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カスケード病院(2)

 そして患者のメヌエットが目覚めた。

「おはよう…ございます…」

 寝ぼけているメヌエットに僧侶が言った。


「メヌエットさん、手術成功しましたよー! よかったですねえ」

「また勝手に言って! 僧侶さんたちはちょっと黙っててください!」

 眉間にシワを寄せて怒るパディにギルも思う。

(ここの僧侶は軽率な奴が多い…。こいつら大丈夫か…)


 その後、経過観察にメヌエットは数日入院することになった。「あのカスケード寺院に寝泊まりできるなんて嬉しい」と喜んでいた。


 次の患者は緊急性を伺わせるような、顔にあぶら汗を流す中年男性だった。フレグ・ランス、四十歳。

「腹が痛い…」

 整えられた口ひげになぜかパジャマ姿の彼。


「私はさっきまで地中海で食事をしていたんだ…。二週間前、私は家族で旅行に出かけた…。ここの僧侶を護衛に借りて馬車で出発したんだ…」

 彼が着るパジャマはシルクだ。全員がシルクのパジャマを見ることなど初めて。この患者、普段はタキシードなどが似合う資産家であると言う。


「昨日…、地中海沿いのホテルに到着して今日からバカンスを楽しもうと今朝、食事を取った…。しばらくして急に腹が痛くなり、直感的に普通の医者には治せないと思った…。パディ先生にはこれまで何度か世話になっている…。非常に惜しく迷ったがバカンスは諦めてライス総合外科病院へ行こうと思った…」


 彼の付き添いの僧侶が言った。

「そして先ほど、私が帰還の呪文で戻って来ました。そうしたら寺院の一部が病院になっていた。そしてパディ・ライスさんが仕事をやっている。私はそんな話は聞いていない。信じられない」

 フレグ・ランスが(うめ)いて言う。


「私にはありえない好都合だった…」

 パディが質問した。

「朝食はお魚でした?」

「ええ…。海の名物だから…。焼き加減はレア…、ありていに言えば生焼けだ…。日頃食べない物だからうまかった…。内陸部の人間には珍しいから…魚の種類は知らない…」


 患者がベッドに横になり、また僧侶たちが呪文で透視する。

「胃の中…。小さい虫みたいなのがいる…」

「蛇じゃないか? 胃の壁に食い込んでる! 血が出てるぞ!」

「白くて半透明…。長さは二センチぐらいだ」


 全員に確認させたが虫は一匹だけとのこと。パディが言った。

「おそらく寄生虫のアニサキスですね。魚をよく焼かなかったから虫の生き残りがいて、ランスさんのお腹の中で暴れているのです。病名はアニサキス症」


 パディは今度は僧侶に質問した。

「皆さん、お腹の中にご飯って残ってます?」

「あるね」

「本当はすぐにお腹を開けて虫を取りたいところですが、ううーん…、…手術はもう少し待ちましょう。ギル君、ランスさんを病室にお連れして」


 患者の顔が苦痛に歪む。

「何だと、まだ我慢しないといけないのか…⁉」

「すみません、念のためです。僕は胃にご飯を残したままの手術をあまりやったことがないもので」

 ブツブツと苦言を呈する患者をギルが背負い、診察室を後にする。


「さっきの患者さん大丈夫⁉ 死んじゃわない⁉」

 顔を引きつらせるサーキスにパディは涼しい顔。

「大丈夫大丈夫。次の患者さんどうぞ!」

 重病に見える患者を放っておくパディ。そんな医者を怪訝に思い、カスケード寺院の僧侶たちは顔を見合わせる。


「こんにちはー」

「おぎゃー!」

 今度は赤ちゃんを連れた家族連れ。

「うちの赤ちゃん、最近泣いてばかりなんです」


「そりゃ赤ん坊は泣くのが仕事でしょ。あたしはあなたがただの親ばかなだけって思うけどね…」

 患者とおぼしき赤ちゃん、その母親と祖母が付き添い。パディは赤ん坊のお腹をさわったりするが、診断がつかない。僧侶たちに透視を頼むと数人だけが呪文を唱えた。しばらくして内一人が血相を変えて言う。


「腸が入り込んでる…。大腸…? 大腸に小腸が巻き込まれてる…」

 背後の僧侶たち全員が慌てだし、遅れて呪文を唱える。

「本当だ! 腸管が重なってる!」

「ぎちぎちだ! 腸が入り込んで、これで痛くてこの子は泣いてるんだ!」


 腸重積(ちょうじゅうせき)という重い病気だった。すぐに手術が行われる。早期発見であったため、手術はサーキスが手で小腸を大腸から引き抜く簡易的なものであった。それでもパディは僧侶たちに厳しく言った。


「あなたたちは症状を甘く見たでしょう。腸重積は見過ごされれば、小腸の血が止まり、壊死する。その場合は腸を切って繋ぐ手術をしないといけない。それさえも見過ごされれば患者は死んでしまう病気です。赤ん坊が言葉を話せないから、患者の訴えがつたないからと病状を甘く見るのはいけません。患者さんの命がかかっています。仕事には真剣に取り組んでください」

 僧侶たちはうなだれて反省した。涙腺が弱い人間はどこにでもいるようで、僧侶の一人が涙を流していた。


 待合室は患者でいっぱいだった。それを眺めていたサーキスがたじろぐ。

「こんなに患者さんがいっぱい! お待たせして申し訳ないぜ!」

 診察は順調に進み、胃の中の物が消化されたフレグ・ランスの手術も無事終わる。執刀医のサーキスはご満悦だった。


(お腹を切ってピンセットで虫を取るだけの手術なんか楽勝だぜ! 面白いし、僧侶さんから褒められてとってもいい気分だぜ! でもこんなこと言うと先生からキレられるから言ったらダメだぜ!)

 全ての患者の診察も終わった夕方、フォードが現れた。

「おー、みんなお疲れ様。今日はどうだった?」


 僧侶たちが口々に言った。

「初日からたくさんの患者さんが来ていい出だしです」

「たいへん勉強になりました!」

「人の命を救うことの大切さをより考えさせられた」


「パディ先生やブラウン先生には感服しました」

 フォードは受付の引き出しを覗きながら言う。ハゲ親父の関心は別の方へ向かっていた。

「…それはよかった。ところで今日の売り上げっていくら?」


 金勘定をしていた僧侶が答えた。

「五万ゴールドと少し…。未払い分とこれから手術の予定の患者、入院している人もいるため、売り上げはまだ増えます」


 ギルとサーキスが驚嘆した。

「何だって⁉」

「病院ってこんなに儲かるのか⁉」

 ちなみにパディの家の家賃は月六千ゴールドである。震える二人をよそにフォードは上機嫌だ。


「パディちゃーん! お前が自分でやればよかったな! カスケード病院! そしたら丸儲けだったよ! 家賃を払うのも楽々になってたね! うっしっし!」

 パディはフォードを睨みつけた。


(僕の全財産をもってしてもここの僧侶さんを雇えるわけがない! そして寺院と病院をくっつける発想なんて全く頭になかった! く、く、悔しい! 認めたくないが、こいつはやっぱり商売上手だ! くそー!)

「ひっひっひっ!」


 カスケード病院はその後も院長や僧侶たちの評判の良さで順風満帆の営業が続いて行った。

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