サフランの思い出
去年のこと。サフランの大腿骨骨頭壊死の手術が終わった直後の話である。
ライス総合外科病院でサフランの脚の手術が無事終わるが、彼女はなかなか目覚めない。
「術後にたまにあるのよね。もしかしたらサフランが昨日はあまり寝てなかったのかもね」
手術室でリリカが説明する。パディが同意した。
「もしかしたらギル君の友達がやって来るって言うから昨日は興奮して寝つけなかったのかもね! きっとサーキスが来るのを楽しみにしてたんだよ!」
サーキスが病院をあとにしてサフランは数時間して目を覚ました。おかっぱの彼女が青い瞳を開けて起き上がれば診察室の中。
「目覚めたね、サフラン!」
「んー、具合はどうかしら?」
眼鏡をかけた木こりとツインテールのカカシが笑顔で語りかけてくる。脚の痛みは不思議とない。
「ベッドからゆっくり降りて」
サフランがベッドから降りて靴を履いてみれば脚のつけ根の痛みが全くなくなっている。
「痛くないよ! 立っても痛くなーい!」
二人は顔をほころばせる。
サフランはのちに語る。孤児院に現れたドロシーとライオンに連れられて、不思議な病院でオズの魔法使いの三人に脚を治してもらった。本当におとぎ話の中に入り込んでしまったようだったと。
その日の夜はリリカとベッドを共にする。孤児院の中では大人と寝ることなどめったに許されないこと。憧れるカカシと横になってサフランの心は高鳴り、特別な時間を過ごすことができた。
翌朝、サフランは病院内を探検していた。脚の違和感がまだ残るが、孤児院より広い建物は踏破しないと気が済まない。
「イヒヒヒ―! たっのしーい!」
そしてサーキスが仕事にやって来た。
「ライオンさん、おはよう!」
「おはようサフラン。脚は大丈夫か?」
「うん! ありがとう! すごい歩けるー! 呪文でも治らなかったのに木こりさんすごーい!」
「サーキス、サフランが元気になってたいへんよ! 意外とおてんばね。それにこの子は僧侶だったのね。びっくりしたわ。…それでね、あんたにおこづかいをあげるからサフランのリハビリがてらに遊んで来なさいよ」
「サンキュー、リリカ。じゃあサフラン、ドロシーに脚が治ったって報告に行こうか?」
「行くー!」
サーキスとサフランの二人は手を繋いでブラウン家までの道のりを歩いた。彼女は脚が治ったばかりなのでサーキスの足取りはゆっくりだ。
「突然だがサフランって小回復の呪文って今、何回使える?」
「四回だよ!」
「すごいな! 俺が呪文を覚えたのが十一歳だから、俺より全然優秀だぜ! …では質問です! ある日、サフランは王様からお呼ばれしました。怪我をした人がいるから王宮に来て欲しいそうです。サフランはご機嫌で王宮をまで歩いて行きます」
今日も天気は良好、気持ちの良い風が吹く。手をつなぐサフランは笑顔でサーキスを見上げる。
「道中、四人怪我をした人がいました。サフランはどうしますか?」
「四人とも回復してあげるー!」
「そしたら王様の分がないぜ。約束は守らないのか?」
「え…」
それからサフランはあれこれ考えを言うが答えに詰まって泣き出してしまう。優しいライオンさんはなぜこんなこと言いだすのか。
「あのな、お前が勝手に人を回復してるのを俺はどうしてもやめさせたいの。…昔話だけどよ、俺たちの師匠、ギルの親父さんは毎日呪文ばっかり、仕事ばっかりしててくたびれてしまったぜ。そうして寺院を閉めてしまった。ちょうど親っさんの奥さんが具合が悪かったけど、誰も気づかなかったし、奥さんもそのうち治るだろうって自分の病気を隠してたぜ。そしたら奥さんは死んじゃった。
親っさんは一生懸命、知らない人を助けてて、奥さんを死なせてしまう悲劇につながったぜ。お前もそんなことになって欲しくないぜ」
「それはギルも知ってるの?」
「一緒に住んでたから当然だぜ。子供のお前には言いにくいことだったろう…。あ、ファナだ! …じゃなかったドロシーだ!」
畑仕事をしていたファナは手を止めてサーキスに近寄る。二人は目を合わせると頬を赤くしてうつむいた。サフランの瞳には昨日見た時より二人が初々しくなったように見える。
「サフランは歩けるようになったんだね!」
気を取り直したようにファナがサフランに声をかけた。
「うん! 木こりさんとライオンさんとカカシさんのおかげ! ドロシーもありがとう!」
