カスケード病院(1)
パディは人を助けること、診察や手術に場所を選ばない。新しい病院を始めるなら早い方がいい。彼は外見にはこだわらない。カスケード寺院の一室を借りることができればその都度、必要に応じて改築を頼みたいと申し出る。が、フォードの方は商売において包装は大事だと、病院らしい白色を基調にした診察部屋を作りたいと理事と院長の意見が別れる。
よって最奥の東側の部屋を仮の病院として使い、その間、反対側に位置する西の倉庫をフォードの考える病院へと改築する。
始まりは簡素な病院であるが、なるだけ患者は多い方がいいとフォードは新聞に大々的な広告を打った。そうしてオープン初日から朝一番に患者がやって来た。
老婦人の患者はメヌエットと名乗った。診察室の椅子に座るメヌエットはよくしゃべった。
「パディ先生、初めまして! 昨日見た新聞で私は驚いたわよ! 『異端者パディ・ライス、セリーン教に入信! 彼はカスケード寺院に屈服した。カスケード病院、明日オープン』って! 先生のコメントも『今までの背信行為をたいへん申し訳なく思います。これからはハル司祭と共に粉骨砕身、信仰心を持って市民の皆さまの健康を守りたいと思います』なんて書いてあってあたしは大興奮よ!」
そのコメントに関してパディは全くのノータッチ、フォードが勝手に考えたものだ。
「いつか言ってやろうって思ってたの! あなたがセリーン様を信じないなんて許されることじゃないから! せっかくいいことやってるのに信仰しないなんて全くイメージが悪い! 早くセリーン教に入りなさい、カスケード様にごめんなさいって言いなさいって!」
パディの隣にはサーキス、後ろにはギルがいた。その周りにはカスケード寺院の僧侶がおよそ二十人。ナース服はまだ注文したばかりで皆は法衣をまとっていた。そこまで広くない部屋に看護師を志す男たちの熱気で息苦しさすら感じる。棚の上には籠手のシムエストが置物のように乗っていた。
そして僧侶たちに囲まれた老婦人はたいそうご満悦。パディに説教しながら笑顔を崩さない。皆が思う。どう見ても病人に見えないと。パディが訊いた。
「あの、メヌエットさん? 今日はどこが悪くて来られたんでしょうか?」
「あらー! あたし、パディ先生に説教しに来たって思われてた! あのね、お腹がたまに痛いの。それで頭痛がしたり、熱が出たり。あたし、大…便…、うんこをする度に出血がひどいの。紙でお尻を拭く時に血がべったりと付いてるの。毎回、大出血だわ。それでライス総合外科病院の方に行こうかなって思ってたけど、急にカスケード病院なんかできて! ちょうどよかったわー」
全員が血相を変える。老婦人のメヌエットはベッドに寝かされてパディの指示で僧侶たちが宝箱の呪文を一斉に唱え出す。
「こんなにたくさんの僧侶さんに囲まれて幸せだわー」
「皆さん、メヌエットさんの腸を視てください」
パディの声に僧侶たちの手のひらが小腸や大腸を狙う。僧侶たちは、ライス総合外科病院の元職員のサンビルから臓器の名称をあらかた習っていた。向学心の高い者たち。心強い。
「あ!」
これだけの人数で透視されれば患部が見つかるのも早い。
「胃のすぐ下の腸…。何て言うんだ、これは…。小さなでっぱりから血が出てる!」
「本当だ! 風船みたいな膨らみだ!」
「ふむ…。皆さん優秀ですね…」
パディは相づちを打つと説明を始めた。
「胃のすぐ下みたいですが、十二指腸ですね。腸にでっぱりとか風船は憩室と言います。その壁が薄く弱って血が出て炎症を起こしているようです。…メヌエットさん、嘔吐もあったりします?」
「あるわね」
