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新しい病院(1)

 それからパディとリリカが結婚式を挙げて、孤児院から三人の子供たちが巣立って行った。


 そして一週間ほど過ぎた頃。ライス総合外科病院ではサーキスはうんざりとした顔で診察室の掃除をしていた。

 ちらりと目をやるとパディとリリカがことあるごとに視線を交わらせている。新婚さん特有の、どちらかと言えば恋人になりたてのような熱視線だ。たまにその中心に居合わせるサーキスは光線で焼け死にそうな思いをする。


(新婚ほやほやの二人だから外野の俺が見てて恥ずかしくなるぜ。仮に俺がここに来た時にこんな感じだったら、彼女いない歴年齢の俺には耐えられなかったぜ。絶対その日に辞めてたぜ)

 診察室の端のギルはタンスを持ち上げてサーキスに言う。

「おい、サーキス。ほこりがいっぱいだ。掃け」


「怪力がいてくれて助かるよ」

「本当はそんなこと思ってないだろ。患者が来ないから掃除ばかりだ」

「平常通りだぜ」

「このままではよくもあるまい。あの医者、何も考えてないだろ」


「まあね」

 サーキスとギルが掃除をしながら病院の将来について悲観する。それからパディの意識が急にサーキスに向いた。

「ところでサーキス。昨日、僕が出した復習はやって来たかい?」

「あ! 忘れてた!」


「何だと! 前々から医療知識の習得は怠るなと言ってるだろ! 手わざだけで生き残れる世界じゃないぞ!」

「いや、家族のあれとかが忙しくて…」

「言いわけするな!」

「うわーん、ごめんなさーい!」


 パディがサーキスを叱っていると不動産屋のフォードが現れた。

「おーい、勝手に邪魔してるぞー! …またサーキスはパディちゃんから怒られてるのか。かわいそうに。ワシがかたきを取ってやる! ここの家賃を二倍にしてやるぞ!」

「そんなことされたら、俺の給料がなくなるんだけど…」


 サーキスが青ざめているとフォードはとびきりの笑顔を見せて言った。

「パディちゃん! 今度の日曜日、全員でカスケード寺院へ行くぞ! パディちゃんもリリカちゃんもサーキスもギーリウスもここの全員でだ! 話は通してある! みんな喜ぶぞ!」


     *


「…で、カスケード寺院の一角を借りて病院をやろうってわけだ。もちろんここの僧侶さんたちも看護師として働いてくれるぞ! 大儲けすること間違いない! それから国から助成金が出る!」


 カスケード寺院の一階大ホール。百五十人という僧侶たちが整列する壮観な光景に、フォードが身振り手振りを交えて、左右に歩き回りこぶしを握ったりと熱を込めて語る。寺院の僧侶たちと病院側の人間が向かい合う格好だ。パディとサーキスは今にも小躍りしそうな表情。ギルも腕組みをしながらしきりにうなずいている。


「背教者だったパディちゃんがセリーン教に入信! 司祭ハル・フォビリアとパディ・ライスが組めばセリーン教の信者は一網打尽だ! 患者たちがわんさとここに来るぞ! 病院の名前もズバリ、カスケード病院!」

 浄化されたカスケード寺院にパディ・ライスを働かせる算段だ。信用を失いつつあるカスケード寺院と今評判のライス病院。二つをかけ合わせて患者を呼ぶ。こんないい話は他にはない。全員が胸を熱くする中、リリカだけが憤懣(ふんまん)やるかたなしというようすで眉間にシワを寄せていた。


 両手を広げてポーズを取るフォードの前にリリカが飛び出した。彼女は顔を怒りで曇らせている。リリカはフォードの顔も見ずに叫んだ。 

「ちょっと、あんたたち! 今まで人の病院の営業妨害をしておいて! トップが代わったからって方針を変えて一緒に仕事してくれって虫が良すぎじゃない⁉」


 リリカはここに来るまで周りに悟られないよう怒りを押し殺していたようだ。世話になっているフォードの前であるまじき行為。フォードに関係を断ち切られてもおかしくない言動だが、彼女は我慢しなかった。

