5.私だけの騎士の誓い
――ヤーヴェが騎士団に入団してから、一年が過ぎようとしていた。
私がサロンで礼服を贈って以来、ヤーヴェと近い距離で会うことは無かった。
でも……あの日から、なぜかヤーヴェの姿を探してしまう自分に気づいて、心を落ち着けるにはちょうど良かったのかもしれない。
侍女たちの話では、ヤーヴェは乾いたスポンジのように技術を吸収し、メキメキと頭角を現しているらしい。
通常、騎士団に入った見習いは先輩騎士の従者を2~3年勤め、ようやく正式な騎士になるらしい。
(確か、ヤーヴェはもうすぐ正式な騎士として任命されるかも、ってメイが言っていたわね)
そうなれば、間違いなく異例の出世だ。
――そんなある日、私はお父様に執務室へと呼ばれた。
執務室に入ると、すでにオーウェンとヤーヴェも控えている。
「皆、揃ったようだな。ミレイユの意見を聞きたいのだが、私はヤーヴェをミレイユの専属騎士にと考えている」
お父様の言葉に、ヤーヴェが微かに反応したように感じた。
「分かりました。お父様が目を掛けていらっしゃる騎士とあって、ヤーヴェは実力も申し分ないようですし、年齢も近くて、何かと相談しやすいですわ」
私は嬉しさを悟られないように、平静を装って答えた。
「そうか、ならばヤーヴェ、さっそく明日から専属でミレイユの護衛をするように。オーウェンは異存ないか?」
「はい、侯爵様。ヤーヴェは信頼できる男ですから、必ずお嬢様の剣となり盾となりましょう」
「お父様、一つお願いがあるの! 簡略的でいいから、騎士の誓いをヤーヴェに命じてもいいかしら?」
「ミレイユ、専属護衛とは言ってもヤーヴェは騎士団の騎士だ。つまり忠誠はバリバール侯爵家に誓わねばならない、分かるね?」
お父様の冷静な声に、内心はしゃいでいた私の気持ちは、急にしぼんでしまった。
「あの、侯爵様、来週の夜会でお嬢様を護衛すのはヤーヴェでよろしいですか? 誰かがお側でお守りしませんと……」
空気を変えるように、オーウェンが張りのある声で言った。
「夜会? ああ、そうだったな。このところ、もうすぐ16歳になるミレイユへの縁談の申し込みが絶えないのだが」
「縁談……」
ヤーヴェが口の中で呟く。
なんとなく私は、その事をヤーヴェに知って欲しくないような気がした。
「そうだ。断りを入れても諦めない者もいてな、夜会は護衛が手薄になる絶好の機会だ。接触を試みる不届きな奴も出てくるだろう」
ヤーヴェの口元がキュッと締まった。
「かしこまりました。侯爵様のご期待にそえるよう、お嬢様の護衛をしっかりと務めさせていただきます」
(ヤーヴェにとって、お父様の命令は絶対なのね。それは当然のことなのに……私だからじゃないのよね……、って私はヤーヴェに何を期待してるのよ!)
私は胸の奥のざわつきに戸惑い、お辞儀をすると逃げるよう執務室を後にした。
部屋に戻り、形にならない思いを紛らわせたくて、バルコニーで目を閉じて深呼吸を繰り返す。
コンコン。
「お嬢様、ヤーヴェです」
私の落ち着きかけていた心臓が再び激しく波打ち始めた。
「何かしら?」
閉めたままの扉に向かって私は話しかけた。
「お嬢様にお話があります。その……直接お伝えしたくて、お部屋に伺いました」
他の使用人や騎士たちならすぐに入るよう促すはずが、なかなか言葉が出て来ない。
「……わかったわ。入りなさい」
静かに扉が開かれると、ヤーヴェの青灰色の瞳が私を捉えた。
(私、やっぱりヤーヴェの瞳が一番好きな色だわ)
「どんな話なの? こちらまで来てくれるかしら?」
すると、ヤーヴェはつかつかと歩みを早め私の前に立つと、おもむろに腰にある剣を私に預けた。
そして、突然、片脚を跪き手を胸に当て顔を上げると、揺るぎない瞳で私を見つめ――。
「私の忠誠心はこのバリバール侯爵家に捧げています。ですが、私の剣はお嬢様のために振るい、私の盾はお嬢様をお守りすると誓います」
「もしかして、私に……騎士の誓いをしてくれるの?」
ヤーヴェがえくぼを見せて微笑んだ。
「私の命はお嬢様に捧げます」
思いがけないヤーヴェの行動に、私の頭からつま先まで熱くなって行くのが分かる。
震える手で剣を鞘から抜くと、そっとヤーヴェの肩へと振り下ろした。
「騎士ヤーヴェ、貴方のその誓い、しかと受け取りました。私も貴方の主として、私の騎士は……ヤーヴェ、ただ一人だと誓います」
私の言葉にヤーヴェがホッとしたようにフウッと吐息を吐き、立ち上がって剣を鞘に戻した。
「ありがとうございます、お嬢様。――私はこの日のことを生涯忘れないでしょう」
風の音も小鳥たちのさえずりも、すべてが止んだかのように静寂に包まれ、私とヤーヴェ、この世界にいるのはたった二人だけのような気がした。