「私は何もしてないけどね! …二人はこれからどうするの?」
「プリンを食べに行こうと思うぜ!」
「それはいいね! きっとサフランも気に入るよ!」
ファナにさよならを言ってブラウン家をあとにする。
サフランは人生の転機の日にやはりサーキスから問答を受ける。回復呪文があと一回しかない時に誰を助けるかなど。子供の自分にそんなことを言われても困ってしまう。そしてスイーツ店で食べた冷たいプリンはとろけるようにおいしかった。脚が治った翌日に人生最高の食べ物と出会う。なんて素敵な日なのだろう。
スイーツ店から病院まで帰ろうとした時に足から血を流す中年の姿があった。その男は立てないのか地面に座り込んでいる。二人は当惑したが、サフランは右手をかざして呪文を唱え出す。
「ドッフトリータン・ドルーフィズ・トゥーリ…」
サーキスが慌ててサフランの口をふさいだ。
「ぐももも…」
「おい、駄目だろサフラン! さっきまでの俺の話聞いてたか⁉ お前、本当に危ないぜ!」
サーキスは中年に手を差し伸べた。
「おっちゃん、肩を貸すぜ! 寺院まで一緒に行こうぜ!」
「あ、ありがとう…。さっき舗装中の穴に足を引っかけて転がり落ちてしまった。尖った木の根っこに足が刺さってこのざまだ…。申し訳ない…」
サーキスはカスケード寺院まで怪我人を連れて行くと、見知らぬ人を助けたことに寺院の僧侶からも感謝された。
(リリカはカスケード寺院って悪の総本山みたいなことを言ってるけど、中には気のいい人もいるぜ! パディ先生、一回殺されたけど…)
サーキスがサフランを注意する。
「サフラン、何回も言ってるけど勝手に回復呪文を使ったら駄目だぜ! 大人の許可が必要ってギルも言ってるだろ!」
「ギルはここにはいないもん」
「俺がいるだろ。子供が呪文を使ってるところを人に見つかったらまた誘拐されるぞ」
「前にロベリア市で私を誘拐した人はいい人だったよ」
「いい人って見せかけてるの! 仮面がはがれたら本性が丸出しだぜ!」
「それとさっき助けたおじさんにライオンさんが僧侶だったってあとからバレたらどうするの?」
「あの時はマジックポイントがなかったって言うぜ」
「ライオンさん頭いい!」
「人を助ける時は知恵を使うもんだぜ!」
そして現在。孤児院でサフランは朝、目覚めると楽しい夢を思い出す。顔もほころんでしまう。それから妙案が浮かんだ。
(そうだ! 私も病院で働けばずっとギルと一緒にいられるよ! ライオンさんたちとも! 回復呪文も使い放題! つまんない学校にも行かなくてよくなるし! イヒヒヒ!)
さっそくギルに直訴してみる。
「ねえ、ギル! 私も病院で働きたーい! 看護師さんになりたーい!」
育ての親であるギルは子供の進路には敏感だ。サフランの主張を聞き逃さなかった。
「お前、お手伝いは全然駄目、掃除も洗濯もしたがらないのに仕事なんかできるのか⁉」
「病院ならするー!」
ギルは顔をゆがめながらもフォードに相談した。
「え? 別にいいんじゃない? カスケード病院は女の看護師が一人もいないし。中年僧侶ばかりでむさくるしいしね。ところでサフランは呪文は大丈夫? …もうレベル三の呪文まで使えるのか⁉ すごいな! やれば?」
こうしてサフランは病院で働くことが決まる。弱冠十歳だった。
子供と同じ職場で働くことになったことが気に入らないギル。彼はおかんむりのようすだ。
「お前、病院で一回でもいたずらしたらクビにするからな!」
「イヒヒヒー!」
翌日、パディからサフランは簡単なテストを受ける。
「さあ、僕のお腹を透視してみて。どうかな?」
子供のサフランは内臓を怖がらないか。それだけをクリアすれば合格という、あまりに優しい内容のテストだった。
「わー! 木こりさんのお腹の中って綺麗!」
宝箱の呪文を唱えたサフランが右手をかざして喜んでいる。パディの隣のサーキスが青ざめる。
(お、俺が初めて人体を透視した時と同じことを言ってる⁉)
「駄目だよ、サフラン! このおじさんの前でそんなことを言ったら! 先生はお前をお医者さんにしようかと思っちゃうぜ!」
「ぷ、ぷぷ! そ、そんなこと考えてないよ! ぷぷー! 大丈夫!」
「ほら! パディ先生が怪しい笑みを見せてるぜ!」
「イヒヒー!」
「イヒヒじゃないって、サフラン! うわー、サフランがいつか僧侶を辞めさせられる!」




