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心臓外科医(2)

 少しの相談ののち、パディたちとハル・フォビリアは診察室に入り、患者とその家族に手術の説明をした。何かしらの方法で患者には一度死んでもらい、心臓を止めるやり方だ。本来なら患者たちには伏せておくべき術式であった。ハル・フォビリアが付け加える。


「…術後は私が完全復活(レザレクション)の呪文を唱えます。…それでご存じかもしれませんが、失敗する可能性があります。二回続けて呪文が失敗すれば魂が消滅します。失敗したら私を恨んでもらって構いません。どれだけの罵詈雑言を浴びることも覚悟の上です。それでも成功しても失敗しても手術と呪文の代金はいただきます。どういたしましょう…」


 患者家族は声をひそめて相談する。そして患者の息子が言った。

「ハル・フォビリア様が呪文を唱えてくれるなら、こんな光栄なことはありません。失敗しても何の文句も言いません。父をお願いします」


 パディとサーキスは表情には出さなかったが、心の中で快哉(かいさい)を叫んだ。さすがはあのミッド・バーツ・カスケードの後継者。権威ある人間の言葉。それを拒否できる市民はまずいない。

「では手術の準備を始めましょう」


 パディがそう言うと周りの僧侶はあまりの展開に呆然としていた。そして気づく。このパディ・ライスはサーキスから心臓の手術を受けるために一度殺されたのだと。

「パディ先生って殺されたんだ…」

「一体誰がどのように…」


 執行人に心当たりがある僧侶がチラチラとギルの顔を伺う。

「あまり俺の顔を見るな…」

 ギルは手のひらで自分の顔を隠した。

「やっぱりギル君がやったんだ…」

 ひそひそとささやく僧侶たちの視線が一斉にギルに集中した。


    *


 手術が始まった。手術台の上の老人は裸。ギルから首を折られて死亡しており、顔には白い布でおおわれている。

「これよりノース・ポールさん六十二歳、冠動脈(かんどうみゃく)バイパスの手術を始めます」

 サーキスがそう言うと、メスを持って胸の正中線に沿って刃を走らせる。皮膚を切り、筋肉を切る。そしてシムエストから呪文で熱してもらったダガーで胸骨を切った。


「手慣れてる…」

「うまいな」

「僕もこんなふうに切られたのか…」

 サーキスの周りに色々な声がつぶやく。そして心膜をはがして心臓が見えた。やはり心臓は止まっていた。


「止まった心臓を見るのは気持ち悪い…」

 僧侶たちがそれぞれ意見を言い合う中、パディから指示が出る。

「次は血管を取って」


 サーキスが患者の脚の方へ移動する。そしてサーキスは脚の付け根にメスを入れると大伏在静脈だいふくざいじょうみゃくという血管を採取した。長さは二十センチほど。


 また心臓に戻って大動脈に切れ込みを三ミリほど入れた。そして把持鉗子(はじかんし)というハサミのような道具を使って小さな針で血管を縫って行く。もとは脚の血管であった大伏在静脈だいふくざいじょうみゃくの外側から大動脈の内側に、また大伏在静脈の内側から外側に、間隔はゼロコンマ何ミリという世界。サーキスはハサミのような道具を両手に、それを手足のように操って針で血管を縫う。それを三ミリほどしかない血管に対してなんと二十針。幅も均等だ。そして縫われた大伏在静脈の先を、冠動脈側に同じように縫い付ける。


 これで新たなバイパスの血管によって迂回路ができた。プラークによって詰まっていた冠動脈(血管)を避けて新しい経路で血が流れる。心臓に血液が行き渡るはずだ。

 パディがハル・フォビリアに頼む。

「終わりました。ハル司祭、呪文をお願いします」


 患者の顔の白い布が取り除かれ、ハル・フォビリアが完全復活の呪文を唱え出す。長い詠唱に皆がかたずを飲んで見守る。

 呪文が終わると老人の折れた首や切り裂かれた胸が一気に回復して元に戻る。脚の裂傷も傷がふさがる。


 手術台の上の患者は途端に意識を取り戻して黙ったまま瞳を左右に動かしている。パディが僧侶たちに言った。

「皆さん、宝箱(トレジャー)の呪文を唱えてください。吻合(ふんごう)した所に血管の血液漏れがないか…」

 僧侶たちはなるほどと言い合い、呪文を唱え出す。遅れてサーキスも呪文を唱える。そうすると心臓のバイパスには元気に血液が通っている。縫い跡はまるで機械が縫ったように美しく、血液漏れも見当たらない。


「しかし、素晴らしい縫い方だ」

「ああ。見惚れてしまう美しさ…」

「すごかった…。さすがはブラウン先生…」

 パディが患者に訊いた。


「ご気分はいかがですか」

「ええ。胸の痛みが消えました。すごく体が軽くなった気分です」

 全員が手術の成功を喜び、呼ばれた患者の家族が一番にハル・フォビリアに礼を言った。そして患者のノース・ポールが服を着ながら疑問を口にした。


「先ほど、僧侶の方がブラウン先生と言ってましたが、パディ・ライス先生が私を手術したのではないですか? ブラウン先生とはどなたでしょうか…」

 一人、軽薄な僧侶が大声で説明した。


「彼です! サーキス・リアム・ブラウン! 本当はパディ先生じゃなくて、この青年があなたの手術をしたのです! まさに凄腕でしたよ! 血管の縫合は本当に芸術的だった! パディ先生も心臓が悪くてサーキスから手術をしてもらってるんですよ!」

「い、言ったら駄目だよ!」


 サーキスが狼狽しながら周りを見渡せば、パディを含めて皆が暖かい瞳を自分に向けて来る。

「あ、ああ…。手術をしたのは俺です…。二回目だったので緊張しないでできました…。今回の手術は自分でも良くできたと思います…」

 サーキスがしぶしぶながら白状するとパディが笑顔で付け加える。


「彼は世界一の心臓外科医になりたいんですよ」

「ええ⁉ そんなこと一回も言ってないけど⁉ …いやあの、実はそうです…。俺は世界一の心臓外科医になりたいんです…。でも世界一までの道のりにはパディ先生っていうでっかい壁が立ちふさがってるけどな…」


 全員が大笑いする。そしてサーキスはその日には自ら白衣を作って翌日にはそれを着て仕事をすることになる。リリカに次いでまた医者が誕生した。

 ブラウン医師は初日からパディから厳しい叱責を受ける。

「医者と名乗ったからにはますます手加減がいらないな! どんな小さなミスも、復習から予習まで怠ることは許さないぞ! 覚えておけ!」


 めまいを覚えたサーキスはサディスティックな師匠に恐怖し、涙が止まらない。

「うえーん、えんえん! 怖いよー! うえーんえんえん! うえーん!」

 もう慣れっこなのか周りの僧侶はあきれて笑っている。そんなサーキスはサフランから頭をなでられた。

「私がライオンさんをなぐさめてあげる」


「サフランだけが味方だよ! うわーん!」

「イヒヒヒ…」

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