新しい病院(2)
それからパディは十人ほどの僧侶たちに囲まれた。
「あの! 私たちはパディ先生にお世話になりました! 先生は覚えてないかと思いますが!」
どういうことかとパディは怪訝な顔をしていたが。
「私は具合が悪い時にサンビルやカシムに体を透視してもらいました。それでそのまま放っておくと死ぬとか言われて。それでライス総合外科病院で先生に手術をしてもらいに行ったんです。偽名を使って。先生は私の命の恩人です!」
合点がいったパディは笑顔で返す。
「そうだったんですね! いや、当然のことですよ。命の恩人って大げさだなあ!」
ライス総合外科病院の元職員、サンビルが表情を変えずに言った。
「いや、パディ先生に治療してもらっていなければ彼は死んでいた。間違いない」
パディがこめかみをかいていると、僧侶たちから次々に握手を求められる。
「命の恩人、パディ先生! これから一緒に働けるのが光栄です!」
「あの時はお世話になりました!」
パディが照れて「どういたしまして」と言葉を返していると、僧侶たちの視線は今度はサーキスに向いた。
「サーキス君! 話は聞いている! パディ先生の心臓を治したんだってな!」
「それで僧侶を辞めることになったって! 君は命の恩人の恩人だ!」
「私は感動で涙を流した!」
サーキスも照れた笑顔を浮かべて返事をする。
「あ、ああ。僧侶の皆さん。俺はサーキス・リアム・ブラウンです。ま、よろしくお願いします」
そして次にギルにも僧侶が群がる。
「ギーリウス! よろしく!」
「ギーリウス! …あの、その、一緒に働けて嬉しい!」
ギルはミッド・バーツ・カスケードを排除し、寺院を浄化した英雄。見方によっては僧侶たちにとって一番の功労者だ。パディやサーキスと同様に歓迎される。僧侶たちはパディたちの手前、理由は述べられないようだが。
「ふむ。よろしく頼むぞ」
ここでフォードが惜しむ口調で言った。
「しかし、困った。リリカちゃんがここで働かないとなると魔法使いがいない。これでは睡眠呪文が使える人間がいない。ワシも魔法使いの知り合いがあまりいない。この街は僧侶は多いが魔法使いが少ないからな…」
パディが言う。
「マーガレットさんは魔法使いですが、あの人は僕と出会う度に顔のシワを伸ばせと言う…。うんざりしてます…。僕はあの人とは仕事はできません…。マーガレットさん自身も自分の仕事があるからここでは働かないでしょう…」
ギルが付け加えた。
「賢者のバロウズも同じだ、たぶん。ここに常駐しないだろう。睡眠呪文ならうちにいたポーラが使えたが、あいつはアプリコット家に養子に行った。よその子供に頼めることじゃない。…うちのクレアが賢者だから睡眠呪文が使えるが、病院にはあまり興味がなさそうだ。それにクレアはドクターパディのことをえらく嫌っている。絶対に一緒に仕事しない」
フォードがパディに顔を近づけてわざとらしい口調でまくし立てる。
「あれあれー? 何でかな? パディちゃんはどうして子供から嫌われるのかな? なぜかなー?」
パディは冷や汗を流して眼鏡を曇らせる。フォードがギルに相談する。
「いきなりだが最後の手段だ…。ギーリウス、あいつに頼めるか。もう仕方ないだろう」
「あんたの頼みなら奴は断らない」
ギルが呪文で家に帰り、連れて帰って来たのは籠手のシムエストだった。カスケード寺院の全員が目を丸くして空中に浮かぶ黒い籠手に目が釘付けになっていた。
シムは腕組みをするフォードの周りを上下左右に飛び回っている。拳は向かい合うパディに向けてまるでフォードを守らんとしているようだ。