「あたしたちが今までどういう気持ちだったかわかる⁉ カスケード寺院の僧侶たち! あんたたち全員、土下座しなさい!」


 あろうことかこんな小娘の言葉に数瞬の間もなく、寺院の新たなトップ、ハル・フォビリア司祭が筆頭に、僧侶たちが正座して床に頭をこすりつける。

「えっと、あの…」

 リリカはいい年をした大人たちがこうもあっさり土下座するとは思ってもなく、当惑する。


 僧侶たちは前司祭、ミッド・バーツ・カスケードの暴走を止められなかったことに本当に申し訳ないと思っていた。僧侶たちはかつてのボスの威厳に反目して直訴する勇気もなかった。あのリリカという女性は今までどれだけ苦い思いをして来ただろう。気持ちを考えると涙が出て来る。


 ミッド・バーツ・カスケードは大虐殺を行おうとしていた。ほぼ狂人だ。国王や一部の人間しか知らない事実だが、その一部の者たちへ信頼を勝ち取るにはこれから並ならぬ努力が要る。こうやって土下座ぐらいでは生ぬるいと全員がわかっていた。


「あんたたちが邪魔ばかりするから患者さんが来ない! 街でビラ配りをしても信者にからまれる! あたしがどれだけ怖い思いをしたかわかってるの!」

 リリカの声が涙声になっている。理解できるのか僧侶の数人からすすり泣く声が聞こえた。


「こんなんじゃ許せないんだから! 今まであたしたちに行っていた嫌がらせ、フォードさんがどう言おうと絶対に許さない! ああーん!」

 リリカは泣いて寺院を出て行った。


「リリカ!」

 パディが叫ぶ。サーキスが言った。

「ちょっと俺、追っかけて来る! 先生はここにいて! なんて困った姉さんなんだ。リリカー!」

「こりゃ困った…。計算外だった…」


 フォードが力なく言った。

「リリカちゃんにこんなに遺恨があったなんて…。リリカちゃんをここで働かせるのは無理だな…。パディちゃんにギーリウス気づいてた?」

「わかりませんでした」


「俺もだ。…たぶん、リリカはここまでわざと黙ってたと思う。俺たちに言うと止められるから。どうしてもここの僧侶たちにやり返してやろうと思ってたんだろ…」

「僕は別に気にしてませんけどね。ふふ…」

 恨み言を一切言わないパディ。そしてサーキスが戻って来た。


「リリカは一人で帰るって。ま、仕方ないぜ。あいつ、そこまで気落ちしてなさそうなのが救いだぜ…」

 僧侶たちはいまだ土下座を続けていた。パディが声をかける。

「皆さん、もういいですから。立ってください」

 白髪の司祭、ハル・フォビリアが立つと遅れて他の僧侶たちも立ち上がる。ハル・フォビリアが言う。


「今までの行い、申し訳ありませんでした。これからは力を合わせて市民の健康を守りたいと思っています。力を合わせてくれますか」

「もちろんです!」

 パディと寺院の新しいトップが手を握ると拍手が起こった。周りを見渡せば僧侶のほとんどが中年。中には若者、法衣を来た子供が数人だけいた。


 そしてカスケード寺院のほぼ全員が立ち上がっている姿に、前列の三人の僧侶がいまだに土下座を続けていた。パディが近寄って優しく言う。

「あの、もう土下座はいいですよ。頭を上げてください」

 僧侶たちが土下座の姿勢のままで言った。


「お久しぶりです、パディ先生」

「その節は申し訳ない」

「逃げてごめん…」

 三人がゆっくり立ち上がるとパディは笑顔になった。その三人は昔、ライス総合外科病院から逃げ出した僧侶だった。


「サンビルさん! カシムさん! オステオさん! 三人ともお久しぶり! 元気にしてました⁉ もう過去のことはどうでもいいですよ! 水に流しましょう!」

「ほらほら。パディ先生は笑って許してくれると思った」

「以前から謝りに行こうと思ってたけど延び延びになって…ごめん! あははは!」


「また僧侶兼看護師をやれる! 私は嬉しい!」

 ちなみにサンビルは初代僧侶兼看護師。ナタリー食堂のナタリー・エーデルを治療した僧侶だ。

「心臓のことはフォードさんから聞きました。その青年が先生を助けたって…。サーキス君? ありがとう!」


 三人がサーキスに握手を求める。

「先生を助けてくれてありがとう!」

「ありがとう!」

 サーキスはすでに声がつまって涙を流していた。三人のたじろいだ顔にパディが笑う。

「わははは!」

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