せんか」

「え…? どうやって…」


 ユリウスの瞳にはグレイスの肩から青いオーラが湯気のように出ているのが見えた。これは人の信仰心を肉眼で計ることができるというユリウス固有の能力だった。彼には物心ついた時にはこの力があった。補足すればユリウスの意思でスイッチのオン・オフができない受動的な能力だ。

「お前は僧侶になれ」


「ええー⁉ おっちゃん馬鹿じゃねー⁉ 俺みたいな山賊がなれるわけないじゃん!」

 この山賊は僧侶になる素質が十分あった。それでいてこの世界では悪に染まろうと、善に生きようと信仰心には何の影響もない。女神セリーンの加護は善人にも悪人にも平等だ。


「お前、名前は?」

「グレイスだぜ」

 グレイスと名乗るこの子悪党がまかり間違ってこのまま呪文を覚えて、何かのきっかけに邪悪な道に進めば、人の命を簡単に奪う悪のプリーストに成り下がるだろう。道を正してやらなくてはならない。ユリウスは自分の義務と認識した。


「…って人を回復して金儲けできるなら楽そうだな…。山賊は廃業だぜ! おっちゃん、よろしく!」

「ワシはユリウス・バレンタインだ! これでも聖騎士(パラディン)だ。ワシのことは師匠と呼べ」

「すげえ、聖騎士(パラディン)! 親っさん! よろしく!」

「…親っさんだと⁉ そ、そんなマフィアのような呼び方を…」


「親っさんの顔はマフィアのドンって感じだぜ! ぎゃははは!」

「お、お前はこんな慈悲深いワシを師匠と呼んでくれないのか⁉」

 この一番弟子との出会いが、ユリウスが寺院を始めるきっかけとなるのであった。

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