《俺はシムエストだ! 魔法使いの呪文なら俺に任せろ! カザニル・フォードの頼みとあれば喜んで従う! そしてパディ・ライス! フォードの髪の毛を狙う邪悪な医者だな! お前、フォードの髪を一本でも抜いたら命はないと思え!》
「だってよ、パディちゃん! ワシのスペシャルなボディーガードだ! いいだろう、クク!」
小刻みに震えるパディにシムは握手を求める。
《お前はサフランとジョセフを助けてくれた恩人だ。礼が遅れた。ありがとう》
「え、ええ…」
《それでも俺はフォードの忠実なるしもべ。髪の毛を狙ったら命はないからな!》
「ああっ!」
驚きの声をあげたサーキスが籠手に向かって指差した。
「親っさんが左腕に装備してた籠手だ! 病室でリーフレットさんと話してた!」
《ほお。覚えていたか。俺はリーフの友達だ。お前たちの寺院の話は初めにセルガーから聞いた。セルガーも友人だ。お前のこともよく聞いている。よろしくなサーキス》
新しく現れたメンバーに皆が驚きを隠せないようすの中、フォードが腰に手を当てて相談を持ちかける。
「さて。院長を決めないといけないな…。…サーキス、お前さんがやるか?」
「いや、無理だよ! 俺は見習いだもん!」
「ふーん…。じゃあ、ギーリウスは?」
「俺は看護師だ」
「じゃあ、ハル・フォビリアは?」
「私は司祭だ。医療にたずさわるつもりはない」
フォードはわざとらしく周りを見渡して言った。
「あれあれー、困ったなー! 適任者がいないよー!」
パディがフォードを睨んでいた。
「仕方ない、消去法でパディちゃんを院長にするか」
「わかりました…。ご期待に添えるよう頑張ります…」
(当たり前じゃないか! その髪の毛、いつか抜いてやる! 覚えてろ!)
「チッ…。反抗的な目つきだな…。お前、死ぬ気で働けよ。あ、そうそう。パディちゃんを含めてお前たちの給料はワシが出すから。ワシが理事みたいなやつ? パディちゃんにここを切り盛りするのは無理だろうからね…」
パディたちを取り囲んでいた者たちとはまた別の、遠巻きに聞き耳を立てていた僧侶たちが一斉に名乗りをあげた。
「私、看護師をやりたいです!」
「私もです!」
「定期的な給料がもらえるなら生活が楽になる!」
金の力は偉大であった。思いがけない展開にフォードは頬がゆるんだ。
(ククク…。渡りに船とはこのことだ…)
しかし数十人と増えた看護師候補にフォードは急な冷や汗を流す。
(だけど、給料をこいつら全員、いくら払えばいいんだ⁉ 国から助成金が出るとは言え、寺院の改装費もあるし! ペイアウトできるまでにいつまでかかるかわからんぞ!)
「おいコラ、パディ! 大家と店子という関係に加えて、ワシらはオーナーとその配下という関係にもなったんだぞ! 貴様、毎月黒字にしろよ! 一回でも赤字を出したらお前殺すぞー! 国の事業でもある! 失敗は許さないぞ!」
(これだけの大所帯、赤字になるに決まってるじゃないか!)
(パディ先生、何も言えないぜ…。かわいそ)
*
我が家に帰ったパディは食卓で食事を取りながら、リリカに今日あったことを報告する。
「…いや、いい感じだよ。僧侶さんたちも大歓迎だし、医療に対して興味津々だ。フォードさんは気に入らないけど。突然、僕は大病院の院長先生だ。あはは!」
向かい合って座るリリカがスープをすくって言った。
「あのー、フォードさんはあたしのことは…」
「仕方ないって。僧侶さんたちも今一度リリカに謝りたいって言ってた。君もそこまで毛嫌いしてるわけじゃないだろ? 君も僧侶さんたちに会ったら謝らないとね」
「はい…」
「ところで君自身はどうするの? カスケード寺院にはもう行かない? もしかして…専業主婦になりたいとか言うんじゃないよね…? …たぶん僕の給料じゃ君を養えないよ!」