「病名は十二指腸憩室出血、または十二指腸憩室炎。これは良くない。メヌエットさん、手術で腸にできたでっぱりを切りたいと思いますが、いかがでしょう」
「ええ、手術は痛くないわよね?」
「もちろんです」
全員が隣の手術室に移動、メヌエットが手術台に寝かされた。パディたちはもちろん、僧侶たちも手術用のマスクと帽子をかぶっている。
「こんなにたくさんの僧侶さんたちに見守られて心強いわ」
そして彼女が布で目隠しをされるとギルの後ろに隠れていたシムエストが現れ、空中から呪文を唱え出す。
《ウロバンチェ・オブ・チェイジ・ディレイチェロウトスリチェ…》
「あら、ここの魔法使いさんは恥ずかしがり屋さんなのね。お顔が見たかったわ…」
おしゃべりな老婦人が眠ると上半身が裸にされ、執刀医のサーキスが言う。
「これよりメヌエット・コルジリアさん、六十一歳、十二指腸憩室炎の手術を始めます…」
サーキスがおそるおそるパディの顔をのぞき込むと、まあいいだろうという表情をされる。
(病名が難しいからギルに何度も聞いたよー! 間違えてたら先生からブチ切れられるから! ギルはすぐに覚えられてすごいぜ! はあ、つらい…)
「僕の顔色ばかり伺ってないで患者さんに集中しろ!」
(ひゃー、怖いー!)
サーキスはパディに怒られて萎縮しながらもメスを持つ。
「アハウスリース・フィギャメイク…」
サーキスは左手で腹を透視する。
「おー、これが憩室か。なるほど、血が出てる…」
左手をかざしながら、右手で腹部を切る。ここで僧侶たちの「おー」という声が飛ぶ。サーキスのすぐそばの僧侶が訊ねた。
「君は左手で宝箱の呪文を使うんだね」
「ああ。俺は普通に右利きだから。旅をしてた時に宝箱の罠を解除する時に左手で透視してその名残り。ちなみにギルも左手で唱えるぜ」
「宝箱の開錠をしてたなんて元々、器用だったんだ! それも人を切るのも慣れたもの! 同じ僧侶だった人とは思えない!」
パディが注意した。
「ええっと…、シーガスさん? 手術中の私語や雑談はやめてもらいたい」
「はは。怒られた。すみません。…サーキス君、また後で話そう」
サーキスは必要最低限だけ切るとでっぱりのある十二指腸を見つける。そして憩室の部分を切り取ると針と糸で縫い付けた。
「終わったぜ…。えっと…」
僧侶たちが一斉に回復呪文を唱え出す。そして患者の傷口が塞がり、一番に唱え終えた僧侶が喜ぶ。
「私の詠唱が早かった! ふふん!」
「パキラが回復した! いいなあ…。私が患者さんを回復したかった…」
パディがまた怒り出す。
「ちょっと僧侶の皆さん! 勝手に呪文を使われたら事故が起こります! これから回復呪文は許可制にします! 執刀医が名指しした人が唱えてもらうようにしますから! これからは勝手に唱えないように!」
「サーキス君、私はスゥエルと言う。仲良くしよう」
「私はフィカスだ。名前を覚えてくれたまえ」
僧侶たちはもうサーキスと癒着を強めようとしている。
「だから私語は駄目って言ってるでしょ!」
「パディ先生、今夜飲みに行きませんか?」
「え…」
「心臓が悪い人は飲酒は禁止だぜ。主治医からの警告だぜ」
「ケチだな、サーキス…。あの皆さん、メヌエットさんのお腹が治ったか透視を」
僧侶に酒に誘われたり、注意したりと忙しいパディ。僧侶が透視すれば感嘆の声をあげる。
「風船…、憩室が消えた」
「出血が止まってる!」
「素晴らしい!」
サーキスは思った。
(カスケード寺院の僧侶さんって感動屋が多いぜ。それに茶目っ気たっぷり。こんな偉大な寺院の僧侶さんだから尊大な態度取るのかって思ってたけど、全くイメージが違ってたぜ。一緒に仕事してて楽しいぜ!)




